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インターバル1

 日中は暖かくなった。明け方の寒さが嘘のように日差しが降り注いでいた。

 ヘモジの畑に行くと、セーターを脱いだヘモジと、帽子を脱いだオクタヴィアが農作業に勤しんでいた。

 温室の屋根が閉じられていて、ガラスがきれいに磨かれていた。

 ヘモジの愛情か透けて見えた。


 舗装された道が馬車の車輪の跡で泥だらけになっていた。

 薪を堆く積んだ馬車が僕の横を通り過ぎた。

 ミコーレ公国に輸送する物らしい。

 現在この町の薪は飽和状態にあるので、緩和措置を設けて安く卸しているのである。

 まあ、これだけの大森林地帯を抱えていると、剪定作業の分だけでも莫大な量になる。

 観光は相変わらず盛況のようで、白亜の城に向かう満員の観光馬車ともすれ違った。

「子供たちはどこ行った?」

 いつもうるさい程、馬鹿騒ぎをしている子供たちの声が聞こえない。

「そう言えば…… 木を切る音もしない」

 雪が降ったから、作業は中止か?

 現場の方に目を向けると何やらワラワラと子供たちの群れが森のなかを徘徊している姿が見えた。

 どうやら子供たちはあそこに集まっているようだ。


「まだ完成してないだろうに」

 作業が雪で中止になったことをいいことに、順路を辿りながら見学会が催されていた。

 施設の具体的な利用方法について説明がなされているようだ。

 僕はスタート地点から、彼らがいる遙か先を見上げた。

 施設利用料が書かれた看板が入口正面に立っていた。

 一日遊び放題で子供は小銀貨一枚らしい。

 施設の維持費も管理人の人件費も掛かるから、こればかりは止むを得ない。

『タダ券で一枚に付き一名様無料』の但し書きがあった。

 タダ券はロッジで食事すると一人一枚貰えるらしい。

 子供たちの跡を追って、コースに入った。


「あらー」

 上り斜面に沿って木の上に網が掛けられていた。そしてスタートとゴール地点には足場が組まれていた。

 どうやらここをよじ登るのが第一関門のようだ。

 落下防止の安全対策もしっかりなされているようだった。

 でも、これが最初の遊具なのか?

「傾斜きつくないか?」

「これくらいでないと歯ごたえを感じて貰えんのですよ」

 振り向くと獣人の男性が立っていた。長老と一緒にいるのを何度か見掛けたことがある人物だった。

「これでは人族の子供たちが……」

「人族の子供たちも魔法でこの程度は簡単に乗り越えてしまいますよ。『身体強化』という付与魔法ですか? その魔法があれば獣人の身体能力並みに動けるそうで。この町に住む人族の子供たちには必須のようですよ」

『付与魔法』という奴だ。獣人の子供らと本気で遊ぶとなるとそういう帰結になるのか……

 棲み分けで何とかなるだろうと考えていた自分が浅はかだった。

 子供たちは対等に遊ぶための方法を、自分たちの手で見つけ出したのだ。なんの負い目も引け目も感じずに、一緒に無我夢中で遊びたいがために。

 子供は偉大だ。

 それにしてもなんとも末恐ろしい事態になっている。戦闘員でもない普通の子供たちが『付与魔法』とは。

 煮炊きと一緒に生活魔法の一角に収まっていようとは思いもしなかった。

 魔法なら魔法が使えない子にも掛けてやれるしな。

「『目指せ、若様、リオナ様』なのだそうですよ」

「何それ?」

「子供たちの目標だそうです。ここのアスレチックコースをクリアーした者には人族には若様賞を、獣人族にはリオナ賞が贈られることになってるんですよ」

「肉が貰えるとか?」

「ドラゴン見学ツアー付きの別荘宿泊券が貰えるそうです」

 誰が決めた!

 いや、言わなくても分かる。なんでもお祭りにしたがる獣人娘だ。

「クリアーって難しいの?」

「それはもう。少なくともわたしは諦めました」

「ほんとに?」

「後十歳若ければ、なんとかなったでしょうが、今は腹が重くて」

 リオナが考えたことなら、抜かりはないだろう。長老たちも付いていることだし。

 兎に角、予想はしていたが、とんでもないアトラクションが目白押しになっていた。

 特に気になったのは、『谷越え』というアトラクションだ。渡る方法は難易度によって縄梯子や、綱渡り、雲梯、いくつか用意されていたが、そこに跳躍越えがあったのだ。言っておくが有り得ない距離なのだ。

 でも、リオナならできそうに思えた。ヘモジもやれるかも知れない。ふたりが大きな獲物を立体攻撃で倒していくのをこれまで何度も見てきているから可能なのかもと思った。

 これも『付与魔法』でやれるというのか?

 ちょっと失礼して、『千変万化』でやってみることにした。

 他の魔法と平行して発動しなければいけないので『付与魔法』は装備任せでこれまで取得してこなかったが、ここまで有効となれば、持っていて損はないかも知れない。近接戦闘を主体にするなら、必須にすべきスキルだと言わざるを得ない。『ステップ』などを発動するより、いや、重ね掛けできれば、リオナやヘモジ張りの空中殺法が繰り出せるかも。

 今は持ち合わせがないので『千変万化』で試すことにする。装備付与がないので心許ないが。

 位置について…… 用意……

「『千変万化』!」

 助走を付けて脚力強化モードで、飛び出した。

 一、二、三、四……

「五!」

 しまった、予想以上に身体が重い!

 届かない!

 下のネットに落ちる!

 咄嗟に思い浮かんだのは『グラキエース・スピーリトゥス』のソーヤが使っていた風渡りだ。

 調べた限りでは結界で自分を覆い、周囲と圧力差を生じさせ、浮力を発生させるというものだ。

 考えている暇はなかった。

 風魔法だろうが、なんだろうが、ソーヤが見せた技を再現するしかない。

 記憶をすべて現実に投影する。理屈もプロセスもあったはずだが、すべてを置いていく。でないと瞬きする間に防御ネットに落っこちる。

 僕はひたすら、宙に浮かぶイメージを抱きながら、足下に蹴り出すべき透明な床を思い浮かべた。

 このまま落ちたところでかすり傷程度の被害しかないと分かっているので、却って冷静でいられた。

 そして見えないそれを蹴り出した。

 蹴り出した床は空気袋のように力を掛けた分だけ沈み込んだ。

 が、同時に足元に反作用が生まれた。

 身体が浮き上がった。

 落下が遅れた分だけ、距離が稼げた。

 が、それでも対岸の縁に取り付くことができるかどうかだ。

 二枚目の床を展開する時間はない。

 背中を押すために衝撃波を軽めに放った。

 僕の身体は前方に押し出され、固い床に転がった。

 イタタタタ…… 泥だらけになった。

 ソーヤのあれはユニークスキルだ。間違いない。余程熟練しないと宙を歩くような真似はできない。まして、それで高い場所に乗り移ろうなどと。

 僕は魔法で泥を落としながら笑った。

「今のは内緒にしてくださいね」

 男はきょとんとしている。

 こんな真似するくらいなら、転移する方がよっぽど楽だ。

 まだきょとんとしてるので「何か?」と尋ねた。

 彼は言った。

「そこじゃありませんよ、若様。着地するのは一段下です」と。

 彼は踏み切った床より低い位置にある、別の床を指差した。

 聞けば、跳躍越え以外のアトラクションは難易度を増すため若干、上り勾配が付いているらしかった。僕が着地したのはそういう足場だった。

 跳躍して越えるにはなおさら無理があったのだ。

 監修はリオナらしく、実際に飛び越えた距離から計算されて造られていた。それが下の段だったわけだが。


 同行者の視線を気にしながら、僕は先を進んだ。

 そしてソーヤの風渡りについて考えてみた。

 理解を深めれば、威力や効果も増すのが魔法であるから。


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