4 姉妹
「おい、シロ、お前と同じ桃髪だぞ!」
「ん?」
黒銀の目の友と神々は下界を覗いた。
◇
───その頃。
『トランザニヤ』北部の深い森の中、霧に包まれた山の洞窟。
破れた黒いマントをまとう、大柄な男が横たわっていた。
顔は焼けただれ口髭も焦げ、腹から血を吹き出し、さらに前歯が四本も欠けていた。
「うぅ……」
その男が呻く。
やがて、男の意識は徐々に薄れていった。
一方、傍で声がする。
柔らかくどこか透き通る響き。
「【エクストラ・ヒール】、もう一度!【エクストラ・ヒール】!!」
緑色の柔らかい癒しの光がその男を包み込む。
一つの黒い影が杖を握り、【治癒魔法】を唱えていた。
その影の視界は魔力の消耗により薄れ、杖を握る手が震える。
それでも男を救うため、何度も【エクストラ・ヒール】をかけ続けた。
その時、眩しいほどの陽の光が洞窟に差し込んだ。
手をかざすその黒い影。
「これで命は繋がったわね……」
一息ついた女性。
その正体があらわになる───
洞窟の中に緑陽の爽やかな風が舞い込む。
一瞬、桃色の髪が靡き彼女は黒のレザーキャップを目深に被った。
翻した漆黒のローブから白い腕が伸びる。
彼女は青い宝玉付きの金の杖を巧みに操る。
男を見る彼女の瞳が加減一つで、赤や碧に見える。
魔法を繰り出すその姿は、息を呑むほど神秘的で美しかった。
けれど、彼女はキュートな『魔導士』。
”芥子柄”のハンカチで額の汗を拭きながら、彼女は小さくつぶやく。
「薬が必要ね……」
片眉を上げ、にっと笑った。
彼女は腰に下げた『万能巾着』から小瓶を取り出す。
ためらいなく薄黄緑の液体を一気に飲み干す。
「ふぅ……魔力が回復したわ……」
急に真面目な顔になり、じっと男を見つめる。
そして、彼女は大きく息を吸いこむ。
頬がプクッと膨らんだその刹那、空気がかすかに震えた。
「【アストラル・ゲート】!」
白い魔法陣が回転し、空気が軋む音が響く。
眩い光が彼女の身体を包み、やがて金の杖に集束する。
杖の先端が光を放ち──魔法陣から【門】が浮かび上がる。
「【フローター・レヴィ】!」
黒いマントの男が宙に浮き、門の中へ吸い込まれていく。
彼女も迷わず【門】をくぐった──。
◆
シロはその様子を一部始終見ていた。
彼は思考を巡らせた。
その愛らしい外見からは想像もつかぬ──凄腕の『魔導士』だ。
超高度な魔法。
それに膨大な魔力量を駆使し、【多重魔法】を何の迷いもなく、驚くほど軽々と───無意識に操ってのけるとは───。
「名も知らぬ男の命を救うために、その力を惜しみなく使うか……この子がここまでやるか……」
シロの顔には笑みがこぼれた。
◇◇
桃色の髪の女性が研究室で乾燥した薬草を石臼で擦っていた。
彼女の名前はアカリ・ミシロ……天上で見守る神、シロの末裔。
粉末になった薬草の爽やかな香りがふわりと部屋に広がる中、ふと感じたのは【膨大な魔力】の波動だった。
「ん……?」
アカリはその【膨大な魔力】の波動に覚えがあり、思わず手を止め身構える。
居間が急に明るくなり、空間が歪み白い魔法陣が現れた。
やがて、 【門】から見知らぬ男が浮かび上がった。
「……な、なに……?」
アカリは驚き、状況が理解できずに立ち尽くす。
門を潜る彼女は焦りで言葉が上ずる。
「ネー! ネー! ネーってば!! この人を治す薬を調合して!!」
叫び声と共に現れたのは先程の『魔導士』。
───ジュリ・ミシロ、少し歳の離れたアカリの妹だった。
手を振り上げて、大げさな身振りで語る。
汗を掻きながら必死な表情でアカリに頼んだのだ。
「ジュリ……あなたは、いつもせっかちね」
アカリは胸をほっと撫で下ろしながら安堵した。
ジュリが髪を耳にかけながら、静かにつぶやく。
「……どうなの……?ネー……この人助かる?」
そう言いながらジュリは、大柄な男を客室のベッドに寝かせた。
一瞬、目を開き、つぶやく黒いマントの男。
「…アン……ド……兄……の匂い……」
その言葉を聞いた瞬間、姉妹の表情が一変した。
アカリが顎に指を添えて、推理を巡らせる。
「誰のことだろう……異国の人よね……」
言いながら彼女は、棚にある薬瓶を掴み、すぐその男に飲ませる。
「今晩が峠ね……あとはこの人次第……」
アカリは彼の喉元に手を当て真剣な表情を見せる。
一方、連れてきたジュリがため息をつき、微かに唇を噛んだ。
姉妹は静かに客室を出る。
アカリはキッチンで煎茶を淹れ、茶菓子を置きソファーに座った。
ジュリがくすっと笑って、アカリの腕に寄りかかる。
二人は熱いお茶を飲みながら話始めた。
「それにしても、二年と九ヶ月もかかったわ……はいっ」
不満げな顔で小さな布袋をアカリに投げる。
「っしょ!」
アカリがキャッチ───
「ジュリなら見つけられる、そう思っていたわ」
そう言いながら彼女は満面の笑みを浮かべた。
すぐ、布袋の中身を確かめる。
瞬間、顔に驚きと喜びを両方浮かべた。
「これは凄いわ!ジュリ、本当に凄いわ!」
アカリの手から出てきたのは黄金色に輝く鉱石。
「これって、『黄石英』の十倍の価値、希少な『黄金石英』よ」
アカリはジュリを抱きしめ喜びを爆発させる。
「『黄石英』と言う鉱石を探して欲しい」───
ジュリは姉アカリの頼みで二年以上もの間、大陸中を探し回った。
最終的に隔離された国───『トランザニヤ』まで足を運び、ようやく探し出したのだった。
「報酬は何がいい? お金? イケメン? 何でも言って!」
アカリが悪戯っぽく、冗談混じりに話す。
ジュリは照れながら少し拗ねたように答えた。
「じゃあ……へんダー……」
ジュリは顔を朱らめ目を伏せた。
アカリは笑いながらジュリを再び抱きしめた。
「うふふ……報酬はそれでいいの……?」
アカリはお茶をすすりながら、ふと懐かしい記憶に目を細めた──
姉妹が、かつて暮らしていた、あの遥か遠い島国の日々を。
姉妹は笑い合い、昔話に花を咲かせるのであった───。
気が向いたらブックマーク、
広告下の【☆☆☆☆☆】に★つけていただけると、ありがたいです。