老人の歌29
ドックに入港したときはさすがにみんな疲れていた。夜中の遅い到着だったせいもあり、皆、ギリギリまでだらけていた。
ハッチを開くと冷気が暖房の効いた船内にどっと押し寄せてくる。
「うわっ、寒ッ!」
砂漠の暑さに慣れてしまったせいで、例年よりまだ暖かいはずのこちらの気温ですら、身がすくむ思いがした。
いつの間にか冬が到来していたのだなと、船のタラップを降りた瞬間、痛感させられた。
いろいろやるべきことはあったが、船体の固定と戸締まりだけして、撤収することにした。
ロメオ君や子供たちは装備を地下に放り投げたまま、家路に就いた。
ロザリアはゲートからそのまま報告と協力要請をしに、実家に向かった。
今夜は向こうに泊まることになるだろう。
ヘモジとオクタヴィアは帰宅早々、エミリーにチビごたつの設置を要求した。
レオとリオナはどちらが先に風呂に入るか、じゃんけんをし始めたが、その隙にアイシャさんと長老に先を越されていた。
結局女性陣が先に利用することになって、レオはうなだれた。
寒空の下、嫌々大浴場に向かったが、そこで子供たちと合流して、長湯して、のぼせて戻ってくることになる。
僕は帰還の挨拶をしに領主館に向かった。
珍しいことに領主様は既に床に就いていた。
今夜は冷えるし、来賓がいなかったので早めに就寝したらしい。
仕方ないので、戻ってきたことだけ言付けた。
まあ、こちらも長老が同行していないので、無理に起こさず、出直すことにする。
家に帰ると、中庭でナガレがチョビとイチゴ相手に近況報告をし合っていた。今夜の夕飯に池の魚を一匹ずつ食べたとイチゴが報告していた。
ふたりの家の地熱暖房も順調に機能しているそうだ。
食堂に料理が並んでいた。
時間が遅いのである物だけだと言われたが、それでも砂漠の料理より遙かに豪勢だった。
リオナもヘモジもオクタヴィアもがっついた。
「母の味なのです」
「ナーナ」
「ホタテ! ホタテ!」
アンジェラさんは苦笑いした。
料理を作ったのはエミリーだったらしい。
カードゲームを一度だけして、僕たちも寝ることにした。
その前に僕も風呂に入った。湯の温かさが身に染みた。
熟睡するにはちょうどいい火照り具合で寝床に入った。
「ナ?」
重い…… ヘモジどけ。なんでここで寝てるんだ。
僕の腹の上で寝ているヘモジを押しのけて起き上がった。
窓の外が明るい。
「ナーナ」
起こしに来たら寝てしまった?
どれくらい寝てたんだ?
着替えて外に出ると、やけに周囲が明るかった。
窓の外を見たら、薄ら雪が積もっていた。
「体壊しそ」
一枚多く羽織って階下に降りた。ヘモジにも一枚多めに着せた。エミリーの編んだセーターだ。お腹に青菜のアップリケが付いている。とても歴戦の勇者には見えない。
オクタヴィアも毛糸の帽子を被って登場した。どの程度、保温に貢献しているのか、疑わしい代物だったが。本人は満足している様子だった。
レオと長老は雪を見てはしゃいでいたが、アイシャさんはベッドから出てこない。
いつもの朝食を済ませると、僕と長老は時間を見計らい、領主館を訪れた。
昨夜来たことは伝わっていたので、すぐに通して貰えた。
「遅かったな」
「いろいろありまして」
僕は持ってきた拓本を侍女に渡して、熱いお茶を所望した。
調査報告が長老の口から成された。
拓本を元に、百日説などを説明して聞かせた。
ヴァレンティーナ様からも報告があった。
二度目の亀裂が現われたというものだった。一時間程でまた消えたらしい。
姉さんは今現地に飛んでいるそうだ。最前線のそのまた最前線である。
報告は逆算すると十日程前のものらしい。これらの事態は既に王宮や教会、冒険者ギルドに報告されている。
そして今回の情報と摺り合わせた後、同盟諸国にも情報がもたらされることになっている。
精彩を欠いた報告になりそうだが。
結局、さっさと迷宮の管理者を探して来いという結論に達した。
状況は少しずつ変わってきてはいるが、僕たちがやるべきことは余り変わっていなかった。
ただ商会の工房には、未だ建造中の王国旗艦のロールアウトをせかせる指令が来ているらしかった。
飛ばすのはいつでもできる。後は内装の問題だけのはずだ。
まだ時間的な余裕はあるが、予断は許さないという、玉虫色の結論にしかならなかったが、おおよそ三ヶ月の残り、二ヶ月ということで厳戒態勢が取られることになった。誤差は一ヶ月。百年スパンの悩みごとが、短縮できただけでも成果があったと言うべきか。
ここからは姉さんたち魔法の塔のスタッフによる現地調査待ちである。
お堅い話は終わりにして、旅の話になった。
嬉々としてしゃべる長老とは対照的に見る見るヴァレンティーナ様の顔色が青ざめていった。
「こんな忙しい時期に何してるのよ!」と怒られた。
「なんで迷宮なんて見付けてくるの、水路なんて造ってる場合じゃないでしょ!」と。
「いつの間にか教会やギルドまで巻き込んで、大事になってるし。自重しろといつも言ってるじゃないの!」と久しぶりに言われた。
なんだか懐かしい。
長老が「ほれ」と言うので、僕が「ああ、忘れてた」と言って、懐から一塊にまとめた隕鉄を取り出した。
「お土産です」
この状態では何か分からないだろうと思ったら、さすが元冒険者。見た途端に頭を抱えた。
「隕鉄…… ありがと。でもそれはここに置いていかないで頂戴。レジーナは留守だから」
城内の鍛冶職人に届けることにする。




