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魔機ごろしの三途 ~王国最強の力は少女のために  作者: 八島えく
三章:【過去】舞踊と仕事の二足わらじ
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14話:新しい仕事

 神流の宣言通り、三途は花の精ーー要するに女役を引き受けることになってしまった。

 ヒュージの仕事は続けているが頻度を減らし、舞台披露当日までは舞踊の稽古を優先することにした。


 今日は採取の仕事を引き受け、午後には月華の屋敷に帰ることになっているい。

 ヒュージはそれを了承してくれたし、快くチケットを買ってくれた。


「シロガネにも融通しとくから、あと2枚売ってくれないか?」

「いいよ。……2枚? シロガネともうひとりいるのか」

「そう。シロガネの従者でね。月華ちゃんと同じくらいの年の子だ。今日はシロガネとその子が同行してくれるから、仲良くやっておいで」

「わかった。……でもいいのかな」

「何が?」

「いや、月華はシロガネのことが嫌いみたいだから……。シロガネに近づくと怒るし」

「ああ、まあ月華ちゃんはね。シロガネともつきあい長いからさ。シロガネのイヤーなところをよく知ってるためにあんなに気性が荒くなっちゃうんだよ。ま、仕事なら仕方ないって割り切る子だから気にしなくていいんじゃない」

「はは……ならよかった」

「そんなわけで、あとでチケット2枚売ってね」

「ああ、うん。まあ楽しみにしててくれ……」

「元気なさそうだねえ」

「女役ってのはどうもな。やらなかったわけじゃないけど……」

「そう? 君の舞踊は何となく華やかで優雅な印象があるから、女性役って似合うと思うよ。体格や仕草的には神流君がそれっぽいけど、舞台に立つなら君だね」

「そりゃどうも……」


 以前、ヒュージの依頼でこの酒場の舞台で舞踊を披露したことがあった。

 簡単で落ち着いたタイプの舞踊をいくつか、音楽に合わせてほぼ即興での披露であった。


 そのときの酒場の盛り上がりは最高潮だった。

 踊っている間は、皆三途に注目していた。まばたきもせずに、じっと三途の仕草ひとつひとつをじっくり凝視していた。

 舞踊が終わり、三途が優雅にお辞儀をすると、惜しみない拍手喝采を浴びた。


 ヒュージもその舞踊をカウンターから眺めていた。だから三途の舞踊スキルの高さを買っている。


「楽しみにしてるよ、私」

「期待に応えてみせるさ」

「いいねえ。……あ、シロガネ来たよ。一緒に行っておいで」

「ん、そうか?」

 カウンターから入り口の方を向く。白髪の男と、その後ろに誰かが控えていた。


「こんにちは、ヒュージ。三途君も」

「どうも。今日は一緒に来てくれるんだって?」

「そう。薬草採取は得意分野でね。よろしく頼むよ」

「こちらこそ」

 シロガネと軽く挨拶を交わした三途に、ふとシロガネの後ろに立っている子供に目がいった。


「シロガネ、その子は?」

 三途の興味を引いた子供は、金髪の中性的な顔立ちをしていた。背丈はシロガネの胸あたり。

 碧眼は半ば伏せられ、きゅっと引き結んだ唇には厳しさが帯びている。

 紺色の礼装には乱れ一つなく。細い腰には突剣がさされていた。

 使い古されたローブで顔をほぼ隠しているシロガネとは違って、こちらの子供は育ちの良さが伺える。

「ああ、この子はセーレ。私の部下だよ」

「部下……?」

「意外に見えたかな?」

「割とな」

「だろうね」

 シロガネは何も気にせず笑ってみせる。シロガネにうながされ、セーレは三途に一礼する。


「初めまして。セーレと申します」

「三途だ。よろしく頼む、セーレ」

「こちらこそ。どうぞご贔屓に」

 本当にシロガネの部下なのか? と思うほどにセーレの動作一つ一つは堅く隙がない。

「セーレは少しまじめすぎるところがあるから、少しとっつきにくい印象があるかもしれないけど。根は優しいからね」

「そうか。頼りにさせてもらうよ」

「よかった。じゃあ、採取に向かうとしようか」

 顔合わせをした3人は、目的の場所まで向かった。


 道中は列車で移動した。ヒュージの酒場から列車でおよそ1時間。

 席から風景のかわりゆく姿を眺めつつ、三途はセーレという十代をようやく越えたであろうセーレをそれとなく観察してみた。

 席に着く際は必ず安全を確認する。3秒ほど座席をぐるっと見て問題がなければ、まずシロガネに席を譲る。そして三途にもどうぞ、と促してようやくセーレが座る。


 乗車中は本を読んでいたが、姿勢は完璧なほどに整っていた。シロガネが窓の縁に頬杖をついてくうくうと寝ているのに対し、セーレは背筋をぴんとのばして足もそろえ、読書に集中していた。ときどき小さな指でページをめくる。

 三途の視線さえ気にしていない。本を読んでいる間は相当集中しているようで、シロガネがセーレにこてんっと船をこいでも、何も動じなかった。

(まあ、じろじろ見るのは失礼だよな……)

 それ以上はセーレの観察を止め、三途は窓からの景色をぼんやり眺めていた。


 そうして1時間。目的の駅に着いてタイミングよくシロガネが起きた。

「ん……。あれ、着いた……?」

「はい。降車しますので起きてください、シロガネ様」

「はーい……。あれー、私、窓の方によっかかってたのに。いつのまにセーレにくっついてたんだろ」

「列車が何度か揺れましたから、その影響かと」

「そうだったか。ごめんねセーレ。邪魔しちゃって」

「いえ、何も問題はありませんから」

「君はいつもそう言ってくれるね。

 ……さて、三途くん。降りるとしようか」

「了解」



 目的地は荒廃した場所だった。

 砂煙があちこちでまき起こり、三途の視界をさえぎってくる。うかつに口を開くと砂が入ってくる。


 しゃっ、と足を踏み入れると、砂が呼応するように舞い上がる。

 近隣にいくつかの民家はあるが、いずれの家も閉められており人の気配が感じられない。

 

「……こんなところに草とか生えるのか?」

「生えるよ。厳密にはここではなく、少し歩いたところのオアシスにね」

「なるほど」

 砂煙で気づかなかったが、この地には太陽がぎらつき照っていた。フードをかぶり直して陽光を遮る。首や両手を光がじりじり焼いてくる。

 こっちだ、とシロガネが促す。その後ろをちまちまとセーレが歩いていく。三途も歩を進めた。


(まるで砂漠だ)

 地面を踏みしめた土の感触はやけに柔らかい。足首まで砂に埋もれる勢いだった。

 照りつける陽光は激しく、陽炎があたり一面に揺らめいている。

 

 広大な、とは言い難いが、近くに目印となりそうなものがほとんどないために実際の面積よりも広く感じられた。

「何なんだ、ここは」

「小砂漠、と呼ばれる街の名物だよ。海が干上がった海岸のなれの果て、とも言われている」

「へえ……」

「といっても、本当に海が干上がったかどうかはわからないんだけどね。この土地の風土記にそういう記述があるってだけだからさ」

「風土記?」

「その地のあらゆることがらを記した書籍。名物は何か、伝統芸能はあるか、暮らしはどんなものか、料理は、税収は、有名人はーーと、その地に関することをできる限り詳しく述べているんだよ。伝説や伝承も含まれるね」

「そんなもんがあるのか」

「そう。我々がこれから向かうオアシスも、この街の風土記に載っている。結構ページを割かれていたから、それだけ重要なポイントなのかもしれないね」

「物知りだな。勉強になるわ」

「光栄だ。……君も、君の暮らしている街の図書館に通い詰めれば、これくらいにはなれるよ」

「本はちょっと苦手でな」

「私もさ」

「気が合うことで」

「同感だよ。月華嬢に嫉妬されてしまう」

「やめてくれ。あいつのあんたに対する嫌悪っぷりは尋常じゃないからな」

 いいつつ三途は苦笑していた。



「さて、着いた」

 先導するシロガネが足を止める。

 改めて砂漠を見渡すと、青色に染まったオアシスが見受けられた。


 その場所一帯だけは木々が生い茂り、広く澄み渡る湖を守るように囲っている。涼風が三途の頬をなでた。

 が、シロガネとセーレの顔は険しい。三途は首を傾げていたが、すぐに理解した。


「シロガネ様、お下がりください」

「了解。三途君、セーレともども、前を頼むよ」

「了解……」

 念のために、と持ってきておいた二振りの刀を鞘から抜いた。


 湖から這うように、ずるずると朱色の大トカゲが出現する。

 その大きさは長躯痩身のシロガネよりも高く、重い。5メートル以上はあろうかという巨躯がずっしりとオアシスを汚していった。

 がぱっと開いた口からは細かに鋭い牙。その口にとらえられれば、小柄なセーレは一口で丸飲みであろう。

 視線はこちらにとどまっており、射すくめるようににらんできている。


「動きは鈍重ですが、守りが堅くなっている魔物です。尻尾は鋸状の突起が生えています」

「なるほど。初めて見たから助かる」

「そしてよく伸びる舌で獲物をからめ取ります。舌には粘着性の液体……唾液とは異なる成分の液が付着していますので、斬って抜け出すのが困難です。ご注意を」

 言うや、セーレは帯剣していた突剣を引き抜いた。その動作には何の無駄もなく洗練されていた。

「あとは戦ってご自分で突破口を探してください」

「おうよ」

 セーレがまっすぐ、大トカゲへと突っ込んでいった。


「お覚悟を」

 セーレの剣戟はどこまでも丁寧で無駄がない。

「破っ!」

 大トカゲの首や目を狙って突いている。攻撃を受けているトカゲはというと、尻尾や最低限の顔の動きで急所をうまくそらしている。

 防御が堅いということは伊達ではないらしく。セーレの剣はトカゲを貫くことができない。

「……なかなか、手間のかかる相手です」

 毒付きはするものの、セーレはそれでも攻撃の手を止めない。

 

 三途もセーレの攻撃が止むタイミングを狙って双刀を振るう。

 トカゲの正面はセーレの攻撃で集中しているから、背後から隙を突こうと無防備なトカゲの背中にねらいを定めた。


「せいっ!」

 刀を思い切り振り下ろしたが、妙な膜に邪魔されて刃が滑った。

 薙ぎ払いがだめなら突きだ。ともう一振りの刀を逆手に持ち直す。

「これで!」

 さすがに突きであれば多少は通るはずだ。と三途がまっすぐに刀をトカゲへ突き刺そうとする。


「んな……っ」

 三途の攻撃は、トカゲの尻尾によりいなされた。

 鋸状の刃というのも納得がいく。その尻尾が三途の刀を振り払うとどうじに、三途自身にもわずかにかすった。

 左腕の袖が、するどく一閃切り裂かれている。幸い肉には届かなかったが、あれをまともに受けていたらただごとではない。


「……おもしろい」

 三途は自分に言い聞かせるように、不適に吐き捨てた。

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