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『神機』:護りし者  作者: 赤魂緋鯉
幕間 1
13/113

『英雄』レオンの慟哭

 232年7ノ月戦役が終結してからおおよそ2ヶ月後。

 『公国』は『王国』との講和条約を締結し、つかの間の平和が訪れていた。

「やあセレナ。良い天気だね」

 セレナが庭園の東屋(ガゼボ)でティータイムを楽しんでいると、ふらりとやってきたレオンが彼女にそう話しかけた。

「れっ、レオンさん!?」

 不意に目の前に現れた『英雄』に、心の準備が出来ていなかった『聖女』は、黒い修道服に危うく紅茶をこぼしかけた。

「突然押しかけて迷惑だったかな?」

「いえ! 迷惑だなんてそんな……」

 戦争終結以来、しばらく会っていなかったため、セレナは飛び上がらんばかりに喜んでいた。

「そうか。それはよかった」

「はっ、はいっ!」

 相変わらず爽やかな笑みを浮かべるレオンに、彼女は熱に浮かされたように顔を赤らめていた。

「レオンさんあのっ……。お茶でもいかがですかっ?」

「セレナ殿下のお誘いとあらば」

 レオンはわざとらしくそう言って向かいの席に座り、給仕が淹れた紅茶を啜る。

「うん、これはいい茶葉だ。南部産のものかな?」

「はい、そうです。父がお礼に頂いた物だそうで……」

 そのやりとり以降、2人の間に何も会話が生まれず、セレナが内心焦りまくっていると、

「こらっ、マリーさん!」

「れおーん! れおーん!」

 レオン訪問の知らせを聞いたマリーが、教会での勉強を放り出してやってきた。2人の元に駆け寄る彼女の後ろを、中年のシスターが必死で追いかける。

「やあマリー、ちょっと背が伸びたね」

「えへへー」

 彼女はレオンに頭を撫でられて、とても気持ちが良さそうに目を細める。

「マ、マリーさん……っ!」

「やー、れおんといるー」

 肩で息をしながらマリーを連れ戻そうとするシスターに、

「まあまあ、シスター。休息も大事ですから」

 レオンはそう言って説得した。

「……それもそうですね」

 マリーを連れ戻すのをあきらめ、彼女は教会に帰って行った。

 ややあって。

 レオンは『聖女』2人に、自身が『英雄』となる前の話を語っていた。

 セレナと彼女の足の膝に座るマリーは、真剣な面持ちでそれに聞き入っていた。

 その話が、『帝国』の『神機』と『大連合』のそれが、相討ちになったシーンに達したとき、

「あ……っ」

「……」

 聖女2人の頭の中へと、突如彼の記憶が流れ込んできた。


                    *


『……なあ、"セレナ"。お前は怖くないのか?』

 『英雄』伝説の始まりとなる戦いの直前。

 レオンは『神機』コクピットに乗り込むためのタラップ上で、『聖女』である彼の実妹・セレナにそう訊ねた。

『大丈夫ですよ、兄様』

 不安そう目で自分を見る兄へ、セレナは柔らかな微笑みを向けた。

 モスグリーンのパイロットスーツを着た彼女は、レオンと同じ髪と瞳の色をしていて、その顔立ちも兄同様に整っている。

『兄様を護れることが、私はとても嬉しいのです』

 いつも兄様には、護られてばかりでしたから、と、言った彼女だが、そのか細身体は小さく震えていた。

 怯えてるじゃないか……。

 手の甲に『聖女』の紋章が浮かぶ右手を、レオンは両手で包むように握った。その手にセレナは自分の左手を重ねた。

『ねえ兄様。この戦争が終わったら――』

 彼女が全て言い切る前に、柱に付いているスピーカーから、全兵士への出撃の命令が下された。

『この話はまたですね。それでは兄様、ご武運を』

 そう言って話を切り上げたセレナは、少し背伸びしてレオンの頬にキスをした。

 その後、すぐに大勢の整備兵や『神機』のパイロットがやって来て、レオンはタラップ上から追い出されてしまった。

『大佐』

 彼が階段でタラップから降りると、副官のレイラがパイロットスーツ姿で待っていた。レイラはスラリと背の高い、黒髪の美しい女性で、レオンと同等の操縦の腕を持っている。

『……分かっているよ』

 行こう、とだけ言って、レオンは後ろ髪を引かれながらも、彼女と共に『レプリカ』の格納庫へ向かった。


 その数時間後――。


『お……、い……』

 友軍の『神機』には大剣が、向かい合う敵軍の『神機』には友軍機の槍が、それぞれ、コクピットのある機体の胸部に突き刺さっていた。

『嘘……、だろ……?』

 コクピットのパイロットに呼びかけても、そこにいるはずの実妹に呼びかけても、誰からも返答が返ってこなかった。

『あ、あぁ……』

 非情な現実を受け入れられないレオンは、戦場の真中にも関わらず、撃破された2つの『神機』をただ呆然と見ていた。

 動かないレオン機を敵機が狙ったが、2機の間に躍り出たレイラ機に撃破された。

『大佐、ご命令を!』

 守備隊の首脳陣が暗殺されたことを受け、レイラは階級が最も上の彼に指示を仰いだのだが、

『ああああああああああああああああああああああああああああッ!!』

 彼から返ってきたのは、我を忘れて慟哭する悲痛な声だった。

『冷静になってください大佐!』

 レオンは全く聞く耳を持たず、唯一の肉親である実妹の名前を繰り返し叫び続ける。

『大佐!』

 そんな上官の乗る機体を、レイラは叫びながら自機の盾でぶったたいた。

『レ、イラ……。僕は……、セレナを……、セレナを……』

 それでやっと気がついて、うわごとの様にそう喋り続けていたレオンは、

『いい加減にしてください!!』

 レイラに全力でそう怒鳴られ、わずかだが冷静さを取り戻した。

『……僕が囮になる。君は皆を連れて撤退しろ』

『出来るわけがないでしょう!』

『頼むよレイラ……。言うことを聞いてくれ……』

『そんな指示は聞けません!』

 もう1機現れた敵を砲撃しつつ、情けない声を出すレオンをレイラは一喝する。

『あなたが1人が囮になっても! 敵機全てを押さえるのは無理です! 出来てもせいぜい30分です! そんな時間で第4防衛ラインまで撤退出来るとでも!?』

 崩壊寸前の第3防衛ラインから第4防衛ライン間は、『レプリカ』の足では速くても1.5時間かかる。

『……まず、無理だろうね』

 まくし立てる彼女の声で、レオンはなんとか我に返った。

『それに……。あなたが死ねば、私も正気を保てるかどうか……』

 先ほどまでとは一転して、沈んだトーンでそう言ったレイラに、すまない、と言った彼は1つ深呼吸をした。

 レオンが平静を取り戻した事で、レイラは安堵(あんど)のため息を吐いた。

『ではご指示を。大佐』

 彼女はそれから、いつものように冷静な口調で彼にもう1度そう訊ねた。

『……ああ』

 レオンは何事も無かったかのように、自軍の全機に対して作戦を通達した。


 絶体絶命だった『大連合』が、レオン達の活躍によって大逆転し、一応の勝利を収めたあと。

 レオン以下、北部守備隊の残存兵達は、軍のプロパガンダのために中央の基地へ配属される事になった。

 部隊全員に最高ランクの勲章が贈られ、レオンは軍の幹部になるはずだった。

 しかし、実妹のセレナを失ったことで、モチベーションを失っていたレオンは、地位の代わりに『レプリカ』1機をもらい受け、そのまま退官してしまった。

 彼が絶対的な信頼を置くレイラにすら、そのことを知らされたのは、レオンが出国してしまった後の事だった。


                    *


 2人が静まりかえったのを見て、レオンは自分が抱えている傷が、2人に伝わってしまったことに気がついた。

 見苦しいもの見せてごめんね、と謝罪してから、

「僕は、『英雄』なんて呼ばれるほどの男じゃないんだよ」

 彼は痛みを隠すようにそう言い、自嘲的な笑みを浮かべた。

「レオンさん……。いえ、そんなことは……」

 痛々しいそれを見ても、セレナにはそう言うことが精一杯だった。

 レオンが話すのを止めてしまい、気まずい空気が流れる中、

「――むかしのれおんは、そのとおりかもしれない」

「ま、マリー?」

 表情を全く変えずに、じっと彼のことを見ていたマリーがそう言い、セレナをギョッとさせた。

「でもいまのれおんは、わたしたちをすくってくれた。だから、れおんはそうよばれるしかくがある」

 そう続けたマリーが見せた表情は、こちらに微笑みかけてくる緻密な美人画のようだった。

「……」

 そんな彼女の発言にレオンは目を丸くしていたが、

「ありがとう、マリー」

「れいはいらない」

 痛々しさの消えた穏やかな笑みを浮かべて、紅茶を飲むマリーにそう言った。

 マリーは、凄いですね……。

 そう言ってのけたマリーに舌を巻くセレナは、タルトをほおばる彼女の顔を見る。

「んふー」

 彼女は得意げにする様子もなく、ベリーが乗ったそれを至福の表情で味わっていた。

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