25話:肩の上の頼れる相棒
敵50体を迎撃するのは、三途にとってはそれほど難しいことでもなかった。
敵は防御陣形をとっており、1か所に固まっている。三途の1度の攻撃で複数の敵を巻き込みやすく、反撃をかわしやすい。相手は防戦一方でこちらの消耗を狙っているゆえに、攻撃へ切り替えられないのだ。
身軽な三途は愛刀二振りを自在に操る。
敵兵の武器は斧や剣や槍のみであり、火炎放射器を扱うものはもういない。
前衛を守っていた敵兵数体が、槍をまっすぐ三途へと突きだしてきた。
三途は小さく体をひねってすべて回避する。槍と槍の隙間をかいくぐり、刀で槍をなぎ倒す。槍はすっぱりときれいに断ち切れた。
怯んだ敵兵を見逃さず、十字を描くようにその胴体へ斬撃をたたき込む。
軽い鎧を着込んでいたはずの敵兵を、三途はたやすく切り捨てる。
目の前のこときれた敵を蹴り倒す。くるくると回転しながら、自分を取り囲む敵兵たちを薙払う。
「……あと40」
三途は次の敵にねらいをさだめた。剣を握りしめた敵兵が突っ込んでくる。
前方からどっと、複数の敵が三途に迫ってくる。
三途はぐっと膝を曲げ、敵の刃が体に届く寸前で宙に飛んだ。わずかな陽光が三途の背中に降り注ぐ。赤い髪が光の粒を吸い込んで、毛先を黄金に輝かせていた。
「上だ!」
敵兵の視線が一気に上へと戻ってくる。宙に浮いた三途はがら空きもいいところだった。
が、その隙を埋めたのは、木々に隠れたリスたちだった。
三途の肩にしがみついているリスの号令により、無数のリスが敵兵へ向けて毬栗を投げまくっていた。
いくつもの棘を顔に受けた敵兵たちは怯み、少しだけ剣が引っ込む。
それを見逃さず、三途は刀を振り下ろした。
「せいっ!!」
敵兵の頭から胴体をまっぷたつに断ち切った。
着地と同時に、身を翻して刃を瞬時に敵へ撫でつける。次の敵を凪いだら隣の敵を突き刺し、引き抜いた刀でまた隣の敵を下段から上段へ切り上げる。
「助かるわ」
「きっき」
肩の上のリスは得意げに尻尾を揺らした。
「この調子で頼む」
「きき」
「……よし」
三途は刀を一振りし、敵に距離をつめていく。
軽やかに跳躍しながら、すれ違いざまに敵を斬っていく。相手が攻撃するよりも早く、その剣戟は風のように敵へと遅いかかった。
三途の肩と手の余分な力はぬけ、最低限の力だけで刀を振るう。
その動きは荒々しくも美しい弧を描いていた。
敵の断末魔をBGMに、攻め入られた獣の森は舞台、進入してきた敵兵や獣や月華たちは同じ舞台にあがっている役者のようなものだった。
三途はその血なまぐさい舞台を、華麗に舞っていた。
刀をなぎ払うたびに赤い髪が鋭く揺れる。次の敵にねらいを定めるたびに、黄金の瞳は爛々としている。
その後ろ姿、刀を操り優雅に舞う姿、月華や神流はおろか、獣たちや敵兵でさえ、彼に目を奪われる。舞踊の装束をかぶっていたときよりも、ずっと遙かに映えていた。
自分以外のすべての者が自分に注目しているとは三途本人は知りもせず。ただ敵が最後の1体を倒すまで、ずっと戦い続けていた。
振るった刀は敵兵の首を飛ばし、胴を凪ぎ、手足を断つ。
30体まで敵兵は減ったものの、それでも獣の森側が不利なことにはかわりがない。そしてまともに戦えるのは、現時点で三途だけだった。リスや月華や神流の援護あってのものだけれど。
そんな無数ともいえる敵に怯むことなく。三途は戦場を駆る。
ほとんどひとりで多勢を打ち倒す。駆け引きや立ち回りも考えず、シンプルに「目の前の敵を斬る」ことだけを考えている。
敵兵は防御から反撃体勢に切り替わった。
そのぶん防御が薄くなる。各々武器を構えて、三途へ襲いかかってきた。
三途はそれらをひらひらかわす。振り下ろされた斧は刀でいなし、突き出された槍は身をひねってやり過ごし、切り上げられた剣は蹴って軌道をずらした。
そして生じた敵の隙を見逃さず、三途はお返しといわんばかりに敵を切り捨てる。自分を取り囲む敵兵は、回転切りで一気に片づけた。
三途と距離を置こうとした敵兵は、後方で待機していた狼たちに食い散らかされ、三途の背後を狙っていた敵兵は、月華の正確無比な矢で喉を穿たれる。
「さっすが月華。狼たちも容赦なくて良いわ」
「おっ、ほめ言葉が聞こえたぞ三途! もっといって! もっと大きな声で頼むわ!」
「聞こえてるし……」
敵の半狂乱にも似た絶叫と金属のぶつかり合い、獣の咆哮で森の中は音にあふれかえっているというに、月華は三途の囁きをしっかりとらえていた。
「月華の弓はこの星一番だな!」
でも月華にオーダーされたのなら、それに応えるのが三途の性でもあった。
「やったーっ!! 見てろ三途! キミの後ろは私が守ってやるからな!」
「頼りにしてるわ!」
三途は刀を振って応えた。
獣と月華、神流の奮闘もあって、生存した敵兵は3体に減った。
そのほとんどは三途が刀のもとに両断したが、自分を援護してくれる者がいたからこその功績だった。
最初は三途が取り囲まれていたのに、今はその立場が逆転している。生き残った貴重な敵兵たちは、うなりをあげる獣たちによって囲まれていた。
「……さて、おまえたちにはふたつの道がある」
ふん縛った敵兵たちの前で仁王立ちになった月華が、低い声でそう告げる。森の住人たちのなかではもっとも小さく華奢な少女だが、その威厳は獣の王そのものだった。
「ひとつは降参し、武器を捨てて、この街をおそった理由やおまえたちの星の情報を洗いざらい私に話したのち、この街……や、この星からさっさと立ち去ること。みたところ、おまえたちは異世界人だな? こうも好戦的な星の住人たちがこの星をおそってきたのだとしたら、おまえたちが再来しないとも限らない。その対策を私たちが練るために、おまえたちは星のこと、知りうるすべてを私に教えろ。さすれば命は見逃してやる」
月華が息をはく。
「もうひとつは降参せずこの窮地を見事戦いぬくこと。そのときはこちらも最大限の敬意を払って、おまえたちの喉を穿ち四肢を断ち、骨を砕き骸を焼いてやろう。ようするに殺す」
月華は無慈悲に言い捨てる。それでも選択肢を残してくれるあたり、まだ情はあった。
「見逃してほしいのなら命はとらない。そのかわり、おまえたちの星のことをすべて聞くまで帰さんけどな。選べ。もう日が暮れる。よい子は帰って飯の手伝いする時間なんだ」
敵兵は黙ってうつむいていた。が、突如低いうなりをあげる。よくよく聞くと、それはうなりというよりこらえた笑い声だった。
「ふん……くく、くくく。おめでたい大将だな、おまえは」
「あん?」
下卑な笑いを向けられ、月華は顔をわずかにゆがめた。
「俺たちを倒せば終わりと思ったか? 残念だが、もしもの時に備えて街に兵を残してあるんだよ」
「……ほう」
「な……っ」
驚愕したのは三途の方だった。これも番人のシステムゆえか。夜穿ノ郷を形成する一部である住人を守らなければ、と本能が告げている。
「殺しにいっても無駄だな。街の住人を人質に取ってある。下手に動けば住人をひとりずつ殺していく。
そうされたくなければ、今すぐ俺たちを解放するんだな」
「っ、この……っ!!」
激高した三途が敵兵に詰め寄るが、月華の無言の右手によって止められた。抗議の眼差しを月華へ向けたが、まあ落ち着け、と返されただけだった。
「……ふーむ」
月華は前髪をぐしゃぐしゃかきあげた。
「どうしたもんか」
「月華、のんきにしてる場合じゃ……!」
「だが冷静さを欠いては、最善の道も閉ざされてしまうぞ」
「だからって……」
「そうそう急がないとだぞお嬢ちゃん。あちらには時限式の発火魔術をしかけてある。街全体にな。住人も建物も全部吹っ飛ぶぞ!!」
「クソが……!!」
「威勢のいい兄ちゃんにだって、こればっかりは無理だろぉ? いくら番人だからって、できることは限られてっからなあ」
(……ん?)
三途は敵兵の言葉に違和感を覚えたが、すぐに焦燥と憤怒にかき消された。
「さあどうするどうする! さっさと黙って俺らを解放するか、それとも街を木っ端みじんにするか……!!」
「ああ、その心配はない」
森の中に、奇妙なほどに落ち着いた声が、向こうからやってきた。
三途は声の方をたどる。すぐに見つかった。
白髪の長身痩躯の男--シロガネが、セーレを連れてこちらへゆったり歩いてきていた。
「シロガネ!」
「げぇー……生きてたの? セーレは生きてていいけど」
三途の明るい声と、月華の心底げっそりした声。
「何だ、おまえ……どこから……」
敵兵のうろたえる声。その驚愕の表情をみるに、どうやらシロガネとセーレを初めて見たらしかった。
「やれやれ、偶然街を離れていたから助かったものの、帰ってきたらなじみの酒場は閉まってるし、あちこちに見慣れぬ兵士がはびこっていたし、街は爆弾だらけで解体に苦労したよ」
「お疲れさまです、シロガネ様」
「ありがとう、セーレもね。
君らが森で奮闘していてくれたおかげで、私たちも独自に行動することができた。三途君、月華嬢、神流坊やに礼を言おう。そしてこの森の獣たちにもね」
「そりゃどうも……。で、何をしたんだキミは」
「街の解放だよ。主要施設に残っていた少数の敵はすべてセーレが片づけた。ついでに爆弾の解体も終わっている。安全な場所で起爆して、もう爆破の心配はない。ああ、ついでに街の敵兵は全員殺しておいたよ。生き残っているのは君らだけだ」
「な……」
「それを考えた上で、月華嬢の問いに答えるといい」
「う、嘘を言え!」
「嘘か本当か、確かめに行くかい? 別にかまわないけれど……本当にいいのかな? 下手な行動をしたら、獣たちに食われてしまうかもしれないね」
黒い微笑でシロガネはすらすら言う。
「ちくしょう……!! こんなところで! こんな奴らに!! こんなわけのわからん白髪に!!」
敵兵の怨念こもった毒がはきすてられた。それを聞き捨てならなかったのはセーレだった。
セーレはシロガネの後ろからするっと飛び出し、シロガネを罵倒した敵兵の喉を突剣で貫いた。その鮮やかな行動に、三途は反応もできなかった。
冷ややかな目で、セーレは骸を見下した。
「シロガネ様への暴言はぼくが許しません」
「ひ、ぃ……っ!!」
隣の兵があっさりと死んだことに、生き残った敵兵はおののいた。
「わ、悪かった……、許してくれ、もうここには来ない! 言うとおりにする! だから命だけは……!!」
「……だ、そうだけど、月華嬢」
「ここで私にふるなよ、おいしいとこばっかもってきよって。
……三途、どうする」
「俺にバトン渡すな。……じゃあ情報もらって身ぐるみはいでさっさと星から追い出そう」
「良いよ。マデュラー」
月華が指笛を吹くと、空から鷹が舞い降りた。
「マデュラ、こいつ拘束して自警団に突きだそう。情報絞れるだけ絞ったら用済みだ」
「かしこまりました」
鷹から人間モードに変化したマデュラは、敵兵たちをさらに強く縛って森の外へと引き連れていった。その傍らには、へっへっへっと荒々しく息をしているガムトゥが同行していた。
「ふぅー。お疲れさま」
シロガネが再び言う。
「ああ、助かったよシロガネ」
「いやいや、君らの奮戦あってこそだ。けが人はとなり町の病院へ搬送してある。建物はいくつか壊れているが……まあ、軽微だからすぐに元通りになるだろう」
「それはよかった。……俺、街見てくる。とりあえず手助けになりそうなことがあったら片っ端から手伝わなきゃ」
三途は月華も神流も置いて、迷わず街へと走っていった。




