第16話
廊下を歩いていた飯島は途中、立ち止まり、壁を左手で強く叩いた。
「俺が生き残って、全部終わらせれば……」
飯島は怒りに飲まれる。
酷く理不尽な現実に、彼は怒り狂う。
「ーー誰も、誰も、誰も……!」
死ぬことがなく終わって、平和な世界は拓ける。
「君には出来ないよ」
「…………」
飯島はその声に何も発さずに振り返った。ただ、あるのは醜く歪んだ顔。湧き上がる怒りは抑えられなくて、言葉を吐き出すことですら、その怒りが滲み出そうになる。
「悪いけど、君にはそれが出来るほどの力はない」
九郎の浮かべる無表情に、一瞬だけ飯島は冷静さを取り戻しながらも、怒りを再度覚える。忘れてはならない、この怒りを。まるでそう言い聞かせるかのように。
九郎は見下していると、そう錯覚するほどに冷淡に言い放つ。
受け入れられないのか。いや、飯島自身でも分かっている。けれど、自分でわかっていたとしても、人にその事実を突きつけられるのは嫌悪するものだ。
「君が生き残ることができたとしても、全てを終わらせることなんて不可能だ」
「なら、他のやつに出来るのかよ……!」
「まさか、出来ないだろうね」
即答。
それもそのはず。九郎には分かっている。
「……俺が……、俺が終わらせる」
「どうやって?」
「俺が松野の分も、山本の分も……」
「無理だな」
にべもなく言い切った九郎に、飯島は叫ぶ。
「分からねえだろ!」
「ーー分かるよ。君はそんな器じゃない。誰かの分も戦えるなんて言う強い人間じゃない」
冷静に、一つ息を吐いて九郎は諭すように話を続ける。
「そもそも人は、誰かの分なんて分かりやすく背負うことなんてできないんだよ」
「ふざけやがって……!」
怒りが込み上げて、九郎に詰め寄る。
「お前はそうやって決めつけて、逃げてるだけだ!」
九郎の肩を掴もうとして、それをヒラリと受け流される。そして、一瞬にして飯島はその体を廊下に横にしていた。
「ほら、僕にすら負ける君にはこの世界で誰かの分なんて戦えないんだから」
飯島は振り解き、起き上がろうとするが、ピクリとも体が動かない。そして、また九郎の囁くような声が聞こえた。
「ーー諦めてよ。君程度の器じゃ、そんな余計なこと考えると早死にするよ」
「なら、どうしろって言うんだよ!」
「ーー余計なことを考えるな。生きることを突き詰めろ」
「俺は……俺は、他のやつにも死んで欲しくないんだよ……」
「いつだって、世界はままならないさ。それは僕だってよく知っている」
「…………」
「僕も、君もーー」
特別なんかじゃないんだよ。
最後に九郎はそう言い捨てて、サッと組み伏せていた飯島を解放してその場を去っていく。
無力を痛感して、飯島はしばらくその場から動くことができずにいた。




