101話 上空
リンヴィ様は飛び上がったのち、翼を一回上下に動かす。たったそれだけの動作で飛行を安定させた。
「とりあえずレイコを寝かせよう」
立つことはおろか、座ることすら辛そうだからな。
「ぞれ゛にゃりゃ、わ゛れ゛のヴぇより゛ぃ、ばじゃの゛ながのぼうぐぁ、いい」
…助言だろうか? 究極に聞き取りにくいが。翻訳しないと…。
「リンヴィ様。「リンヴィ様の上よりも、馬車の方がいい」という事で合っていますか?」
「あ゛ぁ。ぼうぶヴぉじいでやると、なヴぉイぃ」
何でリンヴィ様は聞き取れているんだ…。
「毛布も敷いたほうがよいのですか?」
「あ゛ア゛。『|龍の加護《ライガ=サンラクシャン》』すまぬな。時間がかかった。これで聞こえるだろう?」
「「「はい」」」
一気に明瞭になった。雲泥の差だ。
「ふむ無事機能しているか。レイコのそばにいてやれ。何なら手を握れ。信頼するものがそばにいるなら少しはマシになろう」
「言われなくてもそのつもりでしたよ」
「だろうな。そなたたちの今の位置関係的にも、そなたたちの関係性的にも既に実行しているとは思っていた。…蛇足だったか」
雰囲気が重かったのを和らげるために言ってくれたのだろう。誰もリンヴィ様がそんなことを言うとは思ってなかったから、俺も含め全員顔を緩ませた。
「あら、レイコちゃん寝てしまいましたね」
「だね。撫でながら喋っている間にね」
「…辛そうだけど呼吸は安定してる」
「そうか。ならばよい。しばらくはそのままで。魔力が余っているようなら、少し流しながら撫でてやるとなおよい」
魔力が一番余っているのは…、俺と四季か。指示に従い魔力を少し流しながら撫でる。少しだけレイコの顔がましになったような気がする。さて、ここからはまじめに。
皆が皆、何も言わずとも流れから察して自発的に気を引き締める。それにより、場がピリッと張り詰める。
「説明を求めます」
俺達を代表してガロウが口を開いた。俺達の中でレイコを心配していないやつは一人もいないが…、一番付き合いが長く、最もレイコを心配しているであろうガロウに皆、発言を譲った。
「よかろう」
リンヴィ様も雰囲気から察していたのだろう即答。もちろん、空返事ではなく中身の籠った重いものだ。
「どこから説明するべきか…」
「俺らはだいたい察してますよ」
「そうか…、なら話は早い。ほぼそれで正解だ」
ほぼ? 何か欠けている要素があるのか? となると…、ハールライン戦中か。ガロウとカレンを見る。
「ちょ…、3人とも目が怖えよ」
「え、本当ですか、ちょっと待ってくださいね…」
「…じゃあわたしも」
「俺もだな」
…家族のことになるとな…、どうも沸点が下がる…。3人そろって目の付近を触ってぐるぐる。これで少しはましになっただろ。再び3人で2人を見据える
「レイコが自分で戦えるようになった」
「霊孤の力?」
ガロウはゆっくりと頷いた。複雑そうな顔をしているのは、喜ばしいことなのにこんなことになっている事、この報告をレイコ自身からする機会を奪ってしまったことなんかを考えているからか。
「であるならば、その力を使い過ぎた反動ですか?」
「そうなる。だが…、少々レイコの場合は事情が異なる」
まだ何かあるのか…。
「魔力の過度の使用。加えて、魔力回路の損耗」
「魔力回路…?」
「ファンタジーとかでよくあるあれですか?」
「…すまぬ。例えがわからぬ」
非常に申し訳なさそうに言う。なんかごめんなさい。
「…水を流す通路みたいなもの」
「魔力が水ー。通路が回路ー」
「ホースが近い?」
「…ホースね、うん。それが前教えてくれたものならそれでいい」
割とよくあるやつだな…。
「あれ?ですが、私、そんなの気にしたことないですけど…」
「ゆーしゃだからねー」
雑!? あまりに雑! 顔が引きつっているけど仕方ないよね。
「…シャイツァーが補助もしてくれるからだよ。…二人はそんなことより自分の魔力量とかを気にするべき」
なるほど。後半部は声が小さすぎたうえ、顔をこちらに向けてくれていないのでさっぱり理解できなかったが。まぁ納得できた。
「ガロウは?」
「『身体強化』で殴れるように訓練してあったから、さっきぐらいじゃ大丈夫だぜ。魔力はもうほとんどないけど」
なるほど。ということは…、普通は回路よりも量の方がネックになりやすいのか。
「つまりレイコは珍しいのか」
「尋常ではなくな。命に別状はないが…、回復するまでそのままだ」
「何か出来ないのですか?」
「先も言ったがない。そばにいてやれ。撫でろ」
悔しいなぁ…。
「とはいえ、レイコの症状はかなり重篤だ。命に別状はないとはいえ…な」
「何故です?」
「彼女は神獣だ。魔力量は一般的な獣人、人間より多い。ああ。魔族は別だ。そして、魔力の質も違う。にもかかわらず、魔力の扱いが荒い。彼女は己の未発達な魔力回路に魔力を詰め込むように流した。故に余計に痛んでいるはずだ」
「…言い換えると、細いホースに無理やり、ごつごつした氷。…もしくは煮えたぎった油を無理やり流した感じ」
うわぁ…。
「それって…、かなり滅茶苦茶な戦い方をしていたという事ですよね?」
「だろうな。戦っている最中は往々にして精神が高揚している。だからこそ、自分の中の変化、悲鳴に気づかぬものなのだ」
自分が危険なことに気づかずに続行してしまう…、クライマーズ・ハイのようなものか。
「気に病むなよ。カレン。ガロウ。とどめを刺したのは我である。元はと言えば、ハールラインが余計なことをせねば良かったのだ」
凹んでいた二人のフォローをしてくれた。
リンヴィ様は仕方ないとはいえ、ハールラインはなぁ…、あいつがいなけりゃおそらく普通に魔法を使う機会もあっただろうから…、あいつが諸悪の根源か。
「そろそろ目的地だが…、戦火が酷い。どこだ?」
「目的地はどこですか?」
「レイコの住居があったところだ」
「ああ、それなら…、中心部から見て北東、2本ある川のうち、内側の川の源がある山です」
「川…?ああ。あれか。了解した。なら、これをたどる」
川と言えば…、センと飛び越えた川、魔法で突破した川の二つのうち、魔法で突破したほうか。
「む…。懸念はしていたが…」
「どうしました?」
「どうもこうもあるか。下を見てみよ」
声からも不機嫌なのが一目瞭然。言われた通りに見てみるか。
「落ちるなよ。我は回収できぬからな」
注意が飛んできた。そんなこというなら鱗をもう少しざらざらにして欲しい。体に着弾した銃弾や矢を滑らせるためだろうが、こっちまで滑る!
滑落しないように細心の注意を払って見えるところへ。立つと怖いので這う感じで。よいしょっと。
…まぁ、そうなってるよね。他のところもそうだったんだから…、奴らの目的であるレイコがいたところはこうなるよな…。想像よりは少しマシだが…、原形をとどめていない。
「元は山で、家があったんだよな?」
「…ああ」
言葉少なに立ち尽くすガロウ。その気持ちはわかる。思い出の場所が、帰る場所が、跡形もなく消え去ったわけだから。
今、眼下に広がる山には家らしきものは見当たらない。それどころか、緑に覆われていたと思しき場所も、道があったと思われる場所も、全て表層部分が抉り取られていて跡形もない。それらがあったと推測されるものは抉ったものを無造作に押しのけてできたであろう小山。その中から微かに窺えるのみ。
はっきり言って、こういう時どうすればいいのかわからない。
ガロウの隣に立っているだけでいいのか、声をかける方がいいのか、それとも、手を引いてその光景から遠ざけてあげる方がいいのか…。それは四季も同じ。
でも、わからないなりに考えて、ガロウを何も言わずに撫でることにした。ガロウが…、ひいてはレイコが、この先どうしたいかわからない。けど、少なくとも今は、そして二人が望むなら、これからも二人の帰る場所であると伝わるように。
今の場合はきっと声で伝えるより、行動で示す方がいいはずだ。根拠なんてないけれど。
「どーするのー。リンヴィー」
静まり返った龍の背にカレンの滅多に聞けない真面目な声が響いた。
「『ニッズュン』へ行く。あそこならば十分だろう。過分かもしれぬが」
「『ニッズュン』ですか?」
「ああ。神々の遺物の残る湖。そこだ」
リンヴィ様はそう言うと体をひるがえし、向きを変えた。神々の遺物の残る湖…、ああ! 湖底遺跡か!
「しかし、何故そこを目指すのです?」
「神気が豊潤なのだ」
「神気と魔力回路、どうつながるのです?」
「む?簡単なことだ。神々…、主にラーヴェ神であるが、優しい。それも愚かと言えるほどに」
愚かって…、まぁ、その通りであるけど…。それでいいのか。こっちの人でしょ…。
まぁ、あのハールライン、カネリアでさえシャイツァーを持っていた。だが、そのくせアイリには鎌を持たせて苦しませた罪科がある。そのせいで愚かという言葉を否定できない。
というか、渡す基準がわからない。シャイツァー、それ自体の存在を知らないであろうはずの、召喚されたての勇者や、|生まれたばかりのハイエルフ《カレン》は持っているのに、最も俺らの中でシャイツァーを望んでいたはずの、ガロウが持っていないのは何故なんだろうか。
……ま、考えても無駄か。それこそ文字通り、「神のみぞ知る」というやつだ。
「その神の気だ。神獣であるレイコなら、十全に恩恵を受けられる」
「それは確かですか?」
少し声が震えた。
「ああ。我が既に試した」
「試した?」
「ああ。一応我も神獣だ。皇龍だったか?」
リンヴィ様は「まぁ、どうでもよいが」と鼻で笑った。皇龍ね…。獣人はやはり日本人の影響が強そうだ。漢字でわざわざ種族名が聞こえてくるほどなのだから。
「日が暮れる。到着は夜になるだろう。はやる気持ちはわかる。だが、英気を養っておけ」
「何かあるのですか?」
「我がついている。よって、おそらく何もない。だが…、言っておかねばそなたら、休まぬだろう?」
「アハハ…」
見透かされてるな…。苦笑いしかできないじゃないか。
「我の背中の上で基本何をしようと構わぬ。存分に休むとよい」
ありがたい。うーん、それなら…。
「ご飯にするか」
レイコの回復の目途もたったしね。
「ですね。なんだかんだあって忘れていましたがお腹すきましたしね」
「…どうするの?」
「久しぶりにまともに作ろうか」
「え゛?」
「どう?」と四季に目で聞いてみる。
「いいですね。やりましょう」
「え゛?」
「やるなら、レイコが食べられるものがいーな」
「わかってますよ。カレンちゃん。今、レイコちゃんが食べられそうなものは…」
「お粥?」
無難でしょ。
「いいですね!…あれ?あっ…。」
「どうしたの?」
四季は油を点し忘れたロボットのように首を動かして一言。
「ゴハンガナイデス」
「ワスレテタ」
「何でカタコト?」
「…それだけショックなんじゃない?」
そうだ、ないんだった…。凹む…。あー、しかも、ご飯ないってことは…。
「味噌、醤油、酒なんかもまだないか…」
「ですね…」
「…風邪ひいていても食べれそうな調味料が全滅か…」
「父ちゃん。母ちゃん」
「何?」
「風邪ひいているときは味付けって、基本塩だけだったぞ」
あれぇ?
「醤油とか使わなかった?」
「記憶ではそんなに。てか、あれ結構臭いあるぜ?食欲ないときは逆にまずいぜ?」
あるぇ? そうだったっけ…?
「…ねぇ、お父さん。お母さん」
「どうした。アイリ?」
「…二人ともさ、食欲不振になったことある?」
何故そんなことを? まぁいいけど…。えーと、記憶の中では…。
「「ない」」
「…ガロウ。謎は解けた」
「だな…」
え、何? 何の? てか、謎って何?
「…少なくともこの二人に関しては断言できる」
「食欲ー」
「食い意地だろ…」
「…臭いで食欲が湧くんだろうね…。わたしも人の事言えないけど」
小声で何か言いあっているけど、聞かせたくないのか聞こえない。寂しい。
「仲良きことはいいことですけど…」
「仲間はずれにされてる感がぬぐえないね…」
「仕方ないので材料を漁りながら何を作るか考えましょう」
「だね。そうしよう」
折角料理するわけだからできるだけ生鮮食品を使いたいよな…。いくら時間が止まるとは言っても、いつまでも入れておくのは嫌だ。そもそも使わないと新しく入れられない。
「あ。これはどうですか?」
「ん?これって…、『ヘルバ』?」
「そうです。今ぴったりじゃないですか?」
四季が取り出した『ヘルバ』は、外見はどこからどう見てもただの鶏。そんな生き物。にもかかわらず、風邪をひいたとき、体調がすぐれないときなんかに食べるといいらしい。今回のレイコにこいつが効くかどうかはわからないけど…。
ま、いいか。結構入れてくれていたしね。使わないともったいない。
最悪捕まえればいい。野生にもいるらしい。一応弱くはないらしいけど…、具体的には、鉄のハンターでやっとまともにタイマンで捕まえられるって程度。
……うん、どのくらいかさっぱりわからない! 断言できることは俺らからすれば雑魚ということ。
でも、こいつらは血が飲める。しかもそれが、こいつの中で一番効くものらしいから、捕まえる際には外傷を与えないようにする必要があるが。だからこそ、捕まえるのは鉄じゃないとダメなのだが。さすがに石や一般人だと外傷なしは難しいのだろう。まぁ、俺らは魔法で融通利くし…。
味は鶏に似ているらしい。脂の少ない鶏という感じ。体にいい理由は知らない。栄養価が高いのか、何か魔法的なものが絡んでいるのか……。どちらにせよ害はない。
「いいね。使おう」
「じゃあ、取り出しますよー」
デンと取り出された『ヘルバ』。毛はむしり取られているが、それ以外はそのまま。
「解体しましょうか!」
「だね!」
細かいことは考えないようにしよう。そうしよう。風邪で誰も解体できなかったらどうするんだとか色々言いたいけど! これはあれだ。血を有効活用するための処置だ。
「血を取るために、紙使いましょう」
「だね」
魔法でサクサク解決していこう。都合よく解体できる装置なんてない。
切りやすいようにまな板がいるか。そして血を集められるように、中心に向かってすり鉢状にすれば集められるかな? 溜める器は魔法じゃなくていいか。魔法だと時間経過で消えちゃうし。
さて、書いてみよう。ん? あれ? …想像してみたら…、「これ本当にまな板?」って気がしてきた。どう考えても切りにくい……。まぁ、いいか。さっさっとペンを動かし完成。
早速使おう。『すり鉢状まな板』っと! その下に受け皿としてちょうどいい具合の皿を置いて。準備良し。
「見た目が悪いねー」
知ってる。
「原因は何でしょうね?単色だから…というだけではないですよね?」
「…必要な機能があればいい」
「そうだね…」
「さ。切りましょうか。私が抑えるので、首のあたりをこう、ザシュっと。いっちゃってください」
言いながら手を振り下ろす四季。動きと声はかわいらしいのに、指示内容が物騒極まりない。ま、さっさとやろう。今更、切るぐらいでおじけづいたりしない。
久々の出番かつ、まともな包丁の使い方。魔包丁が喜んでいる気がする。なんかごめんよ包丁。でも、シャイツァーたるペンも扱いはほぼ同じだから! ……「いや、問題はそこじゃない」とタクにつっこまれた気がするけど気にしない。
でい! あれ? 切れない。何で?
「ちゃんと押さえてますよ?」
「わかってる。もう一回!」
…切れない。
「…切るときに力入れすぎ。…土台が傾いちゃってる」
それで力が逃げているのか。何故に?
「…わたしがやろうか?」
「「お願いします」」
「…任せて」
頼りにされるのが嬉しいのか声が弾んでいる。
「…やるよ」
誰に言うともなく言うと、『ヘルバ』を放り投げ、一閃。真っ二つになった『ヘルバ』がまな板の上に落ちた。鎌には血が一滴も付着しておらず、無駄に血が飛び散ることもない。見事としか言えない。
自然と全員が拍手。アイリは不愛想に見える顔を少しだけ綻ばせて得意げ。可愛らしい。
「でもさ、完全にまな板である必要はなかったよな」
やめてくれ。ガロウ。その言葉は俺らに効く。
「…解体を進めよっか」
「ですね!」
「なんかごめん」
「気にしない気にしない」
「…なぁ」
「はい。何です。リンヴィ様?」
何故か久しぶりに声を聞く気がする。
「本当に料理しておるのか?」
「いえ?まだですよ?」
「そうか…。ん?まだ?」
「そうです。まだ下準備ですよ?」
「………。豪胆よの…」
どこが?
「…そうだった。普通は人の上で料理しない…」
「だよな。言わなかったけど」
「そーなのー?」
「…そう。普通はしない。お父さんたちと一緒にいるとそのあたりの感覚崩壊するけど」
「許可はもらってるよ?」
「出しはしたな。…少々予想外ではあったが」
「リンヴィ様の分も作るつもりでいますよ?」
「…ならいいか」
「え。いいの!?」
「我の分もあるならいいだろう。臭いだけを嗅がされるのは拷問だ」
ガロウが項垂れたが…、まぁいいや。作ろう。




