102話 湖畔
解体した『ヘルバ』の骨を鍋に投入。これで出汁を取る。そしてさらにここにもう一つファンタジー要素たっぷりの食材を加える。
見た目は、タマネギに青ネギを4本突き刺した出来の悪いロボットのよう。名前は『グアニン』。突き刺された4本の青ネギは手足のように動くらしい。動物なのか植物なのかはっきりしない。
しかも、こんなわけのわからない奴のくせに魔物ではないらしい。まぁ、目が赤くないし…、目がどこにあるんだって話なのだけど。
でも、体にいいらしいので使おう。まな板 (ちゃんとしたやつ)の上に置いてみると、「降参!」と言って倒れている人のように見えないこともない。無条件降伏の体勢だ。
だが刻む。容赦なく刻む。刻まないと食べられないからしょうがない。
よく考えれば、そもそも「姿勢が云々でかわいそう」って言うような優しい心を持っているのは今寝てるレイコしかいない。
四季はかわいいと言うことはあっても、必要な時は俺みたいにバッサリいく。アイリとカレンはそんなの気にせずに刻む。ガロウは…どうなんだろ? レイコに「ほら!」と言われたら躊躇しそうだけど…、どのみち切るだろうな。
「ねー。何で泣いてるの?二人ともー?故郷が恋しいの?」
「そうなんです…。って、違いますよ。目に染みるだけです!」
目が痛い…、この辺りはまんまネギだな…! というか…、
「四季もノリツッコミするんだね」
「しますよ?機会がないだけで。まぁ、故郷が懐かしいのは本当ですけどね…」
ネギのせいで涙目になって空を見上げる四季。ずいぶん暗くなってきたが、まだ辛うじて西日は差しているため明るい。空がずいぶんと近く、今なら向こうに帰れるんじゃないかという感覚がする。
「…また急だね」
「心の奥では思ってるけど、外に出てきにくいからね」
色々考えているし。特に、今いる家族の事とか。
「今回は、たまたまこの食材の名前が懐かしかったからでしょうか?」
「食材ー?」
「…『グアニン』の事?」
「そうそう。DNAの塩基の一種だったかな?中学の理科以来だから微妙だけど」
「RNAではありませんでしたか?」
「あれ?どっちだったっけ…?」
助けて西光寺! 生物分野っぽいけど、化学でもあったはず!
「どっちでもいいだろ…」
「…うん、どっちでもいいんじゃない?」
「両方合ってるんじゃないー?」
どっちでもよくはない…。でも、もやっとするけど、覚えていない以上どうしようもないか。
「ま、そう言うわけで少し懐かしかったんだよ」
とりあえず、締めくくっとこう。
さて、刻み終えた『グアニン』を『ヘルバ』の肉 (内臓含む)とともに出汁を取った鍋に放り込む。塩を適量加えて…、『グアニン』に火が通るまで待機。
『ヘルバ』は鶏みたいな見た目してるくせに何と生で食えるらしい。体にいい成分が寄生虫やらウイルスやら細菌やらを寄せ付けないのだと思う。たぶん。
試しに一切れ食べてみると、餅並みに噛み切りにくかったが、噛めば噛むほど中から味が出てきて美味しかった。けど、料理じゃない。
さて、ある程度火が通れば血を投入。これで味が纏まるはず。見た目は真っ赤だけど…、まぁトマトピューレ放り込んだと考えたらそんなにグロくない……はず。血もサラサラだし。
最後に麺…、パスタを投入。うどんやそうめんの方がいいだろうけど、残念なことにない。小麦の種類が違うのだろう。しばらくゆでれば、
「「完成!」」
二人で声を揃えて無意味に鍋を持ち上げると、まばらに拍手が起きる。アイリに呆れられているけど、やりたくなったのでやった。諦めて。
「まもなく到着だ。着地に備えよ」
「了解です。一緒に食べましょう」
「ああ」
リンヴィ様が返答とともに高度を下げる。俺らも料理した器具を片付けないと。
片づけしている最中に速度はどんどん落ちる。そして完全に空中に滞空すると羽を羽ばたかせて着地。超ソフトランディング。飛行機にも見習ってほしい…あ、でも、飛行機だと失速しちゃうから見習おうにも物理的に無理だ。
「馬車を動かしますね」
「頼む」
動かさないといつまでたってもリンヴィ様がこのままでいないといけないからね。
「レイコちゃんはどうですか?」
「まだ寝てる。ぐっすりだ。揺れても起きないんじゃねぇか?」
御者台の上で耳を澄ませてみると、規則正しい寝息が聞こえる。ガロウの言う通り寝ているね。
「そっか。少しはマシになったのかな?」
「なったんじゃない?顔色見てみろよ」
確かにそうだ。体を捻って馬車の中を見る。真っ青だった顔は少し色を取り戻している。リンヴィ様が移動もしてくれたし…、回復に向かってくれるでしょ。
「ブルル…」
「降りないの?」とばかりにこちらを見て鳴くセン。しまった、リンヴィ様を待たせちゃったな…。
大丈夫そうならば、降りない理由はない。
頷きを返すと、最大限揺れに配慮してセンは歩みを進めてくれる。そして無事に馬車は大地に降りる。
「離れてくれ」
「わかってますよ。セン。お願い」
「ブルルッ!」
さっきのがトラウマになっているのかリンヴィ様の声が少し震えていた。自分のせいで人が倒れたら怖いよね。敵対しているわけでもないのに。
さっきの倍、40 m程度距離を取る。魔物が出るかもしれないと聞いているので警戒は必要だ。…あれ? そういえば、神気が多いはずなのに魔物出るのね。神気は関係ないのかな? …普通はありそうなんだけど…、
考えている間に、暗くなった世界に光が満ちた。リンヴィ様の体が煌々と光って縮んでゆく。黒く凪いだ水面にその光が映り込み幻想的ですらある。
そしてしばらくすると見覚えのある人影が。終わったようだ。
「セン。お願い」
「ブルゥ」
「わかってるよ」とでもいうように鳴き、ゆっくりとリンヴィ様に近づく。
「お疲れ様です」
「飛ぶだけなら大した負担ではない。それよりも、我のせいで移動することになってしまってすまぬ…」
「そのことはいいですよ。なぁ。皆」
「はい。リンヴィ様が「お相子」とおっしゃったのですから、それでいいでしょう」
「…ん。出会い頭にあんなの撃たれてかわいそう」
「だねー」
「俺も…、まぁ、お相子でいいと思う」
話が俺らの魔法に移ってる気しかしないけど気にしない。
「それにどのみち、ここには来るつもりでいましたので…」
リンヴィ様の目が俺達を見定めるように輝いた。真意を見定めようとしているのだろうか? でも、彼には悪いけどそんな大げさな用事ではないんだよね。言ったら困惑されるよなぁ…。
「帰還方法を探そうと思いまして…」
「む?」
やっぱり。困惑顔になった。でも、すぐに合点がいったみたい。
「…ああ。なるほど。召喚されたからか…。帰還方法は『召喚された国の願いを叶える』だったか?」
「はい。クラス丸ごと…、あ、クラスとは一緒に学ぶ友達のようなものです。それと召喚されましたが、俺達はそれを完全に無視…、もとい逃げてきましたので」
「……。面倒ごとに巻き込まれたな…」
憐憫の籠った目。すんごい憐れんでくれているけど…、逃げる原因は寝坊して西光寺班と合流できなかったことなんだけどね。
もちろん、バシェルが少々やることがおかしい国であることは間違いないのだが。たぶんルキィ様だけじゃないかな。まともなの。魂が云々で殺そうとしてくるのはヤバい。
「ですが、悪いことばかりではありませんでしたよ。アイリやカレン。ガロウやカレンに会えましたし…。四季にも会えましたしね」
「子供は確かに召喚されねば会えぬが…、クラス丸ごとであるならば、召喚されなくとも会えていたのではないか?」
…確かに。でも、ヘタレな俺が関係を進められているかどうかまでは微妙。卒業までには告白しているだろうけど…、今の関係にはなれていないはず。
今の関係が表向きは三女一男? の大家族。だが、内実は両親っぽいのがただの恋人で、子供っぽいのは養子…、ん? 養子? あれ? 違う気がする…。ああもう。わからないから放置!
なかなか混沌としていた状況だけど俺はこっちの方がいい。
「自分達でもよくわかっておらぬではないか…」
適切な言葉が見つからないのです…。
「グゥ~」
ん? 誰だ? 馬車の中から聞こえてきたけど…。
「…わたしじゃないよ」
「違うよー」
「俺でもないぜ」
「…私です…」
レイコが恥ずかしそうに横になりながら手を上げた。……よかった。食欲があるなら大丈夫だろう。
食べるときに横になっていては消化に悪いし、こぼして服の中に入ったりすると火傷の原因にもなりうる。なのでレイコを馬車の隅で座らせる。
レイコを倒れないようにガロウが補助。万が一。ガロウが間に合わなかった時のために俺がレイコの足の間に座る。これでもし倒れそうになっても、俺を支えにして耐えることができるはず。
服の中に食べ物が入ると面倒という理由から服は脱いだ。
運動はするほうじゃないけど…、服は脱いでも見苦しくはない……はず。自信をもって言い切ることは出来ないけど。
四季の前で脱ぐのは恥ずかしいけど…、四季の方が俺を見て顔を真っ赤に染めているから、そういう気持ちは吹き飛んだ。
手で目を覆っているのはわかるけどチラチラ見ようとしているのがバレバレだよ…。こんな反応を現実で目にすることになるなんて…。
「…できたよ」
俺がほっこりと四季を見ている間に子供達がよそってくれたようだ。…なんか全員にほっこりした目を向けられている…!?
「手を合わせて!」
「「「いただきます」」」
逃げるようにいただきます。よし。無事に逃げられた。リンヴィ様も普通に乗ってきたのは勇者(日本人)の影響が強いからか。
さて、肝心の料理の見た目は、『鶏肉のトマト煮込み』。赤は血でパスタ入れてあるけど…、見た目は悪くない。
『ヘルバ』、『グアニン』にパスタとスープ。一通り口に運ぶ。あ。美味しいわ。初めて使う食材だったから少しだけ心配だったけど…。
スープはパスタと絡んでいい感じ。喉に引っかかるかと思ったがスープが麺の滑りを良くしてくれてつるりと呑みこめる。
『グアニン』と、『ヘルバ』もスープと合ってる。『グアニン』は見た目通り? ネギ。甘くてどこかに辛みがあって食欲を掻き立てる。『ヘルバ』は先も言ったが…、確かに鶏よりも脂が少なめ。だが、だからと言って安いササミに火を通しすぎた時のようにパッサパッサというわけではなく、程よく弾力があって食べやすい。
内臓は脂が増えるが…、それでも鶏のモモ肉並み。栄養もありそう。…栄養は味からはわかんないけどさ。
でも、おいしくて食べやすい。さらに栄養もある。そりゃしんどい時に言いって言われるな。……現にレイコもパクパク食べてるし。
…その隣でもりもり食べているアイリは見なれた光景。リンヴィ様より食べているのはスルーで。
それにしても…、やっぱり聞くだけでは評価を下せないな。百聞は一見に如かず。特にこういうものは。想像がつかないし、よしんばついたとしても、現実との乖離が大きすぎる。
「「「ごちそうさま」」」
美味しかった。調理器具の片づけは既に済んでいるから皿の汚れを落としてしまえば、終了。さっさと片付けてしまおう。
「あ、習君。レイコちゃんどうします?」
どうするって…、寝かしてあげれば…。ああ。食べてすぐは消化に悪いから、そのことを言っているのか。少なくともちょっとぐらい、辛いのを我慢してもらわないといけない。
…オセロとかトランプやらせる? 幸い勇者が広めたのか、存在している。
いや、ダメだな。夢中になって寝付けなくなったりしたら本末転倒だ。となると、喋るしかないな。喋るにしてもレイコが安心してかつ、楽な体勢を保てあげないといけないけど…。
「四季.何か案ある?」と目で問うてみる。すると彼女はおもむろに俺の方に近づいてくる。そして俺の横…、つまりはレイコの横に座って、足を崩すとレイコの皿を俺にわたして、レイコをそっと持ち上げて自分の足の間に。レイコもしんどいのか一切抵抗しなかった。
四季と密着しているから安心感はすごいだろう。もたれかかっても倒れないし、柔らかい枕っぽいものもちょうどいい高さにあるし…。いいんじゃないだろうか?
「…あ。少しこれはしたないですかね?」
少し頬を朱に染める四季。相変わらず四季の少し恥ずかしがった顔はかわいらしい。
「さぁ?俺らしかいないし。気にしなくていいでしょ。少なくとも俺は気にしないし…」
というか、優しくレイコを一定のリズムで撫でている四季は聖母みたい。二人とも見目が良いから絵になる。そもそも今服着ていない俺よりはましだ。服を着るか。
「少なくとも、俺はためらわずに少しでも楽にしてあげようとした四季が好きだよ?」
もぞもぞと服を着ながら言う。
「…不意打ちはやめてくれませんか?」
服から顔を出せば、顔をトマトのように赤くする四季がいる。……意識しなければまだ普通に言えるのに、意識しちゃうと無理だ。自分でも顔に血が上って紅く、温度が上がるのがわかる。
「…常にそうできたらいいのにね」
「流石に俺はそれ嫌だぞ…」
「ボクはどっちでもいー」
「フフ…」
何か皆言ってるけど気にしない。というかできない。照れ隠しにさっさと皿を片付けちゃおう。同じく四季も照れ隠しだろうけど若干撫でるスピードが上がった。でも手つきは優しい。
「…ん?あ。レイコちゃん寝ましたね」
「え?もう?早くない?」
まだ乗せてからそんなに時間は経っていないはずだが…。
皿を洗いながらも視線を向けるとそこにはいつの間に寝たのか、心地よさそうに四季にもたれかかって脱力するレイコの姿がある。四季は先と変わらず優しくレイコを撫でている。
マジで寝てるし…。さっき俺が自爆したときはまだ起きていたような気がするんだけど。
「それだけ疲れていたのでしょう。色々ありましたしね」
確かにね…。
「魔法も扱っておったしな」
「慣れないことをすると疲れるよなぁ~」
「シャイツァーあればそんなことないけどねー」
「…補助してくれるしね」
「どっちにせよ慣れないことをすると疲れるよね」
何故かは知らないけど。筋肉が緊張して無駄に力が入っているのかな? まぁ、慣れればマシになるけど。慣れたら慣れたで慢心して何をやらかすことが往々にあるけど…、それは置いておこう。気にしだすと、
問. いつ気を付けてればいいの?
答. いつも
になりかねない。「いつ?」って聞いてるのに。実際問題、常に適度に気を張っておく必要はあるのだけど…。
あ、そういえば、俺らの魔法では──少なくとも俺は──疲れた記憶がそんなにない。……魔力枯渇と同時になれないことした疲れが襲ってきているからか?
「…ワクワクしてたからじゃないの?」
それはあるかも。特に初期。……何故かアイリに心読まれたけど、この子は聡いし観察力もあるからそういうこともあるか。
「適当に小声で話して時間潰しますか」
「それがいい。もし今から探すなどと宣った場合、殴り飛ばしてでも止める」
流石に言わない。この位置でも十分レイコの回復に貢献しているみたいだし。そうでない場合は言っただろうけど。
「そういえば、ハールラインの外患誘致って、あいつ何しでかしたんです?」
「チヌカを招き入れた」
こともなげに言い放つリンヴィ様。
ちょっと待って、レイコが寝ている手前、大きな声出すのは自重したけどそれってかなり大事なのでは…?
「チヌカは我が始末した」
またサラッと爆弾を…。でも、この人ならできるだろう。
「両者とも、最初は見事に思惑が戦争させる方向で噛みあっていたようだが…、」
嫌な噛みあい方だ…。でも、ズレたと?
「あぁ、途中で奇跡的な食い違いが起きた」
「方針の違いですよね。誘拐して戦争の火種を作ろうとしたチヌカと…、」
「内戦で実権を握ろうとしたハールライン…」
「うむ」
「…どっちも相手を利用することしか考えてなかったんだろうね…」
「だろうな。チヌカは知らぬが」
ですよね。でも、ハールラインがそう考えてたのは性格からして間違いない。下手するとチヌカの力の吸収すら狙ってたかもしれない。
「ごめん。俺、そろそろ眠い」
「あ、ほんとに?リンヴィ様いいですか?」
「構わぬ。どのみちレイコが回復するまではここにいるのだ。我も付き添う。その間はそなたらの指示に従おう」
お相子ではなくなる気がするけど…、今回はいいか。指示系統は定めておいた方がスムーズに進む。別のところで便宜を図ればいいか。
「では寝ましょう」
「見張りは?」
「センがやってくれます」
目を丸くしてセンを見るリンヴィ様。
「ブルルッ!」
「「任せて!」って言ってます」
「…我に驚かぬ時点で普通の馬ではなかったか…」
魔物ですからね。休憩は必要だけど…。リンヴィ様に乗っている間に休憩していたようだし大丈夫だろう。
「行きましょう」
レイコを優しく抱え上げる四季。寝かせられる準備は…、整っているね。
「おやすみなさい」
馬車の中に乗り込み就寝。リンヴィ様は信頼できるけど…、寝るときは万が一がある。だから、俺が皆とリンヴィ様の壁になるように寝る。
意図はバレバレだろうけど、笑って許してくれるでしょ。




