模擬戦編 11 〜溢れ出る愛情ーーイブの器〜
のんきにのんびり、のほほんと。 Σ('◉⌓◉’)
「ケロッグ長老は料理がうまかったな。思い出すよ……。
しかし、このサンドもやたら美味いなッ!」
そう言いながらトランザニヤが、
女神東雲が用意したカツサンドを笑顔で頬張る。
「ふふ、お褒めに預かり光栄ですわ。ほら、あなたもこちらを」
まるで姉さん女房のような態度に、神シロが肩をすくめる。
それでもしっかり口に運ぶ神シロを眺め、女神東雲がニッコリと微笑んだ。
ーー天上の三柱の様子などーー
全く知る由もないゴクトーたちは、ワイバーンの肉に舌鼓を打っていた。
◆(女神東雲が語り部をつとめます)◆
「おなかいっぱい」
コガラが満足した顔でコトバを飛ばす。
「ああ、美味かったな」
ゴクトーが答えながらコガラの頭を撫でてやる。
満足げに喉を鳴らし、彼の膝の上で丸くなっていた。
その姿に、自然とゴクトーの口元が緩む。
ーーここはギルド支部別棟の鍛錬場兼闘技場。
ゴクトーたちは夢中になって食べ、
ワイバーンのステーキとカツがみるみる消えていった。
一同も穏やかな表情で、食後の余韻を楽しんでいる様子。
温かい雰囲気が漂い、会話の中で満足感も伝わる。
そんな中、イブが柔らかな口調で唇を動かす。
「殿、美味しいものをいただいたお返しじゃ、
妾の好物を振る舞いたいのじゃ。マルル、メルル、例の準備を……」
「「ハッ!」」
彼女の言葉にマルルとメルルの双子師団長が立ち上がった。
マルルが、ミルクパンを取り出し、豪華な装飾の茶壺を開けた。
シャッ シャッ
茶葉が擦れる音が耳に心地よいリズムを刻む中、ふたさじほど掬い取り、
器用な手つきでミルクパンに入れ、たっぷりと乳を注ぎ火にかける。
一方で姉のマルルの動きに合わせ、メルルが『アイテムボックス』から、
注ぎ口が細く作られた茶漉しのポット、
小ぶりなカップ、ソーサーをいくつか取り出す。
そんな中、竈の上で煮詰められた茶葉からは、甘い香りが漂い始める。
それを慎重に茶漉しポットに移すマルルの表情は、緊張が滲んでいた。
しばし、黙ってポットを見つめるマルル。
その真剣な眼差しにメルルが茶化す。
「マルル姉さん、もう良いんじゃない?」
「まだよ、あと20カウント待つわ」
そう答えながら笑顔を見せるマルルに、
イブが目尻を下げながら零す。
「ほっとくのじゃメルル、こだわりじゃからな、マルルの……」
淡く消える言葉とともに闘技場には甘い香りが漂っていく。
マルルによって乳の茶はカップに注がれ、
その柔らかな白茶色が青磁のカップに際立つ。
一方でメルルが菓子を青磁の小さな皿に丁寧に並べ、
一人ずつ、手元に配る。
乳の茶と菓子が手元に届くと、
パメラが手にしたカップを見つめ、少し懐かしげに零す。
「まあ……これはミルクティーね? 茶葉はアッサムかしらん?」
ーーその香りは、パメラに遠い日の午後の紅茶を思い出させたようだ。
まだ王宮の端の小さな温室で、母とふたりだけで過ごしたひととき。
静かな陽だまりと甘い香りの記憶が、胸を優しく満たしていく。
その表情には笑顔が浮かぶ。
そんなパメラの笑顔を見ながら、イブが感心したように言葉を添える。
「さすがパメラ姫様じゃ、よくぞおわかりになられた。
そなたの国ではミルクティーと申すようじゃが、
妾の国では『チャイ』と呼ぶ。
この菓子も大好物ゆえ、是非一緒に召し上がってくだされ」
そう言って小皿に並べられた菓子を彼女が勧めた。
他方、ジュリがお茶の香りを楽しむ中、菓子を見て唇を舐める。
「えっ、これって……! もしかしてバスブーサ?」
その言葉にアカリもその菓子に喜びを顕にする。
「そうだわ! 私たちの好きだったお菓子!」
二人は懐かしさに満ちた笑みを浮かべ、菓子に手を伸ばした。
「その通りじゃ。妾の好物でハチミツシロップに浸した名物菓子じゃ。
さあ、チャイとともに楽しんでくだされ」
そう言ってイブが、穏やかに笑った。
ふと、その様子を見ていたゴクトーがポツリとつぶやく。
「そう言えば、アカリとジュリはファルダットにいたんだったな……」
上品にチャイを啜るパメラを横目に、
ゴクトーが湯気の立つカップを手に取った。
息を吹きかけ、彼がひと口啜る。
「これは……美味いな。初めて飲んだ。こんなに旨いものだったのか……」
濃厚で甘い香りがゴクトーの鼻を擽り、
口の中一杯に広がる優しい味わいに、感嘆の声が漏れた。
「そうじゃろう? 菓子も是非、一緒に召し上がってくだされ」
ゴクトーの様子を眺め、満足げにイブが微笑む。
孤児院にいた頃ーー
シスターが作る焼き菓子が、ゴクトーの唯一の楽しみだった。
それ以来、彼は甘いものには目がないのである。
言われるがまま、透明な包みを丁寧に剥がし、
その菓子を口に運びながらゴクトーが笑顔を見せたーー。
◇(ここからゴクトーが語り部をつとめます)◇
菓子を口に入れたーーその瞬間。
しっとりとした食感と甘さが広がり、
チャイの風味と絶妙に調和していた。
「これも……凄く美味いな。イブ」
「じゃろう殿? 妾の国、自慢の味ですぞ。ぁはははは」
口元が緩みっぱなしでイブが誇らしげに俺に返す。
次の瞬間、周囲からも笑いが溢れ、場の空気が穏やかに和む。
チャイを楽しみ、互いに感想を述べ合う中、
ノビが手を挙げてイブに話しかけた。
「あの……イブ姫様、ごれ錬金術で……直せまづ?」
『パメラ先生のご加護』と、
目立つラベルが貼られた小袋が彼の手の中に。
袋の結び目を握りしめるノビが、イブにそっと中身を見せる。
焦げた甲羅の胸当てーーその破片が、そこには入っていた。
ノビの真剣な眼差しに、イブが僅かに眉をひそめる。
「カエル君、この『甲羅の胸当て』は、随分と無惨な姿じゃのう……
ふむ、これは……完全に元通りにするのは難しいかもしれぬな。
だが、違う素材を加えればーー形には、なるやもしれん!」
「これ、先生に買っでもらった物で……どうじでも直したいんさ!」
ノビの声が、普段以上に強い訛りとともに震えていた。
言葉にならない思いが、訛りの隙間から零れ落ちているのがわかる。
ノビの切実な願いに、イブが少し考え、頷く。
「したっけ、これは使えるでしょうか?」
『アイテムボックス』から、
ミスリルの胸当てを出したノビに目を向ける。
「それを素材に足せば、形にはできよう。
ただし、完全に元通りにするのはーー
難しいかもしれぬが。それでも良いか?」
「お願いじまづ!」
ノビが深々と頭を下げる。
「……妾の国では、戦で失われたものを再び与えるため、
錬金術は“祈り”の術とも言われておってな」
イブが茶色の耐熱エプロンを首にかけ、しっかりと結び、
身につけながら小さく息をついた。
だが、彼女のその瞳には、どこか母性めいた温かさが宿っている。
「仕方がないのぅ。妾の力でどこまでやれるか、試してみるとしよう」
つぶやきながら彼女がゆっくりと作業に取り掛かった。
仲間たちもその様子に固唾を呑んで見守る。
場に吹き込む風が、生暖かく感じたちょうどその頃。
イブが慎重に『アイテムボックス』から、
錬金術用の道具を取り出し、床に並べ始めた。
金属を溶かす小型の魔導炉、鋳型、そして、様々な細かい魔導工具ーー。
すべてが手際よく配置され、見る間に本格的な錬成場が整えられる。
「先ずは、この焦げた甲羅を分解して素材を抽出するぞい。
殿の【火属性魔法】で手助けしてもらえぬか?」
「俺が?」
「うむ、火の加減が重要なんじゃ。
うっかり燃やし尽くしては元も子もないゆえな」
指名された俺は、腰を上げた。
「イブ、普通の【火属性魔法】より、
【神代魔法】の方が操りやすいんだが……
それでいいならーーやるだけやってみる」
「殿にお任せするゆえ……」
「わかった」
俺は軽く返し、右手に魔力を集中させる。
息を呑む一同の視線が俺の手に集中する中、「ふぅー」と息を吐き出す。
「……悠久より巡る創造の息吹よーー
今ここに顕現し、我が祈りに応え給えーー【焱焔】!」
俺は唱え、手の平に炎を灯す。
その炎は、この世の炎とは明らかに違うーー
柔らかな橙の揺らぎと燃えるような豪炎を併せ持つ。
「何あれ?」
「っえええーー!?」
誰かの驚きの声が上がる中、俺は気にも止めず、イブの指示に従う。
小さな火球をゆっくりと甲羅に向けて近づける。
その瞬間、火力が上がりすぎて素材が歪みかけた。
慌てて炎を遠ざける俺に対し、
「っ…危ないところじゃった」と漏らす、イブの額に汗が滲む。
「したっけ!これ!」
ノビが慌てて水のボトルを出す。
「こら、邪魔するでない!」
喝を入れたイブがジロリとノビを睨んだ。
ノビが「ぁわわ!」と、手に持つボトルを持ったまま固まった。
そんなノビを睨みつけるパメラに、ニヤリとするイブが俺に指示を出す。
「殿、もう少しゆっくりと頼むぞぇ」
「ああ、すまん」
イブの真剣な眼差しに、額に汗が滲んでくる。
素材が徐々に熱され、黒く焦げた表面がひび割れながら、
内側の輝きが見え始める。
イブがその様子を見ながら、
適切なタイミングで魔導炉を稼働させ、甲羅を内部に収めた。
「ふむ、これで分解は完了じゃ。
カエル君、次はそなたが準備した、ミスリルの胸当てを寄越すのじゃ!」
「は、はい!したっけ……これ」
ノビが差し出したミスリルの胸当ては、
質感こそ立派だが、どこか使い古された印象を与えるものだった。
それを手に取ったイブが、真剣な表情で炉に差し込むと、
両手を胸元で組み、静かに唱え始めた。
「炎よ、金属の鎧を包み、命を与えよーー
錬成の法に従い、新たな形をここに成せ!【Stick・ Together】!」
その詠唱とともに、炉の中で甲羅の素材とミスリルが溶け合い始める。
金属が白熱し、美しい銀色に輝く液体へと姿を変えていく。
高温が周囲に広がり、見ている者の頬を赤くする。
誰も一言も漏らさない沈黙の中、ただじっとその様子を眺めていた。
そんな中、イブが素早く鋳型を取り出し、その中に素材を流し込む。
「ここからが、妾の腕の見せ所じゃな!」
次の瞬間、吹き込む風が止まった。
イブが額に汗し、両掌をパチンと合わせて唱える。
「……これは失敗できんのじゃ!【Mix】!」
ーー炉の魔力とイブの【錬金魔術】の影響で、
液体金属がうねり、まるで生き物のようにーー
動きながら形成されていく。
鋳型の中で再び冷却される金属が、
丸みを帯び、甲羅のような形状へと変わっていった。
全員が息を呑み、視線がそれに集中する。
イブが鋳型から取り出した新たな胸当ては、焦げた痕跡も歪みもない、
美しく再生された姿をしていた。
しかも、元の甲羅の質感とミスリルの輝きが絶妙に融合し、
独特な風格を漂わせている。
「ほれ、見てみよ。この仕上がり。ぁはははは!完璧じゃ!」
「こ、これが……オラの甲羅の胸当て……!?」
ノビが目を見開きながら、手に取り、
繁々と見つめ、その手が僅かに震える。
「妾の【錬金魔術】では、これが限界じゃな。
しかし、十分な強度と美観は保証するぞ」
イブの言葉を聞いたノビが感極まり、
涙を浮かべ、深々と頭を下げた。
「ほんどうに…ほんどうにありがどうございまづ!」
その姿にーー見ていた一同の表情も自然と綻ぶ。
「良かったじゃないのん、ノビ。これで貴様も、また胸当てを装備できる」
「はいっ……先生!オラ、もっと強ぐなりまづ!」
(っく!このカエル顔……たまに可愛いとこ見せるのよねん。
この胸当ても、きっとまたいつの日か壊れる。
それでも、ノビを守り切ったなら――それは、それだけで誇らしい)
覗き見たパメラの思考が俺に伝わり、自然と口元が緩む。
心読スキルも、こういう時は悪くないなと内心に留めた。
当の本人は、照れ隠しのようにノビへ笑いかける。
「ふん、大事に使ってくれて……私も悪い気はしないぞ! ほら!」
バシッとノビの背中を叩くと、
その決意を後押しするように明るい声が響いた。
「この胸当てで、みんなを守れるように、オラはなるんさ!」
ノビが真剣な「ケロ顔」で、決意に満ちた声を響かせた。
その瞬間、場には明るさを灯したようなーー温かさが広がった。
そんな中、イブが俺をじっと見つめる。
「ふむ、妾もやればできるということじゃな。
さて、殿。これで妾に借りができたぞぇ?」
イブが席に戻り、クスリと喉を鳴らし、
チャイを一口啜りながら小さく息をつく。
……仲間の絆が深まるこの時間は、
何物にも代えがたいな……。
こんな仲間たちって、本当、いいよな。
思いつつ、天井に目を向け口元を緩ませた。
ふと我に返り、【魔力回復薬】を取り出し、イブに差し出す。
「これ、飲んでくれ」
イブが頷いてそれを受け取ると、一気に飲み干した。
瞬間、彼女の顔色が元に戻り、その姿に全員が安堵する。
「ふむ、助かったぞぇ。殿!
ーー妾も、少し無理をしたようじゃ」
イブが軽く息をつくと、ノビが勢いよく立ち上がり、
『アイテムボックス』から一振りのレイピアを取り出した。
「したっけ、イブさん……これをお礼に……」
差し出したのはーー
ダンジョンの宝箱に入っていた、純度の高いミスリル製のレイピアだ。
その輝きに目を細め、イブが慎重にそれを手に取る。
「ほぅ……これは良い品じゃな。
そういえば、ガリ、模擬戦でレイピアが折れておったな?」
イブが横を向くと、ふくよかなガリ師団長が一歩前に出る。
「はい、姫様……そのようなことを覚えておられるとは」
「カエル君がくれたのじゃ。妾が受け取るより、
そなたが使った方が良かろう。
帰り道にも何があるかわからぬゆえ、有り難く使うがよいぞぇ」
「ハッ! 姫様、有り難く頂戴いたします!」
ガリが丁寧に頭を下げ、恭しくレイピアを受け取る。
その瞬間、彼女の”たわわな胸”が光る。
……なぜ胸が光った?
心中不思議に思いながらも言葉には出さず。
その光景に眉をひそめるイブが唇を動かす。
「ガリよ、いい加減その光る胸の魔力と、
スカートに指を引っ掛ける癖は、何とかならんのかぇ?赤いのが丸見えじゃ」
「ハッ!申し訳ありませぬ……慌てたもので……つい……」
胸中納得と動揺を交えながらも、頭のどこかでファンファーレ♬が、
聞こえた気がするーーきっと『江戸っ子鼓動』の差金だ。
イブから手渡された新たな武器をガリが恭しく掲げる中。
クロニクが立ち上がり、壁に立てかけてあった『ハルバード』を手に取る。
「腹も膨れたし、そろそろ腹ごなしに副将戦を再開しようぜ!」
その言葉は場に新たな緊張感をもたらしたーー。
お読みいただき、ありがとうございます。
引き続き読んでいただければ嬉しいです(๑╹ω╹๑ )




