81話:道を、斬り開く
三途も月華も、クロアもじっとして、倒れた魔機をまんべんなくじっと観察していた。また起きあがるかもしれないとふんだからだ。
しかしそれは、やっぱり杞憂に終わった。
数分の間、呼吸を落ち着けながら動かない無数の魔機から目を離さずにいたが、結局それらはいっこうに起きあがることはなかったのだ。
三途がふうっと息を吐くと、自分の体から少しずつ力が抜けていくのがわかった。何とか、なったのだ。
刀はそれでも鞘におさめることはしなかったが、一息つけると確信すると、三途は胸に安堵が押し寄せてくるのを覚える。
「大丈夫か、三途」
月華が心配そうにそっと駆け寄ってきた。焦げ茶のポニーテールがちょっとだけ乱れていた。三途は彼女の髪を結い直してあげた。
「おかげさまでだ、月華」
「役に立ったなら良かった良かった」
にんまりと、月華が笑った。つられて三途も顔をゆるめる。
クロアはイストリアを連れながら、こちらへ近づく。
「三途、これはどういう仕組みだったのだ? 私にはこんな仕掛け、聞かされなかったぞ」
クロアは若干混乱気味のようだった。
「クロアにもこれはわかんなかったってことだよな。
仕掛け事態は簡単だ。床の下……この地下に眠ってる脳型魔機が動力源になって、こいつ等を動かしていたんだ」
「動かす?」
「そうさ。この脳型魔機は容器に連結させてる管を通してエネルギーをこっち側の魔機に流してた。こっちの魔機がコアを破壊されても動いていたのは、コアから生まれる動力源が絶たれても、脳型魔機からの動力源が送られてきたから動くことができたんだ。
コアの動力源で活動できるなら何の問題もない。万が一コアが壊れても、自分が動力源になってエネルギーを送り込めば、また動ける。
コアと脳型魔機っていうふたつの動力源を持っていたんだ」
「そうか……。それでコアを破壊しても無駄になってしまったのか」
「まあな。でもコアが動力源であり、生命の源でもあるワケだから、壊したことがまるっきり意味のない行為だったってことでもないんだ。二つある動力源のうち一つを使い物にできなくしたんだから」
「なるほど、そう考えることもできるか」
しかし、とイストリアはおずおず訊ねてきた。
「ですが……肝心の脳型魔機はまだ動いています……よね……? あの状態は、破壊されたようには見えません」
「脳型魔機そのものを叩く必要は、今はなかったんです。この空間全体に広がっている管、見えますか?」
これです、と三途が足下の、光を失った管を刀で、こつん、と叩く。
「今はもう何もありませんが、さっきまでこの管は光っていました。ここの光をたどると、室内を占領していた魔機たちに繋がっていました。これがエネルギーを供給する器官だったんです。
このエネルギー動力源があれば、コアを壊しても第二のエネルギーを得られます。そうして何度でも蘇ったのでしょう」
イストリアだけでなく、月華やクロアの視線も、三途の刀の指し示す床に落とされている。
ふいに、イストリアが口を開いた。
「では、これらの魔機はもう動かないということなのですね?」
「そうです。これで俺たちを邪魔する壁は消えました。
でもまだ問題は残っています」
「え?」
三途はするりと床下に目を向ける。
室内全体は光をほとんど失って視界が悪くなっている。そんな中でも煌々と輝き、光を保ち続ける存在が眠っている。
脳型魔機、あくまでエネルギーを自分の手足とも言える魔機に与えていただけで、脳型自体にエネルギーが授けられなくなったわけではない。
むしろ、あれほどの大量の魔機にエネルギーを分け与えていたのだ。脳型自体が持っているそれが、いったいどれほどの量なのか、きっと計り知れないだろう。
「諸悪の根元はここにあります。あいつの手足を動けなくさせただけで、根本的な解決にはなっていません。あの大本を断ち切るステップが一段上がっただけです」
「たしかに……」
「あれがいる限り、また新しい魔機を作り出して、この星にまき散らすでしょう。そうなる前に、こいつをたたき壊さなければ」
「……三途」
イストリアの眼差しは、心配に揺らいでいた。そんな心配を吹き飛ばすように、三途は快活に笑う。
「心配いりませんよ、陛下。俺があの魔機を壊します。なので陛下は、じっとしていて下さい。クロア、陛下を守ってくれ」
「任せろ」
三途は刀を握り直し、かつかつと脳型魔機の真上を歩く。
「月華」
数歩ほど離れた場所で弓を構える月華は、三途が名前を呼んだだけでにっ、と笑い、矢をつがえた。
「わかっているさ。最後の大仕事だ。この月華様を存分に頼るがよいのだ」
「お言葉に甘えちゃうぞ」
「良いね」
月華は脳型の真上に向けて、三途の足下の床に向けて、一本の矢を放った。真っ直ぐとんだ矢はかつんと床を穿つ。
突如、その床から無数の管が隆起した。
がらがらと床の一部を崩して伸び上がるそれらは、天井まで覆い隠す勢いだった。
「な、きゃ……!」
戸惑いを隠せないイストリアは、クロアの胸をぎゅっと掴んでいた。
「陛下はこちらへ」
「え、ええ……」
クロアが彼女を安全な場所まで下げる。
管は天井に届いたら四方八方へ広がる。管のひとつひとつに、小さな点がぽつぽつと生じており、それらはちかちかと点滅している。
(脳もやっと本気を出してくれたみたいだな)
三途は無意識に口端をつり上げていた。
「三途、どうすればいい。本体を狙えばいいのか? それともあのいっぱい生えてきた管の相手をすればいいか?」
月華は天井や空間一帯を侵食する管に目を集中している。
「まずは管だ。あれが邪魔して本体の脳型に近づけない。本元にたどり着くために管を一時的にでも切り崩すぞ」
「わかった!」
軽快に答えた月華は、天井に一矢放つ。矢は管の一本にしっかりと命中したが、すぐに矢は無数の管の渦に飲み込まれた。
「なんじゃありゃあ」
げっそりしたような声を漏らしたが、その手は矢をつがえ続けていた。
「なるほど、細い矢じゃあ、管相手にはあんまり向かないんだな」
「そのようだな。だけど……これなら!」
三途は刀を床に突き刺した。そこには管も何もない。
刀の刺さった部分を中心に、床は亀裂を広げていく。
亀裂の隙間から何かが漏れた。陽炎のように揺らめくそれは、肌を近づければ焼けるほどの熱を覚える。
オレンジ色と赤色が美しく混ざり合った炎が、三途の刀に這っていった。
「うおぁっ。なにそれ」
「この空間に眠ってる炎エネルギーを起こしてみた。俺が番人だとわかるとすぐ駆けつけてくれたみたいだ」
「ほんとか。番人システムって万能だな」
「ほんとに万能だったらよかったんだけどな」
三途は苦笑して、炎をまとった刀を一振りする。
すると、月華の矢に小さな炎が灯った。矢自体は燃えることなく、炎だけをまとって輝いている。
「なんだそれっ!?」
「炎の加護を月華にも分けた。それで少しは足しになるかもしれない」
「なるほど。さっそく!」
月華は炎の加護を受けた矢をつがえ、もう一度天井へ放った。
矢を中心に、ごうっ、と炎が燃え広がる。その炎は管だけを的確に焼き、焼き切ったと確信した炎はたちまち消えた。管は、今度ばかりは矢を飲み込む暇さえなかった。
「ひえぇ」
「助かった月華!」
「え、あぁ……? うん、よくわかんないけど助けたぞ!」
天井から管が灰になって消えていく。しかしそれも数秒のことで、管は再生せんと灰からもとの形へ戻ろうと蠢いていた。
「そんなのありっ!?」
「あれらも脳型からエネルギーを供給してるわけか……。あれがいると脳型魔機には近づけない。壊してもすぐ治る。隙がないようにもみえる。……やるな」
「感心してる場合かっ」
「ごめんごめん。……さて、気を取り直して!」
三途は脳型魔機の方へと駆け出す。修復中だったり蠢いたりしている管を無造作に叩き斬りながら、目指す道はひとつだけだ。
炎の加護を受けた刀は、数秒ではあるものの、管を確かに無力化させた。
考えなしなほどに我が身を省みずつっこんで行くと、その甲斐あってか、切り開いた道の先に脳型魔機を見出すことができた。
地下に眠る脳型がたゆたうその中には、黄金色に淡く光る液体がなみなみと満ちている。その液体が果たして三途にとって無害なのか毒なのかは、三途も一度触れて見なければわからない。
だが、三途は自分が液体によって負傷したらどうしようという考えはっ最初から捨てていた。一度死んでアップデートされた番人システムは、たとえそれが毒であっても無効化する。
そもそも、その液体の中に入ってわざわざ脳型魔機のテリトリーにお邪魔する必要もないのだ。
三途はふっ、と刀に息を吹きかける。炎をまとった刀身に、薄緑色の風が漂った。
「ここだ!」
床下……地下に向けて、さらに厳密には脳型魔機に向けて。
刀を振りおろす。切っ先は、まだ脳型を直接叩き斬るには遠かった。
だがそれで充分だった。
刀を振り下ろしたと同時に、オレンジ色の炎と薄緑色の柔らかい風が交じり合った。そして振った先に待ちかまえる脳型魔機へと、真っ直ぐ飛んでゆく。
風は柔らかな形から鋭さを帯び、炎の力をも合わせて地下にたゆたう脳型へと飛びかかっていった。
風と炎の刃は脳型の保管されていた極太の試験管に届く。その前に液体へ飛び込んだおかげでスピードを抵抗により落とさせたが、刃は何とか試験管に触れた。
びしり、と試験管のてっぺんの端っこに、かすかな亀裂が入った。三途はその亀裂を見逃さない。
液体によって勢いを消されたのなら、更に近づいて刀から風と炎の刃を生み出すか。あるいは液体に飛び込んで三途が直接刀を届ければ良いか。
そしてもしくは、のんびりと高みの見物をしている脳型魔機を、地下から、液体の海の中から引きずりだしてやればいい。
どの作戦で行くべきか。三途は再生仕切った管を再びまとめて斬り捨てながら考える。




