揺れるズードリア大陸編 29 〜静かな闇の慟哭と麗しのニューヒロイン〜
ズードリア大陸南東の島、ガーランド。
宿敵――銀髪のトランザニヤの一族を打ち滅ぼした勝利の祝宴が、
今まさに開かれていた。
「『始祖の一族』を滅ぼし、我が願いは成就した。同胞たちの献身に乾杯!」
魔王の低い声とともに、
四天王をはじめとする幹部たちも勝利の余韻に浸り、美酒を煽る。
城内を所狭しと埋め尽くす下級魔族たちは、
歓喜の昂ぶりからか、早くもお互いに殴り合い、その肉を喰らい合っていた。
それは魔族の本能なのだろう。
正視するのも憚られるほどの残虐性と苛烈さが、
広間のそこかしこで渦巻いていた。
その狂騒の光景を、玉座の脇から眼下に眺める影がひとつ。
四天王の一人、東のキライマカが含み笑いを浮かべながら、
手元の水晶に静かに魔力を込めていた。
次第に水晶球の表面に波紋が広がり、
血塗られた戦場の光景が浮かび上がった。
足元を埋め尽くす夥しい無残な骸と、赤黒く染まった泥濘の中、
軍服を纏った小柄な魔族が、不敵な笑みを浮かべて佇んでいる。
その背後には不気味な異形の魔族たちが隙間なく、隊列を乱さず居並ぶ。
二つの月が不吉な光を投げかける血色の空の下、
手元の水晶を覗き込むーー
小柄な魔族が冷酷な眼差しでこちらを見据え、口を開く。
「キライマカ様、こちらの様子をご覧いただけましたか?」
「うむ……。ヒバラガガ、どうやらことはうまく進んでいるようだな。
して……今は何階層にいるのだ?」
「今、40階層の冒険者どもと、ダンジョン神オグリが作り出したーー
たわいもない「マガイモノ」の魔族……
ダンジョンボスのメカ・ミノタウルスを倒したところにございます」
「そうか。最下層の45階層まで、あとわずかだな」
「……キライマカ様より預かった、この精鋭部隊なら、
最深部、ダンジョンの核までたどり着くことなど、雑作ないことかと」
「よし、そのままことを進めよ! 抜かり無きよう、励め!」
「ハッ!」
映し出されていた光景が消える中、キライマカの瞳が怪しく閃く。
「……ククク、あの宿敵の末裔たちを根こそぎ、屠ってやるわ……」
そう漏らしながら不敵な笑みを浮かべていたーー。
ーーその様子を天上界から見据えていたトランザニヤが、
ギュッと拳を握りしめる。
「くっそ! 好き勝手しやがって、もう我慢できんッ!
このままオレが下界に飛び込んで、奴らを一網打尽にしてやるッ!」
その言葉とともに風雲が急を告げるかの如く、
瞬く間に灰色一色ーー稲光が轟く空へと変わった。
慌てた女神東雲がトランザニヤの袖を掴む中、
神シロが雲と空の境に立ち、両手を広げ、待ったをかけた。
「黒銀の、お主の気持ちは痛いほどわかる……。
じゃが、ワシら神として祀られた人柱は降りたら最後、
堕天を知った創造神様からも見放され、冥府にまで落とされるのだぞ。
……そうなったら……お主も魔族の一員なのじゃぞ!
奴らと変わらん姿で、この世を彷徨うことになる……」
その冷静な言葉に、
憤りを顕にしていたトランザニヤが息をつき、我に返った。
そして、下界を見つめ、まるで自身の願いを込めるような声色で漏らす。
「魔族との宿命の戦いは近い。
双子の弟、オブリオが最後に放ったーー【桜刀・黄金桜雪花】が、
ゴクトー、いや、アンドリュー・ロイ・トランザニヤ……
お前を勝利に導いてくれるだろう。
……『始祖の一族』の復興は、任せたぞッ!」
その言葉は灰色の雷雲を消し去り、下界に虹の彩光をもたらしたーー。
ーーその頃ゴクトーは、
『ロカベルの魔法薬材と薬店』での穏やかな3日間を終え、
バグマン親方との約束の日を迎えていた。
◇(ゴクトーが語り部をつとめます)◇
緑龍の解体ーー肉と買取報酬を受け取るため、
ギルド支部に連れて行ったのは、
ミリネア、アカリ、そして人化したばかりのコガラだ。
アカリが「ダー様、では、私は緑龍の肉を」と、
別棟の解体室へと直行した。
その後ろ姿を見送りつつ、ミリネアが唇を動かす。
「ご主様、人化したコガラの冒険者登録と、
新たな『従魔登録』をしなきゃですね」
「ああ」
俺とコガラ、ミリネアは、申請窓口へと向かった。
「八咫鴉様、まずは人化した、その方の測定から」
妖精龍の長となったコガラが、ステータス鑑定魔導具に手を翳す。
すると、ギルドの登録端末が弾き出したステータスと固有スキルには、
周囲の職員が度肝を抜かれるほどの補正が刻まれていた。
「……ええと、
種族:『真・妖精龍姫』……?
固有スキルに【ギャランの加護】と【龍王覇気】……さらに、
ご主人様の魔力同調によるーー
『全ステータス常時2.5倍補正』って……。
これもう神話級の従魔じゃないですか!
……S級ランクで間違いないかと……」
窓口の職員、俺たち担当のイドヒ・ドイタ嬢が冷や汗を流しながら、
震える声を上げる中、
当のコガラは「ふふーん、コガラはすごいのよ」と胸を張る。
だが、そこは『豹柄のイドヒ』の異名を持つ、
彼女も負けじの『胸迫』、いや、迫力の胸を揺らしていた。
《「……コガラや、そんなことで大きな胸を揺らすなッ!
周りの男たちが、ざわつくだろッ!」》
思わず念話を飛ばした俺の顳顬に、ミリネアの澄んだ声が響く。
《「ご主様、コガラをいつまでも子供扱いしては、彼女の威厳に関わるかと……
龍皇一族、五龍の一人……それも皇女になったのですから……」》
教育的指導を念話で受ける俺の動揺する態度が、顔に出たのだろう。
ミリネアとコガラがふたりしてーー
「「ククククク」」と噛み殺したような笑い声を漏らす。
居たたまれなくなった俺を他所に、手続きは終わり、
いよいよ緑龍の素材の買取と報酬の受け渡しとなった。
「――お待たせいたしました、八咫鴉様。
今回持ち込まれた緑龍の素材ですが……
公王の孫に当たるエマ姫様が、いたく関心を寄せられたそうで、
なんと領主様が、その大部分をアドリア公王へ直々に献上されたのです!
……そのため、王室からの特別褒賞金も上乗せされまして……!」
額に汗するイドヒ・ドイタ嬢が息を切らせながらそう言うと、
後ろからバグマン親方を筆頭に、
解体職員のオーガたちが、大きな布袋を担いでこちらに来る。
そして、カウンターの上に「ジャラゴトンッ!」と、
重厚な音を響かせ、次々に乗せていく。
そんな中、俺の目の前で布袋からーー
ジャラララッと白金貨を流し出す、バグマン親方が口元を緩める。
「八咫鴉のおかげで、オレらも旨みのある手数料が稼げたぜ!
緑龍の肉は、サブリーダーの艶っぽいねぇちゃんに渡しておいた。
……だがよ、この買取金額と報奨金は見たこともないーーすごい額だぞっ!
がっははは、なにしろ白金貨で12万枚だからな!」
笑い飛ばすバグマン親方を他所に、
イドヒ・ドイタ嬢がこぼれ落ちた白金貨に慌てていた。
「……は? 白金貨12万枚……?」
思わず二度見し、目玉が飛び出るかと思うほど、
膨大な金額の白金貨が、ずらりと並んでいた。
想像の斜め上を行く大金を手にした俺たち。
その時、……ん? どの時? と、
動揺しながら、自身にツッコミつつ、思考を巡らせる。
そして、ある事が頭に浮かび、口を開いた。
「ヨシ……これだけあれば十分すぎるな。
……イドヒさん、
キヌギス砦の復旧と、負傷した騎士たちの治療費に充ててくれ。
ここから『白金貨1万枚』を寄付する!
ハウゼン支部長に頼めば、上手く、なんとかしてくれるだろッ!」
俺の声が響く中、ギルド内全体から
「おおおお……! さすがS級の八咫鴉!」
「気前よすぎるーー!その男気に惚れてしまいそうーー!」
「太っ腹すぎるぜ!」と割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こった。
大金を懐に収め、ギルドを出た俺たちだったが、
ここでコガラがぴたりと足を止め、俺の袖を引っ張る。
「あるじー、おねだりがあるの……。
仕立て屋さんで、コガラも、かっこいいインナー装備を作りたいの。
ねえ、連れてって!」
そのコガラの言葉に、俺は念話で寄越した彼女の言葉が頭をよぎる。
《「あるじーー コガラも、ひとがたになったらきれるーー?」》
《「……ああ……着れるさ」》と、確かに答えたのがまだ記憶にも新しい。
時折見せるコガラの潤んだ琥珀の瞳と、
その甘えるような上目遣いのアタックに、
俺は秒で陥落し、日頃からお世話になっているーー
仕立て屋『ジンロック』の店へと足を運ぶ。
店主ジンロックの娘、ココリドに出迎えられ、
仕立て屋の奥へと進んだコガラがオーダーしたのはーー
ただの防具ではない。
彼女の龍族としての魔力を極限まで高めるため、
ココリドが特製の魔力付与を施した、戦闘用インナーだった。
そんな中、カーテンの奥から出てきた、
ココリドが、こちらに歩み寄りながら唇を素早く動かした。
「聞いてくださいゴクトー様。コガラ様にピッタリな新作、
その名も――【ヨメニ・シタラ・ドナイヤ】です。
着用者の魔力および魅了値を爆発的に高め、彼女の美脚をさらに美しくする、
銀鱗抑制効果と主君からの寵愛を受けやすくなるーー
魔術的補正が、ガッツリ組み込まれている特製仕様です」
その言葉とともに、仕立て屋の緑のカーテンがスルスルと開き、
試着を終えたコガラが姿を現した。
ーーその瞬間。
店内にいた全員の言葉が、文字通り失われた。
「あるじ……どうかな? これ、着心地も魔力の巡りもすごくいいの……!」
そう漏らすコガラの姿はーー
あまりにも美しく、煌びやかで妖艶だった。
上質な黒のレースがあしらわれたブラトップコルセットに、
艶やかなガーターベルト、美脚を引き締める黒のストッキング、
そしてコツコツとした音を響かせる黒のハイヒール。
彼女の神々しい銀髪が天上のシーリングファンに煽られ、
どこか爽やかな緑林の香りを漂わせる中、
照明に反射する銀鱗が煌めく。
そして、美しい白銀の尻尾が優雅に弧を描くその様は、
漆黒のインナーとのコントラストが華やかで、
見るものの言葉すら失わせるほどーー圧倒的な存在感を放っていた。
姿見を覗き込み、あまりの似合いぶりに、
コガラ自身も少し恥ずかしそうに頬を染めながら、
裾やコルセットのフィッティングを確かめるようにポーズを執る。
「これは、あるじと添い寝するときにつけるーー!」
その言葉の破壊力は抜群で、なんとコガラが、
「これ、すごく気に入ったから洗い替えも含めて!」と、
同じセットを7セットも、しっかりと俺におねだりして買い揃えた。
「……っ! なにそれ、ずるい……! あんな格好を見せつけられたら、
ダー様の目が釘付けになってしまうじゃない!
うう……あんなの反則ですわ……!
ココリドさん、以前作っていただいた、
【アマズッパイ・カジツハ・ドナイヤ】に、さらなる魔法付与をーー」
アカリが悔しそうにオッドアイを揺らし、プルプルと肩を震わせる。
一方でミリネアもそのコガラの姿を目にし、頬をわずかにひくつかせていた。
麗しい新ヒロイン・コガラのあまりに強烈な一撃に、
メラメラと燃え盛る嫉妬の炎がアカリの中で、
しっかりと着火していたのを、心を読み取れる俺にはわかってしまった。
頬を膨らませるアカリが、
ココリドの手を引きながらカーテンの奥に引っ込む。
しばらくして、中からココリドの声がする。
「本当に、カーテンを開けてもよろしいのですか?」
「ええ、血の盟約を交わした妹分のコガラには、負けられませんわ!」
シャーと音を立ててカーテンが開かれる中、
ストッキングを履く、アカリのギラリとしたオッドアイが俺を射抜く。
「ダー様……この新装備、フロントホックタイプにしていただきましたの。
【トビデルゾ・メガ・ドナイヤ】は、気に入っていただけました?」
鋭い口調のその言葉に俺は顔に火がつき、
息を飲む暇さえなく固まってしまったーー。
読んでくださり、ありがとうございます。
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