15話:立ちはだかる赤き壁
大トカゲは動きが鈍重であり、その攻撃はしっかり見ていれば充分にかわせる。
そのかわり、外敵からの攻撃を防ぐためのあらゆる能力が備わっていた。
その皮は厚く、刃を簡単には通さない。
鋸状の突起を持った尻尾を振り回すことで威嚇し、戦意を遠ざける。
やけに長く伸びる舌は唾液のほかにもなめらかな粘液も含まれており、獲物が逃れないようがっちりと捕まえることができる。
敵の戦意をそぎ切った後に、ゆっくりとその舌でからめ取って食うのだろう。
三途が、立ち向かっている魔物とはそういう生態をしていた。
一見、いっさいの攻撃が通じない魔物ではある。
だがそんな魔物にもどこかに弱点はある。三途はそう自分に言い聞かせていた。
「シロガネ様、ぼくらの方が戦局的に不利のようです」
「たしかに。三途君の刀でもだめかな?」
「だめだ。戦い方を変えなければジリ貧で負ける」
「わかった」
三途とセーレの後ろに控えているシロガネも、ただ高みの見物をしているかというとそうでもなく。
ローブの中に手を突っ込んで、何かを探していた。
「尻尾でいなされなければ、少なくとも不意打ちは通じるね」
シロガネの手には小さな皮袋が握られている。
「ふたりとも、ちょっと頭を下げていて」
冷静なシロガネに二人は従う。
シロガネは皮袋の口を開き、トカゲに向けて中身をぶちまけた。
きらきらと粒が輝く。トカゲは一瞬だけひるんだ。
「これでどうかな」
「やってみる!」
三途はトカゲのひるんだ隙に再び刃を構える。
ためしに、と一振り刀を横へ払う。ひゅうっ、と風を裂き、手応えが三途に伝わる。
シロガネの放った粒子は何だったんだ? という疑問は飲み込んでおき、三途は答える。
「……少しは、マシになったかもしれない」
「それはよかった。効果は5分ちょっとだから、それまでに何とか息の根を止めておかなければね」
「はい」
セーレも負けずに突剣を突き出す。
シロガネの援護によるのが大きかったのか、トカゲは尻尾による防御をしてこなかった。それどころか、セーレや三途による攻撃を目の前にしても、一つの防御行動をとっていない。
といってもその恩恵を受けられるのはたった5分。それ以上をすぎたらまた元に戻る。
三途はそうなることを見越した。
トカゲの尻尾はどうせまた生えてくる。だがそれとて一瞬で再生するわけではないはずだ。
「セーレ、正面はたのんだ」
「お任せを」
三途はトカゲの背後へ回り込む。だらんと垂れたご自慢の尻尾が、オアシスの地に這っていた。人の胴体ほどはあろう太さの尻尾ではあるが、切れない幅ではない。
三途は刀を振り下ろす。一振りめはやや通りにくく、表面を滑るだけだった。
それで終わりにはさせない。もう一振りの刀で同じ箇所を狙い裂く。まだ滑りはしたが、さっきよりも通りやすくなっている。
「まだ、まだっ!」
鮮やかに二振りの刀を振り下ろしていく。
10回ほど叩き切っていると、ようやくトカゲの鋭い尻尾は切断できた。
「っし」
「お、さすが」
セーレの後方でまたもローブに手を突っ込んでは皮袋を取り出すシロガネが、そうつぶやいてくれる。
「これで多少はこっちが有利になっただろ」
「うむ、助かる」
三途はそのまま、トカゲの後方から攻撃を続ける。
セーレはというと、急所を狙ってトカゲの正面から攻撃を加えていた。
動きがさらに鈍くなった魔物は格好の的になる。もともと身軽なセーレのこと、トカゲの反撃も簡単にかわしてみせる。
このまま押し切れるか? と三途は考えていた。
軽やかに跳躍しながら、トカゲの背に切り傷を与えていく三途に、一瞬だけ予感が走った。
(あれ? そういえば)
着地した三途の背筋に走ったのは、防衛本能だった。
「避けろ!!」
三途は思わず叫んだ。
セーレもシロガネも、それを聞き逃しはしない。
「シロガネ様!」
「うおっと」
セーレはシロガネに飛びかかり、そのまま二人仲良く後方へと転げていく。
「ごォオッっ!!」
大トカゲは口から紅蓮に染まる炎を吐き出した。
背後に立っていた三途でもわかるほどに、その炎は巨大で煌々と輝いていた。
炎はオアシスの木々を焼き、砂を焼き、空を焼く。
とっさに三途は危険を知らせようと叫んだのだ。あんなものくらったら人間ひとりやふたりなんてこんがり焼けてしまう。
さっきまで三途側が有利だったのは、シロガネの粒子によってトカゲをひるませ、力をそぎ落としていたおかげである。
しかしそれがいつまでも永久に続くわけではなく。制限時間は5分。
その時間が来てしまったのだ。
大トカゲは、本来の力を取り戻した。もしくはそれ以上の力。
目の前の2匹と、後ろで暴れていた1匹という外敵に明確な殺意を見いだし、本気で排除しようと覚醒したのだ。
「シロガネ! セーレ!!」
三途はトカゲから少し離れつつ、仲間を呼ぶ。あれにまきこまれたらただではすまされない。
青ざめる三途を安堵させたのは、「だいじょうぶだいじょうぶ~」という気の抜けるようなシロガネののんきな返事だった。
ほっと胸をなで下ろすが、安心はまだできない。トカゲの息の根を止めなければ、オアシスもろとも焼き払われてしまうであろう。
「怪我は!」
「ないない。かすり傷」
「そうか……。少しじっとしてろ」
三途は大トカゲの背中を踏みつけ跳ぶ。
刹那に宙に舞い、双刀の連撃をトカゲへと与えていく。
するすると刀身は滑るが、手応えはわずかに覚えた。
決定的なダメージはまだ考える必要はない。優先すべきは、トカゲの注意をこちらがわに引き寄せること。
トカゲの背を舞台に、三途は飛んで跳ねて刀を操る。
とんとんと、軽やかに舞踊のステップをふんでいると、ようやくトカゲがこちらを向いた。
ぐるっと首を回して、頭だけこちらに向けさせる。
「よっし、こっちだ」
三途はトカゲという舞台から舞い降りた。
のそのそと鈍い動きで体を三途と向き合わせた。
トカゲはすっと一拍息を止める。
そして勢いよく、再び炎を吐き出した。
三途は寸前で横へそれることで回避する。熱が頬をかすめた。
炎の餌食になったのは、オアシスの木々と砂だった。
ぱらぱらと灰が空に漂う。まともに食らった木はもう原形をとどめていない。ぼろぼろとくずれていく。
三途は態勢を立て直してトカゲへと距離を詰める。
トカゲの死角へ忍び込み、側面から刃を撫でつける。
相変わらず表面は膜によりトカゲを守っている。
切れ味はお墨付きの刀でも、大トカゲの皮膚を切り裂くことは難しい。
シロガネの粒子による支援があってようやくほんのすこしだけまともに切りつけることができるのだ。
トカゲが再び三途にねらいを定めて炎を放ってきた。
炎攻撃までの動作はすでに読み切った三途にとって、それをかわすのはたやすかった。
だがこのまま希望の見えない戦闘を続けていればこちらの体力が奪われるし刃も折れる可能性が高い。
何よりトカゲの炎でオアシスが焼き払われ、湖も干上がってしまうだろう。
短期決戦で挑むしかない。
そのためには、トカゲを貫く決定打が必要だ。
どうすればいい? 三途は滴る汗を拭いながら考えた。
可能性としてはシロガネによる援護。皮袋からぶちまけた粒子は、相手の力を奪う力があるようだ。
しかし三途は、シロガネの持つ粒子については何も知らされていない。こんなことなら事前に聞いておくべきだった、と軽く舌打ちする。
悔やんでいてもしかたがない。やれることをやるだけだ。
三途はトカゲの敵意を引きつけながら、剣劇に集中する。
トカゲにとっては周囲を這い回る小さな羽虫にも等しい存在である。いらだたしげに地を踏みならし、目障りな敵を排除せんと炎を吐く準備にとりかかる。
トカゲがすっと大口を開く動作。三途はそれを視認してすぐにトカゲへと駆け寄った。あの後に炎を吐き出すのは読んでいた。ならばその直前にトカゲをひるますことができれば、面倒な炎をまき散らされずにすむ。
三途はトカゲの目と鼻の先まで近づく。
がぱっと開いたトカゲの口に刀を一振り突き刺した。
「あがッ!!」
刀がつっかえ棒となってトカゲの口を無理矢理こじ開ける。
その隙に三途はトカゲの横を失敬し、シロガネとセーレのもとへ合流した。
「二人とも!」
「ああ、三途君、無事?」
「無事だ。セーレは」
「ご心配なく」
砂と灰にまみれてはいるものの、大した怪我はしていなかった。
「よかった……。トカゲは足止めした。炎はしばらく出せないだろうが……まあ、俺の刀がいつまでもつかによる」
「だろうね。
方法はあるよ」
「あるのか!」
「私の術と、セーレの突剣、三途君の刀があるなら、勝機は充分ある」
「あ、そうだ、それだよ! シロガネ、あんたの力はどんなものなんだ? さっきトカゲを無力化してたよな」
「ああ、あれね」
シロガネはローブからまた小さな皮袋を取り出した。
「これはね、幻術に使う為の特殊合成した薬草だよ。人の力を奪う薬草、混乱させる薬草、毒の粉末に麻痺そのたもろもろ。
こっちの箱に入ってるのは属性付与の薬草。デリケートだから扱いは慎重になるんだけど」
これね、とシロガネは赤茶の小箱をそろっと取り出した。
「属性……?」
「簡単に言うと自然現象を一時的に武器へくっつける術だよ。炎とか雷とか水とか。高名な術師だと薬草なしで付与できるらしいんだよね」
「ぼくと三途様の剣による攻撃は、トカゲには通じませんでした。ですが、何かしら属性をまとった武器で挑めば、あるいは……」
「そうだな……。トカゲの皮膚にはりついてる膜みてぇのが厄介なんだ。あれを破れば皮膚には届くが……」
「ならやはり私の出番だね。三途君とセーレの武器に、それぞれ炎と雷属性を付与しよう。膜は高熱に弱い」
「わかった。頼むわ。
……炎吐くのに膜は平気なのか? 熱に弱いのに炎?」
「トカゲの炎、そんなに温度は高くないんだよ。それに皮膜はトカゲの炎よりももっと熱くても耐えられるからね」
「まあ考えててもしかたねーか。……シロガネ、たのむ」
「了解。武器を出して」
シロガネがふっと微笑んで小箱から薬草をつまみ出す。
後ろでは、金属の壊れる音と生物のうなりが重なって耳をつんざいた。




