エルーダ迷宮ばく進中(管理人はかく語りき)83
「あの塔は味方の物ではないんですか?」
「あれは敵方の物だ。我らの目的はあの塔を破壊することに他ならない。タロスをこの世界に上陸させてはならない。とはいえ、敵の使役する魔物たちは強力だ。君たちが知っている光景にはレベル的に登場しなかったが、ドラゴンの類いも押し寄せてくるだろう。逆に言えばそれ以上の敵は出てこないだろう。これから約二ヶ月、君たちは戦力を増強し、敵の出現に備えなければならない」
「地上に空いた穴は?」
「無視していい。あれはこちらから向こうへ行くための穴だ。副産物と言ったところだ」
「行ったらどうなります?」
「出口は空に開いたあの穴のみだ。閉じる前にあちらの世界にある別の入口を見つけ出さなければならない。しかし向こう側の出現ポイントはこちらと同様、空の上に存在するということを忘れてはいけない。穴があるから飛び込んでみたでは、着いた早々あの世行きだ。しかも仮にこちらの世界に帰ってきたとしても、出る先は西方のあの空の穴だ。おまけに穴が開いている時間は一日しかない。向こうに行ったとて、出口を見つけ出す時間はないだろう」
「無理ですか……」
「君が造った空飛ぶ乗り物を使えば、片道なら可能だろう。が、次に開くまでどれだけの時を要することになるか。タロスの勢力が復活しない限り、あちら側の魔力が回復する見込みはないだろう。当然、世界が再び繋がる保証もない」
「それはそれで勿体ない気がしますね」
「兎に角だ。君たちのやるべきことは、地上の穴は無視して空の穴に専念することだ。ドラゴンを想定しておけば負けることはないだろうが、ドラゴンの強さは迷宮のそれとは違うぞ」
「それはもう」
「労した割りに得られたものは少なかったかな?」
「そんなことは」
「そこで、次のテーマだ。これは戦いに勝利した暁に、君たちへの褒美となるものだが――」
『展望』のしおりが並べられた。
「ゲートキーパーの図面だ」
「え?」
「まだ未完成品だが、今回の次元境界面の結合時にデーターを取り、完成させる予定の物だ」
「ゲートキーパー?」
「あの穴を維持するための装置だ。まだ図面段階だが、これが完成すればあの穴をこちらの都合で管理することができるようになるはずだ」
「それって危ないんじゃ?」
「勿論危険だが、あちらの世界を奪還する機会が得られるのだぞ。まあ、何もない世界になっているだろうから得るものは少ないだろうが。それに敵の勢力も残っているだろうしな。後顧の憂いを断つためにも完全に殲滅することが理想だが、一朝一夕にはいかないだろう。彼らにも進化の可能性は否定できないわけだし。しかしだ。タロスとの回合は不幸なものだったが、これは一つの奇跡でもあるのだ。君には分からないだろうが、距離を無視して、人が居住可能な二つの世界がこうして繋がることなど、本来ありえない事態なのだ。君は勿体ないと言ったが、まさにその通り。捨てるには惜しい物件なのだよ。あちらの世界にはまだ見ぬ広大な世界が広がっているのだ」
「でもそれでこちらの世界が危険にさらされたら本末転倒では……」
「こちらの都合で管理できると言ったろ? しかも君たちの勝利が条件だ。君たちが日頃使っている転移ゲートと何が違う?」
「転移ゲートから魔物は出てきませんよ」
「君なら賛同してくれると思ったのだが……」
「別に否定はしてませんよ。でも何もないんでしょ?」
「恐らく砂漠が広がってるだろうな。タロスの親玉の城ぐらいはあるかも知れないが」
「それは困りますね」
「今はなくとも開発が進めば、生まれる物もあるだろう」
「危なくはないんですか?」
「転移ゲートと要領は一緒だよ。魔力は消費するだろうがね。安全対策に移動できる物を条件付けることは可能だよ。こちらの世界の者たちの遺伝形質のみ通過させることも可能だし、ほんとに危なくなったら閉じてしまえばいいのだ。ただ、言えることはチャンスは今回一度きりだということだ。閉じたら二度と繋がらないだろう」
「そう言われるとな……」
「君がひとりで決める必要はなかろう。皆とよく相談することだ。起動とともにゲートはこちらの管轄となる。人の手に余る物だからな。以後の管理もこちらが行なうことになるだろう」
「簡単に使える物なんですか?」
「いいや、向こう側に行ったら、まず同じものを設置しなければ帰って来れないだろうから、最初の一団は命懸けになるだろうな。勿論帰ってくるだけの魔力も必要だ。タロスの残党の襲撃の可能性もあるだろうし、それ以降、装置を守り抜かなければならない」
「戻れない可能性があるわけですね?」
「わたしはそこまで深刻に考えてはいないけどね」
「なぜ?」
「君だよ」
「僕?」
「先日、飛行石を採取していただろう? それに鏡像物質も集め始めている。空飛ぶ機械を造った君たちの性格からして、何か企んでいるのではないかね?」
見透かされてるな……
「わたしは何とかなるような気がしてるんだが」
「だといいですけど」
クスリと笑われた。
「もう少しのんびりしていって貰いたかったんだが、時間が余りないからね。次に会うときは敵を殲滅した後だな。穴が閉じる前に来てくれよ。そのときはゲートキーパーの現物を渡そう。ああ、それから。今度来るときは回りくどいことはせず、見張りのゴーレムに話し掛けてくれたまえ。会話はコミュニケーションの基本だからね」
高笑いされた。
「ではまた。我が友よ。運命が重なるそのときに」
『召喚物語』の勇者の決め台詞だ。
目の前が色褪せ、別の景色が飛び込んできた。
神殿の転移ゲートの目の前にいた。ゲートはもう光っていない。
次々、みんなも姿を現わした。
「あッ、戻ってきた!」
ロメオ君が何やら丸い物を抱えて姿を現わした。
「ここは?」
ロザリアも戻って来た。
「夢みた?」
オクタヴィアがキョロキョロしている。
「ナーナ」
ヘモジが大きな欠伸をした。
「いやー、面白い体験だったなぁ」
エテルノ様は上機嫌だ。何やらファイルのような物を預かってきたようだ。
「余計なことをしてくれる」
アイシャさんは少し沈んでいた。
「また来るのです」
リオナに至っては目を真っ赤にしていた。
後で聞いたところ、アイシャさんが会っていた管理人はかつて自分が手に掛けてしまった友人の姿をしていたそうだ。リオナに至っては死んだ母親の姿をしていたらしい。ある意味酷いチョイスだが、それでもそれがふたりの選んだ会いたい人だったのだ。
もっとも落ち込んでいたのは束の間、夢でも見ていたかのようにすぐに現実に戻ってきた。
そしてみんなが僕を見た。
「大変なことになったな」
エテルノ様はそう言いながら笑っている。言葉とは裏腹だ。
「いい物、貰ってきたよ。自力で解明したかったんだけど、この際仕方ないよね」
「もしかして!」
「そのもしかしてだよ!」
「ゴーレム・コア!」
「生きたコアだよ。帰ったら解析急がなきゃ」
「うおっ、やったね」
「ちょっと、なんで浮かれてるのよ」
「ナガレはいいことなかったのか?」
「別に」
「ナーナーナ」
「あんた何も聞いてなかったんですって?」
「ナ!」
「ばれてる、じゃないわよ! しっかりしなさいよ。こっちが恥ずかしいじゃないの!」
真新しいことがなかったってことは、ふたりが自分たちのことを少なからず理解しているということだろうか?
「秘密基地に神樹の苗を植えるように言われたのです」
「秘密基地?」
「見抜かれておったぞ」
ですよね。
「どこに浮かべるか、正直なところ悩んでたんだよね」
「これで姉に隠し事をせずに済むな」
「え?」
エテルノ様が笑った。
「なんでそこで姉さんが?」
「いつものそなたではなかったからの」
アイシャさんが言った。
「あやつはそなたが隠しごとをしていることにとっくに気付いとる。もっとも嘘の内容より、隠しごとをされていることの方がショックが大きいみたいだがな。ブラコンにも程があるわ」
「そうなの?」
ロザリアがロメオ君に尋ねた。
ロメオ君は何も言えずに僕を見た。
「確かに八つ当たりはいけないのです」
リオナが言った。
「仲良しが一番なのです」
「そうだな」
お墨付きを貰ったようなものだからな……
「さ、これからどうする?」
「取り敢えず金塊集めかな」
「じゃ、いつものルーティーンで」




