赤三角の魔物とゴクトーの揺れる心情 (『赤』シリーズ中編)
「おい、バッカスの酒が手に入った。飲もうぜ。がはははは。見ろよ、黒銀の、あいつ、ドギマギしてる」
「ははは……見るも無惨な責められ方だな」
神シロが面白そうに語る横で、黒銀の目の友は苦笑い。
「ふむ……だが妙だな。あやつの“妄想”……わずかに現界に干渉しているぞ?」
「……神代魔法秘伝の亖の芽か? まさか、まだ眠っているはずだが……」
「いや、あれは“見える者”にしか見えぬ現象よ。黒銀の、飲み過ぎるなよ。現と夢の境が曖昧になるぞ?」
神々は酒を煽りながら下界を眺めていた。
◇(主人公のゴクトーが語り部をつとめます)◇
「私は、アカリ・ミシロと申します。この子は妹のジュリ。聞きたいことがたくさんありますの。ナガラ兄様のことで」
彼女と目が合う。その淑やかな声が逆に緊張を高めた。
その態度どうなのよ? 急に変わったな。
思うが口にはできない。
落ち着き払い、品格を兼ね備えているような感じだ。
「ジュリもお茶、飲みなさい。ふふふ」
言い終えると彼女はヤマトの煎茶を啜る。
それも上品に。
まるでからかうようだな、と俺は頭をひねる。
悪戯っぽい目をするなッ!
どうすればいい?この状況をどう乗り切る?
俺っ!
思いながらも目のやり場には、相変わらず困っていた。
アカリが淹れてくれたお茶が冷める。
場には緊張感と眼前には赤が広がっている。
何か狙ってるような顔だなッ!
怖いぞっ! な、なんだ。
その時ーー洗い立ての石鹸の香りが周囲に漂う。
おいおい、アカリちょっと待てっ!
目の前のアカリが、異世界の門を開いた。
……ゴゴゴゴゴ!
その瞬間ーー大気が震えた。
いや違った。俺が震えていたんだ。
それは俺の頭の中だけの世界ーー
の、はずだった。
けれど最近、妙なことが起こる。
血がたぎるような五感ーー視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚。
あり得ないはずの妄想が、現実に干渉してくるような感覚。
まるで妄想が“具現化”されているかのようなーーこれは錯覚なのか?
……まさか、俺の中の神代魔法が“目覚め”始めているのか?
ぐわんと目の前が歪み、カチッとした音が脳内に響く。
俺は自分の”癖”の世界へ入っていった。
【妄想スイッチ:オン】
──ここから妄想です──
俺の妄想眼“死線”が黒い網の目の何かを捉えた。
それはまるで、艶のある白い樹々の隙間から獲物を狙う。
張り巡らせた網目から、黒い糸を喀き出し、妖艶な笑みを浮かべる。
キラン✧
神々しい赤い煌めきが蜘蛛の巣を切り裂く。
「…っ!」
真紅の魔獣『非常用侵入グチ』が、俺の"死線”を捉えたーー。
(※ゴクトーの妄想ベースにした異世界の魔物です)
【妄想スイッチ:オフ】
──現実に戻りました──
俺の脳内の『妄想図鑑』に、真紅の魔獣ーー『非常用侵入グチ』がスッと吸い込まれ収まる。
我に帰り、意識を取り戻した。
「っな!、またかッ!」
一瞬、瞼をしばたかせた。
何やら視線を感じる。
俺を見つめるジュリの顔は「信じられない」と、言いたげに歪んでいた。
驚きと困惑ってやつ、そんな顔だな。
これ、不可抗力でしょッ!
決して口に出せない俺は、なんか無性に腹が立った。
隣に座る妹のジュリが声を荒げるからだ。
「その目はなに!」
眉根を寄せる彼女が怖い。
声もキィーって感じだよ。わかる?
この姉妹の対比にますます困惑を深めたよ。
だってそうでしょ?
そんなに怒鳴る? 目、つり上げちゃって。
いや、確かに……。
アカリさんの『赤三角』はーー見ちゃってますけども。
あなたは、足を投げ出した時だけだったでしょ?
ほんのささやかな時間だったのにな、と俺は思ったさ。
ジュリの圧に怯む一方で、内心軽口を叩く。
どこか苛立つジュリから視線をそらす。
口はへの字だし、まなこは目尻に寄り、細めたその目。
その顔は「またやったの?」と。
俺に問いかけているように感じた。
ジュリの眉、これでもかってな具合に吊り上がってるな。
それって軽蔑顔でしょ? わかってます。
……ってか、妄想、俺の癖だからっ!
声を大にして叫びたい。
もどかしさで頭が変になる。
だが口には出せない。
俺の最もダメなところだな。
目線をどこに置けばいいのかーーわからなくなってきた。
好きで見ているわけでは、ないんだが?
でも、この姉の思考が読めないのは確かだ。
ここは観察だ。
必死だよ。当然だろ。
誰だって見たらわかるだろ?
この状況だぞっ!
思いながらも額から冷や汗が垂れる。
一方のアカリは、唇の端をかすかに上げる。
やめてくれ.....!その顔。見てないフリ.....続けるにも限界だ。
目に入るんですけども.....と、俺はうろたえた。
そんな中、アカリが背筋を伸ばして口を開く。
「兄様は旅に出てから、それっきりで、長い間、行方がわからなくて......」
言い終えると寂しさを漂わせる彼女。
どこか憂いが滲んでいるように見える。
気のせいか?
だが、その目の奥に爛々と閃く、何かが宿っているように俺は感じた。
ジュリの瞳にもアカリ同様の何かが漂う。
だから......その何かが怖いんだよ。
誰か教えてくれっ!
この状況からなんとか逃れたい、俺の心の叫び。
しかし、サラッとした桃髪を掻き上げアカリが真顔で口を開く。
「......知ってたら、教えていただけませんか?」
彼女の一言は、まるで”真剣”の刃のように胸に刺さった。
ヒヤリとした感覚が背筋を襲う。
喋るのは苦手だけども。
ここは話をしておかなきゃだ。
そう思い俺もなんとか答えようと喉を開き、声を絞り出した。
「師匠とはそうだな、二年くらい前だ。俺が『A級』になった頃に突然だった。【桜刀】と装備一式を置いて、姿を消したんだ。それからずっと……俺も探してるんだ」
そう言うと姉妹の表情が変わった。
彼女たちはため息をつき、肩を落とす。
ふと、師匠との突然の別れが頭をよぎった。
あの時、まだ我慢できたんだ。
厠に行かなければ、師匠を見失う事なんて……きっとなかったんだ。
俺は後悔しながら、苦い思いを振り返る。
アカリが驚いたような顔を見せ、艶やかな唇を動かす。
「二年前、突然?」
彼女はジュリと目を合わせ、二人とも食い入るような眼差しをする。
不安げな表情だな。
焦らんでも今、話すよ。
思ってたのも束の間、次の瞬間ーー俺を一瞥し、アカリが真剣な表情で、ゆっくりと美脚を動かし始めた。
「……っく!」
黒編みタイツの奥が俺の目に飛び込む。
今、説明しようとしたとこなのに、集中ができない。
困惑中にも関わらず、アカリが再び問いかける。
「そうだったのね……貴方も驚いたのでしょう?」
うっすらと笑みを溢す彼女。
そりゃ驚くよ。赤いパンツ丸見えだもん。
見せるあなたに驚くんだが?
わざとやってるだろっ!
俺は思いながら瞼を閉じた。
「ふふふ」と、彼女の笑い声が聞こえる。
俺の妄想ーー胸の『江戸っ子鼓動』は爆発寸前。
その音が胸から漏れてないか、少し不安になる。
場には妙な空気が漂い始めた。
俺はまだ瞼は閉じたまま。
間を置いて、早口で話すジュリの声が微かに聞こえる。
「なんで急にいなくなっちゃうのよ! 愛想尽かされたの!? ……へんたいだから?」
「ジュリ。言葉が悪いわよ。……ふふふ、そんなこと言っちゃだめよ」
続けてアカリの艶っぽい声も、耳に飛び込んでくる。
俺は瞼をゆっくり開けて状況を確認。
よかった。閉じてる。ふぅ。
息をついた。
だが次の瞬間ーーアカリの目の奥の閃きはギラン✧と俺を射抜く。
思わず名付けた『妖艶な虎』がこちらを睨む。
固唾を呑み、微かな震えとともに膝が笑う。
一方で、ジュリが何か言いたげに口を真横に結んだ。
彼女の眉がわずかに動く。
「ちょっと─── !
さっきからずっと、ネーの脚の間ばっかり見てるじゃない──!! 」
俺には小さな魔物が、吼えたように思えたんだが……。
ありがとうございます。引き続きよろしくお願いいたします。




