揺れるズードリア大陸編 27 〜始祖の戦火ーー悲劇の島国〜
今回のエピソードはーーあの方が再び!Σ('◉⌓◉’)
ゴクトーたちが緑龍の解体と換金を待っているその頃。
ここズードリア大陸の南東に浮かぶ孤島――ガーランドでは、
四天王たちが魔王城に集められていた。
魔王が鎮座する玉座の前、金色のツノを光らせ、
文をしたためるーー四天王筆頭の北のドルサードを他所に、
東のキライマカは、今か今かとーー
その異質な身体の鉄鋲を閃かせていた。
一方で片方しかないレンズの奥、その瞳には、
魔族ながらも知性と叡智が窺えるーー
南のゾルザックが凛と姿勢を正した。
「キライマカ、ここでその飛び道具を放つのは、やめてくれたまえよ」
そう言いながら彼女が苦笑いを浮かべる。
その背後には西のゴーランの氷のような体躯から滲み出す、
冷たい空気が魔王の玉座へと流れていく。
その冷気にドルサードと、ゾルザックのドレスの裾が微かに揺れた。
張り詰めた緊張感が周囲に漂う中、
ドルサードが艶やかな唇を光らせながら一人の高官を呼び出す。
「これを、あの『始祖の一族』が治める国、トランザニヤへ」
そう言って文に『ネルル・ローズ』の蝋印を押した。
恭しく受領する高官がその場をすぐに去っていく中、
彼の背中を見つつ、ドルサードが微笑する。
「魔王様、全ての準備が整いました。号令を」
そう言って彼女が魔王の前で跪く。
その刹那、四天王を含めた全ての魔族が魔王に平伏した。
そこは魔王の支配する地であり、
その頂点に君臨する魔王ガーランド三世が玉座を立ったのは、
この世界の終わりを告げるーー嵐の夜のことだった。
「北東の島、トランザニヤへ軍を動かせ」
ただそれだけを口にした。
側近の四天王たちは頷き、誰一人として異を唱えなかった。
魔王の言葉は即ち、この世界の摂理と同義であったからだ。
やがてーー魔族の軍勢はマレー海を渡り始めた。
ーー天上には、人の目には映らぬ場所がある。
雲よりも高く、星よりも近いその場所で、
人柱トランザニヤが眼下の光景を凝視していた。
自身が礎となって生まれた小国、
自らの名を冠した島国に、黒い波が押し寄せてくるのに耐えきれず叫ぶ。
「なぜ……なぜ、今なんだっ!」
その声には、神としての威厳よりも先に、
『始祖の一族』と呼ばれていた頃の慟哭が滲んでいた。
白い指が虚空を掴む。
飛び降りようとでもするかのように、その身が前へ傾いた瞬間――
「落ち着け、黒銀のっ!」
天界の雲さえ揺るがす声が、後ろから降ってきた。
南西の離島『ヤマト』の礎となった、神シロである。
絢爛な白装束の袖を翻しーー
静けさの中、トランザニヤの肩に手を置いた。
「お前が今降りたところで、何が変わる。
神が地に足をつければ、均衡が崩れる……
それはお主が一番よく、わかっておるだろう?」
「だがっ、あの者たちは――」
「わかっている」
神シロの目が、遠く下界へと向けられた。
その瞳の奥に、何百年分もの時が宿っている。
「だから、手を貸せる者に頼む。それがワシらのやり方じゃろ?」
口元を緩めながら発せられたその言葉に、
耳を傾ける女神東雲は、夫の背中を見つめていた。
女神としての佇まいは常と変わらず優美であったが、
その双眸には静かな炎が灯っていた。
神シロがトランザニヤをなだめる傍ら、
彼女はすでに別の場所へと意識を向ける。
ーー下界。
遠く、自身の血を引く者が生きる地。
その中の一人、姪の気配を感じ取り、
女神東雲が瞼を閉じる。
「華……」
女神の声は風となり、光となり、距離など意に介さず届いてゆく。
風代華がその声を聞いたのは、ちょうど相棒の背中を見ていた時だった。
巨大な虎の姿で疾走する――
獣人のティグルが、大きな耳をピクッと動かし、
ほぼ同時に空を見上げた。
その琥珀の目が細まる。
彼女もまた、聞こえていたのだ。
「伯母様……?」
華が漏らした言葉に、ティグルが無言で頷く。
『始祖の島が、今、泣いているわ』
それだけで、二人には十分だった。
荒れ狂う海を越えて辿り着いたトランザニヤ島は、
鉛色の空と冷たい波飛沫をもって、容赦なく彼女たちを迎え入れた。
「肌寒い……着替えないといけないわね。ティグルが羨ましいわ」
濡れた着物を脱ぎ捨て、白い襦袢に身を包む華の背中では、
魔力が高まるたびにその姿を変えるーー風代家継承の証、
『白粉彫り(おしろいぼり)』の紋様が、漆黒の翼を不敵に翻す。
隣では虎姿のティグルが、
身震い一つで冷たい水滴を撒き散らしていたーー。
◆(女神東雲が語り部をつとめます)◆
トランザニヤ島ーーここは首都、メルリにあるトランザニヤの宮殿。
その城壁の上で、オブリオ・ロイ・トランザニヤが一振りの刀を抜いた。
その刀身が夕焼けを受けて輝く――
桜色の煌めきが、黄金の光を帯びて弧を描く。
七星の武器が一振り、【桜刀・兼松桜雪花】。
王爵家に伝わるその神器は、持ち主の意志に応えるかのように、
微かな音を奏でた。
ーーそれは亡き母の奏でる琴の音色に良く似ていた。
城壁の下、城下町では民が逃げ惑っている。
遠く海の彼方、魔族の軍船が水平線を埋め尽くしていた。
「怯えるな」
オブリオが振り返り、背後に並ぶ異形の騎士たちを制す。
低く、城壁全体に響く威厳が滲む声で。
「この国は始祖の命で立っている。余が退くわけにはいかぬ!」
誰も答えなかった。
しかしその沈黙は、同意の沈黙。
爆音、轟音、怒声が響くーー
魔族との戦いの火蓋が切られた。
始まりからーー防戦一方、苦戦の連続。
魔族四天王の一人、
北のドルサードは、正面から攻め込んでくるような真似はしなかった。
戦が始まる前夜、オブリオの元に一通の文が届く。
蝋付けの魔族の刻印ーー
そこに書かれていたのは一つの名前、ドミナス・ファン・トランザニヤ。
――オブリオの末弟の名だった。
それ以上の言葉は不要。
狡猾な北のドルサードがすでに弟を捕らえていることは、
文章の余白が物語っている。
オブリオはその夜、眠らなかった。
否ーー眠れなかった。
夜明けとともに刀を握り、それでも城壁に立つ。
戦わなければ国が滅ぶ。
だが戦えばーー弟が死ぬかもしれない。
どちらを選んでも、失うものがある。
七星の刀は、迷いを持つ手では十全には振るえなかった。
やがてーー防衛線が崩れていく。
「我が魔王様の祖である、これが始祖の一族か?
たわいもないわい……。
者ども! 魔族の力を今こそ思う存分、発揮する時ぞーー
四天王が一人、この西のゴーラン様の後に続け、ガハハハッ!」
殺戮、蹂躙、そして血の雨。
四天王の後に続く魔族たちの独壇場であった。
「マグナス……ドミナス……すまん。この国はもう……。
アンドリュー兄上、もし、あなたが生きておられたならーー
この国の再興と、我が家族をーーゲフッ!
……願わくば、【桜刀・兼松桜雪花】よ!
お前の正当な主の元へ戻り……我の無念を晴らす礎となれ!」
血まみれのオブリオが最後に残した詠唱だった。
倒れるオブリオの腕から放たれた銀色の光は、空に舞い上がり、
赤き鮮血を埋めつくかのようにーー雪を降らせた。
そして、その光は七星の光を纏い、遥か彼方へと消えていったーー。
城内が混乱に陥っていたその頃、
オブリオの妻マルソーは、子どもたちを抱えて走っていた。
8歳の娘エマは母の手を握りしめ、振り返ることなく足を動かし続けた。
賢い子で泣き声一つ上げなかった。
両腕に抱かれた双子――
青髪のエドモントと銀髪のエドワードは、
まだ2歳で何もわかっていないはずなのに、
不思議と静かに母にしがみつく。
廊下の角を曲がったところで、魔族の兵と鉢合わせた。
マルソーが息を呑んだーーその一瞬の間。
黒い影が、横から飛び込んできた。
「奥様、こちらへ!」
ーー執事のイワンだった。
継ぎ接ぎだらけの大きな身体が、魔族の兵の前に立ち塞がる。
縫い合わせたような古傷が顔を覆う執事は、
普段の物静かさからは想像もつかない力で兵を弾き飛ばした。
ガラス細工のような美しさとは程遠い、泥くさい献身。
しかしマルソーの目には、それがどんな英雄の姿よりも眩しく映った。
「イワン!」
「奥様、早く、早く行ってください! 私のことは……」
そこで二つの影が、廊下の奥から現れた。
華が城内に踏み込んだのは、ほとんど直感によるもの。
ティグルがすでに鼻を利かせていた。
獣人の嗅覚は人間には及ばない情報を持ってくる。
子どもの匂い、
血の匂い、
煙の匂い、
そして――恐怖の匂い。
「左の廊下にゃ!」
叫ぶティグルの琥珀の瞳孔は、
すでに暗闇でも獲物を射抜くほどに収縮していた。
ティグルが駆け出し、華がその後を追う。
角を曲がると、イワンが倒れかけているのが見えた。
マルソーが双子を抱いたまま壁際に追い詰められ、
エマが小さな身体で母を庇いーー魔族に立ちはだかろうとしていた。
華は迷わなかった。
「風よ、此の刃を以て、魔を砕けーー【風魔斬】!!」
ーー風が動いた。
ただそう言うしかないほど瞬時に。
ティグルの魔導銃を弾こうとした手も止まった。
気づけば魔族の兵は切り刻まれ、
廊下の壁に鮮血が迸り、ビシャリとした音とともに、
ドス黒い薔薇の血花を咲かせた。
その刹那ーー錆びた鉄臭さが鼻を突き、静寂が戻る。
突然現れた和装の華と、獣人ティグルの姿に、エマがパチリと目を瞬かせる。
「……誰」
「通りすがり、かな」
返り血を浴びた華が笑った。
この状況で笑えるのは、余裕があるからではなく、
怖がらせたくなかったからだ。
だがーー。
逃げる時間はなかった。
イワンが、震える手で懐から何かを取り出す。
それは古びた魔導具――
転移の触媒となる石が、鈍く光っていた。
「これを……使えば、アドリア公国の城へ飛べます。奥様の、ご実家に」
「イワン、あなたも一緒に」
「私が術を維持しなければ、全員は飛べません」
「そんな……」
マルソーの声が震えた。
「奥様」
イワンが口元を緩める。
不格好な、しかし迷いのない笑顔だった。
「私はトランザニヤ家の執事です。
最後まで、お仕えするのが務めにございます……!」
誰も言葉を継げなかった。
エマだけが、じっとイワンを見ていた。
8歳の目には涙が浮かぶ。
だがその真っ赤な瞳は見開かれていたーー
まるでこの瞬間の全てを焼き付けるように。
刹那、魔導具が輝きを増し、
空間が揺れながら歪み出した。
転移の光の中、イワンの絶叫が廊下に響く。
それが彼の全力だった。
光が収まった時、一行はアドリア公国城の一室に立っていた。
石造りの床。見覚えのある壁掛け。
マルソーが育った城の、懐かしい匂い。
全員が揃っているかを確認する。
マルソー、エマ、銀髪の弟エドワード――
だが青い髪の兄、エドモントがいなかった。
誰かが息を呑む音がする。
「エドモント……?」
マルソーの声が、石の壁に吸い込まれてゆく。
転移の光の中で何かが起きた。
術が乱れた瞬間に、魔族の呪詛の力が割り込んだのか。
あるいは別の何かが――
答えを知る者は、今この場にはいない。
イワンもエドモントも、どこかへ消えていた。
灯りのない城の一室で、マルソーが膝をつく。
双子の片割れを失った腕が、空を抱いたまま動かなくなった。
「ガァォ……助けられにゃかった……」
巨大な虎の姿に変貌したティグルの言葉に、
華は無言のまま、その場に立ち尽くす。
だが、彼女の瞳の奥にはーー
まだ希望の灯火が僅かだが、燃えるように宿っていた。
そして、「ティグル……行くよ」と小さく零す。
無言で頷くティグルとともに、二人の姿が蜃気楼の如く消えていく。
その場にはどこか温かさを感じさせるーー
残滓だけがほんのり、一筋の緑光となって煌めいた。
ーーその夜から、トランザニヤ家の者たちは、
アドリア公国の城で王族として余暇を過ごすこととなる。
与えられた部屋は広く、何不自由なく暮らせた。
エマはやがて城の暮らしに慣れ、
エドワードもすくすくと育ち、マルソーが笑顔を取り戻していった。
それでも夜が訪れるたび、マルソーは窓の外を眺めた。
どこか遠い場所に、もう一人の子どもがいる。
魔族の力に抗えず、引き裂かれた2歳の子ども。
「エドモント……あなたは今夜も、どこかで生きているかしら」
抑えきれない想いと涙が込み上げ、マルソーは朝日が昇り始めるまで、
ただ立ち尽くすことしかできなかったーー。
だが神々だけは知っていた。
その幼子は、ナガラが転生を遂げた子供だとーー。
このエピソードは仲良くしていただいております、
『桃源 華』様をモデルにした『風代華』ーー
彼女に特別友情出演していただきました。
Xアカウント @hana_tougen @Tougen87
華ちゃんはカクヨム、
アルファポリスサイトで人気のファンタジーも掲載してます。
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おっさん、異世界で スローライフはじめます 〜猫耳少女とふしぎな毎日~ #おっスロ
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華ちゃんいつもありがとう♪( ´θ`)ノ
引き続きよろしくお願いしますm(_ _)m




