旅支度編 5 〜ククードの挑発〜
カルディアの使者、その威圧など意に介さず、ギルドの通路へ向かう。この時の俺は、あとはハウゼンがなんとかするだろう、と思いつつ足を早めた。
「……さて、と……」
ギルド併設の【ククード】治療院へと向かった。扉が開かれたままの院内は、静かだが、薬草と聖印が所狭しと壁一面を覆い尽くしていた。
その時、奥から低い声が響く。
「……おやおや。これは珍しいお客様だ」
姿を現したのは長身の男だった。
豪奢な金刺繍の白法衣を纏い、赤い髪の男が細身の指で聖書をなぞる。
「あんたが……コルネオ・ククード・コリンか? 右腕の治療を受けに来たんだが」
俺は男の前に立ち、真っ直ぐに見据えた。
「いかにも…… ほう。では、相応の対価を払っていただきましょうか」
ククードが嘲笑を浮かべて口を開く。
「――貴殿のお命を……」
その言葉が放たれた瞬間、空気が張り詰め、左手が無意識のうちに【桜刀】の柄へと伸びた。
「……ずいぶんと物騒なもの言いだな」
「我が【再生治癒魔法】は、生命を紡ぎ直す術。しかし、それはただでは叶わぬのですよ。ククク」
ククードの瞳が赤く、妖しく光った。
「……貴殿には、ある試練を受けてもらいたく……」
「試練?」
「カルディア魔法国には、『七星の武器』で捉えられた、ある魔族がいるのですよ。ククク」
その男、ククードがギラリと赤い瞳の瞳孔を琥珀に変え、俺を見据えた。
「その魔族の心臓――核となる『紅のルーン』をここに」
……ルーンだと? ミリネアから聞いたことがある……。
……確か、七星の武器を強化するアイテムだよな。
俺は眉をひそめ、ククードの真意を探ろうとしていた。
だが、俺の背後から聞き慣れた声が響いた。
「旦さん、本当にそれをやるつもり?」
エリナが柱にもたれながら、鋭い視線を向けていた。
「……エリナ、何か知っているのか?」
俺の言葉に、エリナが息をついた。
「『紅のルーン』って、まさか『アステカの弓』に?……【メーズ・サーチ】!」
そう言って、彼女が魔法陣を展開、そこに浮かび上がった地図めいた迷路を指差す。
「……カルディア魔法国、テンプ・マヨーズ大神殿の地下霊廟。そこで眠っているのが、ククードが言っている魔族ね」
俺はゴクッと唾を飲み込んだ。
「……なるほどな」
言いながらも顔の筋肉が引き締まる。
だが、そこへさらにもう一人の男――カルディアの動向を探っていた商人ギルドの重鎮が、静かに足を踏み入れた。
「……面白い話をしておりますね。エリナさん」
サンドル・デ・パートだ。
「ちょうど良いですな。私からも一つ、情報を差し上げましょう」
サンドルが白髭を摘み、眼鏡の奥の瞳を閃かせ、ニヤリと口角を上げた。
「……どうやら王太子が、その魔族の心臓を、奪い取ろうとしているらしいのです」
「王太子が……?」
「カルディア本国は、それを利用して何か企んでいるようですな。パメラ姫様の一件も含め、今は、カルディアに向かうべき時でしょう」
空気が張り詰める中、俺は暫し沈黙した。
情報が一気に押し寄せる中、整理するように一度息をつき、サンドルに尋ねた。
「……王太子が狙ってるってのは、どういうことなんだ?」
サンドルは白髭をならしながら、ゆっくりと答えた。
「エドゥアルト王太子は、カルディアの地下霊廟に眠るその魔族を討ち、ルーンを王に献上しようとしているのです。その目的報酬は――パメラ姫を正統な後継者として、認めさせるため、でしょうな」
冷静に言い切るサンドルを見つめながら、俺の表情も険しくなる。
「どういうことだ?」
「カルディア王家の血を引く者が、その魔族を討伐すれば、王家の「正統性」を示すことになる。しかも、その証としてルーンが使われる。これはカルディアの歴史でも例のある儀式。だからこそ、エドゥアルト王太子は、この機会を利用しようとしているのですよ」
「それで、パメラを引き渡せって話になったわけか……クソッタレが!」
俺は舌打ちする。
その時、沈黙していたエリナが唇を噛む。
「おそらく、彼はパメラ姫が地位を手にすることを望んでいるのよ。魔族を討てば、その報酬として王家の中でも、パメラ姫に正式な地位が与えられる――いえ、もしかしたら、側室として迎えるのが目的かも。それが彼の本当の狙いなのかもしれないわ」
「パメラがそれを望むかどうかは別として、か……」
俺が頭を掻く中、エリナが続けた。
「それと、もう一つ問題があるわ。霊廟に眠る魔族は、普通の魔族じゃないの。古の時代、天界から堕天したと言われているわ。カルディアの地下霊廟に封じられ……その封印は『七星の武器』――『アステカの弓』で成されたと」
「――って、ことは、その魔族を討つには?」
「【アステカの弓】が不可欠……ということになるわね」
俺は深く息をついた。
「つまり、俺が今この【再生治癒魔法】を受けるには、その魔族を討伐しなければならない……だが、それは同時にカルディアの王家のゴタゴタに巻き込まれるってことか」
サンドルが軽く肩をすくめる。
「ええ。ですが、ゴクトー殿、これは交渉次第で我々に有利に働く可能性もありえます。エドゥアルト王太子の意図は明白。ならば、こちらもそれを利用すればよいのでは?」
「チッ……俺は政治の駆け引きなんざ、好きじゃないんだがな」
「とはいえ、この状況では避けられないですぞ。さて、どうされますかな?」
視線を天井に這わせながら決断し、俺は拳を握った。
「……カルディアに行くぞ」
その言葉に、エリナが目を細め、一方のサンドルは満足げに微笑んだ。
「では、カルディア本国へ向かう準備を始めましょうか」
サンドルの言葉を聞いた途端、無言を貫いていたククードが、噛み殺したような笑い声を漏らす。
「ククククク……楽しみに待っていますよ」
光を宿したククードの琥珀の瞳が俺を射抜き、その口元が大きく歪む。
まるで、内に秘めた愉悦を噛み殺すかのように――。
――ククードの治療院から出たゴクトーを、天上界から見下ろし、眺めていたトランザニヤが、息をつく。
「ルーンか……我妻になるはずだったルシーヌが、よく集めていたな」
寂しげにつぶやく彼の背中を軽く叩く神シロ。その傍では、女神東雲が気の置けない目つきで、下界をじっと見つめていた。
◇(再びゴクトーが語り部をつとめます)◇
先ほどの使者騒動が収まり、ギルド支部は活気に満ちていた。
依頼を求める冒険者たちの声が飛び交う中、ギルドの一室では、作戦会議が静かに進行していた。
「パメラ姫とノビは、もう、カルディアに向かったんだろ?」
コガラを肩に乗せ、俺と合流したクロニクが腕を組みながら確認すると、アカリが首肯する。
「ええ、転移魔法が使えないパメラさんは、陸路で向かいましたわ。ノビも一緒にね」
「まぁ、ノビだしな。【転移魔法】なんて使えそうにないし」
そんな会話をしながら、クロニクがどこか寂しげに視線を逸らす。
「コガラが、乗せていく?」
七色の翼を啄み、羽繕いをしながら零すコガラに、一同が苦笑する中、一方で紫苑とShadow Windの面々が、準備を終え、静かに次の行動を待っていた。
「紫苑、お前らのその装備は?」
俺の問いに、露出の高い和装の装備を纏いつつ、茶髪を靡かせながら紫苑が艶っぽい笑みを浮かべる。そして、彼女が腰のクナイを弄びながら唇を動かした。
「鴉様〜♪ 実は『江戸っ子鼓動』君が、『蛾・メッシュ』なる蛾精霊の女王を呼び出してくださり、【誘惑の鱗粉】と紅玉繭を生み出してくださって、それをココリドさんに持ち込んだところ……」
紫苑が言いかけたその時、どこか不機嫌そうな声が顳顬に響いた。
《「告。図鑑記載No.05:『蛾・メッシュ(ガ・メッシュ)』の大まかなデータです。外見的特徴は脳内【シジマビジョン】に投影いたします。
■ 基本分類:蛾メッシュ・女王(蛾精霊)
■ 種族分類:幻影魔獣(妄想由来)。
■属性:幻惑 / 妄想系精霊
■危険度ランク:S級妄想幻獣。(精神干渉・魅了)
ミンシア・ロカベル薬師のインナービジュアルから生まれた主様の妄想精霊と推測されます」》
《「了、ツッコミが激しいな。美眼ありがとう」》
《「告。派手な姿がお望みとあらば、コスプレも厭いませんが」》
《「へぇ……?どうした美眼?」》
《「スタイルなら……参考にコスプレした姿を……」》
《「はぁ? び、美眼ッ!?」》
《「しばし……お待ちを」》
…ツーツーツーとまるで前世の電話、通話中のような音が脳内に響く。
あまりに唐突すぎて、唖然としたままだった俺は、頭を切り替えようとしたその刹那。
《「告。……お好みに合わせたコスプレと推測……脳内【シジマビジョン】に投影いたします」》
《「おいッ!負けず嫌いかッ!?」》
《「ふふ……満足していただけましたか、主様?」》
微かに響くその鼻声は、どこかドヤ顔を決めているような満足感に満ちていた。
プツン…と電源が切れたような音が脳内に響き、俺は耳まで熱を帯びながら苦笑しつつ、頭の中を整理した。
そんな俺を他所に、九音が唇を動かした。
「紫苑姉様は色気上昇、状態異常を引き起こす――「魅了」と「混乱」を紅玉繭で編み込んだ赤い鎖帷子に付与されており、ココリド殿より、その鎖帷子には本人とご主人様以外、触れてはならんと仰せつかってございます。一点ものらしく【アミメニ・フレテミタラ・ドナイヤ】という装備です」
その言葉に俺の胃がキュッと縮む中、羅音が唇を噛む。
「紫苑姉様ほどの露出はありませんが、わっちの装備にも、銀粉と紅玉繭が使われており、衣のところどころに散りばめられた鎖帷子には、黒糸鋼を織り交ぜたメッシュ仕様になっておりまする。やはり一点もので本人と八咫鴉様以外が触れれば、たちどころに「魅了」と「混乱」を引き起こすとのこと。わっちのは、【ワイルド・アーミーハ・ドナイヤ】で、ございます」
頭を抱える俺に、紫苑がトドメを刺すような目つきで口を開く。
「鴉様、九音の装備も、われら同様の付与がされております。やはり、本人と鴉様は状態異常を起こさない仕様で――【シタチチモ・ユレテマウガ・ドナイヤ】でございます。われらにも高価な【ドナイヤ】装備を作ってくださり、恐悦至極にござりまする」
その言葉に目が点になった。
だが、ここはクランマスターとしての威厳を見せねばと思い、ゴクリと唾を呑んだ。
俺は「ああ、よかったな」と生返事した後、「紫苑、それで調査の方は」と続けて尋ねた。
「もうハルツーム侯爵宅には、既にもぐり込んでおりまする。カルディアの使者たちが、「特別な通達」を持ってきているのは、明白……はて、誰宛のものなのかは、まだわかりかねます」
紫苑の言葉に、篠介が肩をすくめる。
「姉者の『くノ一』の技ってのは便利だよな。まぁ、おらっちも少しばかり……「細工」を施しておいたが」
「ほう?どんな細工だ?」とクロニクが興味深そうに尋ねると、篠介はニヤリと口に弧を描く。
「使者が持ってる書類に、ちょっとした仕掛けを。情報を手に入れるのに時間はかからねぇのさ」
それぞれが動き出す中、ミリネアがふと遠くを見つめた。
(カルディア……マヌエルを経由して向かうのもアリね。あの森に立ち寄れば、不死鳥、従魔のあの子にも、会えるかもしれない)
スキルで筒抜けな思いが俺に伝わる中、ミリネアの瞳に迷いはなかった。
その時、ギルドの入り口付近がざわつく。
「「「「「「「おぉぉぉぉーーーー!!!!」」」」」」」
ギルド内にどよめきが沸き起こった――。




