第三章 転 節一 固有領域 節四 北の村
八月五日。
朝の太陽が完全に昇り切った頃、三人と二匹は夜の野営を経て、目的地である北の村近くまで来ていた。
「何とか無事に着けそうだ。アルマ君ありがとうなーーそしてクロにも感謝する」
「クロだけじゃないわよ。サトだって頑張ったんだから」
道中では幾度も魔物と遭遇し、その度にクロとサトが追い払っていたのだが、特にサトは侑芽のボディガードのように唸りまくっていた。
「あれが北の村だよ」
アルマが少し先に見える集落を指差している。
「確かにさっきの集落より全然大きいわね」
「集落というより町だな、これは」
半日近く歩き続けて、三人と二匹は北の村入り口に到着した。
高い塀に囲まれ、その中には大小の建物が並び、居住区と農地も仕切られ、建物や農地のいたるところにはエルフ達がいて、見慣れない来訪者達に目を向けている。
「アルマ!」
「母さん!父さん!」
大きな建物の方から女の声が聞こえ、アルマが駆け寄っていく。
「両親、無事だったみたいね」
母親らしい女エルフがアルマを抱き締めている。
少しすると、アルマと両親らしい男女のエルフが侑芽に近づいて来た。
「私はアルマの母です。貴女方がアルマを助けてくれたのですね‥ありがとうございます」
アルマの両親が侑芽に頭を下げている。
「いや、助けたというわけじゃなく‥たまたま見つけたというか‥その」
「見たこともない大きな魔物が現れて、誰もが逃げるのに手一杯でしたーーできる限りアルマを探したんですが何処にも居なくて、仕方なく‥」
「無理もないだろう、とんでもないデカさの魔物だったからな」
クロが侑芽の前に出て話すと、アルマの両親が目を丸くしながらクロを見ていた。
アルマの両親から集落を襲った魔物のこと、村人を逃すため村長らが戦い死んだこと、無事な者がこの村に避難したことを聞く。
その後、集落の中で一番大きな建物の中に案内され、事情を聞かされた北の村の村長と面会した。
初老な男エルフに促され、村長室のソファーに座る。
「儂はこの村の長を務めるタイガと申す。此度はアルマを助け、遠路ご足労いただき感謝に堪えません、管理者様」
タイガと名乗った村長はまっすぐにクロを見て、そう言った。
黒猫なのに、この村長‥クロが黄泉の管理者だとわかるのか‥。
「見つけたのは偶然だ。しかし、それで我々もここへ来る理由が見つかった」
クロがいつものように淡々と喋っても、村長は驚かなかった。
「ほう。その理由とは」
「この村の長老に聞きたいことがある」
「長老に‥左様でしたか。なれば長老の家を案内させましょう」
そう言って村長が若い男エルフを呼び、道案内を指示していく。
「あの村長はどうしてクロが管理者だと知っているんだ?クロの知り合いなのか?」
「俺の知り合いだったら、ここまであの少年に道案内などして貰わなくとも、俺の記憶で一気に飛んでいたさ」
「それもそうか‥じゃあ何で?」
「村長なら噂や人伝てに俺の事を聞いて知っていたんだろう。珍しい話じゃない」
そうしているうちに案内役の若い男エルフが、村奥にある小じんまりとした家を指差した。
「あちらが長老の家ですーーそれでは私はここで」
そう言って若い男エルフは帰っていった。
家の前まで進んで、剛がドアをノックする。
「どうぞ」
中からしゃがれた声が聞こえ、ドアを開けるとかなり高齢そうな男のエルフが居間の椅子に腰掛けていた。
このエルフが長老らしいな。如何にもという見た目をしている‥。
側には付き添いのような若い女エルフがいて、長老の向かいの長椅子に座るよう促している。
「ほう。黄泉がえりを無効にする方法を知りたいとな」
質問をした剛と、その隣にいる侑芽を長老が見ている。
「今も侑芽の体は現世に残っている。だから侑芽の魂を現世に戻したいんだ」
「生き返らせたいという事かの‥たしか大昔にも似たような事を聞いてきた男がおったような」
「大昔に?その男はどうなったんですか?」
「死んだ者は生き返らぬと言っても聞かんでなーーなればと魔境の奥にある無効の泉を教えてやったのじゃ。その後その男がどうなったかは儂も知らん」
長老が長い顎髭を撫でながら言った。
「無効の泉?ーーそれは何ですか?」
「あらゆる約束事を無効にするという伝説の泉じゃな」
「約束事を無効にできる伝説の泉ーーそれは、それは何処にあるんですか?」
「この村の北。魔境に入った奥にあると言われておるが、本当にあるのかは定かではない」
剛が侑芽を見る。
「構いません。それはこの目で確かめますからーーありがとうございました」
長老が剛を見て、僅かに笑ったように思えた。
「そうか。覚悟は決めておるようじゃのーー少し待たれよ」
長老が付き添いの若い女エルフに何か耳打ちすると、間も無くして若い女エルフが折り畳まれた紙を手に戻ってきた。
「これを持っていくと良い。もし泉に辿り着いた時は何かの手がかりになるかも知れん」
若い女エルフから折り畳まれた紙を受け取った剛が、その紙を開いて見る。
=マンゲツノヨルハンゲツヲミテシメサレタウサギノサキニタチトナエヨミチタヒカリケイヤクサレシシバリヲトキハナテ=
なんだこれは‥呪文か暗号か‥。
長老を見た。
「無効の泉伝説と共に受け継がれてきたものじゃ。泉を目にすれば解けるものやも知れぬ」
その後、剛と侑芽は長老と村長に礼を言うと、アルマと別れ、クロ、サトと共に無効の泉を探すために魔境へと出発していった。
「クロは無効の泉って知らないのか?」
「さぁな、聞いたことは無いし、そんな都合のいいものがあるとも思えんーー本当に行くつもりなのか?」
「まだ時間はある。望みがあるなら試したい」
「ねぇクロさん。魔境ってどんなところなの?危ないところじゃないの?」
「魔境だからな。ヤバいものだらけだろうな」
「やっぱりそうなんだーー私、剛まで死んじゃったら嫌だよ」
「俺だって死ぬ気なんてないーーやれるだけやりたいだけだ。本当にダメならその時は逃げるさ」
二人と二匹は森や平原を抜け、ひたすら北へと進んでいった。
陽も暮れ始め、空が薄っすらと橙色に変わる頃。
「この辺りからが魔境だ。この先何が起きるかは俺も分からんーーヤバいと感じたら迷わず避難場所へ飛ぶんだ。いいな」
剛と侑芽が頷く。
足を踏み入れた途端、肌に重い空気を感じる。
「嫌な感じの空気だな」
剛が侑芽に振り向くと、側にはサトがピッタリとついていた。
いきなりサトが唸り声を上げ始める。
剛の背筋にゾクっとした寒気が走った瞬間、森の方から咆哮が聞こえ始めた。
クオォォォ!
ガルウゥゥ!
身構える剛と侑芽の近くで、サトが唸りながら森の方を見つめる。
カラスに姿を変えたクロが空へ上がっていく。
「三匹いる!ここは危険だ!俺はこいつらを足止めしておくから二人は先に避難しろ!」
降りてきたクロはそう言うと、大きな黒龍に姿を変えた。
「クロ!」
「剛!あれ!」
森の木より背の高い魔物が剛達を囲むように三方向から現れて近づいてくる。
「何なんだ‥あいつらは‥」
怪獣のような、それは特撮映画でしか見ないような巨獣だった。
魔物が突如現れた黒龍の方へ向かっていく。
「こんなの三匹も‥クロだって無理だろーー仕方ない!侑芽、逃げるぞ」
剛が避難場所に残したお守りと木に彫ったアイアイ傘をイメージして念じると、目の前の空間が開いて避難場所が現れた。
「サト!おいで」
侑芽がサトを抱き上げる。
「いくぞ!一・二の・三!」
二人と一匹は避難場所へ逃げのびた。
「無事か‥侑芽‥‥‥」。
そう言いながら、剛がその場に倒れ込んでいく。
「剛!どうしたの?大丈夫?」
剛の顔色は蒼白で、体からは激しく汗が噴き出し、大きく肩で呼吸している。
どうしよう‥すごい熱だわ‥。
剛の額に手を当てた侑芽が驚く。
直後、空間が開いて、そこからクロが飛びだしてきた。
「無事かーーん?剛‥どうした?」
空間が閉じた事を確認したクロが、倒れている剛を見て声を上げた。
「分からない。こっちへ出たら急に倒れたの‥」
「急に?ーーそうか‥黄泉に入って三日かーー侑芽、一旦マンションへ戻るぞ」
イケメンに姿を変えたクロが、剛の体を抱き起こし担ぎ上げていく。
「サトも連れていける?」
「ここの住人はこの固有領域からは出られない。置いていくしかないな」
「そう‥」
侑芽がサトを抱きしめる。
「ごめんね。サトは連れて行けないんだって」
サトは理解したかのように木の下で伏せて体を丸くしていた。
「いくぞ、こっちだ」
周囲を見回したクロが侑芽を呼ぶ。
クロが剛を担いだまま森の中を進んでいき、侑芽がついていく。
「クロさん、何処へ行くの?ーーあれ?景色が段々霞んでいく‥」
「剛と侑芽だけなら直ぐに世界の果てに着けただろうが、俺が一緒じゃ俺の知らない場所まで行かないと世界の果てにならないのさ」
やがて進んだ先が白い空間に変わる。
「手間を取らせて悪かったな」
クロがそう言った直後、目の前に空間が開いて、その中にマンションの部屋が現れた。
「剛はどうしちゃったの?大丈夫なの?」
マンションの部屋に戻った侑芽がクロに聞く。
「剛の不調は現世に残した剛の体が衰弱した為だーーこっちへ来て三日の間、現世に残した剛の体は飲まず食わずの状態だからな」
「そんな‥それじゃあ、どうすればいいの?」
「俺は剛を連れて現世に一旦戻る。一日か二日で戻るから侑芽はここで待っていてくれ」
「剛は助かるの?」
「大丈夫だ」
「分かったわ。剛をお願いします、クロさん」
クロが黒い霧になって剛の体を包んでいく。
侑芽をマンションに残し、クロと剛は現世に戻っていった。




