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フォルテの決意

「いいですね、フォルテ。よいというまでこの部屋で反省していなさい。」


「はい、母上様。」


自分の身長の何倍ものある扉が寂しげな音を立てて閉まる。


そんな扉が閉まり切り、足音が遠ざかっていくのをしっかりと聞いた私は大きなため息をついた。


(……また、やってしまった。)


私は指を唇に当て、まだ残る柔らかなヴィオラ嬢の唇の感覚にひたる。


私は何かに熱を出すと周りが見えなくなる。


父にその性格をずっととがめられ続け、人前での失態を恐れていつも肝心なところでは弟に影武者を頼んでいた。


私はひどく心が弱い。


人前ではこんな性格もあってか、一見そうは見えないかもしれないけれど内心はいつも怯えている。


何かおかしな行動をとっていないだろうか。


嫌われるようなことはしていないだろうか。


何かに熱をだすとまるで自分が自分でなくなり、人が変わったように積極的になって暴走する。


今日、ヴィオラ嬢の唇を勝手に奪ってしまったように。


そんな大胆なことをできるのに臆病だなんてと思うかもしれない。


でも、臆病なことは本当で、人の良い弟に影武者を頼んで置いてなお、第一王子の印象を悪くしないかと不安でたまらなく、いつも影武者をしてくれている弟を近くで見守っていた。


……趣味、というと違うとも、そうとも言える人間観察をその間、いつもしていた。


大体の人が私の前でだけは違う顔をする。


作られた嘘の笑みを浮かべて、心にないことを口にして、ひとたび私から距離を置けば態度を変えて私の存在を快く思っていないと口にする者もいた。


幼くして知ってしまった大人の世界。


それが怖くて、怖くて。


だけど目をそらすことは許されなくて、いっそう許されないのなら強くなりたいと何度も思っていた。


そんな中、私は出会ってしまった。


どんな時も自分の想いに素直に行動する、彼女に。


王子である僕に挨拶をしなければいけない。


それは彼女がどうしても避けられない事だったのだろう。


礼儀だといわんばかりに彼女は弟に近づいた。


……驚いた。


その時の彼女の笑顔がずっと見続けてきた私に関わる人たちと違うものだったから。


堂々とした曇りのない、それでいて温度を感じる笑顔。


人一倍臆病で、人の感情に敏感な私はその笑顔が作り笑いではない事をすぐさま理解した。


この子は違う。


まっすぐな瞳で、何の欲もなく、ただの「挨拶」を純粋にしてくれているのだと。


でも、それは本当に挨拶だけで、彼女はすぐさま弟の傍から離れようとした。


その瞬間、僕は叫んでしまった。


「まって!」と。


僕の言葉を聞いた弟が彼女を呼び止めた。


呼び止めてみたものの戸惑う弟に僕は言葉を伝えた。


「今日はいい天気ですね。」とか、「とても素敵なドレスですね。お似合いです。」とかいろいろ言ってみてはもらうけど、彼女の心は違うところへと向いていた。


引き止めたいと思う僕とは裏腹に彼女はすぐにその場を立ち去りたそうにしていた。


そんな彼女の視線の先。


そこにいたのは笑みを浮かべているけれど冷たい温度のない冷え切った笑みを浮かべているヴィオラ嬢の兄、メロディン殿だった。


……不思議だった。


王子を目の前にしているというのに目の前にいる王子よりも自身の兄を気にするヴィオラ嬢。


そしてさらに普通であれば少しでも取り入ろうとする王子という存在を前にまさかの自身の思いを優先して早くその場から立ち去ろうとする行為。


……信じられなかった。


そんな彼女を私は弟を見守る事すら忘れて目で追い続けた。


彼女は私と離れた後も弟と接していたままの姿だった。


堂々としていて、自身に満ち溢れていて、大人たちの中でも見劣りしないくらいの度胸が感じられた。


そんな彼女に私はずっと、見惚れていた。


「なんて私の理想なんだろう」と。


彼女はまさになりたい自分そのものだった。


自分がこんな王になりたいと描いていた姿そのものだったのだ。


……思えばその時からすでに私は熱を持ち出していたのだろう。


彼女に会いたい。


会って、自分で話がしたい。


あの、理想的な存在をもっと目の前で見ていたい。


その姿からいろいろ学びたい。


そんな思いが胸の中であふれだしていた。


人と話すことが苦手で、人前に出たくないはずの私は彼女の事を考えている間はいなくなっていた。


だけど、それでも私はそのはやる思いをこらえた。


もし会って嫌われてしまっては、それこそ立ち直れないと思ったからだ。


そもそもあったのは私ではなく私の影武者をしていた弟。


いくら私に興味を示していなかった彼女でもすぐに会いに行けば別人だったことが一瞬でばれ、印象を悪くするかもしれないと思った。


そうならないために会いに行くのは顔がおぼろげになるくらい日を開けてからにしようと私は思った。


そう決めてから数か月、私は自分を磨いた。


少しでも彼女に見劣りしないように彼女のような堂々とした人になりたい。


そう思い続けて努力をしていたらたまたまアルトバーン公爵と直接対面する期会ができた。


私は「今だ。」と今回のお屋敷への訪問をお願いした。もちろん、目的も伝えた上で。


そして、久々にあった彼女は何処か少し変わっていた。


凛々しさはあるけれど少し、堂々とした感じがなくなっていたというか、丸くなっていたというか……。


その代わりに彼女には何とも言えない大人の女性に近しい落ち着きを感じた。


突然大人になったかのようにすら思えた。


まだ幼い子供であるはずなの大人っぽいドレスを着こなす彼女にどこか色気のようなものすら感じたくらいに。


そんな彼女は最初に私の胸を高ぶらせた後、私をがっかりさせた。


(……何度つくり笑顔をされたんでしょうね、今日。)


パーティーで弟に見せていた濁りのないまっすぐな笑みは終始、濁っていた。


でも、それは取り入ろうとして作ろう笑顔ではなく、困っている笑顔だとはなんとなくわかった。


それでも、やはり彼女も私を「王子」と意識し、私をただの「フォルテッシモ」と思い接してはくれないのだとがっかりした。


そこからというもの、思っていた人と違ったという残念感から彼女への熱は冷め、嫌われることに怯えだした私の思考はどんどんネガティブなものへとなっていっき、私は悪印象を持たれないように怯える気持ちを隠して紳士的な態度を振舞った。


そんな中彼女と向かい合わせに座り、始めたティータイムはすこし憂鬱なものだった。


彼女は終始何かを気にするかのようでそわそわしていた。


その場には求めていた堂々とした姿は何処にもなかった。


見たかった彼女はいない。


そうなればそのティータイムも無価値なものだとおもった。


とはいえ、個人的に話がしたいといった建前、親睦は深めなければそれはそれでおかしいと思った私は愛称での呼び方を進めてみた。


そうすると彼女はそれを断ることなく私を「フォルテ」と呼んでくれた。


その時、私の熱はひそかに戻った。


「王子」を愛称で呼ぶ。


それはいろんなことを考え、拒む人は多い。


正直なところ、家族以外の誰も愛称で呼ぶことを許しても愛称では呼んでくれていなかった。


きっと、それだけ躊躇われることなんだろう。


だけど彼女は躊躇わず私を「フォルテ」と愛称で呼んだ。


それが、それだけの事が私を「特別な存在」から「ただのフォルテ」にしてくれた。


王子ではない私に興味を示してくれたようで、それだけの事が私にとってはひどく嬉しかった。


そして、愛称で呼ばれたことですこしだけ戻った熱は僕を上機嫌にさせた。


……彼女の口から彼女の兄上であられるメロディン殿の話を聞くまでは。


彼の話が出た瞬間、私の胸の中は中で黒い何かがうごめいているような感覚になり、気持ち悪くなってしまった。


気づけば私は意地の悪いことを彼女に言ってしまっていた。


急ぎ謝罪を口にする彼女はまた私を「王子」と意識していて、また若干熱が冷めた。


熱が冷めて少し冷静さの戻った私は彼女を見て嫌味な発言をしている自分に気づき、何とか嫌われないようにと焦って言葉を紡いだ。


その行動が彼女にあの日抱いた感想を打ち明ける事となってしまった。


自分が知らなかった感情まで。


(……私は彼女に見向きもされなかったことを寂しいと思っていたんですね。…………もしかして私は彼女に「一目惚れ」というものをしていたのでしょうか……。)


一目惚れをしてしまっていたからこそ相手にされないことが寂しかったのかもしれない。


そんな事を考えてしまう。


そしてそんなことを考えると何となくあの時の気持ちに納得できた。


そうだ、私は彼女に「一目惚れ」していたのだ、と。


「寂しかった。」そう告げた私の口はなぜか止まらなくなった。


本当にどこまで言っても「王子」というか、私という存在に興味を持ってくれないヴィオラ嬢に胸が痛くなるような思いを抱いていた。


どれだけ自分を磨いても結局、心根は権力などに興味のない彼女には興味を抱いてもらえない。


そんな事を思ってしまっていた。


そう思いだした私のネガティブ思考は止まらなくなっていった。


気づいたら私は彼女を騙していたかのような気持ちになり影武者の存在をばらし、どうして気づいてくれないんだという勝手な感情を彼女に押し付けるように話してしまっていた。


気づいてくれない彼女が悪いはずがない。


そう分かっていても口は止まらなかった。


やがて私は自分の言葉に自分で傷ついて、どんどんどんどん弱気になって、気づけばかっこ悪いほどに弱気な私の姿を彼女の前にさらしていた。


こんな自分が嫌だと思うのに言葉が止まらない私はもう、消えてなくなりたい気持ちにすらなっていた。


そんな事を思っていた私の沈んでいく気持ちを止めたのは力強い彼女の「違う」という言葉だった。


私のネガティブな言葉を否定した彼女はそこからは変な遠慮などをせず力強い言葉を私にかけてくれた。


言葉遣いも堅苦しいものではなく、まるで私が「王子」であることを忘れ、さも友人と話すかのような口調で私に思いを伝えてくれた。


堂々とした、強い瞳をして、胸に響く力強い声で。


冷めていっていたはずの熱は突如燃え上がり、私の胸を熱く焦がした。


私が会いたかったヴィオラ嬢は私の目の前にいた。


やはりこの人の傍にいたい。


この人を、手に入れたい。


そんな思いが私を暴走させ、気づいたら求婚、そして勝手に口づけとかなりの暴走を見せ、父上様にお叱りを受けてしまい今に至る。


お叱りを受けて少し下がった熱が冷静さを呼び戻し、自分の無体を思い出させて罪悪感が私の胸を締め付ける。


(ヴィオラ嬢、私の事を嫌いになってしまっただろうか……。)


強引で無体な男は嫌われると侍女が話しているのを聞いたことがある。


彼女に好かれたいはずなのに一番してはいけない事を私はしてしまったのだ。


(それに今思えば権力に興味のない彼女に「王子からの求婚を断るはずがない」という考えで求婚した上、それが断られた時の言葉が「変」って最低だ……!変なのは私の方だというのに!!)


そういう彼女だからこそいいと思っていたはずなのに結局私は最後、権力というものを使い、彼女を婚約者にしようとした。


それも子供で決めていいような話でもない「婚約」という重大なことを暴走して勝手に決めようとした。


そんな私こそ変といわれることはあれ、彼女を変という事はそれこそ変だった。


(はぁ……本当に今日は失態しかしなかった……。)


今私が入っている部屋はお仕置き部屋だ。


お仕置き部屋は真っ暗で怖い。


普段なら絶対入りたくないのだけど、今日はこのまま闇に消えてしまいたい気分だった。


むしろ、ここにいたいとすら思ってしまう。


(……「嫌」。遠回しではなく素直に言われたその言葉に、彼女の本心が見えた気がしたな……。)


父上様にお叱りを受けるまで熱を持ち続けていた私は今になって先ほどまで自分が考えていたことに後悔を抱く。


私は城に戻ってくるまでは彼女の言葉を受けてまず婚約したいと父上様に頼み、親同士で話を進めてもらい、婚約が正式に決まったという事ならば問題ないだろうと、自分の想いしか優先しない事を考えていた。


「婚約の話を私たちでするものではない」というのはそういう事だろうと勝手に解釈をして。


私は暴走し、彼女の見せた「嫌」という飾らない本心の言葉を見事に無視していたのだった。


(本当に私は最低だ。こんな私なんか彼女には釣り合わない。そう、わかっている。わかっているはずなのに、なのにどうして何が何でも彼女を手に入れたいだなんて思ってしまうだろうか。)


だけどここでまたこの思いを暴走させ、彼女の気持ちも考えず、彼女に好いてもらえない私のまま婚約したところできっと彼女は私個人には興味を示してくれないだろう。


……彼女に好かれたい。


(……そのためにはまず、今日の事を謝罪しないと。)


今日の事、許してはくれないかもしれない。


だけど今日彼女と接して私はますます彼女に惹かれてしまった。


(ヴィオラ嬢に何としても好かれたい。彼女に見合う堂々とした立派な男になりたい。)


彼女に思いを寄せてもらえる男。


そんな男になれるのならばどんな努力でもしよう。


(少しでも私に興味を持ってもらえるように、意識してもらえるように!)


将来的に彼女に寄り添ってもらう事で立派な王になろうとしていた私の心が変わっていく。


立派な王になるために私の望む王の姿を持っていたヴィオラ嬢に傍にいてほしいと願っていたまだ「一目惚れ」の事実に気づいていなかった時の私とはもう違う。


立派な王になるために理想の存在である彼女の傍にいたいんじゃない。


(私は……私は……一人の男として彼女に好かれたい。その為にも、彼女に見合う男になりたい!)


単純に好きだから傍にいたいという思いに気づいた私は彼女という存在がいなくとも彼女に見合う男になるべく、立派な王の器になろうとお仕置き部屋の暗闇の中で強く決意した。

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