第九話
『公国』軍の支援と元・北部守備隊メンバーの独断行動により、『大連合』西北領に侵入した『帝国』軍は、戦闘開始から16時間で国境の外に追いやられた。
戦闘開始から24時間が経過した夕方、両国は停戦合意に至り、南部領での戦闘も終結した。
講和条約によって、停戦時に『帝国』軍の勢力下にあった南部領の8%は、『帝国』へ割譲されることになった。だが、『帝国』軍を完全に駆逐した西北領の国境は、全く動くことは無かった。
*
基地に帰ってきたレイラは、敷地内の病院で治療を受け、副官以下、首脳陣が待つ執務室へ戻ってきた。
「少将おおおお! ご無事で何よりでずうううう!」
「……何も、そこまで泣く必要はないのでは?」
右目が包帯に覆われているレイラは、自分に抱きついて号泣している副官へ、困った様子で笑ってそう言った。
「……」
その様子をレオンは、ドアの外からこっそりとのぞき見ていた。
「レオンさん、そんなところで何をなさっているんですか?」
『聖女』の正装である、修道服に着替えたセレナがやってきて、不審な様子のレオンにそう訊いた。彼女の周囲には、護衛の『公国』軍の女性衛兵が数人立っている。
「いやね……、別れ方が別れ方だけに、どうにも話しかけづらくてさ……」
困った顔をするレオンはそう言って、一度仕切り直すために、その場から立ち去ろうとしたが、
「あっ、レオンの旦那じゃないっすか!」
「どこにいらしたのですか大佐!」
「やはり大佐が乗っておられましたか!」
ちょうど、レイラの執務室へ行くためにやってきた、元・北部守備隊の面々に発見されてしまった。
「姐さーん! 大佐がいらしてますよー!」
そして彼らはそう言って、レオンがいることを思い切りばらしつつ、執務室内へと彼を押しながらドヤドヤと入っていった。
「……レオン」
レイラの前にいた、西北領首脳陣たちの塊が左右に割れ、レイラとレオンは向き合う形になった。
「や、やあ……」
いたたまれない様子のレオンは、苦笑しながらレイラに挨拶をする。
「レオン……!」
すると、彼女はレオンの胸に飛び込んできて、その身体を強く抱きしめた。
「ああ、ずっと……、ずっとお会いしたかったです……、レオン……」
レオンと再び会えた事に感極まり、レイラは立場もなにも投げ出して、何度もレオンの名前を呼ぶ。
「……ごめんよ、レイラ。君に何も言わず、突然居なくなったりなんかして」
彼女の耳元でそう囁いたレオンは、恐る恐る、といった様子で、そっとレイラの細い背中に腕を回す。
周囲の人々は皆、そんな二人の様子を暖かい目で見守っていた。
*
戦闘終結から2日、レオンは実妹のセレナが眠る、国営の英霊墓地を訪れていた。
「また来るよ、セレナ」
彼女の墓に花束を添えた彼は、墓石を撫でながら、実妹に語りかけるように独りごちた。
墓地の囲いの中から出ると、護衛を引き連れたセレナと、胸の勲章が増えた軍服を着ているレイラが、出入り口の真正面に待っていた。
彼女の目はセレナの力によって、瞼に微かな痕が残ったものの、視力は問題ないレベルに回復していた。
「じゃあ、帰ろうか。セレナ」
「はい」
レオンはにこやかにそう言って、セレナの後ろに停まっている、『公国』の公用車へとエスコートする。
「……」
レイラはその場で立ち尽くし、その様子をじっと見ていた。
やはり私では……、彼を支えるには、力不足だったようですね……。
実妹の死後、レオンの表情に潜む様になっていた陰は、今の彼には全く見られなくなっていた。
車に乗る直前で振り返ったセレナは、レオンに視線を向け、何だかソワソワしているレイラを見つけ、
「レイラさんが何か、レオンさんにご用がありそうなご様子ですよ」
彼女に微笑みかけつつレオンにそう言い、先に後部座席へと乗り込んだ。
「僕に何か用かい? レイラ」
レオンは踵を返してレイラの方へと向かって行き、その目の前にやってきた。
「あ、いえ……。大した用では……」
彼の顔を上目遣いで見るレイラの声は、尻すぼみに小さくなっていく。だが反対に、その顔はドンドンと赤みがかってくる。
「それでも構わないさ。言いたいことはすぐに言わなきゃ、後悔するようになるよ」
レオンは真剣な表情で、真っ直ぐに目を見てそう言う。
「でっ、では。あの……、その……」
レイラは口元でゴニョゴニョと何か言った後、
「レオンはもう……、こちら(『大連合』)には帰っては来ないのですか……っ?」
意を決したかの様にそう言ったが、自分にはふさわしくない、という思いから、ついそう訊いてしまった。
「ああ、そのつもりだよ」
残念ながらね、と言ってレオンは、目線を英霊墓地に翻る国旗に移す。その表情は、少しだけ辛そうな様子だった。
「……そう、ですか」
薄々分かっていたとはいえ、レイラは少なからずショックを受け、伏し目がちでそう言った。
「ごめんよ、レイラ」
名残惜しそうな様子で、もう行かなきゃ、と付け足したレオンは、レイラの手の甲にキスをした。
「またいつか会おう。レイラ」
「……はい」
いつもの様に爽やかな笑みを浮かべて、セレナの待つ公用車へと歩き出す。
レオンが車に乗り込むと、まもなくそれは、『公国』に向けて出発した。レイラはその後ろ姿が見えなくなるまで、『大連合』の軽装甲車の傍らで敬礼していた。




