エルーダ迷宮ばく進中(空の城)39
お詫びにと言ってはなんだが、チーズケーキ付けるよ。
ロメオ君が団欒に加わった。
「可愛い器だね」
チコに話し掛けたのに、エテルノ様が「そうじゃろ、そうじゃろ」と言葉を返した。
エテルノ様は器に見入っていて、すっかり上の空だった。
「この器は貰ってもよいのかの?」
「お好きになさってください」
アンジェラさんが言った。
「じゃあ、わたしも!」
チコが手を上げた。
「リオナもそうするのです」
「わたしも……」
「どうでもいいけど、みんながそうするなら」
チッタとナガレも賛同した。
「みんなで使うとなると……」
見分けが付かない。
アンジェラさんは危惧した。
「ならばこうしよう」
エテルノ様は魔法で自分のカップの縁に金を施した。
「すげーっ」
子供たちがハイエルフの技に驚いた。
褒められて気をよくしたのも束の間「わたしも目印が欲しい」と催促されて、エテルノ様はまごついた。
結局、分かりやすく、裏底にそれぞれの名前のイニシャルを入れることになった。
僕は少し離れたテーブルで、ロメオ君が持ち帰ったギルド事務所の情報を聞くことにした。
ロメオ君がメモを取り出す。
え? それだけ?
手のひらサイズの紙片が一枚。
そこに収まる程度の内容なの?
「次のフロア、相当やばそうだよ」
「今までだって充分やばかったけど、ドラゴンが雑魚レベルのフロアーとか?」
「そういう意味のやばさじゃなくて…… なんと言うか…… 変なんだ」
「それはまたどういう?」
「それがさ」
すっとメモを僕の目の前に出した。
「必須事項。二十メルテ以上のロープ。あるいは土魔法か氷魔法が使える上級魔法使い?」
「それがさ、入口を出たら、すぐ側の対岸に出口があるんだてさ」
「何それ?」
「タイタンのフロアみたいなもんじゃない? 正攻法で行くと何日も大回りするけど、ショートカットすれば一日って奴」
「今度は一時間も掛からないんじゃ?」
「なんかさ。素通りしていいのか考えちゃうよね」
情報がないということは、先人たちは素通りしたというだろう。
「二十メルテなら『転移』しちゃえばすぐだな」
「壮大なトラップじゃな」
さっきまでおちゃらけていたエテルノ様が、妖精のカップにお茶を注ぎながらやってきた。
「トラップ?」
「他の迷宮ではよくある仕掛けじゃぞ」
「他の迷宮って?」
エルーダを攻略したら、ぜひ他の迷宮にもチャレンジしてみたい。
「そ、それは内緒じゃ」
ハイエルフの里の近くにあるわけね。
「で、どういうトラップなの?」
「何簡単じゃ、複数の出口のうち当たりは一つという奴じゃ。お主たちの話では恐らくその出口から出たのでは正解に辿り着けないのではないかの?」
「そんな!」
「てことは五十階層が二つあるってこと?」
「一つが二つに別れていると言ってもよいぞ」
時間的に余裕があると思っていたのに、これは少しまずい展開かも。
分岐か…… 監視者に会うルートが正規ルート上にないとしたら。最悪、後戻りも考えられる。何層戻ればいいのか……
「明日、取り敢えずその出口を見てこようか」
「二十メルテ先なら敵もいないだろうしね」
「だったら今すぐ行くのです!」
エテルノ様を含めた、ロザリアとアイシャさん以外のメンバーで行ってくることになった。
ロザリアは教会の手伝いで外出中だし、アイシャさんはレオの稽古が控えているとかで欠席だ。
「なんで長老、行くですか?」
「いいじゃろ、別に。五十階層の魔物を見たいだけじゃ」
「脱出ゲートは使えませんからね?」
「そなたらが開けたゲートなら通れるのじゃろ?」
「まあ、そうですけどね」
装備を整え、地下四十九階層に赴いた。
「……」
絶句した。
二十メルテの対岸とか言っていたから、山岳エリアかと思ったら……
「雲の上なのです」
「ロザリア連れて来なくて正解だったな」
「絶対目を回すよ」
鉛筆の先程のような細い切り立った山の頂に僕たちはいた。落ちれば真っ逆さまだ。
「この高さじゃ、ボードも使えないぞ」
「飛空艇でも斜面を滑る以外は無理かも」
「まさか、浮島とはな」
長老が言った。
「浮島?」
「空飛ぶ島のことじゃ。飛行石が含まれた岩盤が、地面を丸ごと浮かせているのじゃ」
「飛行石?」
「お伽話に出てくる世にも不思議な空飛ぶ石のことじゃ」
見渡す限り上にも下にも巨大な岩が空に浮かんでいる。それらは互いに大きな鎖で繋がれ、石橋やら、吊り橋で繋がっていた。
これらの浮島すべてが一つの巨大な宮殿を作り上げていた。
もしかすると僕たちが立っているこの山も浮いているんじゃないだろうな?
足元は雲海に包まれていて裾の先は何も見えない。
「綱渡りも命懸けだな」
川を渡るぐらいにしか考えていなかった。
「で? 一番近い足場はあれか?」
「こっちに橋があるのです」
「そっちは正規ルート。今日、僕たちが行くのはあっちだよ」
僕はゲートを開いた。
開いたゲートにヘモジが飛び込んだ。
「気を付けろよ。足下がちゃんとあることを確かめてな」
「ナーナ」
対岸のゲートから頭を出したヘモジは足下を警戒した。
短い足で地面に降り立った。
周囲を確認して、両手で丸を描いた。
僕たちは全員、対岸にというか、隣りの何もない浮島に移った。
そのときだった。巨大な魔力の反応が頭上に現われたのは。
「ドラゴン!」
群島の高みにある島の一つから、溶岩のように真っ赤に燃えたそれが姿を現われた。
ボロボロと足場の岩を雲海のなかに落としていく。
「炎竜じゃ!」
「ドラゴンじゃない?」
「そうじゃ、でかさだけは一人前じゃが、奴にはドラゴンのような気位はない。じゃがドラゴン並みに火を吐くぞ」
「道理で見たことないわけだ」
ドラゴンなら『ドラゴン』の大全で網羅済みだ。
『認識』に掛からなかった時点で新種だが、なるほど竜は眼中になかった。
「火竜の親玉ですか?」
「総元締めという感じじゃな。ここで戦うのは得策ではないぞ」
「じゃあ、戦わずに先急ぎましょうか」
あっさり全員踵を返して、地面に開いた穴蔵に入っていった。
見慣れた階段があった。
そして見慣れた脱出部屋が。




