16話:独断場
三途の刀に炎が宿る。陽炎ゆらめく刀身からはほのかな熱が伝わってくる。
刀身を守るように炎がからみつく。セーレの突剣には、蛍光緑の雷がばちばちと音を立てて刃に巻き付いていた。
「これが……」
武器に魔法を宿して戦うという戦法は、旅芸人時代から聞いたことがあったが、こうして実際にその戦法を利用するのは初めてだった。三途は刀身の炎の揺らぎに少しの間目を奪われていたが、すぐに気を引き締めた。
「相手もじゅうぶんやる気みたいだね」
へらへらと笑うシロガネの目は決して笑っていない。
セーレはシロガネを庇うように、雷をまとった突剣の切っ先をトカゲに向けた。
そのトカゲは、自分の口をこじ開けていた刀を無理矢理砕いたらしい。
トカゲの足下にはばらばらに砕けた三途の刀が捨て置かれている。
「ひとまずコレで斬ればいいんだな」
「いいよ。皮膚の表面にまとってる膜を蒸発させれば良いんだから。膜がなくなったら、今度こそ三途君の独断場だ」
「上等」
三途は再びトカゲへと挑む。
大トカゲの動きがさっきよりもわずかに俊敏になっている。
尻尾のない状態でもその脅威は変わりない。
オアシスの砂を踏みならし、顔からだらだらこぼれる血をまき散らす。
「今度こそ息の根を止めてやる」
三途はトカゲに向けて刀を振り下ろす。
体感、武器の通りが良かったのは背中だ。トカゲの大口を踏み台に、ふっと跳躍する。
トカゲの攻撃範囲からはずれ、優雅に空を舞う。三途は着地と同時に刀をトカゲの背中へ突き刺した。
「ぐがっ!」
トカゲの怯んだ悲鳴がする。
三途の刀にまとっていた炎が、刀身を中心にトカゲの背中へと広がっていく。
三途と刀を守るようにして、炎は巻き上がりトカゲの皮膚を焼いていく。
「どうだ……っ!」
周囲から焼ける熱さが三途の肌に伝わる。だがさっきまで歩いてきた砂漠のような道に比べれば何てことはない。
「ごぎゃああッ!!」
トカゲがぶんぶんと身を暴れさせる。背中の焼けた痛みと異物を振り払わんと抵抗していた。
「うお、っとと」
三途はとっさに刀を引き抜き、トカゲから離れる。思わずトカゲの後方へ飛び退いた。
魔物の背中の全貌が伺えた。トカゲの皮膚が黒く変色している。
「あれは……」
「背中の皮膜は蒸発できた。皮膜が消えるとあれの皮膚は黒くなる」
「ならば今がチャンスか」
「そう。支援しよう」
「頼むわ」
三途は地を駆けトカゲの背中に向けて斬撃を繰り返す。狩猟用にとった肉を捌くよりもトカゲの肉は軟らかくなっていた。
「ぼくも」
セーレも負けじと、トカゲの正面から突剣を繰り出す。雷を付与した突剣による連撃で、トカゲの頭部をまとう皮膜を吹っ飛ばした。
セーレが突剣をはしらせるたびに、鋭い閃光が現れる。
突剣を持つセーレの顔が、閃光によってするどく照らされる。
そのたびにトカゲの目眩ましになったのか、トカゲがぐっとまぶたを閉じている。
トカゲの視界を強制的に閉ざしたことで、トカゲの攻撃の命中精度ががた落ちする。もともと動きの遅い反撃や炎のブレスは、三途やセーレにとってよりいっそう回避しやすくなった。
「こちらも、皮膜の破壊完了です」
セーレが数度突剣でトカゲの頭部を刺す。トカゲを守っていた頭部部分の皮膜は、雷によって焼き焦げ消える。トカゲの頭から、焦げた匂いの黒い粒子がちりばめられた。
「よし! 助かったセーレ!」
「いえ。さて、ここからが本番です」
「だな」
三途は刀を構え直し、トカゲと面向かう。セーレも、シロガネを後ろにかばいながらしっかりと切っ先をトカゲに向けていた。
「そんな二人にオマケをあげよう。はい」
背後のシロガネが、桃色に輝く粒子を三途とセーレの頭上に振りまいた。
甘い匂いのしたそれを頭から浴びた三途から、戦闘でたまっていたわずかな疲労を消し去ってくれる。
緊張で冷えた手に熱が戻り、鼓動は落ち着き、冷や汗は吹き飛ばされ、刀を握る力が強くなる。体が軽い。ジャンプしたら空のかなたまで飛んでいけそうだった。
「シロガネ、コレは?」
「君たちの力を引き出した。今の君たちなら、一気に弱体化している今の大トカゲを、すぐに倒せるよ」
「よっし!」
三途は駆けだした。自分が思った以上に、自分の体は軽やかで力強い。
閃光のまぶしさからまだ抜け出せないトカゲは目を閉じたままだ。
三途はやすやすとトカゲに近づき、一撃二撃、三撃と、鋭い剣技を発揮する。
まっすぐ正面から振り下ろした刀は風と共にトカゲを切り裂く。ばっ、とトカゲから血が吹き出た。生ぬるい血液が三途に降り注ぐ。
「失礼します」
と、セーレの声が三途の背後すれすれまで駆け寄ってきた。
とたん、三途の背中にわずかな衝撃がはしる。
「うおっと」
「お借りします」
三途はセーレに背中を貸したことになっていた。セーレは三途の背中を踏み台に、とん、とトカゲの頭上へ高く飛び上がる。
太陽の逆行を浴びたセーレは空中で構えをとり、そのまままっすぐ急降下する。ねらいはトカゲの背。
着地と同時に突剣をトカゲに突き刺す。金属にはじかれるような感覚もなく、砂に突き刺すように、剣はおとなしくトカゲの皮膚を貫いた。
剣を引き抜かず、セーレはそのままトカゲの頭部へと突剣を動かす。剣は大きな抵抗も受けず、あっさりとトカゲの傷口を広げた。
「がああっ!!」
トカゲの断末魔が響いた。セーレはそれに怯みはしたものの、すぐに持ち直した。剣で引き裂いてすぐ、トカゲから退避する。
最期の悪あがきだろうか。大トカゲは炎ブレスを三途たちへたたき込もうとする。
「!」
トカゲの目とセーレの碧眼が合わさった。セーレを道連れにするつもりだろう。トカゲの口からは煌々と輝く炎が溜められている。
「セーレ!!」
シロガネの珍しくも焦燥した声がした。
その声が響くと同時に、三途はすでに動き出していた。
「悪い、セーレ!」
三途はセーレの襟首をつかんでシロガネの方へ引きずりおろす。「わっ?」とセーレは後ろへ倒れ込む。
三途の目と鼻の先は、じりじり焼くような熱がこもっていた。
(おまえを、斬る!!)
刀を下段に構える。
直後、炎が放たれた。
ぶおん、とトカゲよりも巨大な火球がゼロ距離で三途に迫り来ようとしてきた。
だが三途の反射神経がそれよりも勝っていた。
下段に構えた刀を神速のごとく振り上げる。
火球が三途の目の前へと命中する瞬間を狙い、三途はその炎をまっぷたつに斬ろうとしていた。
炎の感触が刀をなでる。炎に刀身がふれたと思うと、少しだけ刀に重みが乗る。
三途は足を踏ん張り、左手を柄に添える。力は、相手の方が強かった。
「こん、のっ!!」
炎の抵抗は最初こそあったが、力を込めて一気に斬りあげようとしたとたん、すべてはすぐに終わることができた。
斬! と三途は刀でもってトカゲの特大火球を両断した。
抵抗を失った刀が三途の手からすっぽ抜ける。刀は華麗に宙を舞っていた。
二つに断たれた炎は三途の斜め後ろへと軌道がずれる。セーレを抱き留めていたシロガネの横で、一つが爆ぜ、もう一つはオアシスの樹木に命中し暴発した。
力を出し切ったトカゲは、火球を放つ反動に耐えきれず、前進から鮮血を吹き出した。
断末魔をあげる前に、トカゲの巨体はオアシスの地面に倒れ伏す。
それと同時に、三途の刀が砂の地に降りてきた。
戻ってきた刀を拾うまえに、三途は用心深くトカゲを観察する。本当に死んだか、まだ生きているか、数分間臨戦態勢となり、トカゲから目を離さなかった。
1分、2分、と時間が過ぎていく。
じっと用心深く、三途はトカゲを見守る。
トカゲは動かない。
オアシスに現れた大トカゲという脅威を、ようやく退けることに成功した。
「もう大丈夫だね」
シロガネが落ち着いた声で言う。三途はふはっ、と大きく息を吐きその場にくずおれる。
今頃になって疲労が全身にのしかかってきた。肩の力が抜ける。気がゆるんでしばらく立ち上がれない。
「お疲れさま、三途君」
「ああ……おかげで助かった、シロガネ。セーレも」
「お役に立てて何より」
「しばらくお休みになりますか? 幸い、採取する薬草の生息ポイントは無事ですので、いったん休んでから仕事を再開しましょう」
「そうさせてくれ……」
シロガネに担がれ、三途はトカゲの骸からやや離れた木陰に連れて行ってもらった。
水を飲み体を木陰に横たえる。心地よい風が通り抜け、火照った体を冷やしてくれる。
命の危険がなくなった安心感からか、全身の力は抜けきり使い物にならない。
3人なかよく、あらかじめ持ってきた食料をちびちびかじりつつ、オアシスの微風に体を預けた。
しばらくして三途の疲労もとれ、体を思うままに動かすことができるようになった。
「悪い。助かった」
「いやいや。体調が戻って良かったよ。
さて、気を取り直して採取といこう」
こっち、とシロガネが先導する。
湖から5分ほど歩いた先は、色とりどりの花が咲き乱れるポイントが広がっていた。
三途の知らない花があちこちで自由に咲き、さらさらと音を立てながら時々揺れている。
華やかなその採取ポイントに、三途はほっと息を吐いた。
「すげ……こんなにたくさん」
「環境が良いんだろうね。去年は嵐が続いていたから、これほど満開にはならなかったけど」
「そうだったのか」
「うん。じゃ、採取といこうか」
シロガネの的確な指示のもと、三途はセーレと一緒にちまちまと花を摘んでいく。
依頼によると薬草の素材となる植物を採取してほしいということだった。
花弁は青色で細い葉を生やしているのが特徴だという。
これか? とシロガネに見せると、「よく似ているけど、これは別の花だね」と細かな違いを教えてくれる。
それをすぐに飲み込んで、逐一シロガネに確認をとってもらうようにした。だんだんと薬草の見分けがつくようになり、三途はシロガネなしでも何とか目的の薬草を手に入れることができてきた。
三途の後方で、セーレは花を指先でつつきながら採取に明け暮れていた。時々視線をうろつかせるのは、トカゲのような新たな脅威が近くにいないか見張ってくれているわけだ。
「セーレ」
「何でしょう」
「見張り、ありがとな」
「……。いえ、ぼくの仕事のうちですから」
「そっか」
三途はこれ以上何も言わなかった。




