怪盗カササギ推参! 後編
怪盗カササギは岩がむき出しの地下空間で、顔を覆っていた仮面を外す。現れた顔は何の変哲もない顔で、目立った特徴もない。
「あ~、参った参った」
軽快な口調から声が明らかに変わった。それは疲れを滲ませる声だ。
中央で待っていたのは、長い黒髪をポニーテイルにした巫女姿の女子。彼女は帰ってきた男の無事を確認して、晴れやかな顔を見せた。
「おかえりなさい」
が、すぐに彼の表情を読み取って、
「どうしたんですか、兄さん?」
「変な奴がいた」
「変な奴、ですか」
ジッと男の顔を見続ける女子の反応に気づかず、男は話を続ける。
「うん。詳しくは後で話すけど、警察のど真ん中で剣を振り回す危険人物」
ちなみに、彼女の目の前にいる男は学帽に学ラン姿、赤いマフラーなびかせ、大きな信楽焼きを背負って、警察のど真ん中から生還してきた。その時はさらに白い仮面で顔を隠していた。
「ああいう奴を野放しにしておくとか、日本の警察は大丈夫なんだろうか?」
「兄さん、全て回り回って自分の首を絞めています」
「え? マフラーがどっかに引っかかってる?」
遠回しに伝えても気づかれなかった。
怪盗カササギの正体――神津 速人は背負っていたタヌキを部屋の中心で下ろした。速人のことを「兄さん」と呼ぶが、巫女の少女篠木 瞬は彼の従妹で本当の妹ではない。長年一緒に暮らしていて、その呼び方が定着しただけだ。彼女が早生まれで生まれ年は違うが、学年は同じだ。
瞬は大きな信楽焼きを見て、申し訳なさそうに顔を曇らせる。
「すみません。危険な思いをしてまで持ってきてもらって……本当は私がちゃんと先方に説明して、除霊の依頼を受けないといけないのに……」
「そんな気兼ねしなくっていいよ、事情はしっかり分かっているから。それより、早くこっちこっち」
速人は待ちきれない様子でタヌキを指さし、瞬に催促する。
瞬は気持ちを切り替えるようにコクリと頷き、タヌキの前に立つ。速人は彼女から少し離れて見守る。
仕事にかかった瞬は両手を胸の前で合わせ、言葉を紡いでいく。滔々と語られる文言に反応し、地面に刻まれている円が光り出した。そして、その円の中に光る五芒星が現れる。
それに呼応するようにタヌキも淡い光を放ち出す。その様子を、速人は固唾を呑んで見守っていた。瞬の頼みで物品を盗んでくる速人だが、この瞬間は彼も待ち望んでいる一瞬なのだ。
そして、タヌキから淡く光る白いモヤのようなものが出てきた。それは徐々に形を成し、苦悶の表情を浮かべる初老男性――
「がっかりだよ!」
が現れた。
ハッキリと霊の姿が出る前に絶望した速人は、膝から崩れ、拳を地面に叩きつけて、背中に闇を背負って項垂れていた。
「タヌキの置物だから豆タヌキでも憑いているのかと楽しみにしていたのに、蓋を開けてみれば人間の悪霊! こんなこと許されないよ! ゆるキャラの中身がおっさんだったぐらいの所業だよ! 夢を壊された! せめてもうちょっとファンシー要素が溢れるものが憑いていたら――七人の小人的なものとか!」
大きいとはいえ一体の信楽焼きに七人の小人が入っていたら、中々にシュールな気がすると、瞬は白木の弓を用意しながら思った。
悪霊は生身の二人を前にして、恨みがましい言葉を放つ。
『ううぅぅ~、なぜだ~! 信用していたのに……どうして開店資金を持ち逃げしたのだあぁ~!』
ハァ~っと、絶望の深いため息をついた速人は、よっこらせっと立ち上がる。
「声も語る内容も暗いし……悪霊の恨み言っていうのはどうしてこうも、お金や執着、裏切りっていう、ドロドロしたものが多いのかな? せめてもうちょっとこう……建設的な内容にしてほしい」
「建設的な内容……? 例えばどんなのですか?」
「成仏先は極楽がいいとか、生まれ変わりはイケメンに限るとか」
「そういう楽観的な方は悪霊化しないと思います」
魂の叫びをまるっと無視されている悪霊は、さらに嘆きを強くする。
『許さん~、許さんぞ~! あの金さえあれば、私は成功できたのだ。それを、あいつは、よくも~!』
自分の怨みを生者に向けようとする悪霊は、両手を大きく広げて速人へと襲い掛かる。
迫りくる悪霊を、速人は懐から取り出した十字架で殴った。十字架も鈍器として扱われたことにビックリしたことだろう。
「いや、ホント。いっつも思うけど、この世にしがみついてまで悪霊になる人のエネルギーってすごいよね。周囲に当り散らすほどやたらにハッスルしてるもん。そんだけのエネルギーを生きている時に使っておけば、もうちょっと違ったかもしれないのに」
「そうですね。あそこのお店を管理しているおじいさんが体調を崩したのも、この悪霊のせいですからね。…………う~ん、大人になってから勉強がしたくなるようなものなんでしょうか」
そんな返しをしつつ、冷静に瞬が弓の弦を引き絞ると、白い矢が出現して番えられた。
十字架に殴られて怯んだ男は顔を大きく歪め、
『うぅ~、貴様ぁ~……貴様ァ~!』
再び速人へと襲い掛かる。が、彼に近づく前に飛来した矢に貫かれ、おどろおどろしい苦痛の悲鳴を上げて霧散した。
速人が瞬の方を見ると、白木の弓を下ろして、少し頬を紅潮させて笑っていた。
「除霊完了です」
「……ハァ、今回は外れか。期待していた分、へこむ」
誰も知らない怪盗カササギこと神津速人の真の目的、それは――
「兄さん、動物霊に出会えなかったからってそんなにいじけないでください」
物品に憑いている動物の物の怪に出会うことにあった。
「瞬には分からないよ。深刻な病に侵されている俺の苦しみが」
沈痛な表情で胸のあたりを強く握った速人に、瞬は物悲しい顔を向ける。
「兄さん…………動物アレルギーをそんな大仰で深刻そうに言わなくても」
「俺にとっては死活問題だよ! 可愛い動物が好きなのに触れないなんて!」
だが、パッと速人は表情を輝かせて手を天に向ける。
「でも! そんな俺のオアシス! それが霊体・思念体の動物! アレルギーの元になるアレルゲンがないから触り放題の愛で放題! 待ってろココア! 今いくぞ~!」
と、速人は声だけ残してすでに姿を消していた。
この前の絵画に憑いていた犬の幽霊(どうやら作家の愛犬だったようだ)は、本当に久しぶりの動物霊だった。その時の速人の喜びようは言い尽くせず、除霊ではなく浄化することで邪気を払った。今は大人しい犬となって、速人の部屋にいる。
「こんな所で怪盗の本領を発揮しなくてもいいと思うのですが……」
と若干呆れたコメントを言った後、誰もいなくなった地下空間で瞬は隅に駆け寄った。岩肌にカモフラージュされているボタンをポチッと押せば、ウィーンと岩肌が左右に開かれてテレビの液晶が現れた。
すぐさまスイッチを押して録画されていた映像を見れば、カササギの姿が映っていた。島のケーブルテレビが配信している映像で、怪盗カササギが現れる時には現場へ行ってカメラを回す。その時の島の視聴率は驚異の七〇パーセントを超える。
その映像を見て、興奮に頬を染める瞬は黄色い悲鳴を上げる。
「カッコいい~! やっぱり兄さんはすごい素敵! どんなものを盗んでいても絵になるんだから~!」
彼女には信楽焼きを背負っているカササギがどう見えているのだろうか? かなりマヌケな姿なのに。
誰もいない地下空間で、遠慮することなく彼女は自分を開放する。
「神出鬼没で正体不明なんてミステリアスで魅力的! そんなカササギの正体を私は知っているなんて優越感? 優越感! あ~も~! そこらのミーハーなファンとはレベルとランクが違い過ぎて次元を超える超越者! イエェイ! 島と私のためにわざわざ危険を冒して盗って来てくれるなんて愛を感じる! ダメよ私! 嬉しがっちゃダメ! 本来なら許されることじゃないの! いくら島の平和を守るためで後で返却するって言っても……許されない? 禁断の行為!? 兄さんと!? きゃ~! わ~!」
と、盛り上がっている時、プツッと録画映像が途中で終わった。画面にはHDDの容量不足とあった。悲鳴が出せないほど、瞬はショックで固まった。この世の終わりがきたような絶望顔を見せた後、泣きながらテレビを掴みかかる。
「なんて大失態! そんなに録ってた!? 最高画質で録りすぎた!? 4K!? 4Kが悪かったの!? こんなことなら外付けハードに移しておくんだった! 前回容量がピンチですって注意出た!? 録ったのいつだっけ!?」
リモコンを操作して確認すると、十日前のことだった。それを知った瞬は除霊の片づけをそこそこに(テレビの隠ぺいは完璧に)切り上げて家に向かった。
『壊滅の信楽焼き』の後日談として、けろりと体調が回復したおじいさんがペナントの様子を見に行ったら、そこに前と変わらずタヌキの信楽焼きがあった。
怪盗カササギがそれを返却したということは、そういうものじゃなかったのだと思い、気兼ねなく処分した。
遅れて速人の部屋の前に来た瞬は、入室前にノックをするが中から返事はない。でも、中で大騒ぎしている声は聞こえるので速人はいる。
犬に夢中で気づかないんだと思って、瞬はドアを開けた。
「ふさふさでふわふわ。ふさふわ~! 可愛い~! カワイイ~! くぁいい~! その黒い瞳が魅力的で吸い込まれそう! いや吸い込まれてる! 俺が映ってる! ヒャッホイ! 軒並みシャッターチャンスで指がつりそう! 折れるな! 俺の指よ折れるなよ~! いいよ、ココアそのポーズ! その目線とかプロか、ココア! 俺の気持ちに応え過ぎだろ! 以心伝心、相思相愛、一心同体! まさに奇跡!」
予想以上に大惨事だった。しかし、やはり従妹同士か。どこかそのはしゃぎっぷりは瞬と似ていた。
仮面以外は怪盗カササギ姿の速人は、床に寝転がって小型犬のココアと目線を合わせてデジカメで撮影している。ストレスを与えないよう声掛けを密にし、自然体でいてもらうためボール遊びをさせている。
這いつくばって右手でデジカメを構え、左手でキャッチボールの相手をし、動きまわるココアを追い回して前から横から後ろから下からと、色んな角度から忙しそうに撮影している。
あらゆる意味で誰にも見せてはいけない有り様に、瞬はドアノブを握ったまま力が抜けてしゃがみ込み、復活するまで随分とかかった。それなのに、その間ずっと速人は瞬が来たことに気づきもしなかった。どうにか立ち上がった瞬は、頬を赤く染めていた。見ている方が恥ずかしいためかと思いきや、
(兄さんこそ可愛いわよ)
と、全人類が共感しえないことを思っていた。先程しゃがみ込んだのも、どうやら彼女が悶えるのを堪えるためだったようだ。
ヒクつきそうになる頬を押さえ、瞬は袖から破魔の札を一枚取り出し、ココアに投げつけた。
ペタッとココアの額に札がはりつくと、光の柱を満足げな笑顔で上っていった。
「ぎゃあ~! ココア! ココア! 往かないでくれぇ~!」
必死に手を伸ばすが、無情にもココアは天井のさらに先へと消えていった。
速人は床に手をつき、ガックリと項垂れた。しばらく静まり返っていたが、肩を震わせて顔を上げた時は、滝のような涙を流していた。
「瞬~!」
すごい迫力で迫ってきたが、瞬は気圧されず落ち着いた様子で人差し指を立てる。
「約束したはずです、兄さん。動物霊を愛でるのは十日だけです。愛情を注ぎ過ぎて居心地が良いと感じてしまえば、成仏させにくくなってしまいますから」
言われて速人は「うっ」と呻いたが、
「そうだけど! せめて楽しいメモリーを振り返りつつの成仏パーティを開くとか! ほら、こんなに撮ったのに!」
と、SDカードを二枚も出してきた。十日でこれだ。その愛が重いし怖い。
「必要ありません」
あえて瞬は厳しく言う。一つ許せば調子に乗って次々に要求してくる可能性がある。
速人も霊を現世に留めておくのはよくないことだと分かっているので、それ以上瞬に食ってかからない。
「うぅ~、あの絵画は久しぶりの動物霊憑きだったのにな~、はぁ~」
力が入らないのか、速人の手からデジカメが滑り落ちた。高校に入学した時に買ってもらった大切なものなのに、気にならないほどショックらしい。
さすがにそこまで気落ちする速人を見ては、瞬も少し気がとがめた。膝を抱えていじける彼を見て、
「兄さん、そんなに落ち込まなくても」
肩に手を置こうとしたが、プイッと体の向きを変えられて拒否された。
こうまでヘソを曲げられては、瞬も成仏させる前に一言かけた方がよかったかもしれないと思った。しかし、話が通じる状態だとはとても思えなかったし、宣告していたらそれこそ成仏パーティをやり出して何時間かかるか分からないし、ココアを連れて逃げ出されたら捕まえることは警察でも無理だ。
考え直した結果、やっぱりあの方法しかなかったと確信した瞬は、
「兄さん、また可愛い動物霊に会えますから気を落とさずに」
おざなりみたいな慰めに文句が出かかった速人は、瞬を見て息を呑んだ。
立ち上がった速人に瞬はただならないものを感じて若干身を引く。が、シュパッと速人は瞬の背後に回ってドアを閉めた。
「ど、どうしてドアを閉めたんですか?」
「いや別に」
明らかに機嫌がよくなっている速人は、相手に警戒心を与えない朗らかな笑みを見せている。しかし、態度の急変で逆に瞬の脳内に警報が鳴り響き、警戒は高まる。
「それよりちょっと写真を撮っていい?」
「え? 写真ですか? 何の?」
「うん。写真。瞬の」
そんなバカな! と瞬に衝撃が走った。写真が趣味の速人だが、被写体は動物専門(霊体問わず)で、人なんて必要に迫れない限り自主的に撮ることなんてしない。
本来ならば瞬にとって喜ぶべきイベントで、モデルを言い訳に「脱いでくれ」と言われても断らないかもしれないが、そんなことは瞬の妄想内だけでしか起こらないことで、現実に有り得ないと彼女も弁えているので、何かがおかしいとハッキリと確信して気を張り巡らせた。夢か幻覚か何者かの精神攻撃か……何かしらの違和感を見つけようと周囲を探る。
そして、見つけた。
鏡の中の自分が、フサフサで茶色い耳をつけていた。背後を見下ろせば、腰の辺りに耳と同じ様な色合いの尻尾もある。どこかで見たと思ったら、ココアのだ、これ。
「よし、それじゃまずはベッドにでも座ってもらって」
満面笑顔でデジカメの用意をし終わった速人が振り返ると、瞬は左手を振るって袖から札を出し、自分の体に張りつけ、
「喝ッ!」
裂帛の気合いで、憑いていたココアの霊を弾き飛ばした。
今度こそ確実に、ココアの魂は天へとめされた。
「あ~! せっかくの犬耳少女があぁ~!」
「私をバカにしているんですか、兄さん。私は人であって獣耳美少女じゃないんですよ」
何気に「美」をつけるあたり瞬も中々どうしてだ。
「すっごく可愛かったのにな~」
と、残念がってデジカメを置く。犬耳少女じゃなくなったら、撮る気もしないとは正直すぎて瞬の肩が震える。
「温厚な私も怒りますよ。大体、だ・か・ら! 成仏しにくくなるって言ったのです! 兄さんが構いすぎるから、成仏する途中でUターンしてくるなんて根性を見せるんですよ! そんなこと聞いたこともありませんよ!」
霊媒体質の瞬は、霊が憑いてしまうとその霊の特徴が体に出てしまうことがある。大抵はすぐに気づくのだが、何かに気がいって気づかない時もある。
「あ、そうだ。さっきの危険人物の話だけど」
まだまだ言い足りない瞬ではあったが、変えられた話題を放っておけなかった。それを狙って、速人も話題を振ったんだろう。
「…………そうでしたね。それで危険人物って詳しくはどういう方ですか? 富良野警部さんではないってことですよね? 新しい刑事さんですか? まさか、本土から出向してきた優秀な刑事さんとかですか?」
その言い方だと、まるで怪盗カササギ担当官である富良野警部が優秀で無いように聞こえるが、彼だって立派な警察官だ。今年で三十七歳の仕事に生きる独身男。
「そんな情報は上がって来ていませんよ。一体どういう方ですか?」
「長い黄色の髪の女性。うちの制服着ていたから、おそらく学生かな? 見たことないけど。剣は持ってるし、頭はいいし、警官を動かせるしで、面倒だった」
「剣ですか……。今までさすまたとか放水車とかは持ち出してきましたけど、そんな直接的な凶器は初めてですね」
「まあ、剣ぐらいなら間合いも狭いからいいけど、困ったのは逃走経路を先回りされたことだよ」
「逃走経路の先回りですか!? それってもしや、カササギが逃げ込む場所がバレていたんですか!?」
「いやいや、なんか考えた結果の誘導らしいよ。ホントにあの人は頭がいいよ。あの人の頭脳と警察の組織力が合わさったら、ちょっと厄介かもしれない。とんでもない秘密兵器だね」
何気なさそうに言っているが、速人が瞬に怪盗の困りごとを話すのは初めてだった。それだけ本当に困っているのだ。
瞬は先程の鬱憤なんてまるっと忘れて頷く。
「分かりました。調べてみましょう。でも、それほどの人物なら近づくのも調べるのも容易じゃなさそうですけど」
そんな話をしていた翌日。速人の家のインターホンを鳴らしたのは、黄色の髪の女性だった。
とまあ、こんな風な怪盗ものです。使命がありつつも、怪盗カササギこと速人もちゃっかり自分の欲望を満たしています。
手直しをしていますが、ちゃんとストーリーが面白くなるかは不安です。よろしければみなさんも評価してください。
それと、一応一通り完成しているので、更新は早いと思います。




