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怪盗カササギの超常騒動  作者: 春花
ターゲット ブリージャの山猫
12/17

ブリージャの山猫 除霊

 地下の空間で待機していた巫女姿の瞬は、階段の方から聞こえる音に安堵した。隠してあるテレビでカササギが美術館を出たのは知っていたが、実際に帰ってくるまでは油断できない。

「ただいま~」

「戻ったッス!」

 仮面を外した速人と巫女姿のタマが姿を見せた。

「おかえりなさい、兄さん」

「本当にタマを棺の中に隠していて助かったよ」

 怪盗カササギが忍んでいた棺は二重底になっていて、その中にタマは隠れていた。風船による仕掛けも、棺に仕掛けられているものはそれで終わりだと思わせるためでもあった。

 そして、速人のピンチにタマがお得意の遁法を使ったのだ。

「あれがカラス天狗直伝の木の葉隠れの術ッス!」

「葉っぱは無かったけどね」

「無事に終わったようでよかったです」

 だが、瞬は速人の手の中にある『ブリュージャの山猫』を見て眉をひそめる。

「また、暴れたんですか?」

 銅像には二枚の札がはられている。

「うん。今回は近場にいた猫を凶暴化させていたよ。中の奴もたぶん凶暴だろうから気をつけた方がいいよ」

「わかりました」

「それと」

「まだ何か?」

「中にいるのが猫だったら浄化を希望!」

 瞳を輝かせて言ってくる速人に、瞬は呆れた汗を流した。凶暴だから気をつけろと言った口でそんなことを言うのだ。

「兄さん、浄化の方が除霊よりも手間がかかるんですよ」

「瞬の言いたいことは分かる。でも、この山猫は王家を守り続けた結果、穢れた血を浴び過ぎて邪気が溜まってしまったんだよきっと、おそらく、たぶん。だから、穢れを祓ってまた立派な守護神に戻してやりたいんだ」

 言いたいことが分かると言って、本当に分かっていた試しがないんだからと、瞬はため息をつく。

「分かりました。銅像に潜んでいるのが動物の類でしたら、浄化を試みてみます」

 その返事に気分を良くした速人が円の中心に銅像を置き、瞬が銅像と向かい合って言葉を紡ぐ。円が光り、五芒星が現れ、銅像の札が外れる。

 銅像から山猫の思念体が現れ、瞬を敵と判断して襲い掛かる。

 そして、速人はガッツポーズをとる。

 浄化をするためにはまず穢れを清め、その後に落ち着かせる呪を唱え、札によって邪気を消し去る。それをスムーズに行うためにも、動きを札によって止めたい所だが……。

(速い!)

 瞬は札を指で挟んだまま投げるタイミングを見いだせず、動き回る山猫に翻弄される。

 小袖を爪で破かれて、後で縫い直さないといけないと考える余裕もない。

「速人、けっこう苦戦しているッスよ!? 助けなくっていいんスか?」

 と、タマが隣にいるはずの速人を見たが、姿が無い。どこに行ったのだろうとキョロキョロと見回すと、家に続く階段からダッシュで戻ってきた。手にはデジカメがある。

「躍動感あふれる動物を撮る機会は少ないんだよね」

 速人は円の外からバシャバシャと写真を撮り始める。その様子に、さすがのタマも大きな汗を流した。緊張感がまるでない。

「いいのよ、タマ。これは私の担当だから」

 瞬は山猫の突撃を札で作った障壁で防ぎ、少し間合いをとった。

「よっと!」

 その中間に、タマが下り立った。

「タマは『護』ッスから、瞬の手伝いもするッス!」

「……邪魔にならないでよ」

「タマはこっちの方が得意ッスよ!?」

 心外そうに叫ぶタマに、山猫は踊りかかった。しかし、山猫はタマの体を素通りした。

「それは幻ッス」

 着地の瞬間を狙って瞬は山猫に札を投げたが、爪によって破り捨てられた。

「…………仕方ありません。少し強引にいきますか」

 瞬は小袖から取り出した札を人差し指と中指で挟み、

「カルラ!」

 札から炎が放たれ、慌てて山猫は飛び退いた。

「レラ!」

 その炎が風に煽られ、山猫を囲う。

「おお! やるッスね、瞬!」

「洗い清めようかと思いましたが、素早過ぎて無理です。焼き清めます」

 穢れを邪気ごと燃やす荒っぽい方法だ。加減を間違えれば対象も燃やしてしまうが、手っ取り早い。

 瞬が腕を振るうと炎が意思を持ったように山猫に覆いかぶさった。

 だが、瞬にも誤算があった。曲がりなりにも王家を数百年守り続けてきた山猫である。浄化の火ごときに臆することはない。

 山猫は炎を突っ切って、瞬の喉元めがけて飛びつこうとした。が、急に進路を変えて、全く別の方へ飛んだ。

「マズイッス!」

 タマが叫ぶと瞬の姿が薄らいで、山猫の進路上に彼女が現れた。さっきまで見えていたのは、炎が目隠しになっていた時に作ったタマの幻だったようだ。

 鋭い牙をむき出しにし、アギトを目一杯開いた山猫が瞬へと迫る。

 だが、山猫は瞬に噛みつかないどころか、彼女の足下に着地して体を伏せた。

「え?」

 瞬もタマも、なぜか分からず呆けた声を漏らした。

「そこの国はガーネットが王家の証だったよね」

 いつの間にか、瞬の間近にいた速人。そして、瞬の胸元にガーネットのブローチがつけられていた。

「王家を守る猫ならガーネットに気づいて攻撃をやめるはずだと思ったけど、ビンゴだったね。デジカメのついでに、母さんのアクセサリー入れの中から持ってきてよかった」

「って、これ、叶お姉さんの大切なやつじゃないですか! 勝手に持ち出したら怒られますよ!?」

「あとで黙って返しておけばいいよ」

 とは言ったが、返却時に運悪く見つかり、今月のお小遣いをゼロにされたのは後の話。

「今ッスよ、瞬!」

 円の中にいたら山猫の攻撃を受けてしまうので、速人とタマは円の外に退避した。言われて、瞬は小袖から札を取り出して山猫の額に張りつける。両手を合わせて文言を唱えると、山猫の体から紫色の邪気が脱け出た。

 あとには、表情が穏やかになった山猫が、ガーネットのブローチをしている瞬の足下にすり寄っていた。

「浄化完了です」

 瞬はペコリと、一礼した。

「よしっ! こんなに早くまた動物霊に出会えるなんてツイてる! しかも今回は猫! ラッキー!」

「あ、兄さん。残念ですが、明日の朝にはその銅像を美術館に戻してくださいね」

 喜んでいた速人は、その言葉でピシッと体が裂けた(もちろん、実際に裂けたわけではないが)。

「…………………………………………ん? 何か言った?」

 耳の良い速人が長い沈黙の後、聞こえなかった振りをした。往生際が悪い。

「ですから、明日の朝には銅像を美術館に返してください」

「どうして!?」

 いっそ血涙を流しかねない勢いで、速人は瞬に問いただした。

「美術展が明後日までだからです。なるべく早くに返しておかないと、向こうも困ってしまいますよ」

 速人の悲痛な叫びが地下空間にこだましたが、瞬は返却日を変えることはなかった。



 後日談として、『ブリュージャの山猫』は美術館に返却され、本物で傷もないことから職員は胸をなでおろした。残念ながら、黒猫のふれあいコーナーはやめてしまったが、怪盗カササギに狙われたことで箔がつき、最終日は初日を超えるほどの満員を叩き出した。さらに、次の他県で行われた『チットニーア遺跡展』は、そんなこんなで話題性が十分あり、予想以上の来館者数となった。



 カササギが現れた次の日、欠伸を手で隠しながら登校している速人は、後ろから声をかけられた。

「どうしたのよ、速人? 随分と眠そうね」

 振り返ればそこに、桜がいた。

「おはよう、獅子姫。ちょっと徹夜しちゃってね。少し写真のことで夢中になってたんだ」

 と言いつつ、欠伸をかみ殺す。

「私も昨日はちょっと大変で、あまり眠れていないんだよね」

「あ~、怪盗カササギが出たんだっけ? 残念だったね」

 速人の軽すぎる励ましに桜は苦笑する。それぐらい適当な方が、彼女も返事がしやすい。

「まあ、そう簡単に捕まえられる人じゃないと覚悟しているから」

「怪我とかしてませんか? 獅子姫さんは女の子なんですから、危ないことは控えた方がいいと思うんですけど」

 速人の隣を歩く瞬に心配され、桜は力強く拳を握ってみせる。

「大丈夫。それにか弱き者の生活を守るのが騎士の務め。この島の平和と生活を乱すような怪盗は、私が許さないわ」

 意気込んでいる桜の隣で、また速人は大きな欠伸をする。それに瞬は呆れ、

「まったく兄さんは……授業中に寝ないでくださいよ」

「それは絶対約束できない」

 いつもと変わらず三人は一緒に過ごし、放課後に部室に行く二人と桜は別れた。

 そして、胸ポケットに入れていたボイスレコーダーを切った。



 その日の放課後、桜は怪盗カササギの音声を調べてもらっている所で、速人の音声と比較してもらった。

「ボイスチェンジを使って声を変えようとも、話し方を意図的に変えようとも、その人のクセや特徴がどこかにどうしても表れてしまいます。つまり、二つのサンプルを照らし合わせてみれば、同じ人物かどうかはかなりの確率で分かります」

 音声に関して詳しい教授の前置きに、桜はじれったそうに体を揺り動かす。

「それで、どうなんですか?」

 先を促すというより早く結論を言ってほしい桜は、教授にズイッと詰め寄る。しかし、教授は面白そうに口元に手をやって、パソコンを操作しながら音声データを見る。

「そう言っておきながら何ですが、非常に稀なケースと言えるでしょう」

 パソコンの画面にある二つの波が、一つに重ならない。

「イントネーションやアクセントの仕方、呼吸のタイミングなど、重なる部分もありますが、異なる部分の方が多い。言葉の流れもスムーズですし、内容もたわいないものです。無意識の会話でこれならば、ほぼ他人と思われます」

 その結論に、桜は安心した。

「ですが、少し気になる点があります」

 そう言って教授はパソコンを動かし、短い間隔の波を二つ取り出して重ねる。

「ご覧のように、この『怪盗カササギ』という部分だけ――ここだけが一致します。他の部分のことを考えると、逆に首を傾げたくなるぐらいです。ちなみに、ためしに私もマネて言ってみましたが、合いませんでしたね」

 教授はマウスから手を放し、桜に顔を向けて締めくくる。

「全体的な要素から考えますと、この声の持ち主が同一人物である可能性は、せいぜい二割程度でしょうか。おそらく他人と思って構わないと思いますよ」

 桜は教授に礼を言って退室した。

 教授にああは言ってもらったが、桜が握る残りのカササギのデータ。推定身長・体重の範囲は速人に当てはまり、靴のサイズはジャスト同じだ。

 シンデレラじゃあるまいし、靴のサイズが同じで犯人を決めつけるわけにはいかない。

 だが、ここに動物アレルギーの可能性を含めると、無視できないほどの共通点だ。

 友達……しかも、親友のことを疑いたくはない。

 次の機会にハッキリさせると、桜は決心した。


 そして、新たな怪盗カササギの予告状が、ターゲットの所有者に届いた。

『今夜八時、獅子姫桜が所有する『守護のアンタレス』をいただくで』

 ターゲットは、桜のイヤリングだ。

 次に狙われたのは桜。この挑発的な予告状に対して彼女はどう動くか。そして、速人は正体を見破られてしまうのか?

 ついに緊迫とした怪盗ものに!? と思いきや、次回は速人と桜のデートです。それもどうしてそうなったのか……。

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