82話:代償
液体の海に沈む魔機への攻撃を、いかにそのまま与えることができるか。
液体に飲まれることを覚悟で近づく価値はあるだろう。なにせ番人である自分は、脳型魔機のたゆたうこの液体に万が一負傷してもすぐに治る体質なのだ。
ならばやることは一つだろう。
三途は刀をこの場へ振り下ろす。炎と風の混ざった刃が、再び脳型へと立ち向かう。しかし刃の勢いは消されてしまう。
三途にとっては、それで問題なかった。目的は脳型魔機ではない。それを守ろうと再生を繰り返す管たちだ。脳型を直接叩き斬らなければ、あれらの再生は止まらないだろう。
あれも大型や昆虫型魔機と同様、エネルギー源のもととなっているものを断ち切れば再生は止まる。そのためにはあの脳型を完全に壊す必要がある。
どうしたものか。三途は考えるより、後ろの月華に指示を出した。
「月華、管を狙い続けてくれ!」
「おやすいご用さ」
月華は疑うこともなく、三途の頼みをすぐに聞いて実行してくれた。
彼女の放った矢は管の一部を穿つ。炎の加護をもった矢ゆえ、管も無傷ではいられない。穿たれた矢から、炎が波紋のように広がる。
三途の目の前が開けた。床から下を守っていたガラス張りがぽっかりと穴を開け、その下には悠々と漂う脳の姿。
ためらいなく、三途は煌々と黄金に輝く液体の中へと飛び込んだ。海や川とは違う感覚だ。さらさらとしているようなものではない。やや粘着質で体にまとわりつく。息を止めて中に入ったが、どうやらこの液体の中では肺呼吸は可能らしかった。ためしに口から空気を取り込んでみたが、何の問題もなく呼吸ができた。
(何だこの微妙に便利な液体……)
まあいいや、と三途は素朴な疑問を消した。液体に数分飲まれてみたが、今のところ体に不調はない。負傷はなかった。
三途は潜り込んで脳型魔機のもとへと進む。一直線に飛び込んでみたが、脳型魔機はこちらに注意を持っていない。同時にそれはチャンスでもある。そのチャンスを逃す三途でもない。
脳型魔機を収容しているカプセルの、頂上へとたどり着いた。すとん、と足をおろす。刀を逆手に持ち替えて思いっきり突き刺した。
液体は水の中らしい抵抗があったが、それ以外は三途にとって不利なものは何もなかった。
攻撃の勢いを消されてしまうというのは手痛い。中に潜り込んでも、外から攻撃を届けても、威力は微々たるものへと変えられてしまう。
現に、自慢の刀で、脳型の住処を少しだけなりとも壊してやったというのに、まるで手応えを感じない。
(なら、この液体の中からヤツを引きずりだしてやればいいのか……?)
刀を一端、引き抜いた。
ならば、と。三途は刀二振りの刃を交わす。
重なり合った刃から炎と風が消えた。代わりに薄茶色のふわりとした空気が漂う。
魔機を収納している容器の頂上に、もう一度刀を突き刺した。次は深く差し込む。
突如、黄金色の海の中でも容器でもなく、地上の床にびしりと亀裂が生じる。
「な、何だ?」
地上の月華の焦った声が聞こえた気がした。
亀裂は即座に広がる。そしてぐらぐらと床が揺れる。
三途は急いで刀をもう一度引き抜き、地上へ引き上げた。呼吸のできる液体とはいっても、やはり肺は地上の空気を求めていた。
「っぷは」
二、三度呼吸を繰り返し、海から完全に上がる。濡れたと思っていた服は、濡れてもいなかった。三途の足は、亀裂の入った床に置かれている。
「三途! どうなってるんだこれ!」
「後ろへ下がれ! 足場が崩れるぞ!」
へ? と間抜けな声を出した月華は、まだ反応できずにいた。このままいつもの冷徹な月華に戻るには少し時間がかかる。待っていてはこの後の惨事に巻き込まれるのは間違いないだろう。
三途はそう瞬時に判断し、月華を抱えて一気に飛び退いた。
その直後、亀裂が弾けあがり、脳型魔機の真上近辺の床が勢いよく隆起した。
「何これ!!」
月華の悲鳴が脇元から聞こえた。ちり、と床の断片がいくつか三途の方をかすめていた。
「何あれ、何なんあれ! どうなってん!」
「地下からあいつを引っ張り出した!」
「そんなんできんの!?」
「ものは試しだ」
背後から煙の匂いがする。床が耐えきれずに破壊された音が弾けて続けていた。海のような黄金色の液体も飛び散り、脳型魔機の真上の床を浸している。
三途はクロアとイストリアのいる場所まで一気に逃げ切った。そこには、不安げにしているイストリアを抱き込みながらぽかんとしているクロアが、こちらを見つめていた。
「何なのだ……というかお前、何をした?」
月華をおろし、三途はクロアのもっともな問いに答えた。
「刀を床に刺してこう、ちょっと、な。地面を上へ動かすようんにしてみた」
「何だそれは。もう少し具体的に説明しろ」
「刀を突き刺して、地面……つーか床の内部エネルギーをちょっとばかりいじくってみたんだ。刀に土の加護をまとわせて、床の中のエネルギーに干渉してもらうよう頼んでみたんだ。そしたら俺の頼みを聞いてくれた加護は、中で暴れまくってあの通り床を壊してくれたわけだ」
「あっぶねーな! もう少しで私まで巻き添え食うとこだったんだぞ!」
月華が顔を真っ赤にしながら、三途の胸をぽんぽんたたいた。
「悪い、月華。俺も加減を間違えたみたいだ。もう少し力をコントロールできりゃあよかったんだけど」
「生まれ直してからだいぶ経つのに、まだ感覚掴めないのか?」
「掴めてはいる。不慣れなだけだ。あんまり使わないし。……さて。来るぞ」
三途は月華の肩をそっと押し出した。視線を魔機の方へ向ける。
「三途……脳型魔機は……どうなっているのですか」
不安げなイストリアの声だった。
「まだ生きています。ひとまず地下から引っ張り出す必要が出たのでちょっかいかけてみましたが……」
三途はそろりと脳型魔機の様子を伺ってみた。床が隆起して地下への通路が無理矢理作られている。盛り上がった床から土煙がもうもうと浮き上がっている。それが少しずつ晴れていく。
三途は鋭い目をこらす。その床の下に脳型魔機がいるはずだ。
しかし魔機は相変わらず地下に引きこもったままだ。
「……どうも相手は照れ屋のようですね」
三途本人は、当然魔機が照れているために地上へ出てくることをためらっているわけではない。
自分の真上を守っている壁……あるいは床をここまで破壊しておいて、少しばかり金色の液体も流出させたのだ。個々人の価値観や程度にもよるだろうが、魔機側に立って考えると明らかにこれは脅威になりえる攻撃である。少なくとも、自分が海の中を漂っている自由をもぎ取られるくらいには、対策を講じる必要は高い。……と、三途は人間と番人的な視点からそう分析していた。
しかし魔機がそれをやらないのは、ここまで三途が行っても大して脅威だと考えていないか、もしくは脅威を覚えていても、地下で充分対応できる事態のどちらかだろう。
いずれの考えを魔機が持っていたにしても、三途にとって、未だ戦いにくいフィールドであることに変わりはない。
そして管は相変わらず再生を繰り返している。炎で焼き切ったそれらはまたうぞうぞとうごめき、本来あったはずの姿へ戻っていく。
だがその動きも、さっきより再生が鈍くなっている、ということに三途はめざとく気づいた。
(もしかしたら)
三途はクロアにイストリアを任せ、再び魔機のほうへと駆け寄っていった。
反応を鈍くさせたとはいえ、いまだ再生を繰り返す管を再び断ち切る。
床下に眠る脳型魔機が、三途の視界に見出された。
魔機は相変わらず何も手を出してこない。
(本当に俺が脅威じゃないのか……?)
三途はいぶかしさを隠さず、魔機の様子を伺いながらもう一度海の中へ飛び込む方へ転換した。
しかし、それはすぐに中断する必要があった。
脳型の魔機がここに来て初めて、行動らしい行動をした。
脳に埋め込まれたような眼球が、ぐわっと開かれた。三途はぎょっとして一瞬だけ怯んだ。
(何……?)
血走る眼球は、三途を見ていなかった。その視線の先は、三途のずっと後ろの方だ。
三途は思い出す。後ろには誰がいた? その答えを瞬時に引き出した直後、三途もばっとそちらを向いた。
「きゃあっ」
イストリアの短い悲鳴が響いた。
脳型魔機ではなく、魔機の操っていた管が、イストリアをとらえていた。
「陛下!!」
管はイストリアの手に絡み、逃れようともがく彼女を厚く覆い隠そうとしている。隣にいたクロアが必死で剣を振るい、イストリアに群がる管たちを断ち切ってゆく。
しかし管も再生能力が健在だから、クロアの奮闘もむなしいもので終わってしまう。
安全な位置を確保した月華はそこから矢を放つ。穿った場所は炎が広がり焼けきっている。しかし焼けた痕もたちまち修復してしまった。
「た、たすけ……」
青ざめたイストリアは表情が消えながらも、気丈に振る舞っているのがわかる。管にとっては……大元である魔機にとっては些細な行動でも、イストリアは彼女の考える最大限の抵抗をしていた。
「三途! どうなってるんだ、あれは!」
「俺もわからない! 俺を狙わず陛下一直線に狙ってきた!」
「なるほど、そりゃわからんな。陛下は私が守る!」
助かる、と三途は言う。
三途は変わらず、迫り来る管を捌いていた。
違和感は拭えない。管はどういうわけかイストリアを集中して狙っている。
自分のことなどお構いなしに、管はじっとイストリアのことばかりに向いていた。まるで、番人である三途を認識していないかのよう。
クロアと月華が彼女を襲う管をたたき落としていたが、管の方が勢いは強い。どちらも力技を使えない上に腕力もないため、強引にでも押し切られたらイストリアを守ることができない。
「あ」
と、イストリアの声が落ちた。
管が、イストリアの手を掴んだ。クロアと月華の迎撃をかい潜ってたどり着いたらしい。前方で管を斬り続けていた三途は反応が遅れた。
三途が気づいたのは、イストリアが管に手を絡められて脳型魔機の方へと引かれていくのを見た直後だ。反射で手をのばしたが、イストリアにはその指先一つさえ届かなかった。
そして、次に認識したのは、三途の横を駆け抜ける焦げ茶色の存在だ。はねたポニーテールが揺れ、黒い上着に薄緑のワンピース、手には弓。月華だった。
「陛下! 月華!」
三途もそれにつられるように動く。力の限り走り抜けた。しかし刀の切っ先は管にも届かない。
管は、イストリアをからめ取って動けなくさせていた。いやいやと暴れる彼女の抵抗もむなしい。
「三途! 管を着れ!」
クロアの必死な声を背に受け、三途は行動で示した。風の刃を瞬時にまとわせ、思いっきり振り下ろす。すんでのところで管へと命中する。イストリアに食いついていた管がぶつりと切れた。
三途は再び駆け抜ける。手はもう、イストリアに届くかもしれない距離だ。
太い樹木のような形を成していた管に駆け上がったのは月華だった。月華はイストリアを引っ張り出す。そして「三途!」とこちらへ彼女を投げてよこした。管は負けずにイストリアを求めていた。
ところが、その行く手を阻止したものがいた。
月華は、イストリアの前に立ち、両手を広げて管を真正面から受け止めた。イストリアを抱き起こして無防備になった三途も、月華に守られる形になった。
管は月華を飲み込んだ。三途は声も出せず、見ているしかできなかった。
一瞬だけ、月華がこちらを振り向いた。生前も、生まれ直した後も、決して変わらない、懐かしさも安堵さもある屈託ない笑顔だった。
すっとのばした月華の手は、指先すべてを管に飲まれた。
全身を覆い隠された月華が、三途の視界から消える。
管はじっくりと確実に引き上げていく。その先は、地下の黄金の海だ。
とぷん、と管が海へ沈んだ。そして海が黄金色を失い、灰色へと変貌した。
脳型魔機も月華も、覆い尽くされた。
月華を奪われたと、はっと我に返った三途は、今更ようやく、声を出すことができた。
「月華ああぁぁぁぁ!!」




