エルーダ迷宮ばく進中(管理人はかく語りき)82
「迷宮とは人々を強化する一方、タロスの力を削ぐためのものだ」
「強化するのは分かりますが、力を削ぐとは?」
「君たちが何気なく日々行なっている行為。それが彼らにとっての呪詛なのだ。迷宮の魔物はどこから生まれるのか? 考えたことはないかね?」
「それは……」
「実際に生み出しているのは迷宮のシステムだが、元になっているのは実はタロスの魔力なのだ。先程言い掛けたもう一つの理由がここにある。先程世界を閉じたと言ったが、その動力源はなんであったか? 衰退したエルフにそれができたかと言えば、答えは否である。では何からか? それは魔力があり余っていた連中からだ。つまり敵であるタロスからだ」
「はあ……」
「もっと驚きたまえよ。当時のエルフたちの底意地の悪さがにじみ出ているではないか!」
そこは褒めた方がいいんじゃないでしょうか?
「兵法にも敵の力を利用してなんたら、なんてことはよく書かれているから、目新しいことではないんだけどね。それでもこの世界とあちら側を隔てるために使っている力はあちらさんの魔力と言うことだけは疑いようのない事実だ。そしてその管理を行なっているのが、他ならぬこの場所だ。迷宮とはあちらの世界から、魔力を拝借し、敵の侵入を拒むと共に、大いに消費する場所なのだよ」
「それはつまり、迷宮はタロスが支配する世界の魔力を浪費するためにあると?」
「そして、この世界の住人をタロスに対抗できる存在に成長させるためにあるのだ。何も冒険者だけではないぞ。魔石を放出することによって、君たちは装備を強化することを学んだ。そういう意味においては君は誰よりも貢献してくれていると言って過言ではない。君に『迷宮の鍵』を預けたのは実によい判断だったと言えよう」
「やっぱり、あれは……」
「不服かね?」
言葉に詰まった。手の上で転がされていたことには腹が立つが、実益を考えると足を向けて眠れない程感謝したりないのである。
「君は正直だね。でも、悪く捉えなくてもいいよ。今までの話で分かって貰えたと思うが、すべてはこちらに利があってのことなのだから。君たちだからこそ、頻繁に『迷宮の鍵』を利用することができた。大量の魔石を世に放ち、強力な魔物を狩り、大いに浪費する道を突き進んでくれている。何より、君たちはこの世界を守れるだけの強さを身に着けることができた。僥倖だよ」
「素直に喜べないんですけど……」
「誤解がないように言っておくが、我々は君たちに手加減などしなった。儲けさせてやろうとか、魔物の難易度を下げてやろうとか。一寸も考えたことはない。我らが与えたのはその鍵のみだ。ヘモジやナガレたちについては誤算だったが……」
「今しますか? その話」
「どうしようかね」
「悩まないでくださいよ。僕たちが来ることは予想してたんでしょ?」
「人とこんな風に話す機会がなかったものだからね。正直、自分でも驚いているよ。わたしは間違いなく浮かれていると言ってよいだろう」
浮かれていることを客観視できるということは、浮かれていないということではないのだろうか?
「同じ仕事をなさっている方は何人いらっしゃるんですか?」
「ひとりとも言えるし、迷宮の数だけ存在するとも言えよう。しかも現在、わたしは同時に君たち全員と話をしているところだ。分かり易く言うなら、我らは個にして全という奴だ。いや、全にして個か? 我らは全員個性を与えられてはいるが、その意思は共有されている。でなければこんな所にひとりでいられるはずもない。さらに言うなら我らに実体は存在しない。故に数をカウントするという行為自体、意味をなさない。今見ているわたしの身体もまた魔法で生成された擬体に過ぎない。魔法を解けば虚空に消える存在だ」
魔石は残さないんだろうな。
「余計なことを話してしまったな。歴史について話すはずだったんだが、どうやら君のお仲間たちは余り興味がなさそうだ。ここは端折ろうか? 後でハイエルフにでも聞いておいてくれたまえ。彼らは歴史の伝道者という役割もあるわけだし、ちょうどよかろう」
『やるべきこと』と書かれたしおりが他の二枚の横に置かれた。
「ここからが重要だ。今までの話は最悪忘れてくれて構わない」
いいのかよ!
「はなから聞いてない者もいるからね。ヘモジとか、ヘモジとか、ヘモジとか。なぜあいつはああなのだ? 猫又ですら真剣に聞いているというのに」
オクタヴィアにまで説明してる方が驚きだよ。
「ああ、そうそう、君たちの召喚獣だが、あれはよく分からない」
召喚獣の話は後にするんじゃなかったのか? ていうか知らないなら話さなきゃいいのに。
「世界を救済している間に、どこからか紛れ込んでしまったのだ。元は形のない意識生命体か何か、精霊の類いかと思われるのだが。はっきり言って我らの管轄外だ。たまに迷宮内の環境が気に入って、住み着く輩もいるが、その類いだと思われる。我らが作った召喚獣の身体に憑依して、君たちと外の世界を旅したかったのかも知れないな。どこにでも変わり者はいるものだ。あくまで推察だが。我らが作る単純な行動パターンを擦り込まれただけの召喚獣とは明らかに違うものだ。ここまでで質問は?」
「魔力がこの世界に充満すれば、この世界がタロスの標的になるんじゃないですか? それにこの世界にいるタロスの子孫である魔物たちの力も増大するのでは?」
「いい質問だ。元々魔力を持たない種族だった君たちや獣人たちが、今どうしているか考えて貰いたい。君たちの内包する魔力はどこから来たのか? 獣人ですら少なからず魔力を内包する現状はどこからもたらされたものなのか? そう、この世界に溢れた魔力は君たち自身が内包しているのだ。それこそ我らが求めた進化の形だ。途中経過ではあるがな。それにだ。一時的に溢れた魔力は魔石という形で蓄積されることになっている。魔石の流通量を見れば世界に魔力が足りているのか、そうでないのか一目瞭然だ。現状を見る限り足りていないことは明白だ」
「はあ……」
「他には?」
「特に」
いきなり聞かれても思い浮かばないよ。
「よし、では本題に戻ろう。君たちがやるべきことについてだ。メモは魔法使いの少年が律儀に取っているので改めて取る必要はないだろう」
ロメオ君か……
「まず穴が開いたらどうなるか、説明しよう。迷宮で見た景色のことは覚えているかと思うが、あれは最初にこの世界に穴が空いたときの記憶をモチーフにしている。タロスをなぜミノタウロスに置き換えて表現しているかというと、当時、心の傷が癒えていない者がまだ大勢いたからだ。劣悪な記憶が冒険者を萎縮させないように、配慮した結果である。それすら乗り越える強さを身に着けろと言う者もいたが、当時の多数決では否決された。世代を越えるごとに恐怖が薄れることを考慮すると正しい選択だったかどうか…… この際、タロスを見たらミノタウロスに似た奴がいるとでも思ってくれたまえ。先にも言ったが敵の勢力は衰えているはずだ。だが故に起死回生を狙って、全力を挙げて侵攻してくるだろう。恐らく、あの景色と同じような状況になるだろうと推察される。が、継続的な襲撃とはなり得ない。穴が空いている時間はこちらの計算で約一日。それが限界なのだ。それにこちらは耐え凌ぎさえすればいい。そのために用意すべき物は既に君たち自身が用意し始めている。ただ、敵も今回は種族の存亡が掛かっている。今までのような偵察に毛が生えた程度の被害では済まないだろう。文字通り総力戦だ」




