9.従魔のスライム
家まで戻った僕は、庭のいつもの場所にいるスライムに近づき、前にグリールさんがやっていたように丸バツを地面に書いた。
「スライムさん、今から南門を出てタケシイの採集に行きたいのだけど、一緒に行ってもらえないかな?」
スライムに対し、どんな言葉使いがいいのか分からないので、とりあえず丁寧に説明する事にした。
今日はこちらを見ていたらしく、クルンと回る事なく丸の描かれた地面に移動した。
「ありがとう。あと、『スライムさん』て、どのスライムも同じだから『スー』って名前付けちゃダメかな?」
するとスライムは一度丸の描かれた地面から移動し、改めて丸の描かれた地面に戻ってきた。
連続で回答する場合は、ちゃんと一度離れるんだ、なるほど。と感心した。もしかしたら、グリールさんと決めたルールなのかもしれない。
「ありがとう。じゃあ、スー。これからよろしくお願いします。」
タケシイの採集に出かける前にギルドでもらった冊子を開き、タケシイについての情報を確認する。
・タケシイの木になる。
・タケシイは茶色いキノコ
・ジメジメとした場所に育つ
以上
なんと簡単な説明、これにイラストがついてるけど、キノコだよねー。って感じのイラストで、特徴が全く分からなかった。
この説明とイラストで依頼を受注する冒険者はすごいと思った。もしかしたら、子どもの頃から慣れ親しんだキノコなのかも。
仕方ないのでキノコを見つけたら片っ端から鑑定魔法をかける方向で頑張っていこう。
「スー、お待たせ。じゃあ、タケシイの採集に行こう。って、しまった。南門の場所が分からないや。またギルドに戻って地図を買って行かないと。」
いつもグリールさんと移動していたので地図を買うのをすっかり忘れていた。
「ごめんね。段取り悪くて…」とスーに話しかけると、何故かスーが何かの魔法を発動させた。
僕が庭から道に出ようとしたら、目の前に半透明の左矢印が見えた。半透明の矢印は他の人には見えていないのか、道行人が矢印に突き刺さっていく。
「何の矢印だろう?」と、矢印に手を伸ばし触れないか確認してみるが、周りの人たちから何をしているんだ?と言う冷たい視線が突き刺さる。よく見るとスーからも同じような視線が…いや、目がないから分からないけどそんな感じがした。
スーはそんな僕を置いて矢印が示している左側に跳ねていく。
「スー待って。ギルドで地図を買わないと迷子になっちゃう。」
スーはクルンと振り向いて僕の方を見つめ、再びクルンと向き直りついて来いと言わんばかりに先へ跳ねて行ってしまった。
従魔を一人で歩かせてはいけない。と言うグリールさんの話を思い出し、僕は慌ててスーを追いかけた。
その後も半透明の矢印は点々と続いた。特にわかれ道では必ず見かけた。
そんな矢印の続く道をスーは一定のリズムで、ポヨンポヨンと跳ねていく。それを眺めながら僕は後で触らせて貰おうと思った。
しばらく半透明の矢印とスーについて、はじめての道を歩く事30分、街を囲んでいる塀が迫り、開いた鉄の門扉が見えてきた。
「ここは南門です。王都に向かわれる方は西門の方へお願いします。」
鉄の鎧をした、門番が歩いている人に向かって注意を促している。
半透明の矢印は気づいたらいつの間にか消えていた。ここでようやくスーがかけてくれた魔法だったのかもしれないと思い至った。
門番の横を歩いて通り過ぎようとしたら、門番に止められた。
「恐れ入りますが、ギルドカードを見せてもらえますか?」
門を出入りする時に確認するのか、と、カバンの中からギルドカードを取り出し、門番に見せる。
「ありがとうございます。街から出るのは初めてですか?」
「はい、そうです。それが何か?」
特に隠す必要がないので、普通に答える。
「では、門の出入りについて説明しておきますね。通常、門を出る際は特に制限はありません。魔物の侵攻などで制限をかける事があるくらいです。逆に門に入る場合、人族だと大銅貨1枚の通行料が必要になります。従魔も小型だと銅貨1枚の通行料が必要になります。門を入る時に門番に渡してください。これは南門だけですが、日が落ちると門を閉めてしまいますので、戻られる場合はご注意下さい。西門、東門も門自体は日が落ちると閉めてしまいますが、通用口がありますのでそちらで通行料を払えば入る事ができます。では気をつけて行ってきてください。」
門番さんはにこやかに説明をしてくれた。
「あれ?では何で僕はギルドカードの提出を求められたのでしょうか?」
門から出るのに制限が無いはず。
「出る時には、普通ギルドカードの提出は求めませんよ。南門はほとんどが冒険者です。ギルドカードの提出を求めるのは、指名手配されている人物くらいなので、後ろ暗い人物で無ければ訝しみながらも提出しますね。私が貴方を見た記憶が無かったので、新人冒険者かな?と思い、提出の態度を観察していました。申し訳ない。」
普通に親切な門番さんだったらしい。
「いえいえ、こちらこそありがとうございます。おかげで街に入り損ねずにすみます。では、行ってきます。」
門から外に出ると、スーが待っていた。先に出てしまって見つからなかったらどうしようかと思っていたので助かった。
「スー。待っててくれてありがとう。」
ポヨンと一度跳ねて返事をしてくれた。本当に賢いスライムだ、もしかして魔法でスライムに変えられた王子様とか?
「まずはタケシイの木?を探すかな?それともキノコを探して鑑定しようか。僕はどちらも見た事が無いから見た目じゃ判断出来ないんだよね。スーどうしよう。とりあえず、こんなに近くじゃ取り尽くされてるだろうから迷わない程度に森に入ってみよう。」
丸バツじゃあ答えられないから、聞いても返事のしようがないよなぁ。と思いつつも話しかけてしまう。
5分ほど奥に入ったところで木の根元に生えている茶色いキノコを見つけたので、鑑定魔法を使ってみる。
・茶茸 よくあるキノコ 毒性はない
「違うかぁ。僕のイメージだとキノコってだいたい茶色いんだけど、本当に見つかるのだろうか…」
せっかくなので、キノコを採ってカバンに入れた。
スーは何してるんだろうか?と、あたりを見渡すと3メートルほど先におり、そのそばに茶色いキノコが生えている。
キノコもスライムの食べ物かなぁ。そういえば、従魔契約してエサをあげた記憶がない…戻ったらスライムについて調べないと。
「スー?ごはん食べてるの?」
スーに声をかけて近づくと、クルンと回り僕を見上げている。なんか、呆れられてるような雰囲気がある。
スーは、キノコの方に向き直ると再びこちら側に向いた。どうもこのキノコを採れと言っているようだ。キノコを採り鑑定魔法を使う。
・タケシイ 薬用キノコ 魔法薬などに使われる
「あれ?これタケシイだ。スー、タケシイを知っていたの?すごいね、見つけてくれてありがとう。」
スーから当然!といった気配を感じた。
「こんなキノコなんだね。つまりこの木がタケシイの木、探しやすくなったよ。さて、他の木は近くにあるかな?」
僕がキョロキョロと周りの木を気にし始めると、またしてもスーが魔法を発動させる。
すると、周りの木の根元に青色の矢印が現れた。
「ん?なんかまた矢印が見えるんだけど、スーなんかした?」
僕が問いかけると、スーは体を器用に斜めに傾むかせ、いるんでしょ?と言っているように見えた。
「本当に賢いスライムだよね。グリールさんも言っていたけど、僕もスーと話が出来たらなあ。と思うよ。戻ったら念話とか話が出来る魔法を探してみようかな。」
せっかくスーが魔法を使ってくれたので、一応鑑定魔法を使いながらタケシイを採集していく。30本ほど採ったが、結構広範囲に矢印があるため採っても採っても矢印が減らない。その上、大きなタケシイも2本採れた。
・おばけタケシイ 薬用キノコ タケシイが長期間枯れずに育ったもの 魔法薬などに使われる
今回の依頼とは関係なさそうだけど、ギルドで聞いてみようとこれもカバンに収める。
採集を始めて1時間、矢印がずいぶん減った。そして長時間の慣れない姿勢で身体がとても痛い。日が傾いてきたのでそろそろ戻ろうかと思って辺りを見回すと、スーが戻ってきた。
「そろそろ戻ろうか。タケシイもたくさん採れたし、もうすぐ門が閉まっちゃう。」
するとスーがまた、魔法を使った。すると家から出た時に見た半透明の矢印が点々と浮かび上がった。
スーは僕を一度見上げると、ポヨンポヨンと森の中を移動し始めた。なんとなく、これで迷子にならないよね。って言われた気がした…
無事、南門まで到着した僕たちは、出る時に声をかけてくれた門番さんに、一人と一匹分の通行料を払い、街に入った。
街に入った後も半透明の矢印は続いていた。きっと家まで続いているのだろう。スーのおかげで地図要らずだな。スーが話せたら教えてもらいたい魔法だ。
家に帰ると、グリールさんはすでに帰宅していた。
「ユウキさんおかえりなさい。依頼はうまくいきましたか?」
「はい、タケシイの採集依頼を受けました。スーについてきてもらって、南門から出たところでたくさん採集してきましたよ。そういえば、依頼を選ぶ時に困っていたらドランさんと言う冒険者の方に助けてもらいました。グリールさんのパーティメンバーだったそうですね。僕は話しかけられた時、思わず後退りしました…」
「ドランですか。それは災難でしたね。いいやつなのですが、大きな体格で顔つきが悪いですからね」
それは仕方ないと笑うグリールさん。
「そういえば、スーというのは誰ですか?パーティを組んだわけではないですよね?」
「スーは従魔契約したスライムですよ。名前をつけさせてもらったのです。名前がないと呼びかけるのに不便じゃないですか。」
「従魔に名前ですか。珍しい事を考えますね。」
グリールさんは本気で珍しいと思っているみたいだ。
「名前をつけてはいけないのですか?」
「いけないことはありませんよ。従魔契約はその名の通り契約ですから必要なくなれば解除しますし、危機的状況やあまりに悪辣な環境の場合、従魔の方から強制解除される場合もあります。人は情を覚えるかもしれませんが、魔物の方はそのような感情を持たないとされています。」
「そうなんですか。それだと、スーは普通の魔物とは違うのかもしれませんね。今日の依頼で南門から出る必要があったのですが、地図を買い忘れてたどり着けないと、スーにグチをこぼしたんです。そうすると、南門までの道のりに案内の矢印を表示する魔法を使ってくれたみたいなんです。森の中では、僕が見つけたキノコを片っ端から鑑定魔法をかけようとしていたら、タケシイの在処に矢印を表示する魔法を使ってくれて。本当にすごいスライムですね。」
その話を聞いたグリールさんは驚いたのか口を開けたまま固まってしまっていた。
「あれ?グリールさんも知っていたからこっそり住まわせようと思っていたのではないんですか?」