エルーダの迷宮再び(第一層、腕試し)10
「うわぁ、ここが迷宮かぁ」
ロメオ君の感激も一入だった。壁を叩いたり、光の魔石を覗いたりしている。
「一階には罠がないから、魔物だけ気をつけて」
リオナは説明を聞くまでもなく、自慢の鼻で獲物の場所に僕たちを案内した。
『エルーダ迷宮洞窟マップ・前巻』で調べたところ、一階には僕がかつて調べ上げた以上のことは何もなかった。
なので、さっさと下の階に行こうと思う。
でもその前にお互いの実力を確認しておきたい。
このフロアの魔物はそのためにはちょうどいい相手だ。
辿り着いたのは懐かしき蟹部屋である。
相変わらずでかい図体が挟まっていた。
案の定、まだ誰も来ていない。
「とりあえずあれをやるけど、どうする?」
僕は緊張気味のロメオ君に尋ねた。
「リオナが行くのです!」
双剣を鞘から抜いて、いつでも行けるとアピールする。
「堅いぞ、大丈夫か?」
「接近戦です。駄目ならぶっとばすのです」
答えになってないけど…… なんとなく分かった。
「前に説明した通り、魔石の大きさは残った骸の大きさ、魔力に比例する。切り刻むのは愚の骨頂だ。短時間で急所を的確に。回収部位も傷付けると売れなくなるから注意すること。でも何より命が大――」
リオナが話の途中で突っ込んでいった。
「釈迦に説法か……」
「シャカって?」
ロメオ君が聞いてきた。
「異界の神様の名前。『鳥に飛び方を教える』って意味」
「なるほど」
ロメオ君は感心すると小部屋を見詰め直した。
リオナは正面から斬りに掛かった。
蟹もそんな無謀を甘受しない。大きな鋏を振り上げるとリオナ目掛けて振り下ろした。
「危ない!」
ロメオ君が叫んだ。
リオナは既に後ろに回り込んでいて、堅い甲羅に切っ先を立てていた。
大きな鋏が床を砕いた!
地面が揺れた。
「堅いのです!」
すぐさま二刀を止めて一刀に持ち換えた。
「賢明だ」
あの判断の速さはなんだろ。本能? それとも才能か?
でも状況は変わらなかった。
「ロメオ君、行ってみる?」
「でも『駄目ならぶっ飛ばす』て言ってましたけど」
僕がリオナに声を掛けようとしたらバーンと音がした。
蟹の頭が吹き飛んでいた。
手遅れだった。
ロメオ君は音に驚いて目を丸くした。
「エルリンの剣みたいなのがほしいのです」
項垂れて戻ってきた。
「迷宮攻略で稼いだお金で買うんだな。ロメオ君は自分のお金で杖を買うつもりでいるんだから、リオナもがんばれ」
リオナは頷いた。
「貸してみな」
僕はリオナの剣を一振り借りると蟹脚を切り離しに戻った。
「『兜割』ッ」
心で念じて関節に振り下ろす。
ふたりが目を丸くした。
僕は難なく十本の足を切り落とした。
全員で一カ所にまとめて縛り上げると、解体屋の名札に記入して送り出した。
「こうすれば物が解体屋に送られるんだ。これは普段、魔力の高い魔法使いの仕事になるから。覚えておくといいよ」
ロメオ君は頷いた。
知っていることと実践は違う。ロメオ君は不思議そうに、興味深げに僕の鞄を見詰めた。
「結晶がでかいから鞄に入れてるんだ」
僕はそう言って鞄のなかの転移結晶を見せた。
「ほんとだ、手に持つには大きいんですね」
一方、リオナは残った残骸を一生懸命切り刻んでいた。
同じことをしていたかつての自分の姿がそこにあった。
僕も成長してるんだな……
「うぎゃ!」
リオナが叫んだ。
骸が小さな屑石に変わったのだ。
次の蟹部屋に向かった。
ロメオ君の番である。
「『風の矢』ッ!」
一撃だった。
何、今の? 今のが風の矢なのか? 投げ槍の間違いじゃないのか?
「ロメオ君ってさ、凄腕って言われない?」
ロメオ君はきょとんとした。
「僕、独学だから、人前で攻撃魔法使ったことないんです。どこかおかしかったですか?」
「凄いのです! ロメオ君!」
リオナが我がことのように喜んだ。
「この間の魔法使いと同じ魔法とは思えないのです!」
三十一階に落とされたときのアレね。確かに規模も威力も段違いだけど。
「今の何発ぐらい撃てる?」
率直に尋ねた。彼がこの魔法にどれだけ魔力を注いだのかは大体分かる。彼の魔力総量を逆算するためだ。
「五回ぐらいかな。その辺りから頭が痛くなるんだ」
さすがに総量は多くないか。でも、この威力なら初級魔法ですら実践レベルだ。
魔法回復薬…… 彼のために作るか。
「やったです!」
リオナが脚を一本、力尽くで切り落とした。
リーチの短い剣でよくやるよ。せめて柄の長い斧かなんかでぶった切ったほうがいい。と言って今、自分の装備している剣は魔法剣だけだ。これを使わせるわけにはいかない。
ギリギリまでやらせよう。
三本目を切り落としたところでリオナは断念した。
「残りお願いなのです」
その場にしゃがみ込んだ。
「僕はこいつを相手にして『兜割』を手に入れたんだ」
そう言ってリオナの前で実践した。
「それ…… 習得するのです! リオナ最強伝説なのです」
リオナはすっくと立ち上がった。
「時間切れだよ。殴るならあっちをどうぞ」
僕は本体を指差した。
「うりゃぁああ!」
リオナは元気に飛びかかって行った。
僕はサクッと残りの脚を魔法剣で切り落とした。
「これで金貨二枚と……」
魔法剣ならスキルも使わず楽ちんだ。最初に適度な魔力消費量を見つければ後は肉を切るより軽い。リオナに魔力さえあれば、使わせてやりたいところだが。
「他のパーティーが来るよ」
ロメオ君が言った。
「ここは終わりにしよう。新人さんの分を獲っちゃかわいそうだ」
リオナに声を掛けた。
「うぎゃ!」
魔石に変化したところにまた斬りかかってずっこけていた。
「力み過ぎだよ」
男の脚を避けたときの機敏さはどこへ行った?




