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03 魔王の娘

「ったく、酷え有様だな」


 炎に呑まれた村を歩きながら、俺はその惨状を目のあたりにした。


 殆どの家が火をつけられて燃えているのはもちろん、そこら中に魔族の死体が転がっていた。


 主に男性なので、女はどこかに連れて行かれたのだろう。


 いくら敵とは言え、戦争に関わってない者達をここまで殺すとは……どっちが魔族だかわかんなくなってくる。


 そもそも人間と魔族の違いなんて角が生えてるかどうかと、魔法の適正ぐらいだしな。


 現に魔王アナザエルによる侵略が始まるまでは魔族と人間、そしてその他の亜人が一緒に暮らしてる地域は結構あったらしいし。


 そういや王都の貧民街にいた頃もときたま魔族を見かけることはあったな。それが今となっちゃあこの有様か。


 もっとも、俺も数えきれないほどの魔族を殺してきたわけだから他人事みたいに言えねえけどな。


 この手の略奪は戦争の中で何度も見てきたが、やっぱり悪趣味だ。


 なんの抵抗も出来ねえ奴らをこうも無残に殺すのは――


「たのむ……だれか……」


 ふと近くに倒れていた魔族の男が枯れた声でいった。まだ生きてたのか。


「おい、大丈夫か」


 体を起こそうと少し引っ張ると、男の腹部に空いた穴から内臓がこぼれ出てきた。


「ううっ……ううう……」


「大丈夫じゃねえな」


 どうせこの世に長くないので内臓を適当に穴にに詰め込んでやると、男は俺のの手を握った。


 死にかけにしちゃあ随分と腕力あるんだな。


「つれてかれたんだ……妻も娘も。誰でもいい……お願いだ。二人を……」


「どこにいるんだ?」


「村の中央に……みんな集められて……」


 男の声はどんどんと掠れて行き、ついに口を動かしているのに声が出ていない状態になった。


「……っ……っ」


 俺は男の手を解き、その


「んなこと言われても、お前の奥さんとガキが誰だかわかんねえしな」


 男はついに口すら動かさなくなった。


「でもまあ、斬られたとこは痛ぇし腹は減ったし、その上こんな胸糞わりぃもん沢山みせられちゃあな――」


 そして目を開いたまま息絶えた男の瞼を手でそっと閉じる。

 

「喜べ、今夜は地獄が賑やかになるぜ」


 そう言い残し、俺は村の中央へと向かっていった。


 近づくに連れて、徐々に悲鳴や怒鳴り声が大きくなっていく。


 状況を把握しようと、俺は近くで唯一火がついていない家の屋根に乗って身を潜めた。


 小さな石像が建てられている村の中央には、村の女子供が集められており、その周りを囲うようにして人類同盟の傭兵たちがいた。


「さっきからゴチャゴチャうっせえんだよ!」


泣き叫ぶ村人たちを、傭兵の部隊長と思わしき男が一喝した。


「いいか! 魔王は死に、てめえらの国は人類同盟に降伏した、だからてめえらはみんな俺たちの戦利品だ!」


 部隊長は気色の悪い笑みを浮かべる。


「まあでも、俺たちだって鬼じゃねえ。言う事を聞いてりゃ殺しはしねえよ」


 そして近くで震えていた若い女性を指差す。


「まずはそこの雌、こっちにこい!」


 女性は当然逆らうことはせず、恐る恐る部隊長の前へと歩いた。


 部隊長は女性を舐め回すように見つめると、彼女の服を掴み、一気に引き剥がした。


「きゃああ!」


「ほお、なかなかいいじゃねか……おい、隠すんじゃねえ!」


 うずくまって裸体を隠そうとする女性の腕を強引にひっぱりながら部隊長は怒鳴る。


 そろそろなんとかするか。


「やめろ!」


 俺が動きだせる前に、村人の中からフードをかぶった少女が立ち上がる。


「なんだてめえは? あんま人の邪魔をすると――」


「私がその者の代わりになろう」


 フードの少女の声は美しく、勇ましいものだった。


 それに、落ち着きがある。まるで死すら恐れていないかのように。


「はっ?」


「その代わり、ここにいる村人たち全員を開放しろ」


「アホか。そんな事して俺たちに何の得があんだよ」


「私には価値がある。それこそ貴様らにとって最高の戦利品だ」


「はあ?」


 すると少女はフードを外し、その顔を露わにした。


 少女の美貌に、俺は思わず目を見開いてしまった。


 腰まで伸びる透き通るような金色の髪、真っ赤に色めく艶やかな唇、宝石のように美しい深い青色の瞳。


 肌は雪のように白く、シミや傷の一つもない。そして頭部には立派な二本の角が生えている。


 この魔族の少女は、確実にただの村人じゃない。


「……っ」


 部隊長も少女の美しさに驚いたのか、言葉を失っていた。

 

 辺りが急に静まり返ったところで、少女は自ら名乗った。


「我が名はアズール・ティラニュクス・ファウナ・ディス・スペクトレイ。魔王アナザエルの娘にして、ダムド魔国の第一王女だ」


 衝撃の事実に、そこにいた誰もが驚きを隠せなかっただろう。


 魔王の娘がまさかこんなところにいるとは。


「ふふっ……はっはっは!」


 しばらくの静けさのあと、部隊長は急に笑い出す。


「何を言いだすかと思ったら……あほくせえ。魔王の娘とやらがこんなチンケな村にいる訳ねえだろ」


「父の命により、私は人類同盟が攻撃を開始する前に魔王城を脱出した。スペクトレイ家の血を絶やさぬようにな」


 アズールと名乗る少女は俯き、少しだけ悔しそうな表情を見つめる。


「しかし、脱出の際に戦乱に巻き込まれ仲間とはぐれてしまった。故にここで匿ってもらっていたのだが、今となっては隠す理由もあるまい」


「いけません、アズール様!」


 近くにいた女性が止めようとするが、アズールは部隊長へと向かっていく。


「もう一度言う」


 そして部隊長の前で立ち止まり、彼を睨みつけた。


「私の身柄はくれてやる。だからここの者達を解放しろ」


 アズールの気迫に気圧されたのか、部隊長は苦笑する。


「なるほどな、いい案だ。乗ってやるよ」


 そして裸の女性を手放すと、周りの部下たちに言う。


「てめえら、魔王の娘は俺が貰った! あとの女は自由だ。好きにしろ!」


「まて、話が違うではないか!」


 部隊長はワザとらしく肩を竦めた。


「俺は約束通りこいつらを解放してやったぜ。その後に俺の部下が女共になにをするかは俺の責任じゃねえ」


「そんな話がまかり通るか!」


「まかり通るんだよ。てめえらは俺たちに対抗する術がねえからな」


 アズールに息がかかるほど顔を近づけながらそういい、部隊長は彼女へと手を伸ばす。


「さあ、遊ぼうぜ。俺の戦利品ちゃん」


 ドスッ。


「ドスッ?」


 アズールに触れようとした部隊長の手には、いつのまにか暗器が刺さっていた。


「いで、いでえ!」


 まあ、俺が投げたんだけどな。


「そんぐらいにしとけ、ゴミクズ」


「な、なんだてめえは?!」


「今にわかるさ」


 俺はそう言い、煙玉を傭兵たちに向かって投げつけ、煙幕が立つと同時に屋根から飛び降りる。


 敵の数は十八。楽勝だ。


 俺は着地と同時に短刀を抜き、そばであたふたしていた傭兵の喉を掻っ切る。


 ――十七。


 次にがむしゃらに剣を降りまわしながら突っ込んでくる傭兵を刺殺。


 ついでに傍にいた別の傭兵の喉に暗器を投げつける。


 ――十六、十五。


 更に煙が晴れる前にもう三人ほど始末。


 ――十四、十三、十二。


「今のうちに逃げろ!」


 煙が晴れると同時に俺がそう言う。


 傍観してた村人たちは一斉に四方八方に走り出した。


 同時に二人の弓兵が俺を狙うものの、さっき刺した奴を盾にして矢を凌ぎ、逃げまとう村人の中を掻い潜りながら弓兵に接近して始末する。


 ――十一、十。


 弓兵の対処をしていた間に背後を取られ、斧をもった傭兵が後から襲ってくるものの、俺はそいつの足に糸付きの暗器をぶっ刺して後ろに周り、糸で絞殺。

 

 ――九。


 そしてその糸を持ったまま走り出し、俺へと迫っていた傭兵四人の脚をひっかけて一斉に転倒させた。


 当然転んだだけじゃ死にはしないので、近くに寄ってきた傭兵に小型爆弾つきの暗器を刺し、そいつをさっき転ばせた傭兵たちに向かって蹴り飛ばす。


 暗器についた爆弾は起爆し、五人とも巻き込まれた。


 ――八、七、六、五、四。


 部隊長の隣にいた手練れっぽい傭兵二人が斬りかかってくる。


 俺は敵の剣戟を軽々と避けつつ、靴に仕込んである刃を出し、回し蹴りで二人の喉を同時に裂いた。


 ――三、二……


 最後に敵前逃亡してた臆病者の傭兵の背中に暗器を投げつける。


「一、と。ざっとこんなもんか」


「な、馬鹿な……こんなことが……」


「あとはてめえだけだぜ」


 一瞬にして自分の部隊が全滅した事を信じられないのか、部隊長は唖然としてた。


「ふ、ふざけんじゃねえぞ!」


 部隊長は咄嗟に逃げ遅れた女性を掴み、喉元に短剣を当てた。


「来るな! きたらこいつをこぐぼぁ!」


 俺は怒鳴る部隊長の口に暗器を投げ込んで黙らせる。


「ぐぼっ、がはっ!」


「人質辞めるんだったらいまのうちだぞ」


「は、はいっ!」


 部隊長が口に刺さった暗器を取り出そうともがく間に、人質に取られた女性は彼を振りほどいて逃げ出した。


「がはっ、がはっ!」


 俺は悲惨な状態の部隊長に近寄ると、彼の顎を思いっきり蹴り上げる。


「ぐへっ」


 蹴られて衝撃で口の中にあった暗器は内側から脳に突き刺さり、部隊長は倒れて動かなくなった。


 よし、これで一見落……


「いでででで」


 かなり激しく動き回ったせいか、傷に上から下まで激痛が走る。


 もしかしてこれ傷が開いちゃったんじゃねえの。


「ちきしょう……」


 痛みに悶絶してると、アズールに声を掛けられた。


「君は一体――」


「ただの死にぞこないだ」


 そして思い出したかのように腹の音がなる。


「……わりぃけど、食うもんねえか?」

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