ゴクトーの長ーい、一日【後編】──肉屋とパン屋と……黒い影
テンガロンハットとローブを手に入れたゴクトー。
食料調達のため、次の目的地「肉屋」へ向かうが──予想外の人間ドラマに巻き込まれる。
「……あの帽子をようやく手に入れたな」
「ははは、面白くなってきたな、黒銀の」
神シロは腹を抱えて笑っていた。
「まだ、出逢いは終わっちゃいないさ。この村には因縁と未来が潜んでる」
神々の視線は村の一角に注がれる。
◇(主人公、ゴクトーが語り部をつとめます)◇
気持ちを入れ替え、ゆっくりメモを広げる。
”特化スキル”を持つ俺はこの地図が頼みの綱だ。
……次は薬屋だな。
思いながら地図を見て歩く。
だが、ふと背中にドス黒い【覇気】を感じた。
誰かにじっと見られてるような感覚。
それはこの世のものとは思えないーー威圧を放っていた。
(*魔族の監視役のイラスト)
咄嗟に振り返る。
しかし、後ろには誰もおらず、妙な【覇気】も消えていたーー。
「なんだったんだ……」
俺は独り言ち、また歩みを進めた。
偶然にも肉屋を見つけ思わず入る。
木製の扉が乾いた音を立てる。
その瞬ーー木を燻したスモークの香りが鼻をくすぐる。
肉屋のカウンターには、干し肉や燻製が並び、肉の塊も天井から吊るされていた。
店内にお上品な声が響いている。
おほほほほほ、ってなぁ。
村の肉屋だぞっ!
目が点になるくらいだ。
身なりの上等なご婦人方が列をなす。
きっとこの村に出店してきた、大手チェーン店の重役の妻たちだ。
匂いでわかる。彼女たちがつけるフローラルの魔香水。それが店のスモークの香りと相まって、まるで高級デパートの入り口前にいるようなか感覚。
あ、でもカルディア魔法国で、入ったことなかったよな。
「サンドル・デ・パート高級店」ーー。
師匠と待ち合わせた、店前でのことが思い出される。
俺はご婦人たちの言葉に耳を傾けた。
「このお肉、ステーキにしたら美味いかしら?」
「オックスは高級ですからね、品質は間違いないですよ」
「美味しいのよね。ここのお肉……ふふふふふ」
「あるだけ全部、いただくわ」
なんて言っちゃってるよ。
オックスは牛のような魔牛。
ズードリア大陸の西南、巨人族が治める『カイド』産が最も有名でポピュラーだ。
ご婦人方はすでに、商品を吟味し始めてる。
っえ、全部っ!? やべ、俺も買わねぇと。
周囲にいる女性従業員たちは、忙しなく接客していたから仕方なくーー
テキパキ仕切るおばちゃんに声をかける。
ふくよかな顔立ちの、店主らしきおばちゃん。
「乾燥腸詰と干し肉。それと鶏モモの燻製も頼む」
俺の言葉に優しい笑みを浮かべつつ、彼女は商人らしい哲さを漂わせる。
「あんた……その刀『冒険者』だよねぇ… ずいぶん買い込むねぇ。旅かい? それとも……あのダンジョンかい?」
「ダンジョンだ」
「そうかい……」
彼女は笑い、手早く注文品を包みながら話し始めた。
「うちの店に来る『冒険者』たちから、よく聞くのよねぇ。
こっちからたずねたわけじゃないんだけど、みんな話してくれるのよ」
その声は滑らかで彼女が続けて紡ぐ。
「ダンジョンには、各階層に魔物が現れない『セーフティーゾーン』があるって。でも、その階層ボスを倒さないと次の階には行けないから、そこでみんな野営するんだってさ」
「そうなんだ」
俺の返事は、彼女の早口に一層拍車をかけた。
「で、うちの乾燥腸詰をパンに挟んで食べるのが最高だって評判よ。お世辞かもしれないけど、悪い気はしないわねぇ」
そう言っておばちゃんは、誇らしげに笑っていた。
俺にとってその話は”とっても貴重な情報”。
なるほどな……セーフティーゾーンか。
良いこと聞いたな。
思いながら耳を傾けつつ、俺は尋ねる。
「いい話が聞けたよ。それでーーパン屋はこの近くにあるのかい?」
「えぇ、この通り沿いにあるわよ。村で一番のパン屋だから、すぐわかると思うわ」
おばちゃんがさりげなく口元を綻ばせて、俺に肉を手渡す。
「はい、全部で金貨一枚にしてあげるわ。おまけよ、ありがとね~」
彼女に感謝しつつ、金貨1枚を手渡し、*『アイテムボックス』へ収める。
親切なおばちゃんだ……と、店を出る。
俺はテンガロンハットを被り、気合を入れた。
この時、何だか頭上で声がした気がした。
「ん?」
空を見上げ周囲も確認ーー何もない。
気のせいだよな。
「ヨシ!」
あの話を聞いたらパンに挟んで食べたくなった。
次の目的地は変更。俺はパン屋を目指した。
教えてもらったパン屋の前に到着。ほんの数分歩いた距離だ。
だがーー『CLOSE』。店の扉にその札がぶら下がる。
閉まってるとはな。
仕方ねぇ、薬屋に行くか。
次の行き先を確認しようとした、その瞬間ーーパン屋の中から怒声が響いてきた。
年老いた男と若い青年の声が入り混じり、まるで喧嘩でもしているようだ。
何だ……?
一体、中で何が起きてるんだ?
不穏な空気に思わず立ち止まる。
「なんでパン作りの修行に行っだお前が!!」
「オラはパン屋になんが …… なるもんかさ!!」
「バガもん!!! お前が継がんでどうするんさ!!」
「サーシャがいるだろさ!!!」
「サーシャも手伝いは、しでくれでるが……いずれ嫁さ行くんだ。……この店ばどうなる……」
「つんぶれれば… いいんさ!」
「ぐぬぬ…… もう呆れだわ。……何年振りがに帰っで来たど思ったら……『冒険者』なんぞになる……? ふんざげるな! この親不孝もん!! お前 なんぞ出でいげ───!!」
「わがったよ!! もう帰ってくるもんかさ!!」
”バーンッ!”
突如ーー大きな音とともに勢いよく、パン屋の扉が開かれた。
カキッ
その衝撃で『CLOSE』の札が地面に落ちる。
中から飛び出してきたのは、若い青年だった。
その青年は険しい表情を浮かべていた。
見せ物じゃねぇ、って顔だな。
俺をそんなに睨むんじゃねぇよ。
青年が鋭い目で俺を見据える。
一瞬、緊張した空気が場に流れる。
だーー何も言わずにそのまま、青年の姿は村のどこかへ消えた。
何だったんだ、今の? ドラマか?……と、チラリと落ちた札に目をやる。
もうパンを買うのは無理そうだ。
それにしてもあの若い男。
年下に見えたが、あの迫力、なんなんだ。
ぼんやりと頭の中を整理は、してはみるものの。
俺は勢いに押され、無意識にメモを握りしめていた。
「あ!」
気つけば、地図がクシャッと。
「……せっかくの地図が……」
慌てて両手で伸ばしながら薬屋へ向かう。
道に迷い、何度も立ち止まっては滲んで読めなくなった文字を指でなぞり、メモを確認。
しかし、一向に場所はわからない。
見上げると陽は茜を帯び、墨空が広がっている。
俺の迷いにも容赦なく陽は暮れていく。
準備、間に合わないかもしれないな。
……ってか、呑気かっ!
我ながら呆れる。この後に及んで、まだ自分にツッコミを入れる性分が憎い。
怪しい声、魔導具屋での買い物、肉屋でのやり取り、パン屋での一件ーー
振り返れば、考え事ばかりしていた気がするーーだけど、何も得ていないようで、何かが変わり始めた気もする。
でも、どうしてもな。 頭が回らないんだよ。
わかるかい? そういう日ってあるだろ?
今日一日を思った以上に長く感じる俺だったーー。
……そして、その夜は、まだ終わっていなかったのである。
*補足
ー『アイテムボックス』ー
所持者が持ち運べる「鞄」。収納魔導具。
現実より高度な魔法的性質を持つことが多い。
小さく見えるが、内部は広さが現実の体積を超える。
いわば「空間の歪み」を利用した超小型の亜空間。
所持者がボックスを開閉するだけで、内部の収納物を取り出したり、追加でしまえたりできる。食料などは傷まず、そのままの状態で維持できる。




