09 戦いに備えて
闘技場での大会の前夜、俺は装備の手入れと武器の作成に取り掛かっていた。
「……だいぶ減ってきたな」
古びた民家の寝室にある机に自身の暗器や小道具をならべ、俺は溜息を吐く。
当然ながら俺はマルクに刺されて捨てられた時点での装備しか持っていない。本当なら暗器、糸、爆弾、毒と十分予備のものを作成しているのだが、一緒に持ってこれなかったのでないも同然。
なんとか殺したやつから回収して使いまわしてはいるものの、所詮は消耗品なので限界がある。
火薬など基本的な素材は市場で買えるのだが、絞殺に使っている特殊な糸や神経毒に使っている原液などは素材が珍しいので中々手に入らないだろう。
とりあえず作れるものだけ作っておこうと、小型爆弾の作成に取り掛かっていると、ルージェが部屋に入ってきた。
「まだおきてんの?」
「明日に備えててな」
「ふーん」
俺の肩から机の様子を覗き込むルージェ。
出合ったばかりの頃はだいぶツンとしてたルージェだが、日が過ぎるうちに俺の存在に慣れたのか、最近はだいぶ態度が柔らかくなってきた。と言うか向こうから絡んでくるようになった。
人間とか魔族云々以前にただの人見知りだったんだろうな。似たような職業をしてる俺だからわかる。基本的に暗殺者だの密偵だのってのは対人関係が苦手で性格のひん曲がった日陰者のやることだ。
「色んな武器持ってるわよね、ほんと」
ルージェは糸のついた暗器を持ち上げながらそう言う。
「この糸ってめっちゃ細いのに随分頑丈だけど、なんなの?」
「アークアラクニドって魔物から取れる糸だ。剣で切れないほど頑丈だが、同時に絹のように柔らかい。何にでも使える優れもんだぜ」
「へえー、じゃあこれは?」
分解された小型爆弾を指さしながら問うルージェ。
「ただの小っちゃい爆弾だ」
「こんなのでも人を殺せるような爆発するの? 癇癪玉にしか見えないけど」
「これのおかげでな」
俺は発火装置から紫に輝く小さな石の破片を取り出す。
「なにそれ――」
ルージェは欠片を手に取り、じーっと見つめる。
「魔石の破片?」
「ああ」
魔石とは瘴気の溜まった原石を製錬して作った石。
大きな船や飛空艇の動力となっているほか、魔族と違って先天的に体内に魔力を持たない人類が魔法を使う為に必要なものである。
もっとも、例え魔石を使おうが魔力を感じ、操る事ができない故に魔法を使えない人間はごまんといる。俺を含め。
この辺は生まれつきの素質の問題でしょうがないので、俺は魔石の欠片を爆弾や煙玉の発火装置を始めとした小道具に使っているわけだ。
しばらく魔石の破片とにらめっこしたのち、ルージェは閃いたかのように言う。
「あ、わかった! 発火装置でしょ! 魔石を割った時の魔力の発散を火薬に引火させて爆発させてるとか」
「まあ、そんなとこかな」
小型爆弾を組み立てながら俺は言う。
「しかし人間ってほんと色々工夫するのね。魔族だったら全部魔法で解決しちゃうからなー」
「……馬鹿力だけで全部解決する筋肉頭の人間もいるけどな」
明日戦う事になるであろうヴォルフを思い浮かべながらそう言う。
「なにはともあれ明日は闘技場までの案内頼むぜ、ルージェ」
そう言うとルージェは俺の肩に手を乗せた。
「まかせなさいって。よくわかんないけどアズール様はあんたの事結構気に入ってるみたいだから、間違ってでも死んで彼女を悲しませるような事はしないでね。それにシアン様の命も掛かってるし」
「俺は死なねえよ」
「じゃ、有言実行でお願いね。おやすみー」
「おう」
最後に俺の肩をぽんっと叩くと、ルージェは部屋を出ていった。
それからしばらく装備の作成を続けていると、またもや誰かが近づいてくる音がする。
「アズールか?」
俺が振り向かずに言うと、アズールから驚きの声が漏れる。
「すごいな、何故わかった?」
「一度聞いた足音は大抵覚えてる」
「まったく、相変わらず未知数な男だ」
寝巻姿のアズールは部屋の中に入ってくると、机の隣にあるベッドに腰掛ける。
「では、例えば私とルージェの足音はどう違うんだ?」
「アズールのほうがだいぶ重いな」
「し、失敬な!」
「足音が重いって話だぞ」
「それでも十分失敬だ!」
「わりぃわりぃ。で、どうしたんだ? 隠し部屋にいたほうがいいんじゃねえか」
「ずっとあんな場所に閉じこもっていては腐ってしまう。せめて夜ぐらいは家の中を自由に歩きまわりたいものでな」
確かに。あんな小さい部屋に家臣六人とすし詰め状態はさすがにきついよな。
「それに、明日が大事な戦いと言う事もあって、君の傷の治り具合を確かめたかった」
「あー、もう大丈夫だぜ」
「この私が見てやろうと言っているのだ、断る理由もあるまい」
「確かにな」
俺はアズールを向きシャツのボタンを外していく。
そして露わになった傷跡を見つめるアズール。
「まったく、何度見てもどうやってこの傷で生き残れたかが不思議だよ」
マルクに斬られた傷にそっと触れながらアズールはそう言った。
「死にたくなかっただけだ」
「死にたくないと言う思いだけで死なずに済むのなら、世の中は遥かに幸せな場所になっているぞ」
「意外とそれだけでもなんとかなるもんだぜ」
アズールは苦笑し、俺の傷跡から手を放す。
「痕は残ってしまったが、傷は完全に塞がってるようだ。明日は無理なく戦えるだろう」
俺のシャツのボタンを閉めると、アズールは俺の手を握った。
彼女の温もりが手を通して伝わってくる。
「明日は、頼むぞ」
「まかせろ。必ずお友達は取り返してやる」
「それだけじゃない。君も無事でいてくれ」
アズールは透き通るような青い瞳で俺を見つめながら言う。
「父も国も大勢の部下も失った……わがままかもしれないが、私はこれ以上なにも失いたくないんだ」
そして握った俺の手をゆっくりと胸元へと持って行った。
「日は浅いとは言え、君は何度も私の命を救ってくれた恩人であり、友だ。決して亡くしたくはない」
「……ったく、まだそんな心配してんのか?」
俺はアズールの頭に手を乗っけて立ち上がる。
「俺は道半ばで死んじまうような雑魚じゃねえよ。敵討ちをするって言ったからには必ず成し遂げるさ」
「……そうだな」
アズールは笑い、俺の手を借りて立ち上がった。
蝋燭で照らされたうす暗い部屋の中で、俺たちの距離は近づく。
俺は思わず寝巻に包まれたアズールの肉感的な体に目が行った。こうして薄着でみると見るとやっぱり王女と言うべきか、身分相応の豊かさだ。
「と、ともかくだ」
が、アズールはすぐに距離を離して咳払いする。
「明日はよろしく頼むぞ」
「おう」
「それじゃあ……おやすみ」
アズールは少しだけ顔を赤らめながら部屋を去ろうとする。
「アズール」
俺はそういってアズールを呼び止めた。
静けさの中、二人の目が合う。
「意外と着痩せするよな」
「うるさい!」