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Chain -鏡の道化師-【前編】  作者: 関 凛星
Ⅰ. 乾いた花瓶
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第6話 木陰 - 7.3.1595・Ⅱ

 殺人鬼は、つい二年前まで、この街で多くの人を殺していたが、恋人と思われる女によって殺されたらしい。


 “庶民は前から、貴族は背から”――襲うらしい。このフレーズは有名になっている。貴族に限ると、クレメンス家に関係する人も何人か狙われている。ちなみに、姉が死んだ事件とは無関係である。


黒幕が存在するという説もあったものの、殺人鬼の幼馴染だという人々がこぞって単独犯を主張し、すぐに否定されたらしい。


 そんな殺人鬼が人を殺す現場は、たった一度だけ目撃されたそうだ。その時の犠牲者は卑しい身分の男だったが、それ以外の目撃情報はないらしい。狙われて命が助かった者は一人もいない。自分が知っていること、というか通説はこれくらいだ。


 自分が女子から蔑まれる理由は一つ。その殺人鬼に、自分が酷似しているからだ。赤い癖毛、ギョロっとした灰色の目。これが殺人鬼の最大の特徴であったという。親父は茶髪に緑の目で、顔立ちも自分とはそんなに似ていない。母親が出て行ったこととも結びつけて、自分のことをあのように言うのだろう。


要するに、自分は実は親父と母親の子ではなく、母親と例の殺人鬼の子だと、勝手に噂しているのだ。かつて親父に母親のことを訊いたことがあったけれども、母親とはかなり仲が悪かったらしく、まともに教えてくれなかった。


 俺に家を継ごうという意志はない。親父も俺にはあまり関心がない。それでも、俺は親父の長男である。これだけは変わらない。




 パーティーが終わってすぐに、親父に呼び出された。縁談のことかと思いきや、鍵の束を渡された。


 親父は自分に、割と丁寧な説明をしてくれた。これは全て親父が持っているものの合鍵で、この家の地下に入ることができる。ハルとは一緒に入っても構わないが、一人で行動させること、鍵を渡すことは厳禁である。無論、他の者にも鍵は渡してはいけない。


地下にあるものは元に戻せる範囲でいじるのは良いが持ち出してはいけないし、何があるのかを誰にも教えてはいけない(ハル同行時はハルの口封じを徹底すること)。


 親父がこんな大事なものを自分に渡すことは初めてだった。不思議に思いつつ、まだ時間があったので、とりあえずハルを連れて地下を探検することにした。





***





「ふぁーあ……、地下なんかあったんだ」


「…眠そうだな」


「いや…まあ、行こうよ。僕も見てみたいし」


 廊下をくねくねと曲がりながら、下の階へ下りていく。ハルはしきりに大きなあくびをしていたが、乗り気ではあるようだ。


「でも――もしご主人が僕のことを疑っているのなら、ご主人が恐れていることは、僕から家の秘密が漏れることじゃないの? って思ったんだけど」


 ハルにも先に親父の言っていたことを伝えた。そこで自分もハル自身も、親父が何故ハルの同伴を許したのかが疑問だった。


「早々に疑いを晴らしたいんじゃ? 親父は信用してない奴の首はすぐに切りたがるからさ」


「えっ……」


「その代わり、気に入った奴には甘い。だから表向きだけ従っておいて疑いが晴れたら、かなり緩くなると思うぜ」


「そう…かな」


 などと言っている間に、例の場所に着いた。一見そこは召し使いのほうき置き場。そう――隠し扉である。まず、周囲に召し使いがいないことを確認した。


「ハル、悪いけど後ろを向いてくれ」


「分かった」


 単に鍵穴に鍵を刺して開ける前に、その鍵穴を見つけるための特殊な手順があるのだ。これもハルに見せてはいけないと言われた。慣れたらすぐにできるのかもしれないけれども、初めてだったので多少時間がかかった。


「開いたよ、入ろうぜ」


「ああ」


 鍵穴は扉を閉めると勝手に隠れるらしい。扉に入ってすぐには、数人の大人が立ってもゆとりのある広さの足場があった。閉めると真っ暗だったので、ハルに持たせていたロウソクに、手をかざして火をつけた。


「…………」


 ハルは真ん丸な目で自分を見てつっ立っていた。ロウソクは落とさなかった。


「そうだ…ハルにはまだ言ってなかったな。後で話すよ。下りよう」


 隠し扉のすぐ裏で話をするのは良くないと思った。ここにいることが他人にバレては困る。


 足場からは階段がまっすぐに延びていた。踏み外さないように、慎重に下りていった。具体的に何があるのかということまでは聞かされていない。あの部屋以外は。





***





 下へ行くにつれて、まるで人の住むところではないような、自分達が来てはいけない場所のような、そんな空気が徐々に漂ってきた。階段を下りきると道が正面と左右に別れていたが、親父から道順を決められていた。


ここからは壁に所々ロウソクが掛かっていたので、ハルが気を利かせて持っていた方の火を消した。壁のロウソクはどれも長くて十分明るかったけれども、他に人の入ったような気配がなく不気味だった。


 やがてたくさんのドアのある廊下に着いた。ここのドアの鍵も全て持たされている。


「ここからはどこを見てもいいってさ。どこに行きたい?」


「うーん…じゃあ、一番手前の向かって右に」


「おう」


 ハルが言ったドアを開けると、そこは本に四方を囲まれた部屋だった。全て本棚に隙間なく納められていて、壁にはやはりロウソクが駆けられていた。豪華な地上階に比べ、地下は石を積み上げただけ、置いてある机なども粗末で本当に同じ家なのかを疑うほど差が激しかった。


「どれも難しそうだな……」


 と言いながら、ハルは一つ一つの背表紙を指でなぞり、部屋を一周した。自分も後ろをついていった。


「……ラテン語?」


「多分そうだろ。俺はあまり分からないけど」


 これを見てラテン語と分かるだけでも十分だ。ハルは年下とはいえ、俺よりもずっと頭が良い。


「そんなに面白くないな。他のところに行こう」


「おう」


 あっさりとここの部屋を出た。親父のことだから、他も同じような感じだろう。


「俺、ここの向かいが気になるな」


「じゃあ次はそっちに行こうか」


 こういう感じで、自分たちは順々に部屋を回っていった。思った通り、どの部屋にも同じような、堅苦しそうな本がぎっしりで、一冊も手に取ることはなかった。理解できることといえば、本の言語や古さがさまざまであることくらいだ。


ここはきっと、地下のなかで一番自分たちに関係ない場所だろう。七つめの部屋で、二人で椅子に腰掛けた。座り心地は悪いけど、眠たかった。


「そろそろ戻るか…?」


「ああ、そろそろ……あっ」


 ハルがはっと顔を上げた。


「さっきの、手で火をつけたやつ、教えてよ」


「あ……ああ~、あれね、よし」


 こんな時にちょうど良い話題だ。わざとらしく咳払いをしてみた。


「俺たち一族や、今日パーティーに来てた人たちには、“魔力”たるものがある」


「おお…」


「例えば俺と親父は、火を操ることができたりする。あの女とその息子は何なのか知らないけど、まあ、水とか、風とか、雷とか、植物も? そういうのが使える人もいる」


「なるほど…」


 ハルは釘付けのようだ。こんなことに興味があったのか。


「あと、魔力を持つ人々は大昔に神様から選ばれた者たちの子孫で、そういう人たちだけの天国がある…とか聞いたことあるぜ。迷信だと思うけど」


「面白いな、その話」


 ハルの表情が明るくなった。いつも虚ろな感じだったから珍しかった。


「僕にもそんな血が流れているのかな? 魔力を持つ人々の…」


「さぁ…でもお前はありそうだけどな、なんとなく」


「そうか……」


「――他、どこか見たいところとかある?」


「……まだここの向かいも見てみたいな。そこを最後にしよう」


「よし」


  という訳で、八番目のドアの前に来た。しかし、ここでひとつ問題があった。


「あれ……一周した」


 鍵穴にまだ使っていない鍵を順番に試していくと、どれも当てはまらなかった。


「どうしてだろう…?」


「うーん……ちょっと鍵の数見てみる」


 数えてみた。隠し扉とこの廊下にあるドアの鍵、とりあえず貰っているのはそれだけだった。


「ロブ、ドアは24ある」


「あ、ありがとう…こっちは全部合わせても23しかない」


 そのうち一つは隠し扉の鍵である。だとすると、ここで使う鍵は…


「じゃあ、ここ以外にもう一部屋、入れないところがあるんだ」


「そうなるな」


「気になるな…探そうよ」


「…おう」


 ハルは大人びているようで結構子供らしいところもあるようだ。先程の眠気がどこかに飛んでいったかのように、目をぱっちりと開けて、廊下を見渡していた。


 調べるだけ調べた結果、開かないのは手前から四番目の右――八番目のドアと、一番奥の左のドアだった。


「他のと見た目は変わらないね……」


「きっと俺たちに知られちゃ都合が悪いものでもあるんだよ。例えば、あれ……魔術の本とか」


「魔術の本?」


 ハルは魔法関係が好きだそうだ。残念ながら。


「親父は魔術なんか邪魔なものだと思ってるから、そういうのに興味を持ってほしくないんだろ」


「ほう…なんで邪魔なんだろう」


「勉強に障るからだよ。この家の方針がアンチ魔術だから」


「…魔力がある一族なのに?」


「なんかそこが、矛盾してるんだよな。そのくせ、純粋な血を守るためとか言って、結婚は必ず魔力を持つ家とするんだ」


「面白そうだけど…それじゃあ残念だ」


 親父は魔術を酷く嫌悪している。自分は特別興味があるわけではないが、自分が記憶を失って間もない頃に、後妻後妻やメイド長に、何度か魔術について話しているのを聞いた。


『いいか、あいつには絶対に魔術を教えるな。あの役立たずと一緒になってしまっては元も子もない』


 役立たずとは母親のことだろう。魔術に凝ったこともあって、結果として出て行くことになったのかもしれないと、自分の中では結論づけている。


「お前には窮屈なところだろうな、こんな家。もうちょっと大きくなったら誰か良い美人でも見つけて、遠いどこかに行ってしまった方が、幸せになれるかもしれないぜ」


「…そんなことをしたら、ご主人が怖いよ」


「だろうな」


 冗談を言って、笑い合った。大人に干渉されないところで喋るのが一番楽しい。


 しかし、自分もハルもいずれは大人になる。このまま自分たちも家の駒の一つとして組み込まれていくのだろうか。今のこの反抗する気持ちも紛れて消されていき、後妻の息子の手先になって一生を終えるのか。万一自分が後を継ぐとなっても、バックには先代の方針やら権力やらがまとわりついて、そこから離れることは不可能だろう。


ハルもどうなるか分からない。ある日突然首を切られるかもしれない。言いがかりなどつけたもの勝ちだ。なにもかも、自分たちの力ではどうにもならないことばかりである。


 戸締まりを全て確認してから、地下を出た。翌朝は二人揃って寝坊したけれども、特に叱られたりしなかった。




 あの部屋に入れないと分かったとき、本当に安心した。

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