第九話
それから3時間が経過し、3人は北フォレストランド国境の町にたどり着いた。
「あー……。やっと着いた……」
「お疲れさま。エリーナ」
街道沿いの商業都市の入り口にある跳ね橋が、トラブルで下がらなくなってしまい、1時間ほどかけて砂利道を迂回してきたため、砂埃を被って機体がうっすら黄色くなっていた。
相棒の労をねぎらったジェシカは、北フォレストランド軍の連絡用回線を使って、国境検問所近くのヒース基地に連絡を取った。
通信兵長に取り次いで貰って、アルテミスと出会ってからのいきさつをジェシカは彼に説明する。
*
「何? 例の『聖女』が?」
兵長からの報告を参謀経由で聞いた、50代の南部エリア司令官の男は、アルテミス生還の報を聞いて歓喜の表情を浮かべた。
「その兵士にはうんと報いてやらんとな。で、どこの隊の所属だ?」
「傭兵エリーナ・フィリップス・コラソンと、ジェシカ・ロドニー・キーオです」
「……傭兵だと?」
だが、彼女を救出したのがエリーナとジェシカの2人と聞いて、非常に不快そうにしかめ面をした。
実は元々アルテミスを攫ったのは、『自由』領域の南端にある南プレーンランドに雇われた『攫い屋』だった。
彼らは南プレーンランドへ帰る途中、ジェシカ達に狼藉を働こうとしたゴロツキに不覚をとられて全滅した。
アルテミスを発見したゴロツキ連中は、彼女を教会に謝礼金目当てで連れていく前に、よこしま事を考えてあの地点で待ち伏せをしていたのだった。
「傭兵風情に遅れをとるとは……、無能共め……」
自らの指揮下の兵士に奪還させ、出世を目論んでいた司令官は、プルプルと震えて青筋を立てそう独りごち、何度も舌打ちをする。
その後、彼は葉巻を吸ってクールダウンしてから、
「……まあいい。その傭兵共は始末し、我が息子の手柄にしろ」
今晩の夕食を決める程度の感覚で、参謀にそんな指示を出した。
「はっ。ですが指令、傭兵に金を積んで口止めすればよいのでは?」
「却下だ。その金が勿体ない。第一、傭兵などというゴロツキは信用ならんからな」
「『聖女』がもし事実を漏らせば、あなたの首が飛ぶ事になってしまいますが……」
「なあに。『生体コントロールユニット』にでもして、口を封じれば良いだけの話だ。どうせアレはそれ以外には使い物にならん」
発覚した場合を案じる参謀へ、司令官は倫理的に許されない事を言い放った。
参謀はそんな発言を咎める事無く、足早に司令官室を去って行った。
「さて……。これで私も名ばかり将校から出世だな……」
1人部屋に残った司令官は、ニヤリ、とほくそ笑みつつそう言った。
*
ヒース基地にたどり着くと、エリーナとジェシカはアルテミスを女性兵士に預け、『王国』へと出発しようとしていた。
「……?」
「どうしたのジェシカ?」
「いや、ヤードにしてはやけに人が居ないなあ、と思ってね」
「偶然人が居ないだけなんじゃない?」
「まあ、そうなんだろうけど」
違和感を覚えているジェシカは、何となく辺りに気をやりつつ、『レプリカ』ヤード内の通路を歩いて行く。
乗機へ向かって歩くそんな2人は、かなり低い男の声に呼び止められた。
「あら、謝礼かし――」
軽い調子でそう話しかけながら、エリーナが隣の相棒を見ると、その顔が少し強ばっていた。
「エリーナ! ちょっとごめんッ!」
殺気を感じた彼女は、説明を一切せずにそう言うと、素早くエリーナを抱き上げ乗機へと走る。
「撃て」
「ちょっ、なに――、きゃあッ!」
それと同時に、アサルトライフルの弾丸の雨が、激しくコンクリートの床を叩く。
エリーナがジェシカの肩越しに後ろを見ると、こちらへ銃を構えて連射する、5人ほどの覆面と、その後ろに軍服を着た氷の様に冷たい目をした男が立っていた。
「ハッチ開けて!」
その光景を見て背筋に冷たいものが走ったエリーナは、ジェシカの指示通り、端末をつかってハッチを開いた。
ジェシカはハッチが開ききる前にエリーナを押し上げ、自分も急いで駆け上ろうとしたとき、
「ぐあ……ッ!」
「ジェシカ!」
『レプリカ』の脚部で跳弾した弾丸が、彼女の脇腹に突き刺さった。そのせいで力がガクッと抜けたが、何とか機内に滑り込んだ。
パイロットスーツに赤いシミが広がりつつあるジェシカを見て、エリーナは激しく動揺する。
「血が……ッ」
「良いから早く出して!」
仰向けに倒れ込むジェシカは、額に脂汗を浮かべつつ、ハッチを閉めながらそう鋭く指示を出す。
「分かった!」
エリーナは運転席に座ると、即座に機体を回れ右して、閉まりつつあるシャッターの方へ全速前進する。
間に合いそうに無かったが、這い上がって砲撃手席についたジェシカが、銃撃で動力部を破壊して停止させたおかげで脱出には成功した。
外に5機待ち構えていたが、装甲の弱いところをつくジェシカの砲撃で、全機がそれぞれ一撃で沈黙した。
基地の入り口のゲートを砲撃で吹っ飛ばして脱出すると、エリーナは『公国』方向へと舵を取る。
「ジェシカ! 大丈夫なの!?」
「大丈夫……、すぐに死ぬような、ものじゃない……。それよりも、ビーコンを……」
「切ったわ」
一応の危機を脱したところで、ジェシカは腰のベルトについたポーチから、針の付いていない注射器を取り出す。
中身は応急止血剤で、それは傷口に注入すると綿状に膨らみ、一定時間出血を留める事が出来るものだ。
「どのくらい、持ちそうなの?」
「そうだな……、『公国』に行くぐらいは……、多分もつ……」
パイロットスーツのファスナーをへその下まで下げ、ジワジワと出血する傷口に止血剤を注入し、痛み止めを打ってから胸元まで上げた。
しばらくの間は命の心配は無いが、脂汗でじっとりと濡れるジェシカの顔色はあまり良くは無い。
「無理に座らずに、横になってた方が良いんじゃ……」
「このくらい、なんてことは無い……、さ」
そんな状態でも、エリーナを心配させまい、と彼女はそう言って無理やりに笑う。
「ねえ。『公国』へ抜けるにはどう行けばいいの?」
「多分、最短距離は押えられてるだろうから……、古い道の方を行くべきだと思う……」
「それで大丈夫なの……?」
「正直ギリギリだけど、国境警備隊の本隊を相手するよりは多分早いはず……」
ジェシカの予想通り、相手の指揮官は手負いの彼女を早く運びたい、と考えると予想し、平坦で最短距離の新道の方に兵力を集中させ、旧道にはほとんど人員を割いていなかった。
しかし、その少ない人員を配置した地点はというと、
「なっ」
『公国』国境付近の峠を下る途中にある、数ヶ月前に完工した、亡命対策の国境ゲートだった。
それは、左右からほぼ垂直に岩壁が張り出して、狭くなっている地点にあるので、そこを通るしか先に進むことは出来ない。
「嘘でしょ……」
「しまった……。いつの間にゲートなんか……、作ったの、か……っ」
それを峠の上から、機体後部下に格納されていたドローンカメラで見る2人は、驚きと絶望感が混じった様子でそう言った。
ゲートの前には、15機ほどの『レプリカ』と、その倍ぐらいの数の対『レプリカ』砲陣地が配置されていて、単機での強行突破はどう考えても不可能だった。




