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妄想図鑑が世界を変える?【異世界トランザニヤ物語】  #イセトラ R15    作者: 楓 隆寿
第0幕 序章。 〜妄想図鑑と神代魔法士〜

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黒薔薇とミツバチ





 天界。

 神々が辺境の国、トランザニヤの状況を注視していた時のこと。

 物語はついに動き始めた。





◇(主人公のゴクトーが語り部をつとめます)◇ 


 



 女将さんにもう一泊と銀貨を渡した。

  結局、全然眠れず。


 ……ったく、朝っぱらからなんだったんだ?……。


『時の魔導具』を見た。

 ボリボリと頭を掻いて欠伸をひとつ。


 昨日のことを思い返し、夢だったのかな?と、思ったりもする。


 ……腹減ったな。


 だが朝食までには、まだ時間がある。

 眠気どころか、食欲まで湧いてくる。


 ぶるっ  「ヘックション!やべ、鼻水」  


 くしゃみが洗面所に響く。 

 まだ、朝方は冷える。


「村の散策でもしようか」


 誰もいない廊下で独り言ち、部屋に戻った。

 

 冒険者になって始めて自分で買った、大切なローブを身の纏う。


 これ、あったかいんだぜ。

 それにな、大概の魔法ならこれ一枚でなんとかなるんだ。 

 へへ、いいだろ? なんてな。


 誰に言う訳でもなく、お気に入りを羽織って宿屋を出る。


 まだ朝靄が晴れてない。

 辺りは薄暗く、東の空に橙が差し始めている。それはまるで大きな”まなこ”が瞼を開け、こちらを見つめるようだった。


 牧場の柵越しに見えるのは牛や馬、鶏たちの姿。 

 夜明け前の冷たい空気を感じる。


「ひやっとするな」


 吸い込む度、懐かしいようなどこか落ち着く気分になる。


 土と砂利でできた道を踏みしめながら、村の中心に向かって歩く。


 路地を進むと、木製の古びた看板がいくつか並んでいる。

 結構な年齢の女性が住宅の前を箒で掃いている。

 気さくな感じの物腰で、その女性が俺に声をかけてきた。

 

「おはよう。早いね、これからダンジョンかい?」

「おはようです。 いや散歩。 ししし」


 生活感が漂う中、その女性と軽く挨拶を交わした。

 

 気を良くした俺はずんずん歩く。


 「素朴な光景を見るのは、久しぶりだ」


 景色を眺望し、意気揚々とつぶやく。 

 それだけで少し心がやわらぐ。


 気持ちの良い空気を吸って、さらに足を延ばす。

 やがて小さな教会が目に入った。


 その佇まいは簡素で飾り気がない。

 それでも"教会”という場所が持つ、不思議な安心感があった。


 育った孤児院の『コリン教会』もそうだった。


 「コリンじゃないけど……懐かしいな」


 ポツリと落とす。 


 あの頃はシスターの温かさが”唯一”のより所だった。

 思い出すのは孤児院時代のこと。


 教会の鐘が日暮を知らせる頃に、頼まれた採取から帰ってきた。

 孤児院の仲間と薬草の仕分けを済ませ、おやつが来るのを待っていた。

 シスターの焼いてくれるクッキーが、俺は大好きだった。


『ゴクトー君、まだ、お祈り中よ。ふふ。そんなに(ほう)ばると、喉に詰まるわよ。まだ、たくさんあるからゆっくり、お食べなさい。 神様に感謝するのよ……』


 夢中で食べてるの見て、シスターはそう言って笑ってたっけ。

 

 カリっとした食感で、卵と香草の香りが鼻に抜ける。

 甘みが口の中にトロッと広がり、最高の贅沢だったんだ。

 

 シスターのあの笑顔が頭に浮かぶ。 

 美人なんだ。

 でも、結局、俺はシスターを泣かせてしまった。

 師匠と出会って、教会を出ることにしたから。


 教会でのこれまでのこと。そりゃ頭をよぎったさ。

 でも、それ以上に心は、もう師匠との冒険の旅に胸を弾ませていたんだよ。


 その頃は考えられなかったな。 

 

「シスターの気持ちなんて……」


 なぜか声に出てしまう。

 

 出発の日。

 シスターの瞳にはうっすら涙が浮かんでいた。


『行ってしまうのね……冒険者が危険な職業なのは、わかってるつもり……

ゴクトー君が、いつまでも無事で生きていてくれることを、ここで祈ってるわ』


 シスターの別れの言葉だった。

 冒険者になるために、それを振り切って俺は旅立った。


 「元気にしてるかな?シスター……孤児院を出て、もう十年は経つな…」


 思わず口から漏れ出た。

 

 胸の奥がギュッと締め付けられ、立ち止まり群青色の空を見上げた。

 静かに上がる朝日が十字の黒い影を落とす。

 威厳のある教会のシンボルを目にふと、感傷的になる自分を振り払う。


 朝焼けが村のメンインストリートの石畳に反射し、俺の影を伸ばす。 


 歩く度、キュッ、キュッと、朝露で滑る靴が音を鳴らす。



 「ん?」


 しばらく歩くと視点の先に赤い点が見えた。


 「なんだ……?」


 近づいてみる。そこには、酒場の入り口で持たれかかっている女性が一人。

 

 「スーピー…スーピー…」

 

 熟睡して寝息を立てていた。 


 うっわ酒臭い。 酔い潰れたのか?

 

 思いながらもじっとその女性を見た。

  

 紅い帽子。紅いジャケット。紅いスカート。


 全身を"紅”で包んだその姿は、明らかに村人ではない。


 彼女の装備は『冒険者』のそれ。一目瞭然だ。


 ただ、問題ありだ……。


 俺は周囲に目を配り、人が居ないか確認する。


 ヨシ、誰も居ないな。  


 ほっと息をつく。


 こんな姿で眠りこけているとは、かなり油断し過ぎだろ。


 挿絵(By みてみん)

(*熟睡する女性冒険者のイラスト)



 片膝を立てる彼女のーー黒い薔薇柄の下着が、まるでこちらに微笑むように笑った気がした。


 緊張で額に汗が滲む。


 いや、ちょっと待てっ! 


 内心思いながらもクラクラと眩暈がした。

 

 動悸がして予感がしたよ。 

 あ、いつものやつだって。


 「鼓動でるな!」


 言いながら思わず胸を押さえた。


 身体が浮いたような感覚。 ふわっと視界が歪む。  


 そしてーー俺は自分の”癖”の世界に入り込んだ。




 【妄想スイッチ:オン】


  ──ここから妄想です──


        

 『黒い薔薇』が覗いている。


         

 挿絵(By みてみん)

 (*ゴクトーの妄想上の魔物)         


            

 見つめられた瞬間、「!!!」まさかーー

 

 自分がミツバチになってしまうなんて、いったい何が、そこまでに至るのか〜ー。

          

 背中には小さな羽。


 額には二本の触覚。


 尻には“チクリ”の針がある。


        

 あれ? これって……

 まさか……! 「バイオハザード」か?



「くそっ ならば……」


 ブーン


 翅を素早く動かし飛び立つ。

    

 甘い香りに誘われる。まるで花のバイキングのよう。


 黒薔薇にとまる。

  

 「これがミツバチの特権だ」と、つぶやいたーー。


 ゴゴゴゴゴ……


 大地が揺れる。 地震か? 



 その瞬間ーー黒薔薇の棘が俺に刺さった。 

 まるで『ミツバチへの逆襲』でも、始まったかのように。


     

 「っく、次はもっと……美味しい花を…… 探す……ぞ…」


           

 【妄想スイッチ:オフ】


 ──現実に戻りました──


 黒薔薇は『妄想図鑑」に吸い込まれ、消えるように収まった。

 

 俺は人の姿に戻り我に返った。

 意識も徐々に戻ってくる。


「蜂になった?……なんだったんだ、あの黒薔薇?」


 思わずつぶやく。

 

 やっぱり妄想は危険だな、と改めて痛感した。


 だが、現実に戻った俺の目はまだその『黒薔薇がらの下着』にピタリのまま。  

 

 顔が熱くなるのがわかる。 


「……ったく、世話が焼けるな」


 目をそらし、羽織っていたローブを彼女にそっとかける。


 その瞬間ーー 「んん……?」


 彼女がうっすら片目を開き、かすかに身じろぐ。

 片膝も下げず、ただ顎を少し前に出しただけだった。

 

 やべっ! 起きちまう。

 そうっとだ、そうっと。


 彼女はすぐにまた、深い眠りに戻った。 


 「ふぅ」


 手が止まった俺はひとつ息をつく。

 

 「これでよし、と」


 気まずさを振り払うように──その場を離れた。

 

 うー、寒いっ! 早く宿へ帰ろう。 

 風邪、引いちまう……。

 

 誰に言う訳でもないが、そう思いながら宿へ向かって歩き出す。

 

 冷たい風が全身を撫で、思わず肩をすくめながら歩いた。


 「遠い記憶の隅……。どこか懐かしい匂いがする女性だな。風邪ひかないと……いいんだが……」


 独り言ち、ちょっと口元が緩んだ。



 ***


 宿に戻ると腹を満たさなきゃな、と食堂へ。


 入った瞬間、賑やかな笑い声。


 すでに冒険者たちが、朝食をとりながら会話してる。


 思わず、聞き耳を立てる。  


 当然だ。


「ついに20階層!運良く宝箱も見つかったしな!」

「んでも、15階層がら20階層まで10日も、かかったんだぞな、もし」


「各階層ボスには、かなり手こずったが……」

「……状態異常の魔法を使う……魔物も多かった……」

「麻痺・毒・眠り …… 動けなくって、死ぬかと思ったぜ」



 マジか。 やべーな。 


 俺は眉が動いたさ。



「彼女のおかげだ。今日も待ち合わせしてるから、彼女も来てくれるだろう...」

「真っ赤な装備が目立つし……凄いスタイルだし。ガハガハガハ」

「ちょっ!ビスタス、その笑い方……気持ち悪いからやめなよ……」

「ほっとけ!」

「お前ら程々に……至宝『七星の武器』を見つけるんじゃないのかよ」

「ああ、そうだったな。今日から25階層を目指すんだぞ!飯を食ったら各自準備。待ち合わせの時間にギルドだぞ。遅れるなよ!」


「「「「 おおぅ 」」」」



 新しく出来たダンジョン攻略の話だ。

 いい情報が聞けたな。 

 至宝『七星の武器』って、そんなお宝があるのか?


 俺は思考を巡らせる。 

 なるほど、この『冒険者』たち、着実に成果を上げているようだ。


 やっぱり、ダンジョンは魅力的なんだ。


 俺も朝食を黙々と口に運ぶ。

 テーブルの向こうで、地図を広げて議論する彼らの姿がなんだか、眩しかった。

 羨ましく思いながら、食堂を出て部屋に戻った。



 俺たちって、大丈夫なのかっ?


 ふと、不安に駆られる。


 彼らのパーティーは五人だった。 いや、それ以上かもしれない。


 それでも戦力を増やすためーーまだ誰かと待ち合わせているらしい。


 アカリとジュリと俺だけ……てか、たった三人でダンジョンに臨むことになるのか?


 期待と不安。 入り混じった感情が渦を巻く。


 *『アイテムボックス』を開き、現在の手持ちを確認。


 まず目に入ったのは『毒消し』と『麻痺回復ポーション』。


 どちらも残りは一本だけ。 

 

 これでは長い探索には心許ない。


 そして、もう一つ───『眠り』と書かれたラベルが目にとまった。



 眠り……?  やべぇ敵がいたら……どうするよっ!



 未知の状態異常だ。


 過去の冒険では、一度も経験したことがないのさ。 師匠もいたし。


 何がどうなるのか、具体的な効果さえ分からない。


 頭に浮かんだのは師匠の言葉だ。


『ダンジョン攻略には時間がかかる。長い旅路に備え、油断せず準備を整えることがーー大切なんだ』


 その忠告が今になって重くのしかかる。


 

 とにかく準備だ。 

 あとで魔導具屋、薬屋にも寄らないとな。

 それに食料も補充しなきゃだ。


 

 そう思いながらも身体は正直だった。


 この眠気、まずどうにかしないと……。



 抗えずそのままベッドへ、毛布の中に身を沈める。


 柔らかな起毛が全身を包み込む。


 意識はあっという間に途切れた。




 今だけは夢の中で休息をーー。





 *補足


ー『アイテムボックス』ー


 所持者が持ち運べる「鞄」。収納魔導具。

 現実より高度な魔法的性質を持つことが多い。

 小さく見えるが、内部は広さが現実の体積を超える。

 いわば「空間の歪み」を利用した超小型の亜空間。


 所持者がボックスを開閉するだけで、内部の収納物を取り出したり、追加でしまえたりできる。食料などは傷まず、そのままの状態で維持できる。


 









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