閑話 陰謀の陰謀は平常2
元老院の一人、ファーシー卿。北方の復権を掲げる急先鋒で、西方遠征北部方面隊の旗振り役だ。金の鉱脈でも掘り当てたのか、西方で散財しているはずなのに、最近、やけに羽振りがよいと聞く。
耳聡いのは北方の血がなせる技か。
「ゴーレムを見たという噂で城中が騒がしゅうございますな」
ごきげんようもなしか。
「大戦に備えてな。打てる手はすべて打っておきたいのだ」
齢八十の老骨だ。先代からの忠臣だが、わしを若輩と見る癖は直らぬようだ。
「『魔法の塔』ですか? あのような物まで召喚するのはいかがと思いますが?」
「タロスの資料は見たはずだ。あれでもぬるいくらいだ」
「例の者がもたらした情報など、どこまで信用してよいものか、わたしには分かりかねますな」
ファーシーは新興も新興の小僧を武器商人か何か卑しい者だと捉えていた。誰の入れ知恵か、銃や『アローライフル』、それに伴う兵装や特殊な弾頭や鏃、飛空艇を売り、一方で完全回復薬、万能薬を売り捌いている悪党だと。
王家との蜜月を知らぬこの老人は小僧をこの国の獅子身中の虫だと捉えていた。
そんな男のもたらした情報で国軍が動くなど愚の骨頂、あってはならないことだと未だに主張する。今日もその続きでもしに来たのだろう。
「ですが、彼の発明がなければ西部の未開の地の開拓は断念せざるを得なかったでしょう」
ロッジが反論するが、老人の頭は柔軟にはできてはいない。いや、老いて堅くなったと言うべきか。
ロッジもこの老人の頑なさは理解しているはずなのだが…… いつかは気付いて下さるというのが念仏になっている。
実入りのことばかり考えて同じ主張をする連中と違って、ファーシーだけは発言の意味するところが違っていた。
彼は北部の力を信じているのだ。そう信じることが力になると頑なに思い込もうとしている。度重なる不祥事が彼をそうさせたのだ。
後からできた三軍も南軍も、慈善の片手間に戦っているような聖騎士団も、本来の北軍の足元にも及ばないと、西方は自分たちだけで充分だと信じて疑わない。
盟友の多くを失った今、北軍にかつての栄光はない。老人が北軍を指揮していた先代の時代とは違うのだ。
もはや本人ですら老齢で前線に出ることはないというのに。
手元に届く金品と、耳障りのいい噂だけが戦況を判断する材料になっている。その金品がどれ程血にまみれているのか、噂のなかで都合の悪い真実がどれ程省かれているのか、思いも至らずに。
かと言って前線送りにしていい歳でもないから厄介なのだ。そんなことをすればこちらがいらぬ腹を探られる。
孫に地位を譲って、隠居でもしてくれればいいものを……
「現に、彼の地での死傷者は過去の戦場に比べて圧倒的に少なく済んでおります。御身の担当エリアでも恩恵を授かっているのではないですか?」
ロッジが今日も食ってかかる。
「教会の支援あってのことじゃ! 奴の恩恵など知ったことではないわ!」
その教会が全力を惜しみなく発揮できているのは、小僧と教皇一家との蜜月があってのことだろうに。
ロッジの言う通り、どこよりも北軍の連中がその恩恵に与っているというのに。
「だったらいい加減に北部エリアを平定なさいませ! 他のエリア担当から西方遠征に差し障りが出ていると報告も来ているのですよ。もうすぐ厳しい冬が来るというのに。この停滞が長引けば王宮にとっても死活問題なのですよ。作戦まで二ヶ月もないのです! いつまでも三軍や聖騎士団を足止めしておける状況ではないのですよ」
「我らが北部の難敵を抑えておるから、南部の連中は自適にやっておるのだ! そこまで言うのなら少しは援助したらどうなのだ!」
「裁量権と引き替えに援助はいらぬと申されてきたことをもうお忘れか! 援助が欲しいというのなら裁量権を返して頂かなければなりませんな」
「我らは順調にかくかくたる戦果を上げておる! ただ、進行の度合いが広大なエリアに比べ早過ぎるだけなのだ。広大な未開の地を安全に進攻するために我らは常に最大限の力を尽くしてしておる!」
「だからそのエリアを狭めてはと言っているのです!」
「その必要はござらん! 北方貴族の名誉に賭けて、必ずや勅命を果たしてみせる!」
毎日、飽きんものだな。
「悠長なことを言っている時間はないんです! 敵の少ない今のうちに進攻するしかないんですよ! ファーシー卿、尾根を越えられなければ我らに次はないのです!」
「だからそれは――」
「ヴィオネッティーの小倅の戯言だと?」
ファーシーがわしの突然の発言に虚を突かれ、我に返った。
なぜわしがここにという顔をしておる。
ようやくここがどこか思い出してくれたようだ。
「この作戦がハイエルフ指導の下、各国家の元首が了承したものだと言うことは理解しておろうな?」
「は、それは……」
ファーシーははなからそんなことは起こらないと高を括っている。
忠義だけは厚いこの老人をロッジも正論だけでは突き崩せないでいる。
卿の人生がこの国と共にあったことを思えば、多少の弊害があろうともこのまま職務を全うさせてやりたいが、わしが引導を渡さねばならぬか……
「教会並びに南部の進攻に三軍が蓋をしている現状は知っておるな? あと半月だけ待つ。できなければ三軍を投入し、北部の南側、三分の一を第三軍指揮下に置くこととする」
「陛下ッ!」
「わしに敵を迎撃する段になって兵が現場に到着しておらぬと諸国の代表に報告させる気か?」
「そのようなことは万が一にも!」
「一度だけ言うぞ。卿の目は曇っておる、世界のため、ひいてはこの国のため、目を覚ましてくれぬか? 卿の嫌いな小僧は船一隻で火山帯の向こうに砦の基礎を築いたぞ。迂回できぬが故に、南軍と教会は空から人の移送を始めておる」
「それは! 誠でございますか?」
「南軍は火山帯の火竜を手なずけたらしいぞ。巣に近づかぬ限り襲われなくなったそうだ。今では他の魔物へのよい牽制になっておるらしい」
「なんという奇策……」
老人は考え込んでいる。
思うところがあったのか、急用を思いだしたと言って退室していった。
そしてそれがファーシーを見た最後となった。




