26話:女王陛下からの招待状
街をおそった兵士集団を退けたあと、三途は街の復興にいそしんでいた。
街は異世界の兵士たちに蹂躙されはしたものの、幸いにして被害は小規模だった。倒壊した建物はなく、せいぜい家屋の一部が破壊された程度ですんでいた。けが人はでても死人はゼロ。街にばらまいた爆弾というのは、シロガネによって解体され、街から遠く離れた広大な土地で起爆、片づけられていた。
それでも壊れたものを修復するのはすぐに終わるものでもなく。
力仕事に慣れた三途は、片っ端から修復を手伝っていた。
用がなければ森から出ない月華も、炊き出しに参加していた。
神流とマデュラはけが人の容態を確認しに病院へ赴いたり、修理に必要な機材を取り寄せていた。
ガムトゥは森に残り、獣たちを従えて荒らされた森を治していた。
おかげで街の復興はあっという間に終わり、1月たつころには元通りになっていた。
功労者、ということで三途は街の代表に感謝状を贈ろうと提案されたが辞退した。夜穿ノ番人としての本能をまっとうしただけで、三途としては特別なことはなにもしていないと考えていたからだ。ーーかわりに、金一封はちゃっかりもらっているけれど。
そんな三途の活躍は王国王都にすぐ知れ渡ることとなった。
王国を統べる女王が、三途の謁見を願い出てきた。
その謁見の話が三途のもとへ届いたのは、街の復興後から1週間ほどたったころだった。
「女王陛下が、三途を宮に招きたいと」
獣の森の屋敷、食堂で神流の入れる茶を楽しみながら次の舞台を神流と相談しているとき、月華が大切そうに一通の手紙を持って急にそんなことを話してきた。
「陛下? ああ、王国の?」
「そうだ。夜穿ノ郷の国のひとつ、王国。我らが獣の森は、王国所属なんだよ。つっても超はじっこの田舎だけどね」
ほい、と月華に手紙を手渡される。黄金の封蝋のされた手紙からは甘い香りが漂っていた。慎重に封を開くと、金箔をわずかにちりばめた便箋に招待状、とかかれたカードが入っていた。
内容は至極簡単。街に襲来した異世界の適性者を退けた功を讃えたいから、王都の宮まで来てほしいということだった。なおそれまでの交通費や接待費用、旅費はすべて王国で負担するという太っ腹。
「……実感がわかないが、女王ってことはつまり、王国のトップなんだろ? そんなお人が何で俺に?」
「そりゃ決まってるよ。……まあ、うん。三途ががんばったから」
月華ははぐらかして応える。三途が夜穿ノ番人となったことを知るのは、月華だけなのだ。神流のいる場所でうかつに言うのは避けるべきだった。
「うん?」
神流は不思議そうに首を傾げた。
「ねーねー、三途。月華ちゃんと何か二人で隠し事でも共有してんの?」
「なに言ってんだ神流。隠し事なんてしてない。いずれ神流にも話すけどその機会がまるで訪れないだけだ」
「それ、遠回しに隠し事してますって白状してるもんじゃない?」
「もーっ、三途のあほーっ! しれっとさりげなくバラすんじゃないっ!」
月華がべちべちと三途を叩く。
「いてえ、痛いって月華」
「ふーん……。僕やガムトゥちゃんやマデュラさんにも言えないこと?」
「んん……。正直、俺は話してもいいとは思ってるが月華がなるべく隠せというんだ」
「ああ、やっぱ何か隠してるんだ? 女王陛下からの謁見とはまたでかい話がくるから、何かあるとは思ったけど」
にこにこと笑顔を崩さず、神流はじわじわ月華の逃げ道をなくす。ぐーっ、と月華がうなり声をあげているのを横目で見ながら、三途は義兄弟の抜け目なさに感服する。
「月華、大したことじゃないだろ」
「大したことだーっ! まあどうせばれることだけど! うかつに話したら三途にいらん苦労を押しつけることになるんだからっ!」
「苦労? 三途が? どうして?」
「……いろいろあるのだ、神流」
「そっかー。でもいずれは話してくれるんでしょ?」
「もちろん。……まあ、まずは女王陛下とやらに謁見だな。正直、堅苦しい場所に行くなんて、舞踊披露でもなけりゃ断ってるんだけどな」
「女王の『お願い』は、命令と同義だ三途。行くしかないぞ。私もついてく」
「……え、俺1人じゃなくてもいいのか」
「手紙の中に、お友達も連れてきてね♪ って書いてある」
「そんな遠方の友人を誕生パーティに招待する的な軽いノリでいいのかよ……」
「意訳だ、いやくっ。だから、私も行くのだ。三途ひとりじゃ心配だからな」
「何でだ!? いや、俺は流浪者で高価なモノの価値なんてわかんねーし王国に女王ってのもよくわかってないけど、それでも高貴な御方に対しての敬意くらいはわきまえているぞ」
「や、キミの不敬を心配してるんじゃない。キミのことだ、お人好し精神が発動して、いらぬやっかいごとを片づけようと躍起になるんじゃないかとおもってね!」
「う……」
月華は勝ち誇ったように笑う。お人好し精神、とはまた良いごまかし方をしたものだ、と三途は言葉に詰まる。そしてその精神が発揮されてしまったら、たとえ三途は嫌でもやっかいごとを引き受ける羽目になるのだ。
「へえ……。じゃあ、僕も同行していい?」
神流がするっ、と月華の手から手紙を取る。
「いいぞ。神流がとなりにいるなら俺も安心だし」
「やったー。とびきりおしゃれしていこ」
「こらこらーっ! 私をおいてけぼりにするなっ!」
「してないしてない! 月華と神流は行くんだな? じゃあマデュラとガムトゥはどうする?」
「留守番してもらう。あのふたりなら、私が森を長く不在にしていても安泰だかんな」
「わかった。……しっかし、ガムトゥは月華との散歩がしばらくお預けになるってがっかりしそうだな」
「その辺は心配ない。マデュラに代わってもらうから。帰ったあとは特別大サービス散歩コース連れってやるし」
「そ、そうか……」
その日の夕食後、マデュラとガムトゥへ事情を話した。ガムトゥは案の定むくれたが、月華の餌により快諾した。傍らのマデュラは半眼でことを見守っていた。
そして三途は、月華と神流に着いてきてもらい、王都とやらに招かれることになった。
三途の居所はあちら側にはすでに調査済みだったらしく。指定された日の数日前に使者が迎えにあがっていた。
がらがらと馬車に揺られ、見慣れた街からだんだんと風景が変わっていくのを、三途はのんびりと眺めていた。
使者は完璧な動作、完璧な言葉で三途を迎え入れ、月華と神流をも馬車に乗せた。
「王都なんて、初めてだ」
「三途もか。私もだ」
「僕も」
「月華は王都に行ったことないのか」
「ないよ。街の外へはヒュージの仕事でちょくちょく出たっきりで、王都近辺まで行ったことはないな。三途と神流も行ったことはないの?」
「ないよー。入国申請したのは王都とは別の場所でだったし、街に来てすぐ、盗賊におそわれてそれどころじゃなかったもんねぇ」
「そういやそうだったな……」
そもそも月華の屋敷に居候するきっかけが、その盗賊におそわれていたところを月華に助けてもらったことだった。今にして思えば懐かしささえ感じられる。
「そっか、俺たち全員、王都は初めてなのか」
「そうだな。楽しみだ! おいしいものがあったらガムトゥにいっぱい買ってってやろ!」
「僕も王都の装飾品や着物は買っておきたいな。次の舞台も考えないとねえ」
「もう女役はしねえぞ……」
念のために釘をさしておいたら、月華と神流からはひそかなブーイングを浴びた。「やらねえから!!」と再三釘をさしておいた。知り合いのいる前で女姿は恥ずかしくてしかたがない。
「ああ、そうだ。神流には話しておかないと」
「話って、なにを?」
話題をそらそうと三途は割と重大な話にうつった。向かいの月華が愛らしくにらむがこの際無視だ。王宮に招かれ、謁見に連れ出されてしまえば、いつ神流や月華とゆっくり話ができるかわからない。今のうちにかくしておいたものを話した方が三途としては楽だった。
首を傾げる神流に、三途はまじめな面もちでこたえた。
「実は」
そうして三途は話す。自分がこの星の王国の番人に選ばれたことを。
神流は相づちをうちはしても、決して三途の話をとめようとしなかった。むしろ月華が「いうなー! こらー!」とやかましく口を挟むので彼女の口をふさぐのに手一杯だった。
「……ふーん、なるほど」
いたずらっぽい笑みを絶やさぬ神流も、さすがにこの話の重大さを理解したのか、微笑を消すほどだった。
「てことは、三途はこれから100年、ずっとこの王国にいなくちゃならないってこと?」
「そうだ」
「100年の任期が終わるまで、18歳のままで。僕らが死んでも、戦い続けなければならないの?」
「そういうことになる」
「王国の女王が、いきなり三途を王都に呼び出したのも、ひょっとしてその夜穿ノ番人って役目が三途に降ってきたから?」
「そうだと思う」
「……僕は、いやだなあ」
がたがたと揺れる馬車の中でも、神流のつぶやきはよく聞こえた。
「まあ、俺と一緒に旅芸人続けられないのは心苦しいだろうけど、旅を続けたければ俺のことは捨ててくれて良い」
「そっちじゃないよ。三途を置いて僕がさっさと死んじゃうの、すごく嫌なんだ」
「……え? そっち?」
「むしろこっちでしょ、心配するのは。三途のことだから、王国どころかこの星全体のやっかいごとを引き受けちゃうんでしょ」
「私もそれ思った!」
「ぐ……。よくわかってやがるな神流……」
「ずっときみの義兄弟やってるとね、何となく」
「かといって、この使命を放り出すことはできないんだ。俺のことはきにせず天寿を全うしてくれ」
「やだー!! 三途置いてしぬのやだー!!」
「だだっ子か! いいから落ち着け月華!」
「っていうか僕も月華ちゃんと同じ気持ちです、兄さん。何か方法はないのかなあ」
「あるわけねーだろ……。ふつうに考えて、ある一定の年からずっと体の成長が止まるなんて、禁忌の術か錬金術か……あるいは呪術のたぐいだろ……」
「ねーねー月華ちゃん。この星に不老不死か不老長寿の術ってある?」
「ない! 少なくとも私は聞いたことないな!」
「おまえら何相談してんだ!」
「三途が使命を終わらせるまでずっと一緒にいる方法」
「やめてくんねえ!? ありがてぇけどひくわ! 俺は任務終わったら通常通り老いるけど、おまえらは100年経っても年取らねえんだぞ!」
「それでもいい。私は、少なくとも私と神流は、それだけの人生を投げ出してもいいくらい、三途のことが好きだよ」
月華は即答する。追い打ちをかけるように、神流が強くうなずいた。
おまえらなあ……と三途は頭を抱えていたところ。
「失礼、そろそろ王都に到着します」
御者が、会話を断ち切るタイミングをくれた。




