11話:黄金の蔦の武器
月光に照らされた1羽の鷹。
マデュラは空を旋回し、まっすぐ見張りへと降下した。
「なん……っ!?」
見張りは空からの急襲に不意を打たれた。
だがヒュージの情報通り、鷹の鋭爪では傷ひとつつけることができなかった。
マデュラは衝撃に怯み、いったん空へと舞い戻る。
「気づかれた」
「増援がくる前に片づけるぞ」
「うん」
三途は刀を引き抜くとターゲットへと駆ける。
獰猛かつ圧倒的な獣とちがって、人間相手であればまだ戦いやすい。
月光に照らされる刀身を、見張りに向けて振り下ろした。
距離も充分詰めた。鷹の強襲により隙をつかれた敵の懐はがらあきである。
そこに三途の一閃がはしるとなると、あっけないくらいの圧勝であるはずだった。
ところが、刀は見張りを殺すに至らなかった。
がんっ!! と強い衝撃が三途の刀に伝わってくる。
「……っ」
「三途!?」
「刃が通らない! 月華、弓を!」
「まかせて」
月華が林の茂みに隠れて矢をつがえる。
ひゅっと風を切り矢がまっすぐ飛んでいく。月華のねらいに狂いはなかった。
吸い込まれるように、見張りの喉に向かっていく。
しかし矢は見張りを穿つことはなかった。
固い壁に当たったように、見張りからそれてあらぬ方向へと飛んでいった。
「矢もきかないよ!」
「まじかよ」
見張りの態勢が整った。にやりと笑う見張りは、腰から剣を抜いた。
「三途、ちょっとどいて」
鷹を肩に乗せた神流が躍り出る。
その手には小柄な剣が握られている。ぬらりと光る刀身には微毒が塗られていた。
「神流っ?」
「ちょっと失礼!」
神流が三途をかばうように立ち回りながら、素早く見張りを引き離す。
片足を軸にくるっと回転ついでの、剣の一振りを見張りにくれてやる。
「……っ、うそ……」
神流の表情がくずれた。苦し紛れに笑おうとして口がひきつる。
神流の毒つきの剣も見張りを倒すことはかなわなかった。
剣は神流の手をはなれ、宙に放り出される。
「神流、さがれ!」
三途のとっさの声に、神流はしっかり反応した。武器を持たない丸腰上体では、相手の格好の的だ。
かろうじて武器を握りしめている三途は、自分の身を神流の盾にした。
「……げぇ」
傍らの月華が、いやなモノを目の当たりにしたような声をこぼす。
見張りを一撃でしとめられなかったつけがここにまわってきた。
騒ぎを聞きつけたターゲットが、ぞろぞろと砦から出てきてしまっていたのだ。
「これは……まずいな」
「うん。さあ、どうしたものか」
月華の肩に鷹が止まる。
考えあぐねているうちに、敵の戦闘態勢と増員は整っていく。
「マデュラ!」
月華の声と同時に、鷹が一番見張りに再度飛びかかる。
皮鎧をそれて顔めがけて爪で薙ぐが、それもやはり弾かれる。月華の肩へ戻ってきたマデュラの表情が渋くなる。
「月華様」
「マデュラ。やはり弾かれるか」
「はい。どこを狙っても攻撃は通りません。固い壁に守られているようです」
「うぬぬ……。極限に強化した武器と火力で押し進められると思ったけど、そうでもないようだ」
月華を後ろに下げ、三途は神流と共に前へとでる。
相手の増援は整ってしまっている。まだ武器を構えていないのが唯一の気休めだ。
(どうする……)
三途は刀で牽制しつつ敵との距離をはかる。
敵の武器の構えはどことなくぎこちなく、扱いに慣れていない、ように三途には見えた。
筋金入りの悪党集団と聞いていたが、その割には構えが雑だ。
剣を抜いても切っ先をこちらに向けることがない。武器の握られた手はぶらんとおろされ、こちらに攻撃をしかけるような態勢でもない。
(なめられてる)
三途は単純にそれらを敵の余裕からくる姿勢だと判断した。
(そりゃ、こっちの攻撃がいっさい効かないんじゃな……)
こちらがあらゆる手段を尽くして攻撃しても、ダメージがすべて通らないのだ。わざわざ攻撃する必要はないのだし、体力を温存する方が賢明だ。
三途の自慢の剣劇もまったく効かない。
舞踊の稽古ついでに神流と手合わせした際の技をすべて試しても意味がなかった。それは神流も同じだった。
三途は敵1体に向けて刀を振るう。
鎧からずれた足や首をしっかり狙ったが、甲高い音と一緒に弾かれてしまう。
切っ先すら届かない。
ならば、と同じ部位を何度も突き続ければ防壁のようなものを破壊できるだろうか。そう切り替えて敵1体にのみ集中して刀を突きだし続けた。
それでも防壁は砕けない。固い壁にぶつかっては刀があらぬ方向へとはじきかえされ、三途も反動でのけぞる。
神流の毒塗り刃も通用しない。毒も効かない。月華の矢もマデュラの鋭爪も、すべてを防いでしまう。
「それでおわりかぁ?」
「……っち」
余裕の下卑た笑みで敵が挑発する。
砦からはまた増援がやってくる。3人と1羽だけでは決して対処しきれない。
(いったん退くか? いや……)
そんなことをすれば、報復と称して彼らが街や森を襲撃するに違いない。
攻撃が通らないと倒しようがない。三途の武器は刀だけだ。月華から武器庫にうずもれていたのを受け継いだ無名の刀だが、今まで獣や魔物を鋭く切り裂いてきた名刀でもある。ましてや人間など斬るにたやすい。
そんな刀でさえかすり傷一つつけることができない。
ぞろぞろと、敵は陣形を組み三途と神流を囲んでいく。後ろに下げた月華はその囲いからは逃れることができていた。だが月華の存在も知られている。敵のうちひとりがいずれ月華を追うだろう。
「……まずったなあ」
嘆息まじりに神流がこぼす。いたずら好きの義弟はナイフを逆手に構え、背中をこちらに預けている。
「そーれっ!」
神流は再び敵へと斬りかかる。砂煙る地を強く踏みしめて、ナイフを横へ薙ぐ。
「どうした? それで終わりかぁ?」
敵は余裕の笑みを絶やさない。苦し紛れの神流の蹴り上げも、神流の足を痛めるだけだった。
「っくそ」
三途も応戦していたが、決定打に欠ける。
軽やかに駆けながら取り巻く敵をまとめて切り払っても、ひとつとしてダメージにならない。
突いても払っても、柄で殴ってもまったくきかない。
「威勢のいいのは最初だけか?」
「このやろ……」
舞踊で鍛えた足腰も体力も、ヒュージの仕事で培った戦闘経験も意味のないものになり果てていく。
少しずつ息があがり始めてきた。体力は無尽蔵だと思っていたのに。
背中と額に冷たい汗が流れる。このまま終わりのない戦いに疲弊しきったとき、敵が好機といわんばかりに反撃を開始するのはわかっている。
ここで三途が倒れれば、被害は神流や月華にもマデュラにも及ぶ。
ここにいる自分たちをなぶり尽くして楽しんだら、きっとその後は街を狙う。
(どうにか……しないと……。でもどうする……?)
刀をぐっと握りしめ、三途は考えを巡らせる。よけいな知恵を巡らせてもなにも浮かんでこない。
「三途……!」
月華の声と共に、後方からは矢の援護が降ってくる。そのどれもが敵を貫こうとして、失敗して地面にあっけなく落ちる。
(何か……せめてとっかかりさえあれば!)
敵はちょっかいださんばかりに三途と神流へとじわじわ追い込んでいく。囲いが縮まり、無数の太い手が近づいてくる。
あれに捕まったら終わりだ。刀を振り回しても跳ね返される。敵の腕を吹っ飛ばすこともかなわない。
「神流、俺を踏み台にしてこっから抜けろ」
「三途はどうするの?」
「考えてない。お前だけでも抜けて、月華をつれて逃げろ」
「お断りするよ。月華ちゃんにキレられる」
「ここで死ぬよりはいいだろう」
「よくない。三途を置いて逃げるなら討ち死にしてやる」
「おまえってヤツは……」
三途はため息をついた。三途にとっては最善策だったつもりなのに、ためらう間もなく一蹴された。
「三途!!」
月華の焦燥に駆られた声が聞こえた。
考えろ、考えろ。この事態を好転させるためには?
筋肉に満ちた知恵をしぼるも、なにも浮かんでこない。
(どうしたもんか……)
敵がようやく武器をまじめに構えてきた。そろそろ捕まえる頃合いだとふまれたのだろう。
(武器……、武器?)
ふと、三途の脳裏にヒントがよぎる。
敵の武器は斧や剣といった、三途にも見慣れた武器種である。
だがその刃と柄の間を挟む装飾だけは初めて見た。
蔦のように細く延びるそれは黄金に輝いている。
武器のところどころに飾り付けられた黄金の蔦が、ゆっくりとゆらいで動き出す。
命を宿しているかのように蔦はまだ伸びうごめいて、敵の刀身を包み守っている。
「何……!?」
旅をしていてどこかで聞いたことがある。意志をもった武器があると。あるいは、変形可能な武器も存在すると。
これはどちらなのだ?
よくよく目を凝らすと、敵の皮鎧にも、同じような黄金の蔦がまとわりついていた。
少なくとも、街や森で見かける武器種ではない。
蔦が武器の刃を包み込むと、月光よりも強い光を放った。三途は一瞬目を覆う。まぶしさが治まるころには、剣が鋭い斧に変化した。蔦が武器の形を変えるらしい。
「さーて」
「……!」
「さんざん楽しませてくれたお礼をしないとなぁ」
「……っち」
三途はぐっと歯ぎしりする。
武器や装備の特性を今更気づいたところで対策ができなければ意味もない。考えろ、考えろ! そう自分に言い聞かす。
敵の1体が斧に変化した武器を振りかぶる。
そのねらいは三途。
「神流っ、伏せろ!」
三途は神流の頭を右手で無理矢理地面へ押し込む。
「むぐぇっ」
神流をかばうように刀を構える。
「あばよ、赤毛」
斧が振り下ろされる。力任せの一撃が迫ってくる。
刀を前へと構え直す。受け止めきれるだろうか。だがなにもしないよりはましだ。
心臓が早鐘を打っている。目が乾く。瞬きも忘れた。
足が少しだけすくんだ。かかとが、神流の腰に軽く当たった。
(やられる!!)
三途の背筋が冷え切っていた。
目を閉じなかったのは強がりだった。こんなヤツらに、おびえた姿をさらしてたまるか。
くるなら、きてみせろ!!
その反撃を、三途は待つ。
「――――」
聞き慣れぬ言葉が、風に漂ってきた。
ひきつる表情で目の前の敵を見上げる。
三途は首を傾げた。
その敵は、武器を振りかぶったまま、微動だにしていなかった。




