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02 地を這うもの

 物心がついた時から、俺は一人だった。


 貧民街の孤児などネズミも同然。世間からその存在を疎まれ、存在しないように扱われる。

 

 名前もなく。


 誰にも存在を認められず。


 飢えと病に蝕まれ死にゆくべき運命だった。

 

 それでも俺は生き残った。


 奪ってでも殺してでも。


「がはっ!」


 口から噴き出る血とともに、俺の意識は暗闇から戻ってきた。


 強烈な腐敗臭が鼻を劈く。


 目を開くと、俺は死体に囲まれてた。


 同時に肩から腰に掛けて鋭い痛みを感じる。


 マルクに刺され、そして斬られた傷だ。当然ながら血が止まってねえ。


 俺は僅かな力を振り絞って大量の死体が捨てられていた穴から這い出る。


「はあ……はあ……」


 止血だ。止血をしねえと。


 俺は震える手で懐を探り、常に隠し持っている煙玉をいくつか取り出す。


 そして煙玉を地面に叩きつけて壊すと、発火装置内の火薬を取り出しては傷口に塗る。


 火薬を塗り終わると、必死に落ち葉や小枝など、少しでも燃えそうなものをかき集めた。


 そして燧石を使って火をおこすと、火のついた小枝を火薬を塗った傷口にゆっくりと近づける。


 炎が火薬に触れると同時に爆発が起き、激痛が傷口を迸った。


「あああああああああ!!!」


 想像をはるか上回る痛みに俺は叫びながら転げ回る。


 この手の応急処置は過去にもした事はあったけど、いずれもここまで深手の状態ではなかった。


 その後、しばらく放心状態で横たわってたものの、中々痛みは消えない。


 だが、どうやら血は止まったようだ。


 火薬によって焼かれた傷口を触りながら、俺はゆっくりと深呼吸を繰り返す。


 この傷で生きてるとは、我ながらくっそしぶといな。


 おそらくマルクは俺をぶった切ってからここに捨てたんだろう。


 相変わらず詰めの甘い野郎だ。死んだかどうかぐらい確認しろっての。


 同時にマルクに裏切られた事を思い出し、深い溜息が漏れた。


 結局、誰一人信用できるやつはいなかった。

 俺は昔も今もずっと一人だったんだな。


 上半身を起こせる程度に痛みが引いたので、俺はゆっくりと起き上がった。


「どこだここ……」


 俺が這い出てきた穴には魔族の死体が山のように積み上がっていた。


 戦いで殺した魔族を捨てるために人間側が作った集団墓地か。


 いや、これは墓地というにはあまりにもお粗末。上に土を被せることすらしてない、ただのごみ捨て場だ。

 

 マルクの奴もひでえな。せめて人間側の墓に埋めてくれっての。


「さて、どうしたことか……」


 正直、今すぐマルクの野郎を見つけ出してぶっ殺してやりたいとこだが、さすがの俺でもこんな満身創痍の状態じゃあアイツとは戦えねえ。


 なによりマルクは今となっちゃ人類の英雄だ。俺がいくら真実を話そうとしても誰一人信じてくれる奴はいないだろう。


「あーあ」


 考えることに疲れ、俺は横たわって目を瞑る。


「ん……」


 気づくと、辺りは真っ暗になってた。あのまま寝ちまったのか。


 俺はあくびをしながら体を起こし、胸の傷に触れる。


 どんだけ寝たんだろう。


 傷はまだ痛むものの、なんとか動けそうだ。


 しかしまた傷跡が増えちまったな。今更一つや二つ増えたところでどうってこともねえが、こんな派手なのは初めてだ。


 俺はゆっくりと立ち上がり、服についた埃を払い落とす。


 同時に、腹の音が鳴った。


 ……腹減った。

 

 とりあえず食うものを探さねえとな。


 俺はマルクの剣によって切り裂かれた上着を脱ぐと、近くの死体から比較的綺麗なものを引っ剥がして羽織る。


「さてと……」


 とりあえず人類同盟の前線基地に戻れないのは当然として、他に行くあてがないってのは割と問題だ。


 村や街を見つけようにも、ここは魔族の領地の奥深く。人の住んでる場所があるわけがない。


 何かないかと辺りを見回すと、遠くで煙が上がっている事に気づく。


 とりあえずあっちに向かってみるか。


 しばらく煙にむかって歩き続けると、燃え上がる小さな村がみえてきた。


 煙の正体はこれか。

 

 もう少し近づくと人類同盟の旗が目に入る。


 人間が制圧した魔族の村ってことだろう。


 村の入り口まで歩くと、人間と思われる二人の兵士が俺の前に立ちはだかる。


「なんだてめえは」


 兵士の一人が俺に槍をむけた。


 服装や装備からして正規軍とは思えない。傭兵か民兵の類か。


 魔族降伏のどさくさに紛れて身を守る術のない小さな魔族の村を襲ってるわけか。野盗もいいところだ。


「落ち着けって、同じ人間だ」


「こんなとこに一人で歩き回ってる人間がいるか!」


「部隊とはぐれちまったんだよ。食い物と薬でも分けてくんねえか」


 するともう一人の兵士が口を開く。


「どこの部隊だ?」


「あー」


 適当な事を言ったのが仇になった。


 マルクの意向で魔族にも人類同盟にも存在を知られないようにしてきたんだ。所属なんかあるわけねえだろ。


 俺の反応を見つめ、兵士は言う。


「そうか、言えねえか。ってことは角を削って人間のふりをしてる魔族だな」


「小賢しいやつだ、やっちまおうぜ」


「おう!」


 二人の兵士は結論に達したらしく、俺に槍を向けた。


 ったく、めんどくせえ。


「あんま動くと傷が痛むんだ。お互いのためにもここは穏便に――」


「死ねぇ!」


 兵士の一人が俺を槍で突こうとする。


「はあ……」


 俺は溜息を吐くと、兵士の槍を避ける。


 そして袖から細い糸のついた暗器を取り出すと、兵士に投げつけた。


「ぐっ!」


 暗器は兵士の鎧の隙間に刺さる。


「てめえ!」


 もう一人の兵士が攻撃してきた。


 俺は飛び上がり、空中で暗器についている糸を二人の兵士の首の周りに絡める。


「なっ――」


 そして着地し、糸を思いっきり引いた。


 兵士二人の首に絡まった糸は一気に縮まり、彼らの気道を絞め上げる。


 最初は息をしようともがくものの、次第に動かなくなり、二人はその場に倒れた。


「……ったく」


 俺は糸を手放すと、息絶えた兵士に刺さった暗器を回収する。


「いてて……」


 激しく動いたことによって痛む傷を抑えながら、俺は燃え盛る村の中へと歩いてく。


 ――食い物、あるといいな。

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