9話:ヒュージの酒場
神流の怪我は完治した。
本来ならば月華の家をおいとまするところであったが、資金がそこをついていたのと月華の希望もあって、三途も神流も長くとどまることにした。
「まあ、そろそろ自分で食えるくらいには稼ぎたいよな」
三途は神流と相談していた。月華はガムトゥとマデュラを従えて狩りに行っており留守にしている。
食卓で緑茶をすすりながら、旅芸人二人は今後の資金繰りについて考えていたわけだ。
「まあねえ。移動式舞台を整えれば、また芸を披露できると思うけど……。壊れちゃったしねえ……」
神流は苦笑する。月華と出会うきっかけでもある盗賊は、ご丁寧に舞台までもたたき壊してくれたのだ。修理するにも費用が要るが、修理が不可能なまでの惨状っぷりとなったため、新しい舞台を用意する方が良い、と二人は考えていた。
「今のところは、着替えも寝床も飯も月華にもらっている。まあ狩りとか家事は手伝ってるけど。
とはいっても、もう俺もお前も体に問題はないんだ。外で稼がなきゃな」
「うん、僕もそう思ってた」
「問題は稼ぎ口だな。舞踊で売るか」
「それもいいね。あとは僕ら、それなりに剣術習ってるから、荒っぽい仕事とか向いてるよ」
「俺は良いがお前も……?」
三途は怪訝な目を向ける。
「これでも強いんだよー? 盗賊にはボコられたけど!」
神流がぷうっと頬を膨らます。
「子供かよ……。
っつーか、俺たちはこの森に来てまだ間もない。王国のことも街のことも何も知らん」
「月華ちゃんに聞こうか。外にはあんまり出たことないけど、街にはたまに通ってるって言ってたし」
「そうだな。じゃ、稼ぎのことはあとに回して。
舞台の話でもすっか」
「いいね!! 次に向けて何か考えておこうよ!」
神流が勢いよく身を乗り出した。怪我の療養で自由に動けない反動がでている。
「稽古はできるが披露する金稼ぐのが先決だかんな」
「わかってるって!」
机に広げた一枚の紙にあれやこれやと舞踊の型や衣装のアイディアを書き殴っていく。
これもこれも! それはこんなかんじに! とまくし立てるように話している神流の相手をしているうちに、月華が狩りから帰ってきた。
事情を聞いた月華は、それなら、と提案してくれた。
「だったら街へいこう。明日用事があるから、そのとき良い稼ぎ所教えてあげるよ!」
「そりゃ助かる」
翌日、三途と神流は月華につれられて街へ降りた。
人々の活気にあふれた街だが、その分ごろつきも多かった。
土煙舞う町並みを歩いていくと、ひっそりとたたずむ酒場があった。
「ここだ!」
月華が指さす方向に、その酒場。
「だ……大丈夫か。お前酒飲めたっけ?」
「飲めない! でも平気! ここはお茶も出してる」
「そういう問題なのか……?」
「それに今日はお茶会に来たわけじゃないぞ。キミらにぴったりの稼ぎ口がここなのだ!」
月華はむふーっ! と胸を張る。
どういうこっちゃ、と三途は神流と見合わせた。
「たのもーっ!」
月華が元気よく扉を開ける。客はまだ数名しかいない。ゆえにか月華のあどけない声はとても響いた。
奥のカウンターへとずんずん向かう月華を放置できず、三途はあわてるように入店した。
「いらっしゃい、月華」
「こんにちは、ヒュージ!」
しわ一つないシャツに黒いエプロンをかけた男が月華の呼びかけに答える。
力なく微笑む表情に影が落ちているように三途には思えたが、その表情とは逆にグラスをふく手つきや酒をつぐ動作はとても優雅であった。
「今日は何のご用かな」
「うちで預かってる旅芸人ふたりをキミんとこの酒場に登録してやってよ!」
「旅芸人? うちは荒っぽい仕事がほとんどなんだけど、やれるの?」
「大丈夫だよ。筋は良いから。経験不足のところはあるけど、そこはしばらく私かマデュラと一緒に実戦経験積めばいいでしょ」
「月華がそこまですすめるとはねえ」
月華は三途と神流に手招きする。
「ふたりとも、この人はヒュージ。この酒場の主人だよ。ここでお酒とご飯を出すだけじゃなくて、仕事を口利きしてもくれるんだ」
「よろしくね、旅芸人おふたりさん」
「……。初めまして」
「神流といいます。……仕事の口利きって?」
「初めてのご利用だったね、じゃあ説明しようか」
座って座って、とヒュージはカウンター席に座らせる。
「月華が言っている通り、うちは見ての通りの酒場だ。
酒場も兼ねて仕事を仲介している。
その仕事というのは、あちらに掲示板があるね? そこにいくつか紙が貼られているんだけど。そうそうそれそれ。依頼書ね。
そこに一回限りの仕事内容と報酬、依頼主の名前が記録されてる。その中から自分にできそうなものを選んで私にいったん依頼書を手渡し、受注契約をする。
そんで依頼を実際にこなす。達成したら私のところに報告にきて、依頼者から預かった報酬を受注者に渡す。大まかな流れはこんなところかな。
ひとつ注意しておきたいのは。この仕事の仲介サービスを受けるには、まず私の酒場に名前を登録する必要がある点だ。
仕事を回していいか信頼できるかどうか、身元確認のためにね、こちらの帳簿に記名をお願いしてるんだ。まあ、身元確認といっても、ちゃんと仕事をこなす実力があれば孤児でも罪人でも、私としてはなにも構わないけどさ」
はい、とヒュージがくすんだ帳簿を差し出す。
「ちなみに月華もここに登録してるよ。彼女にはおもに狩猟や採集の仕事をお願いしてるんだよね」
「狩猟……。仕事内容はどんなものがあるんだ」
「いろいろあるけど、おおきくわけて、魔物や獣の討伐依頼と、備品収集、それから生物の捕獲くらいかな。これも説明しておこうか」
ヒュージは三途と神流に一杯のジュースを渡す。一回限りサービスね、とつけくわえた。
「まず討伐だけど、これは文字通り指定された魔物・獣を殺すというもの。畑を荒らす獣とか、人々の交流経路に住み着いた魔物を駆除するとか、主立った依頼はこの二つが多いね。
んで収集は指定された物品を集めてくること。山菜とか木の実はもちろん、鉱石とか書籍とか、集めるモノの種類は結構豊富だね。んで全部収集したら私の所に持ってきて。私から依頼者に渡す。
捕獲はね、魔物と獣をつかまえること。この街近辺での珍しい生物とかは研究所で重宝されるんだよね。
このほかにも店番とか迷い人探しとかのおつかいもあるよ。どれを選んでも良いけど、僕としては討伐系の仕事を優先的に選んでほしいかな」
「何で? 人手不足なの?」
「そうなんだよ神流君。王国ーー特にこの街は首都から離れた辺境の田舎だからねえ。安全や土地整備がまだ行き届いていないこともあってか、魔物たちの格好の餌場なんだよ。それに柄の悪いごろつきが住人にちょっかい出すこともあるし。
でも自警団とか警察がほとんど機能してないのも手伝って、治安はあんまりよくないんだよね。そういうのを減らす為に、力のある人がいっぱいいれば、やってくる魔物を倒せるし、ごろつきや盗賊に対して牽制もできるから」
「そっかー」
神流はジュースをちびちび飲んだ。
「ああ、あと依頼書には受注できる人数があってね、複数人で引き受けられる依頼もあるよ。というかそれがほとんどだね。
だから、月華ちゃんやマデュラさんと組んで実践経験を積みながら、いろんな依頼を受けていけばいい。報酬は平等に支払われるしね」
「ふむ……」
三途はしばし考え込んだ。
ヒュージの言うとおり、資金も稼げてそれなりに戦闘や採取の経験があれば、いずれ披露する舞台の題材を拾えるかもしれない。また依頼を着実に遂行していけば、知名度があがって本業の舞台の観客を集めることもできるかもしれない。
「とはいっても、討伐・狩猟系統の依頼については、受注制限があるからね。あんまりに経験のない者に獰猛で危険な魔物の討伐をお願いして死なれては困るし、死人がでると仕事を仲介している僕の評判が下がるからねえ」
「逆に言えば、危険な依頼は受けなくて良いから死ににくくなるよ。登録した後は自分のペースで依頼を引き受けて良い。依頼自体は引き受けたあと遂行期限があるけど、ノルマはないからね」
月華の口添えに加えて、ヒュージの酒場での仕事を三途が理解する。
登録自体に手数料はかからないし、毎月何かをヒュージに支払う必要もなし。
どうだ、と神流に目配せしてみた。神流はジュースを飲み干して、満面の微笑で答えた。
決まりだな、と三途は帳簿をとる。
「登録させてもらうわ。しばらくは厄介になる」
「僕も僕もー。よろしくお願いします!」
その後、三途は月華に、神流はマデュラに同行する形で依頼を引き受けていった。
月華と一緒に魔物を討伐するのは、三途にとって精神的に余裕があった。ひとりではない安心感と、顔見知りの月華がいることで、あまり緊張ももたずに思った通り行動することができた。
神流はマデュラについて行ったので、三途はしばらく義弟と別行動になった。
魔物と言っても下級の魔物であり、街近辺の渓流に出没し始めた、あまり危険度の高くないタイプのものだった。
三途の武器は刀。2振りの刀を振るうのは慣れていた。
後方から月華が弓で的確な援護をしてくれるため、三途はたいした怪我もせず魔物討伐に成功した。
舞台を長年披露してきて、人生のほとんどを旅に捧げてきただけあって、三途も神流も体力と素早い身のこなしに長けていた。
「よーし! これで終わりっ」
その日も討伐依頼にかり出されていた。街から歩いて1時間ほどのお山で暴れている獰猛な魔物を討伐した。
「ふぅ……。手強かった……」
三途は刀を納めて額の汗を拭う。
「おつかれー」
「今回はちょっと油断した」
「そんなことないさ。魔物の奇襲はよくあることだ。怪我がなかったから結果オーライだよ」
指定された魔物は無事に討伐したが、途中で予期せぬ乱入が起こっていた。
着々と討伐経験を積み重ねてきた三途でも、さすがにこの魔物には歯が立たなかった。
月華の罠でその魔物を足止めし、安全地帯まで逃げ切って事なきを得たのだ。
「俺も、もっと強くならなきゃな」
「慢心しないのはよきことだ。あまり根詰めすぎないよう気をつけなければならないのも確かだけど」
「そうだな。……ところで、乱入してきた魔物は放置していいのか」
「良いよ。私たちだけでどうこうできる相手じゃないし、魔物もさすがにすぐに街までやってくることはないだろうしさ」
ぐっと月華は伸びをする。
「今日の夕飯はシチュー……ばっかじゃさすがにあきるな。芋の煮物でもつくるか」
「それは楽しみだ」
「おー。私の煮物はレストランに出しても恥ずかしくないくらいの逸品だかんな」
「まじかよ。料理するとこ見てていいか。俺も作れるようになりたい」
「いーよ! あ、でもさ、煮物もいいけど肉豆腐も作ってよね!」
「いいよ。喜んで」
三途はほほえんで、月華の頼みに応えた。




