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「僕たちはフィオナ先生を選びます」——前世保育士の令嬢が追放された朝、公爵家の子供が全員いなくなりました  作者: 歩人


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第40話: あの子が食べた

 翌朝。


 学び舎の板の卓のいちばん手前の縁に、木の椀が八つ並んでいた。五つ目の椀の右隣に、レオンが昨夜寝る前、小さな字で三つ書き加えていた。


 「ヨハン」。「フリーダ」。「エーリク」。


 三つの名前のいちばん外側の一筋に、白墨の粉の温度がまだ乾ききらずに薄く残っていた。




 戸口の板の縁のところで、鉄の軋みでも鍬の柄の乾いた木の先でもない、別の音がした。


 ——八歳の、靴の底の薄い皮の縁の音。


 半寸内側の層のところに、もう一つ音が重なって届いた。靴の皮の厚い縁の音ではなかった。薄い薄い麻布のくつの底の、細い一筋の音。


 四歳の踵のいちばん薄い一段、その皮膚の下の重さが、板の敷石のいちばん手前の一粒の上でひと呼吸止まった。止まった先で、もう半寸内側の縁へ進みかけて——止まった。


 トビアス様の右手が、四歳の小さな掌のいちばん外側、その指の付け根のところを半寸引いていた。




 「……入れ。ここは暴れてもいい場所だけど、今朝はまだ、暴れなくていい」


 三十五文字。


 声のいちばん細い縁の層に、昨日ドロテア様へ向けた「……ここじゃ、投げなくていい」の半寸内側の温度が重ねられていた。八歳の声の下の層で、「守る側」のもう一筋の温度が半寸昇っていた。——よその家の弟への温度。


 四歳の赤毛のつむじが、トビアス様と同じ向きに半寸揺れた。右の耳の上のところだけ、寝癖の跳ねの形が半寸残っていた。——カタリナ様の手ぬぐいの下の指の腹で早朝二度押さえられて、半寸収まりきらなかった分。


 深い褐色の瞳のいちばん外側の縁に、学び舎の八つの椀の並びが、ひと呼吸測られた。


 「……はち、こ」


 四文字。


 音は小さく、けれども確かに、板の敷石のいちばん手前の一粒の半寸上に昇った。


 「……八個、だな。エーリク」


 十文字。


 「うち、の、三つ、ある」


 十文字。




 膝を同じ高さに折った。四歳の目の、ちょうど半寸下の位置。


 「……エーリク様、でございますね」


 「……さま、いらねえ、って、かあちゃんが」


 十七文字。


 カタリナ様の褐色の瞳のいちばん深い層が、戸口の板の縁の外で半寸湿った。


 「……ああ、そうですね。……エーリクさんと、呼ばせてくださいね」


 「……うん」


 短い二文字。けれどもその二文字のいちばん外側の縁に、ひと月前まで「やだ」を六度置いていた同じ喉の下の層の温度が——今朝、別の形で半寸ほどけていた。




 戸口の板の縁の外のところに、カタリナ様が立っていた。


 右手の鍬の柄の乾いた木の先は、今朝は手にされていなかった。代わりに左の手の親指の付け根の半月分の握りの形の厚さが、右の手の親指と人差し指の間をゆっくりひとつずつ揉んでいた。——鍬の柄のないその手が、今朝どこに置けばいいのかまだ決まりきらない形。


 「……連れてきた、よ」


 「……今日は、見せてもらう日だ。いちばん奥の板の壁の節の外側の縁のところで、立って見ている」


 「……ええ。——ありがとうございます。カタリナさん」


 「……礼は、いらねえ」




 エーリク様は、トビアス様の右手の親指と人差し指の間から半寸離れかけて——もう半寸戻された。戻された先で、兄の手の甲の薄い皮膚のところに、四歳の小さな頬のいちばん外側の一粒が半寸預けられた。


 トビアス様は——何も言われなかった。言わない代わりに、左手の指の第一関節が、四歳の小さな肩のところに半寸添えられた。——八歳の守る手の、二つ目の温度。


 ルーカス様の茶色の瞳のいちばん深い層が、ひと呼吸、その光景のところに留まった。




 エミリア様は——竃の端の、自分の椅子の半寸外のところに、静かに立たれた。


 「……エーリクさん。——これ、おつむのところに、あててみない?」


 二十六文字。


 藤色と栗色のリボンの羽の結びの先が、八歳の小さな指の第三関節の上で半寸揺れていた。


 エーリク様の褐色の瞳のいちばん外側の縁が、ひと呼吸、リボンの結びの先のところに置かれた。置かれた先で、小さな指が兄の手の甲から半寸離れた。


 リボンが、赤毛の寝癖の半寸の跳ねの右上に、そっと添えられた。——寝癖の半寸の跳ねは残ったまま。けれども藤色と栗色の羽の縁の色が、赤毛の上の午前の光の一筋のところで、半寸柔らかくひらいた。


 エーリク様の唇の縁の、まだ産毛も薄い層のところで、半寸——笑いの形が置かれた。




 マティアス様が、寝台の毛布の縁から半歩、節のところまで歩かれた。柘植つげの星型のスプーンを、胸の前から半寸ひらかれた。


 「……ぼく、エーリクと、おなじ、ところ、に、すわる」


 二十二文字。


 辺境に届いた日の「おほしさまにんじん、たべたい」の下の層の温度が、今朝は別の形で半寸重ねられていた。——辺境で初めての、「ぼくより、もっと、ちいさい子」。


 「……ほし、の、おさじ?」


 九文字。


 「……ほしの、おさじ、だよ」


 十文字。


 星型の五つの角のいちばん外の一つが、冬の終わりの光の一筋のところで半寸光った。光った先で、四歳の指のいちばん外側の一段の関節が——半寸持ち上がった。触れなかった。触れない代わりに、柘植の木の縁の蜜蝋の薄い艶のところに、四歳の目のいちばん深い層の光のひと粒が預けられた。




 カタリナ様は、板の壁の節の外側の縁のところに立たれていた。腕を組まれた。昨日と同じ形。——けれども組まれた腕の手の甲の小さな擦り傷の縁のところに、午前の薄い紅の層の光が、昨日より半寸深く落ちた。


 褐色の瞳のいちばん外側の縁が、八つの椀の並びの右から三つ目のところに、ひと呼吸測られた。——白墨のエーリク様の名前の真下の、空の椀。




 昼近く。


 エーリク様の名前の下の椀に、麦の粥がゆっくり注がれた。蜂蜜色の湯気のいちばん手前の一筋が半寸昇った。


 星型の人参の薄い輪切りの、いちばん形の整った一つを、竃の端の小さな皿の上に取り分けた。朱の薄い断面の五つの角が、今朝はいつもより半寸深く切られていた。——昨夜レオンが夜の台所の灯の下で、ひとつひとつ角の縁を深く切り直してくれた一本。


 ——「四歳の指のいちばん外側の一段の層で、星の形が掴める深さに」。




 膝を折った。四歳の目の半寸下の高さのところで、柘植の星型のスプーンをゆっくり持ち上げた。


 「……エーリクさん。——このおさじ、誰が作ったか、当ててごらん」


 二十六文字。


 「……しらない」


 マティアス様が半寸、胸を張られた。


 「……フィオナせんせいが、つくった、けど、——レオンせんせいも、手、そえた」


 三十二文字。


 ——昨夜レオンが朱の薄い輪切りの角を深く切り直した夜の半寸の温度を、五歳の、熱の引いた頬の内側の層がきちんと受け取っていた。


 エーリク様の小さな指のいちばん外側の一段の関節が、ゆっくり柘植の木の縁の、いちばん外側の星の角へ届いた。届いた先で、指の腹の薄い皮膚の下のところに、蜜蝋の艶の温度が半寸触れた。


 四歳の唇の縁のところで——もう半寸、笑いの形が置かれた。




 「……エーリクさん、は、人参、お好き?」


 十六文字。


 途端に、赤毛のつむじの右の耳の上の寝癖の半寸が、半寸動いた。


 「……ね、ねぎ、と、にんじん、——きらい」


 十五文字。


 「ね、ね」の半寸の繰り返しの下の層に、カタリナ様の朝の台所の、いちばん深い底の三年分の、いちばん外側の一筋の温度が、半寸沈んでいた。


 ——三年前の落石の冬から、この四歳の子がひと月に何度「ね、ね」のところで止まって、椀の縁から朱と緑の一筋を戻していたのか。


 カタリナ様の褐色の瞳のいちばん外側の縁が、半寸湿った。


 「……にんじん、は、おほしさま、の、かたち、だったんです、よ」


 二十七文字。


 「……おほしさま?」


 六文字。


 ふた呼吸置いて、四歳の指のいちばん外側の一段の関節を、柘植の星型のスプーンの五つの角のいちばん外の一つに添えていただいた。


 「……ひとつ、ふたつ、——みっつ」


 十一文字。


 四つ目と五つ目の手前で、半寸詰まった。


 「よっつ、と、いつつ、の、あいだ、は、おかあさん、が、教えてくださる分」


 三十四文字。


 カタリナ様の、板の壁の節の外側の縁のところで——組まれた腕のいちばん外側の一筋が、半寸解かれた。




 マティアス様が、柘植の星型のスプーンの五つの角のひとつを、エーリク様の小さな指のいちばん外側の一段の関節のところにそっと添えられた。


 「……いちばん、外の、この、つの、が、おいしい、ところ、だよ」


 二十七文字。


 ——辺境に届いた日から半月、自分だけの宝物だった「星型の人参」を、今朝もう一人の四歳の指のいちばん外側の一段のところへ分け渡した五歳の顔。


 「……このつの、から、食べて、ごらん」


 十五文字。


 朱の薄い輪切りの、いちばん外の一つの星の角のいちばん外の一筋を、ゆっくり柘植のスプーンの星型の角に乗せた。蜂蜜色の麦の粥の湯気のいちばん手前の縁の温度が半寸ひらいた。


 エーリク様の小さな唇の縁が半寸ひらいた。ひらいた先で、ひと月前までの「やだ」の六度の下の層の形は——今朝、置かれなかった。


 ひと呼吸、ふた呼吸。——三呼吸目のところで、ゆっくり四歳の口の内側の奥の層へ、朱のひと粒分の温度が運ばれた。




 学び舎の板の床のいちばん手前の節のところで、子供たちの拍の音が止まった。


 マティアス様は——柘植の星型のスプーンを、胸の前にそっと戻された。戻した先で、五歳の喉のいちばん深い底の層から、ひとつ深い、けれども短い息が昇った。——「おいしい」の遠い一粒を手渡せた子のほっとした息。




 エーリク様の口の内側の奥の層で、朱のひと粒分の温度がゆっくり回った。回った先で、四歳の喉の下の層から、小さな飲み込みの拍がひとつ落ちた。


 ひと呼吸の静けさ。


 そして——四歳の褐色の瞳のいちばん外側の縁が、半寸ひらいた。


 「……あまい」


 三文字。


 「……にんじん、あまい、の?」


 十一文字。


 マティアス様が半寸頷かれた。


 「……あまい、ところ、だけ、けずった、から」


 十八文字。


 「……つの、の、いちばん、そとの、いっすん、が、いちばん、あまい」


 二十九文字。




 板の壁の節の外側の縁のところで、——カタリナ様が動かれた。


 組まれた腕のいちばん外側の一筋が、半寸ではなく——ひと息分、解かれた。解かれた先で、両の掌が、学び舎のいちばん低い層の空気のところへまっすぐに下ろされた。


 両の掌は、膝の横のところで半寸持ち上げられて——もう半寸下りかけて——止まった。止まった先で、褐色の瞳のいちばん深い層から、声になる前の層のひと筋の温度が昇った。


 「……あの子が」


 四文字。


 「……自分から、食べた」


 八文字。


 合わせて、十二文字。


 声のいちばん細い縁の層に、三年前の落石の冬の朝の鍬の柄の握りの形の半月分の厚さの、いちばん深い底の層の温度が——半寸、上の方へほどけた。




 カタリナ様は——半歩、内側へ進まれた。板の床の薄い軋みのひと筋の上を、——今朝、初めて中まで歩かれた。


 進んだ先で、腰を半寸下げられた。褐色の瞳のいちばん外側の縁が、——エーリク様の目のちょうど半寸下のところに、静かに置かれた。


 「……エーリク。——にんじん、あまかったかい」


 十七文字。


 「……うん」


 二文字。


 「……もう一口、食べるかい」


 十文字。


 「……うん」


 二文字。


 同じ二文字。けれども二度目の「うん」の下の層に、ひと月前までの「やだ」の六度の形は、——もう残っていなかった。


 マティアス様が、柘植の星型のスプーンをもう一度、胸の前から半寸ひらかれた。朱の——別の一つの星の角の、いちばん外の一筋を、ゆっくり乗せ直された。エーリク様の小さな指のいちばん外側の一段の関節が——今度は自分から半寸ひらかれた。


 ふた粒目の朱の温度が、——もう半寸、ためらわれずに運ばれた。


 カタリナ様の唇の縁が半寸動いた。笑いの形ではなかった。——困惑の形でもなかった。——三年分、一人で抱えてきた畑と三人の子の重さのいちばん奥のひと粒が、朱のふた粒分の温度の半寸外のところで——静かに下ろされた形。




 夕刻。


 庇の下の、板の敷石のいちばん手前の一粒のところに、カタリナ様が立たれていた。


 右の手の親指と人差し指の間が、——昨日の鍬の柄の乾いた木の先の半月分の握りの形ではなかった。代わりに、エーリク様の小さな四歳の掌のいちばん外側の一段の指の付け根のところを、そっと握られていた。


 「……先生。——明日も、見に来る。あさっても、だ」


 「……納得の話じゃ、なくなった。——ただ、あの子の明日の朝の星型の人参のつのが、どの辺りで甘いのかが、あたしも見たいだけだ」


 声のいちばん細い縁の層で、三年分の「遊ばせてるだけ」の七文字の温度は、——もう一粒も残っていなかった。




 「……明日の朝は、フリーダさんを、お連れくださいますね」


 二十四文字。


 「……ああ。——ヨハンは、畑の手伝いの半寸隣のところで、合間に」


 「……それから、——まだ味方になったわけじゃ、ねえよ」


 二十三文字。


 「……ただ、見学は続ける。——これだけは、あたしの今日の、決めた分だ」


 三十一文字。


 「……ええ。——見ていてくださる、お一人分の椀を、もう一つ置いておきますわ」


 カタリナ様の唇の縁が、——今日初めて、半寸深く動いた。笑いの形が置かれた。




 ドロテア様が、エーリク様の小さな掌の半寸外のところへ歩かれた。触れなかった。触れない代わりに、四歳の灰緑の瞳のいちばん深い層が、もう一人の四歳の褐色の瞳のいちばん外側の縁のところにひと呼吸置かれた。


 口の内側の奥の層から、ひと筋、薄い薄い息の粒が昇った。音にはならなかった。ならない代わりに、息のいちばん外側の一粒の温度が——三拍子のひと拍目の形の遠い延長線の上のところに、半寸乗せられていた。


 エーリク様の褐色の瞳のいちばん深い層が、半寸ひらいた。


 「……おねえ、ちゃん?」


 八文字。


 ドロテア様は——半寸、首を振られた。首を振った先で、唇の縁の薄い産毛のところが、——十三度目の震えを半寸重ねた。音にはならなかった。けれども半寸、笑いの形が置かれた。


 初めての、笑いの形。




 レオンが、教卓の白墨の「息の形に拍が乗る」の八文字と「腕が、半寸、ひらく」の九文字の、さらに半寸下のところに、小さな字でもう一つ書き加えた。


 「あの子が、自分から、食べた」。


 十三文字。




 夜。


 子供たちが、板張りの小部屋のいちばん低い層のところで、三人ひとつに均された寝息を運んでいた。ルーカス様の右手の指の第三関節は、外套の左の胸のポケットの薄い布の縁のところに、昨夜よりもう半寸深く添えられていた。


 ポケットの下のところに、今夜もう一筋、温度が並んだ。——今日、もう一人の四歳の弟の小さな指のいちばん外側の一段が、自分から星型のスプーンの角に触れたのを隣で黙って見届けられた温度。


 ——守るだけではない。預けられた温度。




 学び舎の方。


 竃の朱い炎のいちばん奥の、赤い残り火の一粒のところで、薄い橙の層が保たれていた。


 竃の端の椅子のところで、膝の上の四冊目の観察記録ノートに、もう一行を静かに置いた。


 「エーリクさん。——星のつのの、いちばん外の一粒が、あまかった」。


 点は、打たなかった。


 すぐ下の行に、もう一行、並べた。


 「カタリナさん。——両の掌が、膝の皿に下りた」。


 点は、打たなかった。




 戸口の板の縁の外のところで、——レオンの深い緑の瞳の半寸の温度が届いていた。


 「……フィオナさん」


 六文字。


 「……レオン」


 三文字。


 竃の端の椅子から半歩、戸口の方へ立った。


 教卓の手前のところで、今夜、レオンはまだ帰らずに立っていた。襟の端の白墨の粉の横三本の筋が、今夜は四本に増えて、半寸並んで残っていた。


 「……明日の、椀は、もう一つ、増えます」


 十六文字。


 「……カタリナさんの、『見学』の、二文字の、半寸隣のところに」


 レオンの深い緑の瞳のいちばん深い層が、私の翡翠色の瞳のいちばん深い層のところに、まっすぐに置かれた。




 教卓の白墨の字の半寸下のところを、レオンの右手の指の第三関節の内側の腹で、半寸触れた。


 「あの子が、自分から、食べた」の、十三文字。


 「……君が、いると」


 六文字。


 レオンの声のいちばん細い縁の層が、半寸詰まった。詰まった先で、いつもの快活さが半寸降ろされていた。


 「……子供たちの、目が、変わる」


 十二文字。


 「……俺は四年前の冬、ヨナの土間の隅の半束の薪のところから、半寸も動けずにいた」


 「……今日、エーリクの指のいちばん外側の一段が、星の角へ自分から届いた」


 「……動かなかった俺のいちばん奥の半寸が、——君が来てから動き始めた」


 堪えきれなかった半寸分のところで、深い緑の瞳のいちばん外側の縁が、半寸湿った。




 ——膝を折らなかった。今夜は、大人の目のちょうど合う位置のところで、深い緑の瞳のいちばん深い層に翡翠色の瞳のいちばん深い層を静かに置いた。


 「……レオン」


 三文字。


 「……あなたが、いるから、私は、ここに、いられる」


 二十一文字。


 声にはした。けれども声のいちばん細い縁の層で、半寸、震えは——残した。


 ——五年間、「子供たちの、ために」の九文字の下の層のところに、自分の名前のついていなかった一粒の温度をしまっていた。今夜、その一粒の残りの半寸が、初めて「自分のために、ここに、いる」の言葉の形のところへ置かれた。


 ——「いられる」の四文字の下の層のところに、「いたい」の三文字の遠い一筋が、薄く昇っていた。




 レオンは——半歩、前に出なかった。出ない代わりに、白墨の「あの子が、自分から、食べた」の十三文字の半寸外の縁のところに、右手の指の第三関節の内側の腹で、もう半寸深く触れた。


 「……明日から朝の粥を、——俺にも二椀分、炊かせてくれ」


 「……君の負担を半寸下ろすためじゃ、ない。——俺のいちばん奥の半寸を、もう動かしておきたいだけだ」


 ——届かなかった距離。届いた距離。二つの半寸の間のところで、レオンの右手の指の第三関節の迷いの癖の半寸の寄りは、——今夜、置かれなかった。


 「……ええ」


 短く答えた。答えた先で、翡翠色の瞳のいちばん深い層が、半寸湿った。




 戸口の板の縁の外のところで、——遠くの坂の下のカタリナ様の家の方角に、夜の薄い霧のいちばん外側の一筋が、ゆっくり上がっていた。


 遠くの街道の方角。王都から三日の、冬の終わりの風のいちばん低い一筋が、半寸届いた。その風のいちばん外側の縁のところに、——別の馬の四つの蹄の音の遠い遠い一粒の気配が、半寸混じっていた。


 けれども、まだ音にはならなかった。




 竃の端の椅子に戻った。四冊目のノートの、今日の二行の下のところに、もう一行を短く置いた。


 「レオン。——いちばん奥の半寸が、動き始めた」。


 点は、打たなかった。


 竃の赤い残り火のいちばん奥の一粒のところで、薄い橙の層の半寸横のところに——明日の朝のフリーダ様の六歳の初めての椀の湯気の、薄い予感がもうひと粒、預けられていた。


 その半寸隣のところに——三日の街道の四つの蹄の遠い遠い気配の、まだ音にならない一粒が、静かに待たれていた。


 ——水と油の、次の、次の半寸。

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