24話:番人覚醒
炎で焼き払われる前に、根本を断つ。
三途は敵兵集団に真っ向から突っ込んでいく。片手に握った鈴で敵兵一体の腕を思い切り叩く。丈夫な鈴は雅な音を立て、武器をはたき落とした。
「うわっ」
敵兵1人が怯み、固まっていた敵兵たちは火炎放射器の放射口を一斉に三途へと移動させた。
半ば予想していたことではあるが、三途の息が一瞬止まる。冷や汗が額から吹き出した。
やばい、焼かれる。三途とて生身の人間である。人の身など炎にかかれば簡単に灰になる。
「発射!!」
敵兵の隊長とおぼしき者の声。
三途は肩に乗っていたリスを手の中に閉じこめた。「きっ!!?」とリスの抗議の鳴き声が聞こえたがこのさい聞かないことにした。
煌々と燃えさかる炎が、とぐろを巻いて三途へと放たれた。
三途の反射神経を持ってしても、それを避けきることはできなかった。
文字通り燃える熱さが三途の全身を包んでいく。
焼死は苦痛を伴うと聞いたことがあるが、どうせしぬなら楽に死にたかった。などとのんきなことを考えていた。
「きっき!」
両手の中に閉じこめたリスがうろたえているのがわかる。ふさふさのけがくすぐったい。
皮膚がただれていく感覚。中に炎が入り込んでいくような、煮えたぎる湯が流れ込んでいくような、責め苦を味わうように、三途は炎にさらされる。
前も見えない。せめてリスだけでも助けなければ。
「ぐ……」
喉も焼けて呼吸もできない。空気を吸おうとすると炎が飲み込まれてくる。
(ああ、こりゃだめかもな)
諦観気質な三途はあきれるほどにあっさりしていた。
せっかく街を取り戻そうと奮闘したのに、炎にこんがり焼かれて終わるとは。
(……いや)
しかし三途は突き動かされた。夜穿ノ番人に選ばれた作用か、本能が最後まであらがうことを望んでいる。
ここで終わるわけにはいかないと。
焼かれて死ぬよりも、街を破壊されることのほうが三途には遙かに恐ろしかった。
(まだ、しねない)
その意志が、三途を突き動かした。
火中の三途は、炎に焼かれる痛みを振り切った。
放射器からの炎がわずかに弱まった。
手中のリスがもがくのがこそばゆかった。
三途は足を踏みしめた。歯を食いしばり、曲がりそうになる背中をしっかりとのばす。
ずんっ、と地面を踏みしめた。
体をそらし、声にならない咆哮を喉から吐き出した。
すると三途を包んでいた炎は宙へ霧散し、跡形もなくなってしまった。
焦げていたはずの三途は元に戻り、手の中からリスが這い出てきた。
「な、なに!?」
「どうなっているんだ!」
敵兵の戸惑う声が、背後で聞こえた。
(どうなってんだ、は俺も聞きたい。……あ、もしかして)
三途には思い当たるものがあった。夜穿ノ番人というシステムだ。
ひとたび番人になれば、強い力を得られるという。炎に焼かれてもすぐに治る不可思議な現象も、番人としての強い力の一つなんだろう。
ともあれ、三途に炎がきかないのは大きな強みのひとつだ。
三途の着ていた装束は炎に焼かれて消えた。いつも通りの黒服に茶色の上着、フードをかぶって刀を引き抜く。
「やっぱりこっちの方が性に合うな」
にっと笑って敵兵をにらむ。敵兵たちは及び腰になり、武器も下に向いていた。戦意をそぎ落とした今が好機。
「さて、俺は短気なんだ。全員まとめて相手してやる」
双剣を握りしめ、三途は有無をいわさず再び突っ込む。
ひとりひとり相手をするのでは時間がかかる。その間に増援を呼ばれる可能性だってある。
優雅に横へと刀を薙払う。無駄な力をいっさい入れず、撫でつけるように刃が敵兵の鎧を通り抜けていった。
食材をさばくよりもたやすく、敵の胴体はたたれた。
鎌鼬のように、敵兵の陣を駆け抜けて、突っ切るころにはすべての敵をばっさり切り捨てている。
「怯むな、相手は小僧だけだ!」
いつの間にか増援が導入されていた。その数は先ほどの倍はあるだろう。
敵兵たちは放射器を変形させる。放射器の銃口が銀色に輝く刃になりかわる。変形魔法だろうか。あとで月華に聞いてみよう。
「残念だが、ひとりじゃないんだよな」
三途のこぼれた余裕を、敵兵たちは聞き逃していた。
三途はその場を離れる。いったん敵兵に背中を向けて、大きな木で囲まれた奥地まで逃げた。
「逃がすな、追え!」
無数の敵が三途を追ってあわただしく森の中を踏み入れていく。
三途が立ち止まった地点はぬかるみも雑草もなく、巨木たちが切り株を取り囲んでいるようなところだった。
三途は切り株に立ち、刀をおろして敵兵たちの様子をうかがう。武器をこちらに構えて取り囲む。巨木たちと敵兵と、二重の輪ができた。
取り囲まれた三途は、悠々と切り株の上で双刀を構えていた。
敵兵は一斉に、三途へと刃を突きつける。それでも三途は動じなかった。
すると、敵兵の攻撃を妨害するように、樹上から大きな異物がいくつも降ってきた。敵兵のひとりがそれをきりぬけ確認した。
「なんだこれ!? ……木の実?」
木の陰に隠れていたリスの群れが、えいえいっと彩り豊かな実を敵兵たちに投げつける。その中には毬栗やまだ青い実も含まれていた。不思議と、三途はそれらリスの落下物に当たることがなかった。リスの投擲技術は目を見張るものがある。
落下物をもろに受けた敵兵たちは三途に反撃する暇もなく。武器を地面に落とし、ひたすら頭を両腕で庇っていた。
「リスも頼りになる」
三途は切り株から踊り出た。
二振りの刀をひらめかせ、隙だらけの敵兵たちを斬り伏せていく。木の実は降り注いでいたが、それは不思議と三途に直撃しなかった。リスのコントロールというより、番人としての力が作用しているのか、と三途は考える。
武器を手から落としていた敵兵に反撃の余裕もなく。三途は悠々と自分を取り囲んでいた彼らをあっさりと片づけることができた。
切り株を囲うように、敵兵の骸がそこかしこに散らばっている。
ふうっと三途が息をつく。木の上から、一匹のリスが三途の肩に到着した。
「きっ!!」
「おお、助かったぞ。おまえもおまえの仲間もすごいな」
「きき」
「さて、次に行くとしよう。陽動できるかな。装束も鈴も燃えちまったし……」
火炎放射器による集中砲火からの難は逃れたものの、代償として装束と鈴を持って行かれた。鈴の音がなければ敵の注意を引きつけることができない。目立った着物でなければ、三途は注目されない。
「せめて月華と合流できりゃな……」
そうぼやいていると、影が一閃、三途の頭上を横切った。空を見上げると、黒い翼が伺えた。
「マデュラ」
鷹モードとなって常時空を飛び続けていた老男が、三途の肩に降りてきた。
「三途様、お探ししておりました」
「ちょうどいいところに。実は俺もだマデュラ。月華は?」
「森の裏の入り口におります。現在神流様と共同で敵兵たちの進入を防いでおります」
「何だって? 敵の数は」
「50といったところですな。罠と獣たちの協力あってどうにかしのいでおりますが、突破されるまで時間の問題でしょう」
「すぐ行く! 敵の残りはあとどれくらいだ?」
「裏の入り口のものどもで最後にございます。あれらを潰せば、街も解放されるでしょう」
「もう一踏ん張りってところか。……俺は月華と神流のとこに行く。マデュラは引き続き空から全体の状況観察、何かあったら月華んとこへ報告してくれ。それから、入り口から万一増援がきた場合は、あんたが獣を率いて撃退してくれ」
「承知」
「頼もしい」
老鷹は、颯爽と空へ舞い戻っていった。
肩にリスを乗せた三途は、裏の入り口へと駆けていく。
敵兵の怒号と発砲音、それから金属のぶつかる音が聞こえてきた。
三途はそっと木の陰に隠れてその場を確認する。
敵兵およそ50人。それに対して月華が後方で弓を引き、前線には神流と狼やキツネたちが果敢に牙と刃を振るっていた。
「無理すんなー! 一撃入れたら迷わず退け! 後ろは私にまかせろー!」
月華ののんきな、それでも頼もしい声がその中に混じっている。
敵兵は月華の布陣に集中しており、こちらにはまだ気づいていない。
今なら奇襲をかけるチャンスだ。
「……!」
一瞬、月華と目がかち合った。にっ! と挑戦的な笑みを浮かべた月華に、三途はひらひらと手を振ってこたえる。月華にこちらの存在を認識してもらえたのは大きい。
月華が弓を引き、矢を放つ。その一本は敵兵の心臓をしっかり射止めた。
「神流、いったん撤退!! 私のとこまで戻って!」
「っ、了解ー」
圧されていた神流は刀で敵の攻撃をいなし、適当にやり過ごして月華に従う。
敵兵のそばに獣や神流はいない。これなら充分暴れても味方に被害はでない。
三途は瞬時に行動を開始した。
敵兵の後方はがら空きだった。その背中を縫い通すように駆け抜ける。
駆けると同時に刃をひらめかせる。敵の胴体を腕を狙って双剣を見舞ってみせた。
「なに!」
「新手だ!」
敵兵はやっとこちらに気づいたらしい。
横一列に並んで月華たちと対峙していた敵兵どもが、一斉に三途へと武器を向ける。
横にまっすぐ並んだ敵兵たちの布陣は三途が少しばかり切り崩した。
不意打ちは成功したが、敵兵はしっかり態勢を立て直している。
「三途!」
「お待たせ、神流。被害はどれくらいだ」
「獣たちの10頭くらいが大けがしてる。戦えない者は月華ちゃんのお屋敷に避難して手当てを受けてるよ」
「神流はどうだ。戦えそうか」
「何とかね。でも攻撃をやり過ごすときに無理に刀を振ったから、左腕がちょっとヤバい。ぼくは防戦になっちゃう」
「わかった。……あいつらは全員俺が引き受ける。巻き込まれないように、月華と一緒になるべく下がれ」
「でも三途、相手の数が多すぎるんじゃ……」
「大丈夫。こいつの援護があるからさ」
三途はちょいちょいと、肩の上のリスをつついた。
神流はふっと笑って、「了解ー」と刀をしまった。




