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日が出ている内は汗ばむ陽気が続く、ある日の『大連合』東軍令部の執務室にて。
「はあ……」
昼休憩中のレイラの副官を務めるサラは、自身の通信端末の画面を見て、沈み込むようなため息を吐いた。
「おや、悩み事でも?」
それを聞いて目を覚ました、向かいの長ソファーで仮眠を取っていたレイラは、顔に乗せていた白い制服を取りつつ半身を起こしてそう訊く。
「……まあ、そうと言えばそうですね」
腹は決まっているのですが、と言って、サラは端末を2人の間にあるローテーブルに、端末を乗せてその画面を見せた。
そこには、革製造メーカーの御曹司が映っていて、人当たりが良さそうかつ、それなりにルックスも優れていた。
「世に言うお見合い、というものですか」
「はい。親が勝手に決めて送ってくるんですよね。常々当分そのつもりはない、とは言っているのですが……」
端末を回収してポケットにしまったサラの、心底うんざりしている、といった様子にレイラは苦笑いを浮かべる。
「なかなか、名家というものも大変なのですね」
「特にウチの両親、そういうのに凄くこだわるんですよね」
「なるほど」
「……ですがこれも、贅沢な悩み、なのでしょうね」
「私の事ならばお気遣い不要ですよ。気にしたって仕方がない事ですから」
ちらっと、表情に申し訳なさをにじませた、気を回しすぎるサラに、レイラは口元に笑みを浮かべて気にしていない様子を見せる。
「ですので、存分に愚痴っていただいても構いませんよ」
彼女はそれに、少しイタズラっぽいものを混ぜて、サラにそう促した。
「では失礼して……。まあ、とにかく旧いタイプの人間なんですよね。良家の殿方と結婚して家庭を築くのが1番幸せだとか、兵士は男が犠牲になるための仕事だから、早く退役しなさいだとか。
私の人生なんだから、私の好きにさせて欲しいですよ。子どもは親が見栄を張るためのものじゃないのに。全く……」
言いたい事を言いたい放題言ったサラへ、相づちを打って聞いていたレイラは、小さく拍手を送った。
「そこさえなければ、文句はあんまり無いんですけどね。その面以外は基本的に放任主義ですし」
うんざりはしてこそいるものの、彼女の表情や口振りには、憎しみといったものは感じられない。
「いやあ、いかにも親と子の価値観のぶつかり合いですね。親は最初に立ち塞がる壁、というのは言い得て妙というか」
「つまり、乗り越えるものだ、と」
「です」
じゃあいっちょ乗り越えますか、と、拳を突き上げて宣言するサラへ、レイラは、その意気です、と楽しげにクスクスと笑う。
「ちなみに先程の言葉もレオン語録ですか」
「いえ、これはレオンから聞きはしましたが、ベイル中将のお言葉だそうです」
「中将、旧貴族の家系ですもんね。ベイル家は特に旧態依然としていたとか」
「あ、そうなんですね」
レイラが自身の副官の知識量に舌を巻いていると、
「おっ、あたりだ」
突然執務室のドアが開いて、未開封の棒キャンディーを手にした、『聖女』・マリーが乱入してきた。
「『聖女』様、お部屋に入るときはノックを……」
跳び上がらんばかりに驚かされたサラは、てこてことこちらにやってきたマリーに、やんわりと注意した。
「む。もうしわけない。こんどからきをつける」
「お願いしますね。……それはそうと、どうしてこちらに?」
「せれなおねーさまのおとうさまのおともだ。いわく、わたしにもっと、けんしきをひろめてほしいからだそうだ」
「なるほ――。……どうされました少将?」
マリーの話にうんうん、と頷いていたサラは、落ち着かない様子で立ち上がり、顔を出してキョロキョロ、と廊下の様子を覗っているレイラに訊く。
「れおんはようじで、せれなおねーさまと『こうこく』にいるぞ」
「へっ!?」
「ちなみに、よていはみっかごまであるぞ」
「あ、そうですか……」
「ざんねんだったな」
「はい……」
サラの質問に答える前に、マリーにその行動の意味を見抜かれ、レイラはわかりやすくがっかりした様子で元の席に戻った。
「ああ。なーるほど」
そんな恋する乙女と化す可愛い上司に、サラは暖かい目線を送る。
「と、ところで、ここでゆっくりしていて大丈夫なのですか」
自室のごとくくつろぎ出すマリーに、レイラは平静の表情を作りつつそう訊く。
「もんだいない。わたしはただのおまけだから、よていはまっしろだ」
「は、はあ……」
「ところで『聖女』様、お茶飲まれますか?」
「おかしがないからいらない」
「その飴じゃお茶うけになりませんしね」
「うむ。ちなみにわたし、このあめ、あんまりすきじゃない。もったいないからあげる」
「では私が」
「ん」
マリーは複雑そうな顔でそう言い、いかにも子ども向け、といった渦巻きキャンディーをレイラに渡した。
「かごをつけておいたから、いつかなにかのやくにたつぞ」
「はあ、それはどうも」
「んふー」
加護付きの飴が何の役に立つんだろう、と2人は思ったが、マリーがちょっと得意げなので言わないでおいた。
しかし後日、それを割って食べたレイラと側近達全員が、食中毒を回避したことで加護の効果のほどが証明される事となる。
「あ、リンゴジュースがありますね。飲まれますか?」
「いる」
冷蔵庫を探っていたサラが、昨日開けたばかりのそれを発見して知らせると、マリーは居住まいを正してピッと手を挙げて返事した。
「うまい。さてはこうきゅうひんだな」
「あ、分かりますか」
「ん。かじつそのもののあじがするからな。ふつうのじゃこうはいかない」
ガラスコップに注がれたそれをストローで1口飲んで、満足そうにそう評したマリーは、至福の表情で勢いよく中身を吸い上げていく。
ここ数日、殺人的なデスクワークで疲れていた2人は、その様子を見てほっこりとし、その疲れを癒やされていた。
ちなみに仕事の内容は、先日行なわれた、中央での総合火力演習の際、問題児のルーキー3人組が基地の倉庫に誤って榴弾をぶち込み、うっかり半壊させた事故の始末書だった。
無人の倉庫のため、怪我人は一切出なかったものの、『レプリカ』の内部モニターの予備部品が、おおよそ6割方使い物にならなくなってしまった。
南と西北を除く、4方面軍の指揮官の目の前で起こったその事故は、今にも怒りだしそうな中央、それを見て青ざめる北、唖然とするレイラ、という惨事を引き起こしたが、それはまた別の話である。
ちなみにベイルは、3人をよそに腹を抱えて大爆笑していた。
そんな和やかな空気が流れる執務室に、レイラの端末の呼び出し音が鳴った。
「はい、シュルツです」
レイラは相手を見もせずに、それを膝の上に乗せて応答のアイコンに触れたが、
「やあレイラ。昼休み中にすまないね」
その相手は、出先の控え室でチェアに深く腰掛け、くつろいでいるレオンからだった。
「ひゃいっ!? たいっ――レオン!? おおお、お構いなくっ!」




