表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「僕たちはフィオナ先生を選びます」——前世保育士の令嬢が追放された朝、公爵家の子供が全員いなくなりました  作者: 歩人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
47/56

第41話: お返しする気はございません

 朝。


 板の卓の手前の縁に、木の椀が六つ並んでいた。右端の椀のすぐ下に、レオンが昨夜白墨で書き加えた四文字があった。


 「エ、ー、リ、ク」。


 蜜蝋の艶の薄い温度が、その四文字の下にうっすらと昇っていた。


 戸口の板の縁の外、昨日のカタリナ様の乾いた土の粒の跡のすぐ隣にもう一つ薄い跡が届いていた。四歳の麻布のくつの底が刻んだ細い一筋。


 トビアス様の右の掌が、エーリク様の小さな掌を指の付け根のあたりで軽く握っていた。ドロテア様は兄の椅子の左の小さな椅子にもう座られていた。左手の指二本分は、今朝は兄のシャツの裾を握っていない。握らない代わりに、右の小さな掌が前掛けの縫い目の縁でもう少し持ち上げられていた。


 カタリナ様は板の壁の節の外側の縁に立たれていた。今朝は鍬の柄の乾いた木の先を手にされていなかった。


 「……連れてきたよ。——フリーダは、あさって」


 十四文字。


 「……ええ。……ヨハンさんは、畑の手伝いの合間に、ね」




 マティアス様が寝台の毛布の縁から半歩ぶん節のところまで歩かれた。柘植つげの星型のスプーンを胸の前から少しだけひらかれた。


 「……エーリク。……おはよう。……ぼくの、となり、に、すわっていい、よ」


 二十八文字。


 エーリク様は兄の掌の指の付け根へは戻らなかった。戻らない代わりに、自分の小さな指のいちばん外側の関節を、マティアス様の星型のスプーンの五つの角のひとつへそっと近づけられた。触れはしない。触れない代わりに——昨日、初めて朱の一粒を受け取った口の奥のあたりから小さな飲み込みの拍がひとつ落ちた。




 戸口の板の縁の外で、遠くの坂の下の方角の霧のいちばん外側の一筋がわずかに乱れた。


 三日前の夜から、竃の赤い残り火のすぐ隣で、音にならないまま待たれていた四つの蹄の音。その遠い一粒が今朝はじめて音の形で届いた。


 一つではなかった。十数の蹄の音の重なりが、冬の終わりの風のいちばん低い方角から集落の手前の橋の板の上をひと呼吸ぶん叩いた。板の軋みと、馬の鼻息の湯気の層と、靴底の革の厚い縁の音。


 騎士団の足並み。




 ルーカス様の茶色の瞳のいちばん真ん中が、ひと呼吸ぶん止まった。


 止まった先で、十二歳の右手の指の第三関節が外套の左の胸ポケットの薄い布の縁へ少し深く添えられた。ポケットの下にしまわれたヘルガさんの「H」の紙切れと、マルタの擦れと、トビアス様の「明日」と、カタリナ様の「半寸、ねえ」。その四つの温度の並びのいちばん奥に、もう一粒「この音を、待っていた」の静かな温度が預けられていた。


 エミリア様は椅子から立たれなかった。立たれない代わりに、藤色と栗色のリボンの羽の結びの先を、左の指の第三関節で深く握られた。マティアス様は星型のスプーンを胸の前に深く抱え込まれた。


 レオンが教卓の板の手前の縁から戸口の方角へまっすぐ歩かれた。深い緑の瞳のいちばん深いところに、四年前の冬のヨナの土間の半束の薪の温度は、今朝は残されなかった。


 「……子供たちは、下がらせてくれ」


 十三文字。


 声のいちばん細い縁に、「救えなかった」と「教えられた」の隣に並ぶ三つ目の温度がうっすら昇っていた。「守る」の、二文字。




 トビアス様の右手が、ドロテア様の前掛けの縫い目の縁のすぐ外に立てかけられた。


 「……ドロテア、エーリク、こっち、だ」


 十五文字。


 八歳の褐色の瞳のいちばん外側が、戸口の方角ではなく学び舎の奥の板の壁のいちばん低いところへまっすぐ置かれた。


 ドロテア様の灰緑の瞳のいちばん深いところが、私の翡翠色の瞳の深みにひと呼吸ぶん置かれた。置かれた先で、四歳の踵の薄い皮膚の下が板の床の節の上で半寸ほど上下した。エーリク様の褐色の瞳の外側の縁が、その半寸の上下にひと呼吸ぶん留まった。


 ——椅子を投げる側の子の妹。今朝は二人、四歳の守られる位置に並ばれた。




 ルーカス様が先頭。左の手の指の第三関節が、エミリア様の右の掌の第三関節を軽く握られた。マティアス様が、エミリア様の左の掌の小さな指の第三関節を握られた。


 三人は、私の竃の端の椅子の半歩前で止まられた。ルーカス様の茶色の瞳のいちばん真ん中が翡翠色の瞳の深みにひと呼吸ぶん置かれた。——年次教育展覧会の壇上の、あの半秒の遠い延長線の上にある今朝の半秒。


 私は頷かなかった。——立っていてよろしい。十二歳の、お一人分の位置で。




 戸口の板の縁に、革の厚い底の整えられた足並みが届いた。先頭の一人分の足並みが板の敷石の手前の一粒の半寸内側で止まった。


 黒い、長い外套。肩章の銀の縁の光。鋭い灰色の瞳のいちばん外側が、学び舎の板の壁の手前の節へまっすぐ置かれた。


 ——エドワード・ヴェルナー。


 五年間、朝の廊下で頭下げの半歩上の漆喰を通り過ぎていた灰色の瞳——その同じ層が、今朝はじめて私の翡翠色の瞳の深みへ届こうとしていた。届ききらなかった。届ききらない手前で、鋭い灰色の瞳の外側の縁は子供たち三人のいちばん手前の並びへ落ちた。


 落ちた先で——名前は、呼ばれなかった。




 「——子を、返せ。——誘拐罪で訴えることも、できる」


 「騎士団は、すでに周囲を固めている。抵抗は、無益だ」


 声のいちばん深い底に、五年間子供たちと目を合わせた回数のひと粒分の空白——その乾いた温度が立っていた。




 私は立ち上がった。


 竃の端の椅子の背板の上縁から、指の第三関節の腹を静かに離した。離した先で——膝を折らなかった。


 五年間、子供の目の半寸下で折り続けた膝を、今朝だけは折らずに立った。


 大人の目のちょうど合う位置で、翡翠色の瞳のいちばん深い層をエドワード・ヴェルナーの鋭い灰色の瞳の底へまっすぐ置いた。


 置いた先で、はじめて灰色の瞳の外側の縁が私の瞳の層へ届いた。


 五年と半月。届かなかった視線が、今朝、半寸ぶん届いた。




 「——お返しする気は、ございません」


 十四文字。


 声のいちばん細い縁に、半寸の震えは置かなかった。


 「この子たちは、——ご自分の足で、歩いて、来られたのですから」


 二十文字。


 「——私が連れ出したのでは、ございません。誘拐罪に問われるべき者は、この学び舎の板の床のいちばん手前の節の上には、——おりません」


 「——問うべきは、どうして十二歳のご長男と八歳のご長女と五歳のご末息子が、三日分の街道を歩き切られたか……そのことです」




 鋭い灰色の瞳の外側の縁が、半寸ほど細まった。


 「戯言を。——貴様がそそのかしたのだろう」


 「12歳と8歳と5歳が、三人だけで、三日分の街道を歩ける道理がない」


 十八文字。


 「道理」の、二文字。——五年分、子供部屋の戸口の板の縁で、一度も踏み込まれなかった層の、いちばん奥の乾いた一粒の温度。


 「子が、自分の足で、——親を、選ぶなど、あってはならない」


 言葉の外側の縁で、別の小さな震えが置かれかけて止まった。




 ——その半寸のところで。


 学び舎の奥の板の壁のいちばん低いところから、小さく浅いけれども確かな靴底の音が一拍ぶん半歩ほど前へ進んだ。


 ルーカス様。


 十二歳の茶色の瞳のいちばん真ん中が、父の鋭い灰色の瞳の外側の縁にまっすぐ合わされた。


 五年前、子供部屋の戸口の板の縁の内側で「ち、ち……」と二音節を喉の奥で止めた、あの朝の七歳の薄い金色の光の粒。その遠い延長線が、今朝、十二歳の端正な一語の形に静かに届いていた。


 ルーカス様は何も言われなかった。言わない代わりに、右手の指の第三関節が外套の左の胸ポケットの薄い布の縁から半寸ほど離された。


 エミリア様は、ルーカス様の半歩隣に立たれた。八歳の灰色の瞳の深みに、クリスティーナの扇の内側の冷たい光の遠い一粒が半寸ほど昇った。栗色のまつげの薄い層に、ひと粒の小さな水分の光が昨夜までとは違う向きに昇った。頬の外側までは下りなかった。


 マティアス様は、エミリア様の半歩後ろから半歩ぶん前に進まれた。星型のスプーンを胸の前に深く抱えたまま、父の鋭い灰色の瞳の外側の縁をまっすぐに見上げられた。


 「——マティアス、です」


 八文字。


 五年分、一度も正しく呼ばれなかった五音節の自分の名前を今朝はじめて自分の口で置かれた。




 鋭い灰色の瞳の外側の縁が、ひと呼吸、止まった。


 止まった先の底の層で、「マ、ル、ティン」と五年間呼び続けていた四音節の乾いた形が、半寸ほどずれた。ずれた半寸に、「マ、ティ、ア、ス」の四音節の正しい形が入り込もうとした。入り込みきらなかった。入り込みきらない手前で、鋭い灰色の瞳の底が、ひと呼吸、震えた。


 震えは表には出されなかった。出されない代わりに、エドワード・ヴェルナーの左手のいちばん外側の関節が外套の左の腰の剣の柄の革紐の結びへ半寸、深く添えられた。


 ——書斎の重い扉の内側の閂の層、そのいちばん外側の一筋が今朝、半寸ほど軋んだ。




 後ろの騎士の十数の革の底のうち、ひとりが半歩ぶん前に進みかけた。進みかけた先へレオンが半歩ぶん斜め前に立たれた。


 「——辺境伯ブラント様の書状は、確かに私も拝見しております」


 二十一文字。


 「ここは王立教育監査院の仮審査段階に入っております学び舎です。審査中の教場の教育活動に対する武力を伴う介入は、ブラント様の書状の第三条の禁則事項に該当致します」


 「——公爵様、であられても」


 声を震わせなかった。震わせない代わりに、深い緑の瞳の外側の縁へ、白墨の粉の襟の端の横四本の筋のいちばん下の温度を半寸ほど昇らせた。




 カタリナ様が、板の壁の節の外側の縁から半歩ぶん内側へ進まれた。


 「……あたしは、カタリナ。ここの農婦だ。——坊ちゃんじゃねえ、公爵様。あんたが連れて来たのは武装した騎士だ。あんたが探しに来たはずの子供が、こっちに三人いる。声なく、立ってる」


 「三人のうち、いちばん小さい子は、今朝はじめて自分の名前を口にしたんだ」


 「あたしは半月、井戸の縁の外で、この先生を疑って来た。昨日、中まで入った。今朝は、うちの四歳の末っ子を連れて来た。——あんたのほうが、三日、遅かった」


 十三文字。


 鋭い灰色の瞳の外側の縁が、カタリナ様の麻の袖のまくり上げられた縁に置かれて一度だけ逸らされた。




 「下がれ。——農婦と、辺境教師と、子守係風情の話す場では、ない」


 「子守、係、風情」。——五年前、広間の書記立会いの婚約書面の書き換えの席で置かれた六音節が、今朝もう一度、学び舎の板の床のいちばん手前の節の上に置かれようとした。


 置かれようとした、その半寸のところで。




 「——父上」


 三文字。


 ルーカス様。


 「父上が今おっしゃった——六音節のことばを、僕は五年前の広間で一度、聞きました」


 「書記立会いの婚約書面の書き換えの席の壁際、端から二番目のフィオナ先生の立ち位置のところで——その六音節が、広間の空気の中に置かれました」


 「——同じ六音節が、今朝ふたたび置かれようとしました。——けれども、ここは広間ではありません」


 十二歳の端正な一語の形の外側の縁で「の、の」の畳みかけの下の層に、弁論大会の壇上の二百秒のいちばん最後の一拍の延長線が静かに置かれていた。


 「——僕たちは、こちらで、朝の椀の湯気のいちばん手前の縁のところから、五歳の弟の自分の名前を聞きました」


 「——ここは、広間ではありません」


 二度目の、同じ八文字。——父のいちばん深い底へ、同じ形でもう一度置かれた。




 鋭い灰色の瞳の外側の縁が、もう半寸、細まった。細まった先で、ひと呼吸、開かれた。開かれた半寸に、「ち、ち……」の、五年前の子供部屋の戸口の板の縁の内側の、七歳の二音節の遠い一筋の温度が、十二歳の端正な一語の形の下へ届こうとした。


 届ききらなかった。届ききらない手前で、エドワード・ヴェルナーの左手の、剣の柄の革紐の結びの握りの形がもう半寸ほど深く食い込んだ。


 「——明日の朝までに、再考の時間をやる。その後、騎士団が正式に子供たちを連行する。——見張りは、残す」


 言葉は、子供の目の半寸下へは下ろされなかった。下ろされない代わりに、学び舎の板の壁のいちばん手前の節の半寸上へ投げられた。——五年間、頭下げの半歩上の漆喰を通り過ぎていた、同じ層へ。


 長い黒い外套の肩章の銀の縁の光が、冬の終わりの風のいちばん低い方角へ半歩ぶん遠ざかった。遠ざかる馬の背で、肩章の銀の縁の光のいちばん外側が半寸ほど揺れていた。




 戸口の板の敷石のいちばん手前の一粒のところで、六人分の革の厚い底の足並みがひとつに均された。


 レオンが半歩ぶん私の隣に戻られた。


 「……フィオナさん。……子供たちを、先に中に。——俺は坂の下の、カタリナさんの家まで走る。ブラント様への返書の書状を、今朝のうちに書かせてくれ」


 「——あなたのお名前と、並べて」


 十一文字。


 私は頷いた。頷いた先で、翡翠色の瞳のいちばん深いところから、「いたい」の三文字の昨夜初めて昇った一筋の温度がもう半寸ほど深く置かれた。




 カタリナ様は、エーリク様の小さな掌の指の付け根を左の日焼けした手の親指と人差し指の間で静かに握り直された。


 「……先生。——明日の朝の、うちの三人の分の椀は、まだ並べてくれるんだろうな。それと、坂の下の集落の他の三つの家の子供の分も、今夜、声を掛けておく」


 「——見張り六人分の革の厚い底の半歩外で、朝、一緒に歩かせてもらう。——昨日は、まだ味方じゃねえ、と言った。今日の半歩分は、味方の側の半歩だ」


 トビアス様は、ルーカス様の茶色の瞳のいちばん真ん中に褐色の瞳の外側の縁を合わされた。


 「……俺、見張りのいちばん端の一人の後ろに、石、投げ、——」


 「……いえ、トビアス。……投げるのは、今朝は——言葉です」


 十三文字。


 トビアス様の右手の指の第一関節が半寸ほど畳まれた。褐色の瞳のいちばん深いところから、「俺も一緒に、聞く側に立つ」の声にならない一筋が昇った。


 ドロテア様は、ルーカス様の右手の指の第三関節に、もう一度灰緑の瞳の深みを置かれた。唇の縁の薄い産毛が、今日十二度目の震えを半寸ほど重ねた。口の奥から、ごく薄い息の粒がひと筋、昇った。その息のいちばん外側の温度が、歌の三拍子のひと拍目の形の、遠い延長線の上に乗せられていた。




 昼。


 見張りの六人分の革の厚い底の足並みは、戸口の板の敷石のいちばん手前の一粒の半歩外で静かに保たれていた。


 ルーカス様が教卓の白墨の「あの子が、自分から、食べた」の十三文字の半寸下に立たれていた。


 「……先生。……父上の『道理』の二文字の下の層に、僕が明日置くべき言葉のいちばん最初の一拍を、一つ、教えてください」


 膝を折った。折った先で、十二歳の目のちょうど合う位置で、私の右の掌の第三関節の内側の腹を、ルーカス様の右手の第三関節の内側の腹に静かに添えた。


 「……明日の朝、父上にいちばん最初に置くべき言葉は、——『父上』の二音節です」


 「……五年分の、朝の廊下の頭下げの半歩上の漆喰の温度を、そのまま——『呼びました』の五文字の温度で一度、置き直してください」


 ルーカス様は半寸ほど浅く頷かれた。頷いた先で、茶色の瞳の深みに、七歳の「ち、ち……」の二音節の遠い延長線の上へ十二歳の「父上」の同じ二音節の一拍の形が静かに重ねられた。


 ——明日の朝、初めて父の目のちょうど合う位置で置かれる二音節。




 夜。


 竃の朱い炎の奥の赤い残り火の一粒が薄い橙の層を保っていた。板張りの小部屋のいちばん低いところで、三人の寝息がひとつに均されていた。


 ルーカス様の右手の第三関節は、外套の左の胸ポケットの薄い布の縁で、昨夜の並びの上へもう一粒、「父上」の二音節の、まだ声にしない一筋の温度を静かに積んでいた。マティアス様の口の奥には、今朝ご自分で置かれた「マティアス、です」の八文字のいちばん外側の温度が半寸ほど残っていた。


 私は竃の端の椅子の膝の上の四冊目の観察記録ノートに、新しい三行を静かに置いた。


 「ルーカス様。——五年前の二音節の延長線の上に十二歳の二音節」。


 「エミリア様。——リボンの結びの握りが深くなった」。


 「マティアス様。——ご自分でご自分の名前を置かれた」。


 三行の下に、もう一行を短く置いた。


 「お返しする気は——ございません」。


 十三文字。


 五年間、子供の目の半寸下で折り続けた膝を、今朝、一度、大人の目のちょうど合う位置で立てた。立てた位置で、五年分の「子守係風情」の六音節の下の層から、名前のついていなかった私自身のいちばん深い層の一粒の温度が、半寸ずつ上の方へほどけていった。


 点は、打たなかった。




 戸口の板の縁の外で、見張り六人分の革の厚い底の足並みは半寸の揺れもなく保たれていた。


 竃の赤い残り火の奥の一粒のところ、薄い橙の層の半寸横に、明日の朝の三つのまだ声の形に置かれていない一筋が静かに並んで預けられていた。


 十二歳の「父上」。八歳の「わたくしの、名前」。五歳の「ごはん、たべたい」。


 ——明日の朝、学び舎の板の床のいちばん手前の節の上に、三人の小さなそれぞれの声が初めて並んで置かれる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ