第八話
戦闘開始から10時間が経過し、時刻は23時12分になった。
深夜になり、南部東部共に戦闘自体は小規模になっていた。
東部領戦域は相変わらず膠着したままで、東方面軍は闇に乗じて上陸されないよう、沖にいる『島国』艦にサーチライトを向け牽制している。
一方南部領戦域は、次々と揚陸艦に上陸され、内陸への侵攻は抑えているものの、着々と橋頭堡を築かれつつあった。
南方面軍は、奪還のために夜襲を決行したが、『島国』側の司令官が夜間迎撃に優れていたため、散々な目に遭わされて失敗に終わった。
そのほか、『帝国』に偵察船が沿岸まで迫ったが、『レプリカ』のレーザー砲を搭載した海防艦に容赦なく撃沈されていた。
この時点での両軍の戦力は、『レプリカ』は『島国』軍78機、『大連合』軍は援軍のおかげもあり61機と、両軍やや微減しているのみである。
時間が時間だけに、マリー、セレナ、エレアノール、アメリアは、将校用宿舎でもう眠っていた。
「では、何かあったら遠慮無くたたき起こして下さいね」
「はっ」
式典のために朝から出ずっぱりだったレイラは、サラに代理を頼んで4時間ほど休憩することになった。
そういえばレオンは、今どちらにいらっしゃるのでしょうか……。
1時間程前に、セレナ達が寝たすぐ後から、姿が見えなくなったレオンの事を考えながら、レイラは立哨や歩哨が目を光らせる、冷え切った廊下を書斎に向けて歩く。
もう私は……、レオンには必要ないのでしょうか……。
そう考えてしまい、気分が沈んでしまった彼女は少し目を伏せる。
ただの軍人でしかない私には、レオンに何もして差し上げられないですし、当然と言えば当然――。
「やあレイラ。お疲れさま」
「ひゃいっ!? はっ、はい……」
レイラが階段にさしかかったとき、下から昇ってきたレオンが現れた。いつもと同じフランクな笑顔を見せる彼の右手には、コーヒーの入った紙コップがあった。
びっくりして変な声を出したレイラは、顔を真っ赤にしてコクコクと頷く。
「おっ、お休みになっていたのでは、無かったのですね……」
「ああ。少し、休憩室で考え事をしていてね」
「あっはい……。そうでしたか……」
セレナの元にいたわけではない、と分かって、レイラは少しホッとした。
「……ねえレイラ。君が迷惑じゃないなら、少し話をしたいんだけど」
式典終了後から、彼女の様子がおかしい、と思っていたレオンは、その原因が彼女の性格が真面目すぎるが故、悩みを抱え込んでの事だと考え、そう提案をした。
「めっ、迷惑だなんてとんでもない。むしろ助かります……っ」
願ってもない提案に、レイラはがっつきそうになるのを堪えて、それを了承した。
「出来れば、基地内ネットワークに繋がる部屋が良いんだけど」
「なら、私の書斎はいかがですか?」
そう言ってから、小会議室があったことを思い出したが、
「じゃあそこにしよう。案内を頼むね」
「はいっ」
今更引っ込めるのも不自然な上、書斎なら2人きりになれる事もあって、あえてその事は言わないでおいた。
少し胸を高鳴らせつつ、レイラはレオンと共に上の階へと歩を進める。
……こうして並んで歩いていると、昔の事を思い出しますね……。
階段を昇りながら、彼女は隣のレオンを盗み見てそんなことを思っていた。
4階にやってきた2人は、その南側の角にある、レイラの書斎へとやってきた。
その扉の前の左右に居る、女性兵士2人の立哨に敬礼してから、レオンとレイラは室内に入る。
広くも無く狭くもないそこは、南側に窓枠より少し低い位置の備え付け机があり、その反対側には天井付近まである本棚があった。
西側の窓際には、薪ストーブ風のヒーターがあり、レイラが休憩をとると聞いて、先ほどの立哨の1人がそれを付けてくれていて、部屋は快適な温度になっている。
窓際には木製のブラインドがぶら下がっていて、実にシックな雰囲気だった。
「へえ、なかなか良い趣味じゃないか」
「はい……、ありがとうございます」
部屋の真ん中には、2人掛けの焦げ茶の革張りソファーがある。それは最近発売されたばかりのもので、レバー操作で背もたれの角度が調整出来るものだ。
「座っても良いかい?」
「どうぞ」
「お、なかなか良い座り心地だね」
「私もそう思います」
2人はそれに並んで座り、レオンは少しだけ、レイラは背もたれほとんど平らに倒した。
横になったレイラが、腹側をレオンがいる方へ向けると、彼は自分の上着を脱いで、それを彼女の身体にかけた。
「ありがとう、ございます……」
ふわり、とレオンの匂いを感じたレイラは、頬を少し赤らめつつそう言う。
「このソファーって、どこのやつなんだい?」
「あっはい。これはサラのご両親がやってらっしゃる家具メーカーのものです」
ちなみにこれには1人用のモデルもある、と聞いたレオンは、僕も自分用に買おうかな、と言って笑みを浮かべつつ、自分の端末を開いてネットワークに接続した。
……昔も、レオンはこうやっていましたね……。
軍にいたときのレオンは、救援に派遣されたときは勿論、平時も移動時間にまで資料を読み込むので、移動の鉄道の客車で同じような光景になっていた。
その当時と変わらない様子で、資料をチェックするレオンの後ろ姿をレイラはぼんやりと見つめる。
「こうやって2人だけなのは、随分と久しぶりだね」
「はっ、はい。そうですね……。3年強ぶりぐらい、でしょうか」
タッチペンで文字を書きながら、そう話し出したレオンに、レイラは少し慌てて返事をする。
「お互い、背負うものが随分増えちゃったね」
「はい。あなたと出会ったあのときには、想像すらしていませんでした」
レオン旗下の個性豊かな兵士達と、彼の傍らにいた、実妹の『聖女』セレナと共に過ごした日々を2人は懐かしむ。
「レイラはあれ覚えてるかい? 慰安旅行で僕とボブの昼ご飯が無くなったやつ」
「ああ、あの犯人が鳥だった話ですね」
2人とも、そのときの大騒ぎを思い出して、思わず頬が緩む。
ボブは『赤の3番』と呼ばれていた兵士で、ヒョロリと背の高い痩せぎすの男だが、2人に次ぐエースパイロットである。
「そうそう。あのときはもう笑うしか無かったよね」
近くにあった鳥の巣から、サンドウィッチの包みが落ちてきて、その犯人が明らかになった。
「マイクはちょっと不憫でしたけどね……」
「僕とレイラ以外に5日ぐらい口聞いてくれなかったっけ」
マイクは『赤の13番』と呼ばれていた兵士で、砲撃の腕はかなり優秀だが、前所属で食事が不味いことで上官ともめて左遷された、恰幅の良い若い男である。
犯人扱いされたせいで、和解に断固拒否の姿勢のマイクに2人は困っていたが、演習に来ていたベイル達とどんちゃん騒ぎしたおかげで、あっさり仲直りに成功した。
そんな感じで、他愛のない思い出話をしていたが、1時間が経過した頃に、なぜレイラに何も言わずに行ってしまったか、の話になった。
「僕はね……、あのままだと、レイラをダメにしてしまうと思ったんだ」
レオンは退役直前の頃になると、精神安定のためにレイラを呼び出すのをやめ、彼女の部屋を訪れるようになり――、そういうことをする様になっていた。
そうなってからというもの、レイラが時々疲れた様子を見せるので、自分のせいで悪影響が出ていると考え、レオンはその責任を感じ、行方をくらませる様に退役したのだった。
「君に慰めさせるなんて、僕は……、何を考えていたんだろうな……」
何も言えなくなったレイラへ、自嘲的にそう言うレオンは、すっかり冷めたコーヒーを飲み、
「あっ、ごめん。仮眠したいよね」
湿っぽい空気になってしまったので、申し訳なさそうに無理に笑って話を切り上げた。
「はい……」
レイラはこれ以上、レオンの傷を抉りたくなかったし、一応は答えを得られたのでもうそれ以上の追求は止めた。
やはり私では……、彼を支えることは出来ていなかったのですね……。
寝返りをうって目を閉じたレイラは、そう考えながら彼の方に背を向けた。
「ああ、レイラ。ごめん、もう1つ聞いておきたい事があるんだけど」
「はい?」
「昼間、僕に何を言おうとしたんだい?」
「――っ」
レイラは顔を赤くすると同時に、カッ、と目を開いて身体を起こした。
「ああいえ、別にその、大したことでは無いのですが……」
ぐるり、と振り返ると、思いの外レオンの顔が近く、彼女はビクッと後ろに身体を引く。
「その……」
一言発して、少し逡巡した後、
「またあなたと、離ればなれになるのが……、寂しかった、ので……」
声をどんどん小さくしながら、シャイな少女の様にもじもじしてそう言う。
「それなら、僕の端末番号を登録するかい?」
「――ひゃいっ!?」
前触れも無く最終目的にまでたどり着いて、レイラは驚きと喜びが混じった顔で、また変な声を出した。
「あっはい……。お、お願いします」
にやけそうになるのを堪える彼女は、コクコク何度も頷いた。
お互いの端末を出して、番号を登録すると、
「寂しくなったら、いつでもかけて良いよ」
「はい。ありがとう、ございます……」
わかりやすく舞い上がりながら、レオンに礼を言うレイラは、端末を抱きしめるように抱くと、また横になった。
「お休み、レイラ」
「はい」
炎を再現したヒーターの映像を眺め、背中にレオンの気配を感じながら、レイラはしばしの眠りについた。




