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元勇者の嫁7

 その夜、大変な事が起こった。

 宿屋のオヤジが部屋のドアを激しく叩いて起こされる。

 

「お客さん起きて下さい! 今すぐ地下室に避難してください! アリの襲撃です!」

 

 俺は窓からそっと外を見るとアリが街中に溢れかえっていた。

 通路に無数のアリが溢れ返り、建物の壁にも無数のアリが纏わり付いている。

 見た感じ千匹はいそうな感じ。

 アリは獲物となる人間を探している様だ。

 

 アリの襲撃だ!

 アリが街に襲って来た!

 ヤバイぞ!

 ヤバイ!

 

 アリの武器は手に持つ片手剣や短剣と、口から吐く酸弾だ。

 この酸弾がかなり厄介だ。

 一言で言ってしまうなら、唾液。

 つまりヨダレなんだが、ただのヨダレじゃない。

 ただのヨダレなら「汚たねー!」だの「くせー!」の一言で済むが、こいつらのヨダレは何でも溶かす。

 濃塩酸や濃硫酸以上に物を溶かす。

 地面に着弾するとポッカリと穴を空けて煙が立ち上る程だ。

 これを腹や顔面に喰らったら一撃でアウト!

 命は無い!

 そんな危険な武器を持つアリが大群となって街を襲って来た。

 そりゃ住処が水浸しになったら新たな住処を探すのは当然だよな。

 新たな巣を掘る為に地面を掘ってもどこもかしこも水浸しだし、この辺りで水浸しでは無いのはアリの巣の近くにあった小さな岩山とこの砂漠の街ぐらいだ。

 アリがこの街を目指すのも解る。

 当然の如くこの街を襲って来た。

 

 俺が部屋のドアを開けると宿屋オヤジが物凄い剣幕で捲し立てる!

 

「早く逃げて下さい! 逃げてないのはお客さんだけです! 早く地下室に来ないとドアを閉めてしまいますよ!」

「おおう、わかった」

 

 俺はアウ王女にガウンを着せると、地下室に向かった。

 宿屋の地下室は物が整然と並ぶ二十畳ぐらいの倉庫だった。

 正確に言うと倉庫というより洞窟と言った方が近い。

 宿屋の中には宿屋のオヤジ夫婦と宿泊客が七人程いた。

 どうやら客は皆商人の様で、観光で来ていた者はいない感じだ。

 こんな危険なアリの巣の有る近くの町に観光でわざわざ来る奴も居ないもんな。

 みな押し黙り背を丸めて座り込んでいる。

 

「何ここ? 物が一杯で横になれる場所が無いんだけど? こんなとこじゃ寝れないわよ!」

 

 おい、お前!

 こんな緊急事態に寝るつもりなのかよ!

 どんだけ肝っ玉が据わってるんだよ!

 ある意味感心したわ。

 お前凄いよ。

 

「ここはどう見ても倉庫だろ。避難場所なんだから贅沢言うなよ。それともアリだらけの部屋に戻るか?」

「わかってるわよ。ちょっと文句言っただけよ」


 わかってるなら文句言うなよ。

 こいつは思った事が全部口から漏れ出てしまう単純な頭の作りをしてるんだろうな。

 

「それにしてもなんで皆んな暗い顔して黙ってるの? こんな薄暗い部屋に押し込められてただでさえ気が滅入るのに、皆黙ってたら更に気が滅入るわ! あんたなんか面白い話でもしなさいよ!」

「俺がか? こんな非常時に面白い話なんて話せないぞ」

「他に誰が居るというの? あんたしかいないでしょ!」

 

 すると、客の一人が騒ぎ続けるバカ女に向かってたしなめる様に注意する。

 アホな嫁が迷惑かけてすみません。

 

「お嬢ちゃん、少しは静かにしてくれよ。アリは物音を聞きつけてやって来るんだ。そんな大声出していたらすぐにアリがやって来てこの部屋にアリが溢れかえるぞ。大人しく座って黙っててくれ!」

 

 王女と俺は部屋の隅に座って大人しくすることにした。

 肩を寄せ合い座っていると王女の肩が小刻みに震えていた。

 口じゃ強がっていても本当は雨に濡れた子猫の様に怖がっているんだな。

 俺はそっと肩に手を回して抱いてやると、すぐに王女の震えは止まった。

 俺は王女を安心させる為に、王女にだけ聞こえる位の小声で話しかけた。

 すると王女は俺の口に耳を寄せた。

 王女のとてもいい体臭が俺の鼻孔をまさぐる。

 一瞬気が遠くなるぐらいのいい匂いだった。

 緊急事態に何を考えてるんだ、俺。

 俺は真面目な話題で誤魔化す。

 

「これ、どう見ても俺が原因だよな? アリの巣を水攻めしたので巣から逃げ出した生き残りが襲って来たんだよな?」

「たぶんね」

「ハチの巣突いたら蜂に襲われた感じで、なんか街の人に悪いことをしちゃったな。」

「街の人には悪いけど、魔王を倒す為だから仕方ないわよ。それにアリの巣を水攻めで潰したから、生き残りさえ倒しちゃえばこの街がアリに襲われる事はもう無いわ。だからあんたがやった事はいい事よ! 安心しなさい!」

 

 その時、商人の男が大きなくしゃみをした。

 それはそれは大きな音で。

 ドラゴンブレスも真っ青の大きなくしゃみだった。

 倉庫の中にある荷物の埃でも吸ってしまったのかも知れない。

 その男から逃げる様に走り去る他の商人達。

 

「やべー!」

「逃げろ!」

 

 くしゃみをした商人は顔を真っ青にしてガタガタと震えてる。

 

「た、助けてくれ!」

「大声出すな。俺達まで巻き込まれる!」

「死にたくねぇ!」

 

 その声に反応したのかくしゃみをした商人の足元の土が盛り上がる。

 アリだ!

 アリが地中からやって来た!

 そして、穴からアリが這い出してきた。

 アリは上半身を穴から覗かせると、目の前に居る商人の足首を掴むと穴の中に引きずりこもうとする!

 商人は抵抗するがアリの方が明らかに力が強く、結構な勢いで穴の方に引きずられる。

 大声で泣き叫ぶ目前に迫った死に(あらが)う商人!

 

「死にたくねえ! 死にたくねえ!! 誰か助けてくれ!」

 

 いい歳して顔をぐちゃぐちゃにして泣き叫ぶ商人。

 さすがに見殺しは出来ないな。

 俺は商人に焦点を定める!

 

「しまえ!」

 

 アリの手の中から忽然と姿を消す商人。

 逃げられたと思い追ってくるアリ。

 だが俺の石弾が待っていた。

 音速を超える超高速の石弾が俺の手から放たれ、奴の頭を砕く!

 アリはそのまま沈黙する事となった。

 するとそれを見た商人が大騒ぎをする。

 

「な、なんて事をしてくれたんだ! 何でアリを殺した! アリの体臭を嗅いで大群が襲ってくるぞ!」

 

 そう言えばアリの砦でアリを岩山からの狙撃で倒した時も次から次に沸いて来たな。

 余計な事をしてしまったかも。

 倒さずに取り込んでおけば良かったな。

 でも、もう手遅れ!

 こうなったらアリを狩り尽すしかない!

 数え切れない程のアリが足元、天井、壁、至る所から湧き始めた!


「なんなんもー! このアリの大群は! あんた何とかしなさいよ!」

「後には引けないな! もちろんやってやるぜ!」

 

 俺が蒔いた種だ。

 俺しか片付けられる奴はいない。

 俺は王女をかばいながら石弾を放ち続けた!

 

 ──シュン! ズザッ!

 ──シュン! ドサッ!

 ──シュン! バスッ!

 

 仕留めたアリを次々にアイテムボックスに収納。

 朝になる頃には襲ってくるアリも居なくなった。

 

「倒したの?」

「たぶんな。地上はどうか知らないが、俺達を襲ってくる敵は居なくなったようだ」

「じゃあ、地上のアリを退治しましょう」

 

 地下室を出て宿屋の外に出る。

 すると地上は辺り一面アリに覆われていた。

 建物の壁に憑りつくアリが気持ち悪い。

 まだ二~三百は地上に残ってる様だ。

 

「思ったより多いな。とんでもない事になってるな」

「でも、あんたなら余裕でしょ?」

「まあな!」

 

 俺はアウ王女にいいとこを見せる為に気合を入れてアリの処分を始めようとした。

 すると上空から異音が聞こえる。

 

「ズゴゴゴゴゴ!」

 

 なんか聞いた事ある音だった。

 上を見ると、太陽が俺目掛けて落ちて来た!

 

「なんじゃこりゃ!」

 

 こんなもの食らったら一瞬で黒焦げのバーベキューだ!

 俺はアウ王女を抱えて宿屋のカウンターに隠れる。

 それと同時に宿屋の中まで襲う、炎の突風!

 辺り一面を嵐の様な激しい炎の突風が襲う!

 俺は手を掲げてその炎の突風を取り込みアウ王女を守る!

 

 やべぇ!

 これ、太陽じゃなく大火球だろ?

 間違いない、俺が勇者だった頃に見た事の有る魔法使いの大火球の炎だ。

 着弾後、炸裂し爆心地の何もかもを吹き飛ばし、その後広範囲の大地を焼き尽くす程の炎の嵐が襲う魔法!

 これ一発で地上に居たアリの大半は真っ黒こげだ。

 宿屋は直撃を免れたので倒壊こそしなかったが、爆心地側の通り側の壁が消え失せていた。

 

 なんて事をしやがる!

 危うく死ぬとこだったろ!

 元クラスメイトだろうがぶっ殺してやる!

 

 火球が爆心地の何もかもを焼き尽くした後に俺は外に出る。

 そこには一人の魔女が立っていた。

 しかもその顔は見慣れた顔だ!

 

「あら、ごめんなさい。喉が渇いたのでこの街に水を飲みに来たんですが、アリで溢れ返ってたので火球で焼き払ったの。そうしたらゴキブリ君も巻き込んじゃったみたいね。あははは、超うける!」

 

 その女は京子!

 クラスのアイドル的な存在で、俺を散々バカにしていた女だった!

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