第三章 転 節二 無効の泉 項二 対魔武具
迫ってくる魔物は、双頭で四足歩行の巨大なトカゲのような見た目をし、体からは青い炎のような揺らぎも見えた。
黒龍と同じか‥いや、それよりデカい‥。
剛が魔剣を抜き、侑芽も魔銃を構える。
宙に浮かんでいた黒龍が魔物の体に巻きつき、双頭の首元に噛みつきながら魔物の体を締め上げていく。
吼えながら魔物も長い双頭でクロの胴体に噛みついた。
地響きとともに、土煙が舞い上がる。
「クロ!四時の方向に避けろ!」
黒龍が魔物から離れた瞬間、朱鷺の手から巨大な薄緑色した光の矢が放たれた。
矢は黒龍のすぐ横をすり抜け、魔物の胸へ突き刺さる。
魔物の咆哮が空気を震わせ、矢の光が魔物の体を包んでいく。
「やった!」
剛が拳を握り締めながら侑芽を見る。
再び魔物の咆哮が響き渡ると、魔物を包んでいた光が消えていく。
「えっ?」
体全体をブルっと震わせた魔物が雄叫びをあげる。
「此奴!天王石で錬成した矢じゃぞーーそれが効かぬというのか」
魔物が矢を放った朱鷺に襲いかかる。
体に巻きついた黒龍を引き摺りながら、魔物が真っ直ぐ朱鷺に向かっていく。
降りかかる魔物の爪を朱鷺が辛うじて避けると、その魔物の前足に侑芽が魔銃を撃ちこみ、そこへ剛が魔剣を突き刺す。
魔物に振り払われた剛の体が飛ばされ、朱鷺の前に転がる。
咄嗟に黒龍が魔物の双頭に巻きつき、目を塞ぐ。
「剛!」
朱鷺が駆け寄っていく。
「無茶をするでない!二人の武具では歯が立たぬと言ったじゃろうーー」
魔物に飛ばされ開けた剛のシャツからは、破魔矢のチョーカーが飛び出していた。
「それは‥破魔矢か!ーー剛、それを借すのじゃ!」
剛から破魔矢のチョーカーを受け取り、朱鷺は懐から新たな天王石を取り出した。
「許せ!借りはこれで返すのでな」
朱鷺が微笑む。
天王石もこれが最後の一つ‥我に力を授けよ‥。
破魔矢のチョーカーと天王石を持った朱鷺の手が輝き始める。
変形した天王石が破魔矢のチョーカーを包み込み、弓矢へと形を変えていく。
「クロ!離れろ!」
朱鷺が白く輝く光の矢を放つ。
黒龍が離れた魔物の胸に朱鷺の放った光の矢が刺さり、目が眩むほどの光が魔物を包む。
光の中から魔物の断末魔の叫びが響き、消えゆく光と共に魔物の姿は消滅していった。
「破魔矢は元より魔を退ける神具ーー命力を通す器として相性が良いのじゃ、ふふっ‥‥」
朱鷺がガクッと膝をつく。
「朱鷺」
「朱鷺さん」
剛が朱鷺の体を支え、侑芽が心配そうな表情で見ている。
「何があった‥」
黒猫に戻ったクロが朱鷺の様子を見ながら剛に聞いた。
「わからないーー俺が着けていた破魔矢のチョーカーと石で作った矢を撃っていたけど」
「破魔矢だとーー剛、そんなもの持っていたのか」
「侑芽から誕生日に貰ったんだ」
「ーーなるほど、それでか」
クロが呟いた時だった。
ドスン!‥ドスン!‥。
再び地鳴りのような音が大地に響き始める。
「クローーこれは‥」
「ああ、もう一匹いるみたいだ」
森の樹々を踏み倒し現れたのは、巨大な獅子のような魔物で、全身には炎のような赤い揺らぎを纏っている。
「さっきは青、次は赤、奴らの体から出ているこの煙のようなものは何なんだ、クロ」
「さぁな、知らん。この世界にいる全ての魔物を把握するなんて不可能だーーただ‥かなりヤバい魔物だって事は確かだな」
魔物がどんどん近づいてくる。
「コイツ、さっきのよりもっとデカい」
剛が魔物を見上げた。
「ここまでだな、逃げるぞ!ーー侑芽、避難場所を開けてくれ」
「えっ、うん、わかった」
侑芽がお守りとアイアイ傘の目印をイメージすると、空間が開いて避難場所が現れた。
「朱鷺、大丈夫か?動けるか?」
「ちょっと命力を使い過ぎたかの‥我に構わずに先に行け」
「ーーわかったーーちょっと失礼するよ」
剛が朱鷺を抱き上げる。
「な!よせっ!」
「お姫様抱っこされてテレているのか?朱鷺よーー剛、そのまま走れ」
全員が開いた空間に向かい走り出す。
後ろから魔物の激しい咆哮が空気を震わした瞬間、開いていた空間が目の前で閉じていく。
「何だってーークロ、これは一体?」
「そうか邪気かーー奴の体から揺らいでいるのは邪気だ。さっきの魔物も、朱鷺の一撃目が効かなかったのはそのせいか」
「どうする、クロ」
「時間を稼ぐ。その隙に避難場所を開けて逃げろ」
クロが再び黒龍に姿を変え、魔物の前に立ち塞がる。
「クロ!ーーわかった。侑芽、もう一回開けてくれ」
空間は開きかけるが、すぐに閉じていく。
「何で?どうして?」
侑芽が何度イメージし直しても空間が開かない。
「奴が近すぎる、奴の邪気がここまで届いておるから開けんのじゃーー剛、もういい大丈夫だ、我を降ろせ」
降り立った朱鷺の手が輝き、弓矢が現れる。
「朱鷺!命力をそれ以上使ったらーー」
「良きーー我とて消えるつもりはない。お前達二人だけでもここから逃げるのじゃ。もっと離れれば空間は開く、行け」
魔物に弾かれた黒龍の体が泉に落ちて大きな水飛沫が上がる。
「クロ!」
「早く行け!」
朱鷺が魔物に矢を連射していく。
「くっ‥やはり命力が圧倒的に足りぬな‥」
魔物に命中した瞬間に矢は消滅してしまい、効果が無い。
俺のせいでみんなを巻き込んで‥こうなれば、せめて侑芽だけでも‥。
剛が魔剣を握り締める。
そして、魔物の咆哮が響いた時だった。
後ろから橙色に輝いた太い光の矢が剛達を追い抜き、魔物を貫いた。
「この光の色は‥まさか冥王石!」
朱鷺が声を上げる。
橙色の光に包まれて巨大な魔物が、唸り声を上げ、暴れながら消滅していく。
「なにっ?」
剛と侑芽が振り向いた先、丘の中腹に一人の女が立っていた。
「イザナム‥様‥」
「やはり其方様であったか」
朱鷺が振り返り、イザナムに言う。
目を見開く剛と侑芽を、近くで黒猫に戻ったクロが見ている。
「良かったね、剛」
「ああ、助かったな。感謝します、イザナム様ーーでも、どうしてイザナム様がここに?」
「たいした事ではないーー少し無効の泉とやらに興味があったのでな」
丘の中腹から剛達を見下ろしたイザナムが淡々と言う。
「この人、やっぱり素直じゃねえな」
イザナムの反応を見ながらクロが呟いた。
クロがイザナムの側に近づいていく。
「侑芽の中に回復の術なんて、いつ仕込んだんです?」
「さぁ何の話か、妾は知らぬな」
イザナムが言いながら空を見上げる。
「そうですか、それなら構いませんけど」
まったく、ツンデレかよ‥。
クロは内心で呟いた。
「それでどうなのだ?泉の事は何かわかったのか」
「いいえ、謎解きはこれからですよ」
イザナムとクロは、丘の中腹から泉を見下ろした。




