第四話
というわけで、
『こんにちは。私は、『帝国』軍中尉のアメリア・マドックと申します』
『島国』人とのクォーターで、『島国』語も話せるアメリアに通訳のお鉢が回ってきた。
「……。私のアメリアさんですのにぃ……」
そのせいで、アメリアが自分をあまり見てくれないため、立っている彼女の隣で椅子に座っているエレアノールは、猛烈にむくれた顔をしていた。
そのせいで、帰国も遅くなったのだが、彼女の中で、そんなことは大した問題では無くなっていた。
ちなみに、エレアノールとアメリアも仮面を外している。
『ご丁寧にどうも。ボクはミコト。肩書きは一応、『ヤシロ国』の第87代大王だ』
『ヤシロ国』は、『島国』の北半分の諸藩の総称で、彼女はその頂点に君臨している。
アメリアの挨拶に、ミコトと名乗った少女がそう返すと、アメリアは自然に恭しく跪こうとする。
『ああ、畏まらないでくれ。ボクはどうにも、そういうのが苦手でね』
それを聞いた彼女は、一言礼を言って、中腰の体勢から直立不動になった。
「その方、王族か何かですの?」
「はい」
と返事した後、ミコトから聞いた話をエレアノールに伝えたアメリアは、再びミコトとの会話に戻る。
「よくお分かりになりましたね」
以心伝心、といった様子の『帝国』の2人を見て、レオンが感心してエレアノールにそう言うと、
「あなた方と同じですわよ。『英雄』さん」
少し離れた位置で顎に手を当て、なにやら思案中のレイラの方を見つつ、少し誇るような表情でエレアノールはレオンにそう言う。
「長い付き合いがなせる技、と?」
「ええ」
そう言って頷いたタイミングで、見られているのに気がついたレイラが、真顔を装いながらちょっと頬を赤らめた。
彼女の部下の『大連合』兵達が、そんな純情上司を見てニヤケ顔を堪えていた。
ややあって。
『それで、なぜ遠路はるばる、大陸までおいでになったのですか?』
『ああ。それはだね……』
ミコトはそう言って、少し間を開けてから、その理由を話し始めた。
*
永らくの間、『島国』は北半分の『ヤシロ国』と、南半分の『エイシ国』が散発的な紛争を繰り返しつつも、なんとか共存していた。
しかし、現在から1年ほど前、新たに『ヤシロ国』の軍総司令官に、ヨシマサ・ウミヨリという、野心家の大将が就任した事で、情勢は大きく変化する事になる。
ヨシマサは、歴史に自分の名を残そうと、『エイシ国』の征討を画策した。
その第1段階として、『エイシ国』のスパイが侵入しており、何かしら事を起こそうとしている、というデマを流した。
『ヤシロ国』民は普段から『エイシ国』へ良い感情を抱いていなかったため、そのデマが浸透するまではそう時間がかからなかった。
この辺りで、近衛師団は妙な空気を察知し、情報を集めてはいたが、反『エイシ国』感情は、過去の例と同じく一時的なものだろう、とミコトも近衛師団も楽観視していた。
次に、自作自演の挑発行為を繰り返し、反『エイシ国』感情を煽り、もくろみ通り世論は『エイシ国』の征討を求める様になった。
その風潮が最高潮に高まったとき、ヨシマサは対『エイシ国』絶滅戦争に舵を切らせるため、彼らの手によるミコトの暗殺、というシナリオを発動させた。
手始めに、王宮へ侵入させた自らの私兵を使ってミコトを監禁し、近衛師団主力を沈黙させた。
次に嘘のミコト暗殺の報を大々的に報じさせた。そして最後は、宣戦布告と共に『エイシ国』への侵攻を開始させた。
国民全員から絶大な敬意を集めていたミコトの暗殺、というデマを信じ切った軍は完全にたがが外れてしまう。
その結果、『神機』で非戦闘員が多く住む街まで無差別に攻撃し、投降した『エイシ国』兵士まで惨殺する、という地獄絵図が各地で発生した。
近衛師団と自室で縛られるミコトは、自分たちの失策を深く悔やんだが、もう何もかもが遅すぎた。
そんな絶望的な状況下で、王宮内で生き残っていた老近衛兵数10人が、隙を突いてミコトを奪取した。
近衛兵でも限られた者しか知らない、超古代文明遺跡から出土した、潜水艇型の『神機』を使って、ミコトと共に脱出した。
この『神機』は、大陸と『島国』の間を隔てる、暗礁と激しい海流で普段は渡ることが出来ない海域、『分断の海』を超精密機械制御によって唯一超えられるものである。
しかし、潜水艇の存在はヨシマサ方に漏れていて、待ち構えていた『神機』に攻撃を受けた。
防御力が低い潜水艇ではひとたまりも無く、あっという間に航行不能になった。
『皆止めるんだ! 君主だけが逃げるなんて、そんな恥知らずな事は出来ない!』
近衛兵達はせめてミコトだけでも、と、艦橋直下の部屋にある、クジラ型脱出ポッドに乗せようとするが、彼女はそう言って抵抗する。
『お断りいたします!』
『全てはボクの無能さが招いた事だ! 逃げ延びて生き恥を晒せというのか!』
『落ち着きなされミコト陛下!』
先々代の大王から仕える最古参の老兵が、半狂乱のミコトを一喝し、
『あの惨状を止められるのは、ミコト陛下ただ1人なのですぞ』
そっと彼女の両肩に手を置き、目を見据えてそう言った。
『ボクは、どうすれば……。一体どうすればいい……?』
ひとまず落ち着いたミコトは、老兵へすがるように訊く。
老兵は、希望的観測ではございますが、と前置きし、
『大陸に住まう同胞を頼り、陛下のお言葉を通信波に乗せて我が国へ飛ばすのです』
さすれば、サイゾウ・キリシマ殿やハンゾウ・ヒエイ殿が知略を発揮し、必ずや惨禍をとめてくださるはず、とミコトに伝えた。
青年将校のサイゾウ・キリシマと、禿頭の壮年将校ハンゾウ・ヒエイは、それぞれ近衛師団長と副長である。
彼らはあまりにも頻発する騒乱に疑問を抱き、師団本部にて情報収集をしていたところ、ヨシマサの策略に不覚を喫してしまった。
『さあ陛下。この老いぼれ共のことはしばし忘れ、民をお救いくだされ』
そこに居る老兵達全員は、顔色1つ変えずに、自らの君主に敬礼していた。
『ああ、分かった……』
ついに艦橋にも浸水が始まり、ミコトは苦渋の表情でポッドに乗り込んだ。
隔壁が閉まる直前、ミコトがもう一度彼らの方を見ると、全員がミコトを悲しませまい、と精一杯の笑顔を見せていた。
やがて隔壁が閉まりきると、マスクから放出された麻酔で、ミコトはしばしの眠りについた。




