10話:状況開始
三途はその日もヒュージの仕事に執心していた。
今回の依頼は、夜盗の根城をつぶすこと。夜盗は人数10人ほど。本拠地としているアジトには豊富な武器が出そろっているということだった。
その武器は他国や異世界から取り寄せた最新式武器も含まれており、実力者が複数人数で攻め入れば何とかつぶせる。と、少なくともヒュージは踏んでいた。
そしてその夜盗というのが、夜穿ノ郷内でも手配書が回る筋金入りの悪党揃い。現在のアジトに根を張るまでに、王国外でも窃盗殺人暴行、恐喝に建築物破壊など多岐にわたる犯罪を重ねて来ていた。
しかも誰もが身より頼りのないもと孤児であり、貧民街で盗みを働いてきた者たちが徒党を組んで大きくなっていった。
貧乏から生まれる理不尽さに恨みを持っており、とにかく裕福そうな人間であれば誰彼構わずめちゃくちゃに壊していくのが流儀。
数年前にはメンバーを増やしたり、内部分裂をしようとした裏切り者を粛正したり、結束力には疑問が残る。
依頼を聞いた際「何でそんな細かなことまでしってんだ」と三途はヒュージにたずねた。ヒュージは微笑んで「どうしてだろうね」と受け流された。これ以上聞いてはいけない、と三途は引っ込んだ。
さてその夜盗退治。ヒュージがぜひ三途と月華に、と推薦されたものだった。
ヒュージの仲介する仕事をちゃくちゃくとこなしていくうちに、三途の強さや立ち回りの上手さはヒュージを介して業界でも噂されるほどだった。
先日討伐した、獰猛な大型魔物を倒したのが大きかったかもしれない。そのときは月華も同伴していたが、出没地域の地形を活用して罠におとし(ぬかるみに満ちた泥沼の地で足場が非常に悪く、三途にとっても不利な地形であった)、自分に有利に立ち回りほぼ負傷なく討伐した。
また大量発生した小型魔物も餌で一点におびき寄せ、月華の放った発火性の強い矢で焼き尽くした。残党は三途が斬り伏せた。
月華の森に侵入した不届き者は、森に迷わせ体力を奪ってから、三途がきっちりと地に返した。
街中でも月華は柄の悪い連中にちょっかいを出されていたが、常に傍らに控えていた三途が追い払った。力自慢の者も三途にかるくいなされ投げ飛ばされる。
ナイフやらボウガンやらを突きつけてきた者には、ふいうちの蹴りでむりやり武器を手放させ、そして刀を相手に突きつけ返す。不届き者の命を見逃したのは、「その辺にしといてやれ」という月華の慈悲があってこそだった。
そんな三途の実績と月華との連携を信用して、ヒュージはこの大仕事を推薦してくれたのだ。
この夜盗退治の仕事の話を聞いた日のこと。
下手をすれば自分の命を落としかねない依頼ではある。だが獰猛な獣や魔物を相手にしてきた三途にとっては、夜盗相手はむしろやりやすい。
「危険な頼みごとであることには変わりないからね。僕としては断ってくれてもいい」
「……ヒュージがそこまで弱気だなんて。そんなに討伐対象は厄介なのか」
ヒュージの酒場、いつものカウンター席。月華は紅茶をすすりつつヒュージに問うた。三途は彼女の隣で静かに話を聞いている。
「まあねえ……。なんせ人数多いし、烏合の衆とはいってもターゲットひとりひとりの質は高いし。
おまけに、どんな武器も弾く装備してるって情報が入ってね」
「装備?」
「資料によると簡易的な皮鎧に見える。だから本来なら強力な斧や刀でばっさり斬れば胴ごと断てるはずなんだ。…………本来ならね」
「妙にグロテスクな言い方やめてくれ……」
三途がぼやいた。
「で、本来ならね? いくら鎧がかたくてもさ、あきらめずに斬り続けていれば鎧もすり切れるし壊せるし、ついでに鎧の破片を装備した者の傷口から入り込んで内部を傷つけることだってできるはずなんだよ」
「……人の話きいてる?」
「血流に従って大切な神経とか心臓とか傷つけて、最悪ごばあーって目とか耳から血を吐き出したりして」
「話をグロくすんな!」
「鎧だから鈍器で殴りつけて衝撃で内臓破裂をねらってもいいよね」
「やめてくれ俺はグロいの苦手なんだよ!」
「内臓がやられると苦しいもんね。うめき声もほんとに苦しそうで今にもピンク色の腸とか胃袋がケイレンしながら口からはき出てきたりして」
「人の話きけ!!」
「……で、何の話だったっけ」
「人に不快な気持ちにさせておいて本題しれっと忘れんな!!」
「そうだぞヒュージ~。三途は戦えてもデリケートだからなー。ホラーやスプラッタな映像は鬼門なんだぞー」
月華が適当に助け船を出した所でヒュージも悪ふざけをやめた。
「ああ、で、鎧の話か。ただの皮鎧。これは本当。
でも戦った人たちの情報を集めると、どんなに最新式の銃器で撃っても傷一つつかないし、どんなに強く鍛え上げた剣でも弾かれてしまう。斧はどうかというと、あまりの衝撃にぽっきり柄が折れたんだって」
月華も三途も、表情を引き締めた。
「その話、誇張が入ってるってことはないよね?」
「ないんじゃない。私が偶然居合わせたわけじゃないけど、彼らの話は嘘をついているようにも見えなかった。中には私の馴染みの仕事人もいたし、彼は進んで私に嘘をつくとは思えない」
「馴染み?」
「三途君はまだ会ってない人だね。シロガネっていう、幻術師だよ。いずれ会える」
「へえ……」
「会わないよ。三途はこれからも会わせないから」
月華が不機嫌そうに空っぽのグラスを揺らした。
「会わせないって、なんで?」
「あいつ、実力はあるけど性格悪いヤツだから。三途に会わせて悪影響がでるのはやだ」
「子供か……」
「ほんとのことだぞ! あのシロガネだもんな」
「いや、『あの』っていっても俺知らんし。
……っつーか仕事の話させてくれよ!」
「そうだったね。シロガネじゃなくて装備の話ね。
まあ、シロガネの人格はどうあれ、仕事では信頼のおける人物が言うんだから、どんな武器の攻撃も受け付けない装備の話は、ある程度信じていいんじゃないかって話」
「へえ……。武器を弾く、ねえ」
「前情報として、そういう装備の筋金入りの悪党を何人も相手することになるんだよ。
きみらなら成功できると思ってるけど、万が一のことを考えるとね、断ってもらっても……って感じで僕としては複雑な気持ちなんだよ」
ヒュージは月華のグラスにサービスと付け加えてレモネードをそそいだ。
「三途くんと月華ちゃんのほかに、神流くんとマデュラ爺さんも推薦枠に入れたのも、ふたりだけじゃさすがに手が回らないと思ってね」
「……たしかに、攻撃が通らないんじゃ、苦戦は必至だな」
「それどころか返り討ちに遭う可能性も否定できないからさ。ふたりより4人の方がいくぶんましだろうと思ってね」
「うーん……」
「しつこいようだけど、断ってもかまわないよ」
下げられた皿を洗いながらも、ヒュージのまなざしは真剣そのものだった。
グラスにいつの間にか注がれたジュースを眺めながら、三途はふと考えた。
ヒュージの言葉を疑うつもりはない。抜け目がなくひょうひょうとしている性分であるが、仕事に関わることで嘘をついたことは一度もない。
そんなヒュージが弱気になるなど、珍しい。
だがそれでも、三途の心は決まっていた。
「やるよ。俺は引き受ける」
「……そうか」
「あっ、三途! 抜け駆けか!」
「んなわけねーだろ……。
ただし月華たちの意志は本人に聞いてくれ」
「そのつもりだよ。ちなみに神流君とマデュラ爺さんからは引き受けるって返事もらってる」
「月華は隠れてていいぞ。森の屋敷を守らなきゃならんしな」
「なに男だけで決めてるんだ! 私もいくかんな! 武器を弾こうが何だろうが知ったことか! 私はそいつらをつぶして報酬もらって三途の舞台のチケット代ゲットするんだよ!」
「おまえ……」
しょうがねえ理由だな、と苦笑する三途は心中どこか弾んだ。
月華に次の舞踊を期待してもらっているなら、引き受けた依頼で負けるわけには行かない。
そして。その夜盗の根城としている砦からやや離れた林の奥。三途は月華をつれて砦を観察していた。
時間は夜。月も雲に隠れて明かりがわりは砦から漏れる灯のみ。
神流とマデュラは砦の裏側へ回り待機してもらっている。
「どうたたきつぶす?」
月華が腰に下げた矢筒をなでる。
「ひとりずつおびき出して4人で殴る。気づかれたら乱闘になるが、先手はとれる」
「ほほー。どこまでどうやって敵を引き寄せようか」
「この時間帯、交代で見張りをしに外まででるのがひとりいるんだ。不意打ちでそいつつぶして中を失敬しよう」
「よーし不意打ちなら私の得意分野だ」
月華はにんまり笑って弓を三途に見せつける。
月華は弓やボウガン、パチンコといった飛び道具の扱いに長けていた。
訓練場で弓の訓練をしているのを三途は何度か見かけたことがあるが、彼女の放った矢はすべて的の中心を射抜いていた。
また街の子供たちとパチンコでの的当てゲームに興じていたこともあり、その際的になっていたがらくたすべてにパチンコで放った石ころを当てていた。十にも満たない子供たちからは尊敬のまなざしを向けられていた。
そんな月華は遠方から矢を放ち、敵を射抜くこともたやすく。
砦の見張りの視界から遠く離れた林の奥から弓をつがえる。
狙うは砦の開いたガラス窓。きゅっとつがえた矢をまっすぐとばし、狂いなくガラスを突き破らせた。ばりんっ、という音が遠くで響いた。
「どうよ」
「さすが月華」
あの音に、見張りも気づいたのだろう。自分から少し離れたところに、何か鋭い一閃が砦へ侵入してきたことに。
「状況開始だな」
「うむ」
三途はフードを目深にかぶり直し、体勢を整えた。裏口に待機していた神流とマデュラも、行動を開始する。
見張りは持っていた槍を握りしめ、警戒しながら砦の周囲を観察しはじめた。
「月華、あいつに一発射ってくれ」
「了解」
月華が再び矢をつがえる。夜空に鳥の羽ばたく音がする。ふと三途が見上げたそこには、鷹が一羽舞っていた。鷹に変化したマデュラだった。




