第三章 転 節一 固有領域 項六 再び固有領域へ
「お帰り、剛。その顔色、体調は戻ったみたいね」
黄泉のマンションで侑芽が微笑む。
「もう大丈夫、この通り元気さ」
「向こうの侑芽ともちゃんと話した」
「えっ?うん、まぁ、そうだな‥」
「ねぇ、剛」
「ん?」
「私の頭、撫でたでしょ」
「‥‥‥」
「向こうの私の」
「お前なんだからいいだろ!」
「ふふっ」
侑芽がニッコリと笑う。
こっちの侑芽は向こうの出来事を知っている‥やはり本魂だからなのか‥もういい、そういう事にしておこう‥。
侑芽と合流した後、再び世界の果てから固有領域へ向かう。
「偉いわ!サト、ちゃんと待っていてくれたのね」
お守りとアイアイ傘の目印がある木の下にいたサトが侑芽に駆け寄っていく。
「魔境の場所は俺が目印を作っておいた。準備はいいか、魔境の続きへ飛ぶぞ」
クロが頭の中で折れた大木の山をイメージすると、目の前の空間に避難する前の魔境が現れた。
「今は魔物達もいないみたいだけど‥何これ?すごい事になってない?」
魔境に移動した後で侑芽が周囲を見回しながら呟く。
平原と森の境界に立っていた大木が数本、ことごとく折れて倒れていた。
「仕方ないだろ。だが、やったのは俺じゃないぞ。魔物だからな」
「ああ、そうか。龍対魔物じゃな‥まぁこうなるか」
一行は魔境を更に北へと進んでいった。
深い森の樹木の隙間から、その先に開けた平原の明かりが見え始める。
突然、サトが唸り声を上げ始め、耳を澄ませると遠くから地鳴りのような音が響いていた。
「魔物が暴れてるなーーこの前の奴らより小さいが、それでも三メートルは余裕であるか‥いや‥待て!あれは‥」
剛が森の中から平原を伺うと、暴れる魔物の側に人の姿が見えた。
「あんな魔物と一人で戦っているのか?ーーえっ?あれは?」
剛達が見ている中、魔物と戦う人の両手が輝き始め、やがてその光が弓と矢の形に変わっていく。
「クロ!アレは何なんだ?」
「錬金術ってものだなーー放っておいても大丈夫だろう。俺達はこの平原を迂回して奥へ進むぞ」
クロが冷たい口調で言い切り、迂回路を探し始めた。
放たれた矢は魔物に命中したが、致命傷にはならず手負となった魔物が一気にその人へ襲いかかる。
その人の両手が再び輝き、今度は光る盾が現れたが、魔物の腕力は相当に強いらしく、盾ごと吹き飛ばれていった。
飛ばされて立ち上がれないその人に、魔物が唸りながら近づいていく。
「クロ!あのままじゃ、あの人が殺されるぞ。助けないと」
ホルスターからエアーガンを抜いて、剛が平原に飛び出す。
「剛!ダメ!危ないわ、戻って!ーーサトお願い!剛を止めて」
剛を追ってサトが飛び出していく。
「あの馬鹿野郎」
クロも飛び出す。
森から飛び出した剛に魔物が振り向く。
うっ!近くで見ると思うより馬鹿でけぇな‥こんな銃で効くのか?‥目を狙うしかなさそうだな‥。
「そこの人!今のうちに早く逃げて!」
剛が叫びながら、魔物の目を狙ってエアーガンを連射していく。
やっぱりこれーー当たっているけど全然効いていない‥。
魔物が唸りながら、剛に向かって手を振り上げる。
その腕にサトが噛みつく。
「サト!魔物から離れろ!」
声を上げたクロの体が黒龍に変わる。
サトが魔物から離れて剛の前に立った瞬間、黒龍の尾が魔物を打つ。
飛ばされた魔物はそのまま森の中へと逃げていった。
「こんな所で死ぬ気かーー魔物とは戦うな、逃げろと言っておいただろう」
黒猫に戻ったクロが怒り声を上げている。
「クロさんの言う通りよ剛。無茶はやめて、お願いだから」
遅れて森から出てきた侑芽が剛に駆け寄り、そう言う。
「ごめん、皆んな‥人が殺されそうなのを黙って見てられなくてーーそれであの人は?無事か?」
剛が目線を向けた先では、魔物に飛ばされた人が体を起こし始めていた。
「アイツなら放っておいても大丈夫だ、先へ急ぐぞ」
アイツ?どういうことだ?‥。
剛がクロに向き直る。
「相変わらず冷たいやつじゃの、死神は」
聞き慣れない声に剛と侑芽が振り返ると、そこにはさっきまで魔物に飛ばされ倒れていた人が立っていた。
女!?‥クロを死神って呼んだ‥。
剛の目に映ったのは、太古のデザインのような服を纏った若い黒髪ショートの女だった。
「ふん。やはりお前かーーまだ石探しを諦めてなかったのか」
「当然じゃろーーしかし、冷たい死神と違って、か弱き女子の窮地を救いにきた青年はいい男じゃのう」
太古の服を着た女が、呆気に取られる剛を見ながら微笑む。
「何ですか!貴女はーーって、その腕‥曲がってませんか!!」
馴れ馴れしい太古の服を着た女に文句を言おうとした侑芽は、相手の左腕が有り得ない方向に曲がっている事に気づいた。
「これか、盾で防いだのじゃが思った以上に力が強くてなーーあ〜これは折れておるのう。道具なら直すも簡単じゃが、体は我では治せん」
「自業自得だろーー大人しく帰って療養でもしてろ。もう俺の前に出てくるな」
「それが怪我をした、か弱き女子に向けていう言葉かーーそう思わんか青年よ」
「えっと‥二人は知り合いなんですか?」
困惑顔の剛が聞き返す。
「そうじゃ。旧知の仲じゃな」
「断じて違うぞ」
「あはは‥噛み合ってませんね」
侑芽が肩を竦める。
「とりあえずその怪我、もしかしたら私、治せるかも‥試してみても大丈夫かな?クロさん」
「何だ死神。お前クロさんとか随分と可愛い名で呼ばれておるのだな」
「うるさい!侑芽、治さなくていい。むしろ右腕も折ってやれば静かになるだろう」
「そんな事、私できないよーーじゃあ、治してみていいんだね」
「好きにしろ」
クロがそっぽを向く。
太古の服を着た女の折れた左腕に侑芽がそっと両手を当てていく。
「お?何じゃ?これは‥」
侑芽の手先が紫色に光り始め、折れた左腕を包み込むと、やがて消えていった。
「おお!少女、凄いではないかーーきれいに治っておるぞ」
太古の服を着た女が左腕を曲げ伸ばししている。
「やっぱり私の手‥もう偶然じゃないよね?ーーでも、どうしてなんだろう」
「こんな力を使えるのは死の神くらいであろうがーー少女、お前は一体何者なんじゃ」
侑芽が太古の服を着た女にこれまでの経緯を話す。死んだ事、黄泉がえりした事、剛が連れ戻しに来ている事、無効の泉を探している事。
「なるほど、黄泉がえりーーそれで死の神が関わっておったのかーー我の名は朱鷺。魔境には冥王石を探しに来ておるーー其方らの名前を聞かせてはくれぬか。あっ死神には聞いておらんからな」
剛、侑芽、サトの名を朱鷺に教える。
「ここで会うたのも死の神の巡り合わせかも知れぬーーここは一つ、共同戦線を組まぬか?」
「お前と共同戦線などーーお前の希望と俺達のメリットはなんだ」
クロが朱鷺に向き直って聞く。
「そうよなーー目的の泉かどうかは知らんが、我は魔境の奥にある泉を一つ知っておる。我も魔境の奥で石を探したい。魔物や障害を越えるなら仲間は多い方が良いーーそう思わぬか、死神よ」
「お前にしては正論だなーーわかった。それなら共同戦線中は俺を死神と呼ぶのはよせ、クロでいい。俺もお前の事を朱鷺と呼ぶようにする」
「では交渉成立で良いな、クロよ」
「そういう事なら宜しく、朱鷺」
「宜しくお願いします、朱鷺さん」
一行は三人と二匹のパーティーとなった。
「そうなるとーー剛、さっきの変な銃じゃが、あれは何だ?」
「これはエアーガンという空気圧で弾を撃ち出す銃です。玩具ですけど無いよりマシかなと思って持ってきたんですよ」
「ちょっと我に貸してみよ」
剛がエアーガンを朱鷺に手渡す。
エアーガンを手にした朱鷺の手が輝き始める。
「こっちの世界でこういった物理攻撃だけの武具は通用しないのだーー魔物を倒すには命力こそが肝心なのじゃ」
「メイリョクって?」
「向こう世界で言うなら『気』みたいなものだ」
クロが補足する。
朱鷺の手から輝きが消えた。
「我の使う武具も、クロやサトの攻撃にも命力が込められておるのだ。だから魔物に効く。命力は大きければ大きいほど強力じゃーー向こう世界の剛と侑芽の体には、もともとこの命力というものが無い。だからーー」
朱鷺が手にしたエアーガンを侑芽に渡す。
「命力の弾を撃てる魔銃に我が作り直した。これは女子の侑芽が使うと良いーー今は我が命力を魔銃に注ぎ込んだが‥剛、その銃の鞘をサトの体に付け替えるのじゃ」
剛が身に付けていたホルスターをサトの胴体に付け替えていく。
「こんな感じなら取れないだろうーーでも、どうしてサトにこれを?」
「弾を撃ち続ければ銃内の命力が減っていく。サトの体には命力があるからのーー使い終わった魔銃をサトの体につけて命力を注ぎ込んでもらうのじゃーーそして剛、お主は」
朱鷺が懐から薄緑色の石を取り出し、その手がまた輝き始めると、石が細長く伸び始め、やがて剣の形に変わっていく。
輝きが消えた時、朱鷺の手には一本の剣が握られていた。
「この魔剣を使うと良い。これにも命力が注ぎ込んである。この先の魔境は丸腰では危険すぎるからの」
「魔剣と魔銃‥すまない朱鷺」
「気にするでない。今は仲間であるのだーーなぁクロよ」
「コイツは古参の錬金術師だからな。錬金術の腕だけは確かだ」
「いちいち棘のある言い方よのう。それと我はコイツではない、朱鷺じゃ」
クロがやれやれといった表情で顔を背ける。
剛と侑芽も手にした魔剣と魔銃を見つめていた。
朱鷺を加えた一行は、朱鷺の案内で魔境を更に北へと進んでいく。
「朱鷺さんが探している冥王石って、どんな石なんですか?」
「冥王石は橙と茶色の縞柄の石でな。さっき命力の話をしたであろう。冥王石はその命力を最大に活かせるとされる奇跡の石じゃ」
「奇跡の石。見つけたことはあるんですか?」
「残念ながらまだ無いーーただし、大昔にそれを見つけた者なら知っておるぞ」
「へぇ〜それなら、ただの伝説ではなかったという事ですよね」
「そうじゃ、だからこそ探し出す夢があるのじゃよ」
「侑芽、無理して相手なんかしなくていいんだぞ」
「本当に棘のある事しか言わんな」
「お二人は仲がいいんですね」
「ふざけるな」
「その通りよな。誰がクロなど」
「だって喧嘩するほどっていうじゃないですか」
「そんな訳あるか。喧嘩は喧嘩だ。魔物と揉め事ばかり起こすから、俺がどれだけ厄介を被ったことか」
「我は石を探しただけじゃぞ。魔物が邪魔しに来るからいかんのじゃ」
侑芽と剛が目を合わせ笑っていた。
魔境を進むほどに魔物との遭遇率も上がってきていた。
「結構、進んできたけど、まだ出てこないね、泉」
「我も来たのは相当昔じゃからのうーーだが、もう近くまで来ておるはずじゃ」
「そろそろ陽も傾いてきたし、野営の場所も決めないとな」
剛がそう言った瞬間だった。
「剛!後ろ!」
振り向くと魔物が鋭利な爪を剛に向けていた。
バシュ!。
侑芽が魔銃を撃つと、発射された魔弾が魔物を撃ち抜き、魔物は消滅していった。
「侑芽!伏せろ!」
侑芽が伏せると同時に剛が魔剣で魔物を突き刺す。
「どれだけ居るんだよ、魔物」
「ここは魔境だからなーーしかし二人とも随分と動けるようになったもんだな」
「このレベルの魔物相手なら問題もないようじゃな。良き良き」
クロと朱鷺が静かに二人を見ている。
「この森を抜けた先で野営の場所を探そう」
剛が先頭になって森を抜けていく。
抜けた先は小高い丘で、その先は下っているらしく、先が見えない。
斜面じゃ野営は厳しいな‥‥‥。
剛が歩みを止めて立ち尽くす。
「どうしたの?剛‥‥‥あっ」
丘から見下ろした先には、水面を西陽で輝かせた泉が広がっていた。




