カササギ神社緊急会議
カササギ神社緊急家族会議が開かれた。
「つまり、悪魔アイムは速人との戦いの末、獅子姫さんのイヤリングに逃げ込んだというわけかい?」
「はい。前回の『ブリュージャの山猫』と同様でイヤリングの中に潜まれたため、気配を上手く消されてしまったようです。タマが気づくまで、私も全く気付けませんでした」
「よく気づいたものじゃな」
「霊が桜に集まってきて変だな~ってよく見たら、イヤリングから奴の気配がかすかにしたッス!」
「でも、レオの時ってイヤリングはしてなかったような気がするんだけど」
「私もそう思っていました。でも、これを見てください」
瞬がアルバムを食卓の上で広げる。そこには境内を背景に写る幼い速人と瞬、レオ(桜)がいた。
「ここです、ここ」
瞬が指差す場所を祖父が虫眼鏡で見ると、レオの腰にキーホルダーのように赤いイヤリングがあった。
「こんな所に」
これだと事件当日もレオがイヤリングを身に着けていたと思われる。
「タマが言っていましたが、悪魔アイムの能力に溢れる邪気を周囲に分け与えるというものがあります。とすると、最近カササギが狙った物品に憑いていたものが予想外に暴れ出したのは、奴のせいかもしれません」
「そういえば、旧校舎の時も桜がいたね」
速人の言葉に瞬が頷く。
「当然この事態を放っておくわけにはいきません。早急に悪魔アイムを滅する必要があります」
「そうだね。あのイヤリングのせいで今日のように霊や悪いものが獅子姫に集まって来ているのだとしたら、今までも大変だっただろうしね」
「少しそのイヤリングについて調べてみるわね。写真とかあるかしら? こんな小さいのじゃないといいんだけど」
「そう言うだろうと思って、撮って来ました」
瞬が叶お姉さんに携帯を手渡すと、すぐ調べに部屋を出て行った。
「それでどうする? 彼女はカササギを捕まえようとしている子だろ? 怪盗カササギとして大接近するようなマネは危ないんじゃないか?」
「でも、借り受けるのも難しいと思うんだよね。獅子姫は超現実主義で超常現象の類は全く信じていないから、悪魔が憑いていて祓いたいって理由では変に思われて借りられないと思う。高価そうな宝飾品だし、よっぽど上手い理由を考えないと」
「うちに泊まりに来てもらうのはどうじゃ? 全く同じものを用意しておいて、隙を見てすり替えるんじゃ」
「そうですね。それが一番いいかもしれません。用意するまで多少時間がかかってしまいますが――」
と、その瞬間、速人以外の全員に反応があった。瞬と父と祖父は背筋に感じた悪寒に反応して立ち上がり、タマの耳と尻尾が総毛だった。
何かに反応した四人は慌てて部屋の障子を開け、縁側に立って窓を全開にして夜空を見上げる。
「どうしたの?」
遅れて速人が近づいてきて同じように夜空を見上げるが、特に変わった様子は見られない。
だが、瞬は顔を強張らせ、
「……とんでもない量の邪気が、島のどこからか噴き出ています」
祖父も思わず呻いて、
「マズイの。このままだと、島によくないものが集まって来るぞ」
「とりあえず私は島を見回って来ます。父さんはもしもの時のために家にいてください!」
「危ういとしたら鬼門の北西じゃぞ!」
「北の山の方はじっさま達がいるからけっこう大丈夫だと思うッス!」
「分かりました!」
言うやいなや父は足早に家を出て行った。
霊能力がほぼなくって乗り遅れた速人は、ようやく大体の事情を察して、
「もしかしてコレって」
「おそらく――いいえ、間違いなく悪魔アイムの仕業です!」
その時、遠くの方からサイレンの音が聞こえてきた。この島でサイレンといえばほとんど怪盗カササギ関連なのだが……だからこそ、それ以外で鳴ると嫌な予感しかしない。
「マズイッス。あれってもしかして、邪気にあてられて体調を崩したんじゃ……」
邪気が増えると問題なのは、よくないものが集まってくるだけじゃない。霊感が強い人だと邪気に反応して体調を崩す人もいる。『壊滅の信楽焼き』を所持していたオーナーもその類だった。
もしこのまま邪気が島中に蔓延してしまえば、この先どれだけ体調を崩す人が増えるか分かったものじゃない。
「緊急事態です! のんびりとダミーのイヤリングを用意している暇なんてありません! すぐにでも悪魔アイムを滅さないと!」
「分かった。それじゃ今日……は、さすがに無理だ! 下調べも無くぶっつけでやるわけにもいかないし――」
「ダメです、兄さん」
「え?」
「兄さんが盗ってくる案だけはありえません。どうしてか知りませんが、獅子姫さんは兄さんに疑いを持っているようです。そんなの自ら捕まりに行くようなものです。今回ばかりはすっこんでいてください。私が一人でどうにかします!」
「いやいや、タマは『護』ッス。『神依り』の手伝いをするのが使命ッス。何も一人で全部やることないッスよ!」
「放っておいて! これは私がつけなくちゃいけないケジメなの!」
にべもなく言った瞬へ、速人が心配そうに問いかける。
「瞬に出来るの? 下手をすれば、友達に霊能力があるとばらすようなものだよ」
ピクリと瞬の背中が反応し、ブルブルと震え出す右腕を慌てて左手で押さえる。
「な、何とか……してみせます……。今度は、私が何とかしないと……いけないんです」
逃げるように瞬は廊下を駆けていった。
速人は嘆息し、隣の視線に気づく。
「タマ。必ず俺達の力が必要になる。その時は協力してほしい」
「もちろんッス!」
元気よく返事をしたタマの頭を、速人は優しく撫でた。嬉しそうに頬を染めたタマは、ボワンッと白い煙に覆われ、タヌキの姿になった。その瞬間、速人の姿がくしゃみだけ残して消えた。
一人縁側に残った祖父は、孫達を頼もしく見送ってからあらためて町の方へと視線を向ける。
「せめて、邪気に支配されるような輩が現れなければいいが……」
祖父が心配しているのは、旧校舎で暴れ出した男のような事例だ。だが残念ながら、翌日の午後から数件の暴力事件が町中で発生するまでになった。
翌朝、叶は昨夜帰ってこなかった父にオニギリを届けに出て行った。そして祖父も昔馴染みの知り合いに呼ばれ、朝早くから祓いに行った。
それを瞬は、申し訳なさそうに見送った。手伝いたいという気持ちはしっかりある。でも、他人に霊能力があると知られると思うと、心身が震えて一歩も動けないのだ。
そんな瞬の心情を理解している祖父が家を出る前、
「島の騒ぎはわしらに任せておけ。瞬達は原因の方を頼むぞ。間違いなく、そっちの方が大仕事じゃからな」
そう言ってくれた。
自分の役割をしっかりと把握した瞬は、お風呂場で冷水を浴びて身を清めた。そして、朝食をとってから桜の家に出向いた。彼女の実家は山の方にあり、坂を上がった所に白壁で囲まれたお屋敷がある。
レオのことを獅子姫だと知らなかった瞬は、初めてここに来た。
近づいてみると、不穏な気配を感じた。間違いなくここに悪魔アイムがいる。
だが、門を見上げていて気づいた……………………かなり立派な御屋敷だ。広さと歴史ならカササギ神社は負けていないが、風格とお金のかけ方は太刀打ちできそうにない。
先程とはちょっと違う緊張が瞬の顔を強張らせる。そして、言い訳のため途中で買って用意したお土産は醤油せんべいでよかったかなっと少し不安に思う。もっとハイソな……たとえばマカロンとかの方がよかったかも……気弱な気持ちは頭を振って吹き飛ばし、勢いのままインターホンを押した。
インターホンから応答があり、たどたどしくなりながら桜の友達だと伝えた。すると、しばらくして桜本人が玄関から出てきた。
「いらっしゃい」
「急におしかけてすみません。これ」
「手ぶらでよかったのに……ありがとう。迷わなかった?」
「はい」
いきなり訪問した割には、すんなりと歓迎された。桜が先に立って、木板の廊下を進んでいく。
「それにしても一緒に来ればよかったのに」
「え?」
桜がふすまを開けると、そこに一人先客がいてお茶を飲んでいた。
「速人、瞬が来たよ」
「待ってたよ」
「何でいるんですか!」
瞬からの初めての激しいツッコミに、ちょっと速人は嬉しくなった。
「あれ? 二人で遊びに来てくれたんじゃないの? 瞬はお土産を選んで遅くなるって速人が言ってたんだけど」
「そうでしたね! もう、お土産選びを丸投げされてプンプンですよ!」
「瞬、滅多にない友達の家だからってテンション上がり過ぎだよ」
「私もこの家に友達を招待するのは初めてなの。二人ともゆっくりしていってね。今、瞬の分もお茶を用意させるから」
と、桜は瞬から渡されたお土産の袋を持って部屋を出て行く。
そしてすぐさま、瞬はキッと速人を睨んで詰め寄る。
「どうして兄さんがいるんですか」
「だから言ったじゃん。ぶっつけは無理だから、し・た・み」
当然のように話す速人に、瞬はプンスカと頭上にキノコ雲を上げる。
「私に任せてくださいって言ったじゃないですか!」
「う~ん、でもきっと失敗するだろうと思って」
「どうして私の失敗前提で行動するんですか! 私だって友達から物を借りるぐらいできます」
「CDや本じゃないんだからさ。だってちょっと想像してみなよ」
コホンと咳払いをした速人は、
「ちょっと気になることがあるからイヤリング貸して」
いきなり女の子ボイスで、おそらく瞬のモノマネの小芝居を始めた。
「気になること?」
返しは桜のモノマネだ。
「うん。そのイヤリングに怪しい影が見えるの」
その後の速人の目と表情。熱を帯びない瞳にハの字眉毛。何だか気まずそうにはにかみ、無言のスルー。ここまでが桜のモノマネだ。
「これだよ、これ。ほら、耐えられていない」
速人の小芝居を見た瞬は、足がすくんで膝から床に崩れた。視界が揺れ、胸のムカムカが喉までせり上がってくる感覚で俯いて口元を押さえる。自分では分からないだろうが、今の顔色は血色が引いて白い。
過去のいじめのトラウマから、瞬は他人に霊能力があることを知られ、気味悪がられることを恐れる。想像するだけでこれだ。
速人が瞬の背中をさすって、ぬるくなったお茶を飲ませたら、少し良くなった。
瞬は壁に寄りかかるように座って、ムスッといじけた感じで声を出す。
「兄さんには、何かいい案があるんですか?」
「まあね」
廊下の方から軽快な足音が聞こえてきて、
「おまたせ。お土産にもらったおせんべいもよそってきたよ」
桜が持ってきたお盆には、木皿に盛られたせんべいとチョコのお菓子。湯呑に入れられたお茶の他に、ペットボトルのジュースとコップが三つあった。
「この部屋って、獅子姫さんのお部屋じゃないですよね?」
六畳間の部屋には、テレビとタンスぐらいしかない。
「うん。この部屋はあまり使っていない客間。私の部屋はちょっとゴチャゴチャしていて人を通せるような状況じゃないから」
「部屋の掃除はキチンとした方がいいと思うよ」
速人に掃除をしない女と思われたと思った桜は、慌てて手を振って否定する。
「いや、掃除をしてないわけじゃないの! 留学先から持って返ってきた荷物がそのままな上に、今はカササギ関連の資料とかで部屋が一杯なだけなのよ! 一通り目を通したら整理する予定だから!」
「……荷物の上に荷物を置いておくと、雪崩を起こしますよ」
留学先の荷物を片付けられないのは、その上に物を置いたからだということを瞬に見抜かれて、桜は頬を引きつらせた。
それから三人は桜の留学先の話を聞いたり、速人と瞬の中学時代の話をした後、トランプゲームをして過ごしていた。
昼食にお蕎麦を食べて、デザートにフルーツゼリーを食べていた時、桜の携帯に電話がかかってきた。
電話に出た桜は、すぐに顔つきが変わった。
「島のケーブルテレビって、うちに入る?」
お手伝いさんに「入りますよ」と聞いて、すぐに桜はテレビに向かう。
チャンネルを合わせると、ちょうど学生服を着た白い仮面の人が映っていた。
「怪盗カササギ!?」
速人と瞬の驚きの声が、桜の後ろで上がる。が、桜はくいるようにテレビに集中する。
「この放送を聞いとるかな? この頃俺に突っかかってくる騎士のお嬢さん? ハッキリ言うて、あんたがおるとしんどいんや。まあ、俺がお嬢さんに捕まることはないんやけど、毎度毎度剣で斬りかかられるのはかなわんわ。っちゅうことで、どんだけ騎士のお嬢さんが頑張っても無駄か教えたるわ。今夜八時に、お嬢さんがいっつもしとるイヤリングをもらいに行くで。それは『守護のアンタレス』言うてな。立派ないわく付きの一品なんや。中世ヨーロッパ時代、持ち主の政敵が次々と毒殺されたことから、さそり座を構成する星の名をつけられた一品や」
黒い手袋をした手で、ぴょこんと人差し指を一本立てる。
「どこにおってもええし、何百人で待ち構えていてもええで。なんなら、警察の檻の中におってもええし、島から出とってもええ。ニセモンをぎょうさん用意して紛れさせてもかまわん。絶対に盗んでみせるから。ほなな」
言い終わると、赤いマフラーをなびかせてフェードアウトした。
「すごい地域密着型の予告状ですね」
と、また最初から放送が流れ出した。
「録画映像だったんだ」
桜は携帯を切るのと同時に振り返ってくる。
「今から大体五分前に、生放送の釣り番組に乱入したそうよ。放送している所が、面白がってリピート放送しているみたいね」
五分前だと、速人は桜の目の前にいた。だが、怪盗カササギには少なくとも一人は協力者がいる。速人がここにいても、あの映像を撮ることは出来る。
「カササギが言っていた騎士のお嬢さんって」
「間違いなく私のことね。狙いはコレか」
確認するように、桜は左耳にしているイヤリングを触る。
「これは予告状というより、私に対する挑戦状ね。怪盗カササギを捕まえる私が、自分の持ち物すらカササギから守れなければみんなに能力を疑われるわ。誰にも信用されなくなり、警備を頼まれることもなくなるでしょうね。つまるところこれは、私がカササギを捕まえるか、私がカササギの件から下ろされるか賭けた、決闘よ」
桜の覚悟が決まった凛とした雰囲気に、二人は見惚れた。
「ごめん、二人とも。今から警察の人を呼ぶから……」
「うん、帰るよ」
「気をつけてくださいね」
すぐにやることがあるのか、桜はその場で二人を見送る。
「速人」
呼ばれて、速人は振り返る。
「…………また、ね」
「うん。また明日、学校でね」
手を振って別れた。
帰り道、人気が無い場所まで我慢をしていた瞬はついに速人に切り出した。
「兄さん、どういうことですか」
速人は「何のこと?」とは聞き返さず、すんなり答える。
「タマに頼んだ。桜と一緒の時にあの放送が流れれば、少しは疑いが薄れるかなって」
どうやら速人は自分が疑われている自覚があるようだ。心当たりは彼にもある。
「そうではなくて、獅子姫さんが身につけている物を盗みに行くなんて何を考えているんですか! 危険です!」
「今までだって危険なことは何度もあったよ」
速人は三年間怪盗カササギとして活動し、今年で四年目。色々あったのだ。含蓄がある言葉に、瞬はなにも言えない。
瞬が言葉につまったので、今度は速人から彼女に言ってやる。
「自分勝手な意地だけで一人で挑もうとしているんならやめてくれ。本当に島の平和を守ろうとする『神依り』なら、相手を祓うことだけを考えてほしい。一人で祓う意味はないよ。それはケジメじゃなく、ただの感傷だ」
ズバリ言われて、言い返せない瞬は唇をかみ、服をギュッと握る。
七年前の後悔……七年前速人は、瞬と桜をかばいながらアイムを倒し、霊能力を失った。そんな彼の代わりに『神依り』になった瞬。自分も一人でアイムを倒してこそ、ようやく速人に少しだけだが、償いが出来るような気がしていた。
速人はため息をついて前髪をかき上げ、
「瞬はあの時俺の手伝いが出来ず、俺が怪我したのを気にしているんだろ? なら、今回俺が瞬の手伝いをせず、瞬が怪我をしたら、俺が同じぐらい気にするって何で分からないんだよ」
「……………………ほら、順番ですので気にしないでください」
「気にするって、バカ」
強めのゲンコツを、瞬の頭に落とした。
「この島を守るため! 俺が盗って来て、瞬が除霊して、俺がまた返す! そして可愛い動物霊だったら十日は愛でる! さらに成仏パーティをするのが約束だろ」
「いえ、最後のは知りません」
「ちぇ」
どさくさまぎれの追加条件をしっかり却下されて、速人はかなり不満そうだった。
その態度に瞬は頭に大きな汗を流したが、心は随分と軽くなった。彼女は仕方なさそうに苦笑して、
「分かりました。それでは怪盗カササギに頼みます。ですが今回は急を要しますので、私も同行します」
「はい!?」
驚きよりも、「それは無茶だろ」というニュアンスの速人の言葉に、
「最悪、盗めなくても悪魔アイムだけは滅します。絶対に――何があろうとも!」
「……ん~わかったけど、大丈夫なの?」
「タマに手伝ってもらえれば可能です」
その言葉に、速人はホロリときた。
「瞬もタマを頼るようになったね」
「別にそういうわけじゃありません! 当代の『神依り』として手段を選ばず、使えるものは何でも使おうとしているだけです! 決して頼りにしているとかじゃありません!」
照れ隠しに言い繕う瞬に、速人は「はいはい」と簡単に返した。
そして帰ってから予告時間まで、速人と瞬とタマは入念に話し合いをした。
ビルの間の薄暗い路地で、息が荒い男がスーツの女性を追いかけていた。
女性は必死になって逃げるが、追いかける男は目が血走り、異様な興奮状態だった。
直線で徐々に追いつかれてきた女性は、目に入った角をすぐに曲がった。
急に曲がられ、普通ならスピードを落としきれずに直進してしまう所、男は横の壁を蹴って三角跳びで角へ入って行き、ぶつかりそうになった壁をさらに蹴って女性を飛び越え、前に躍り出て行く道を塞いだ。
男は若く、二十代そこそこだろうか。金髪に染めている頭髪は乱れ、半袖のシャツが盛り上がった筋肉でパッツンパッツンになっている。
女性は体を震わせて、恐怖から声を出せずただ首を少し横に動かす。だが、男は構わず乱暴に女性へ襲い掛かろうとした。
その時、男の額に小石がぶつかった。普通ならその程度のこと問題になるはずもないのだが、ヒットした瞬間男の体はのぞけって苦しげに呻いた。
「こんな年寄りをあまり走らせるものじゃないわい。疲れるじゃろうが」
女性の背後から現れた速人の祖父――戦は、そんなことを言いながらも息一つ乱れていなかった。その手の中には、いくつかの小石が遊ばれていた。
「もう大丈夫じゃ。ここはワシに任せて、あなたは避難した方がいい」
戦の言葉に女性は安心できるような説得力を感じ、堪えきれずに涙ぐんで「ありがとうございます」と言って、逃げて行った。
「さて、邪気に犯されたか」
ため息をついた戦は、男が振り上げた右腕に指で弾いた小石を当てた。それだけで再び男は苦悶の絶叫を上げる。
「ワシの霊能力をこめた石じゃ。効くじゃろ?」
そして、おもむろに男へ近づき――戦を遠ざけようと振るわれた男の太い腕を体を屈めて避け、男の腹に札を張り、
「喝ッ!」
ビクンッと男の体が一度大きく痙攣し、体から紫色のモヤが抜けていった。
倒れた男の筋肉はしぼみ、体格は元に戻っていた。というより、むしろ筋肉はしぼみ、上半身は骨と皮だけになっていた。
「いかんな。邪な欲求の大きい者が邪気に犯されるようになってきおった」
戦は家に帰ることをせず、そのまま町中の様子を見て回った。
海岸線では、速人の父――健が荒い息をついて座り込んでいた。
「あなた、大丈夫?」
叶が差し出したお茶を飲み干して、ようやく健は人心地ついた。
「ああ。島をグルリと回って結界を張っておいた」
健は簡単に言ったが、その距離は一〇〇キロ近くある。昨夜から始めて、午後に入ってどうにか終わったのだ。
「これで今日一日は邪気の流出を防ぎ、外の者に察知されることはないだろう。これで邪気に誘われて怪しげなモノが入ってくることはない」
健は休憩がてら叶が持ってきたオニギリを口にする。まだまだやることはある。邪気の流出を止めたということは、島に邪気が滞るということだ。体調を崩す人や邪気に犯される人が増えてしまうので、見回りをしなければいけない。
「…………速人達の手伝いにはいけないな」
また、子ども達に悪魔アイムの相手をさせてしまうことに、健は重苦しい後ろめたさを感じる。しかし、叶はその心配を笑って吹き飛ばす。
「あの子達なら大丈夫ですよ」
その朗らかさに、健は複雑な顔で頭に大きな汗を流す。
「……え~っと……なんか、俺より速人達の方が信頼度高くない?」
「だって、速人も瞬ちゃんも若いですもん。それだけで頼りになるわ」
「あっそ」と、健の首がガックリと項垂れた。
カササギ神社総出で島を守るため駆けずり回っています。それで一番活躍しているのがじいちゃんっぽい。まあ、カササギが活躍するのは次回からですよ。




